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私と司令官様の日常

視察に同行します①

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 さて、あれからどうなったかといえば、どうもなっていない。

 例えば、司令官さまに施設中を追い掛け回されたとか、不敬罪で投獄されたとか、裏庭に生き埋めにされ懇々と説教受けたとか……そういうことは一切ない。

 とにかく翌日はもう元通りに接してくれた。いや、なにも無かったという方が正しい。夢だったかと思う程に。

 そんな司令官さまを見て、私は一つの結論に至った。───多分、司令官さまは、お疲れだったのだ、と。

 無理もない。毎日辞書何冊分!?っというくらいの書類をさばいているのだ。ちょっと頭がおかしくなっても致し方ない。季節の変わり目は特に疲れが出やすいのだから。それに、あんなに顔を近付けたのは、きっとお目々も疲れてしまっていたのだろう。

 なのに私としたら……あんな暴言を吐いてしまって。まぁ本音だったんだけど。

 ということで、お詫びの為に、私は毎日、眼精疲労と肩こりなどの疲労回復の為に薬膳茶を淹れることにした。遠回しに、『この前の暴言許してね』的なニュアンスを込めて。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「今日は市が立つ日だったな?」

 本日も山のような書類を捌いていた司令官さまだったけれど、突然サインをする手をピタリと止めて、私に問うた。

「……は?……あ、はい。そうです」

 自分専用の机でサイン済みの書類を仕分けしていた私は、少々理解する間を要してしまったけれど、なんとか答える。

 そうすれば、司令官さまはおもむろにペンを置き立ち上がると、こちらに足を向けた。

「では、本日の室内業務はこれまでとする。午後は視察だ」
「………………は、い?」

 再び理解するのに時間を要した私だったけれど、午後がお休みと知り思わず笑みが零れる。

「かしこまりました。お気を付けていってらっしゃいませっ」

 何だか座ったままでは失礼な気がしたのと、サプライズ的なお休みに浮かれ上がった私は、勢いよく立ち上がると直角に腰を折った。

 が、何故かここで露骨な溜息が降ってきた。え?角度足りない?もう少し折りましょうか?…………という訳ではなかった。

「何を言っている。君も同行するんだ」
「は?───あ、いえ、今、業務はこれまでと…………」
「室内業務が以上と言った。これから屋外業務、つまり君は私と一緒に市場を回るのだ」

 ご丁寧に席を立って、頭を下げた私の労力を今すぐ返して欲しい。

 っていうか、このイケメンと市を歩くだと?嫌だ。絶対に嫌だっ。そんなことをするなら、私はここで仕事をする。なんなら庭掃除と廊下の雑巾がけもやる。いや、むしろそっちの方が良い。

 という気持ちを凝縮して、司令官さまに目で訴えてみたけれど、本日も綺麗に瞬殺されてしまった。

「5分で準備する。君はここで待っているように。返事は?」

 ギロリと睨まれ、絶対にNOと言えない雰囲気を作られる。そういう空気を作るのだけは本当にお上手ですね。

「………………はい」

 しぶしぶ頷けば、司令官さますぐに部屋を去る。ただその瞬間、私は盛大に舌打ちをさせて頂いたのは、言うまでもない。






 行きたくない。行きたくない。いやマジ本当に行きたくない。

 もう、何かを召喚できるくらい呪詛を唱えてみたけれど、奇跡が起こるはずもなく、きっちり5分後に司令官さまは姿を現した。

「待たせたか?」
「いいえ。そんなこと───……ぅうわぁっふぅっ」
「おかしいか?なら、もう一度着替えてくるが…………」

 私の奇声に、眉間に皺を刻んだ司令官さまだったけれど、その表情は不快というよりは、落胆に近い表情だった。

 ちなみに司令官さまのお着替え後の服装は、深いベージュのジャケットに、こげ茶色のベストとパンツ。そして辛子色のタイ。足元は装飾を抑えたたブーツ。

 秋を先取りしたこのファッションは、都会の香りを匂わす、大変、素敵なシティーボーイでございます。ただね、似合い過ぎて薄気味悪い。

 あと、街の市場に向かう服装ではない。とりあえず、そのジャケットとタイは外したほうが良い。

 ということなど言えないので、慌てて首を横に振る。

「い、いいえ…………失礼いたしました。大変お似合いです」

 取ってつけたような言葉だったが、司令官さまはとても嬉しそうだ。へぇーイケメンでも、褒められると嬉しいのか。でも、これ以上褒められて、お前どうしたいんだ?

 と考えてしまえば、私の表情はみるみるうちに険しくなる。けれど、司令官さまはそんな私に気付いているのか、いないのかわからない。美麗な顔をこちらに向けて、失礼千万な質問を投げつけてきた。

「では、シンシア殿、私の名前を言ってみたまえ」
「アレックス・ヴィリオさまです」

 間髪入れずに答えてみたけれど、こいつ、藪から棒にどうした?私のこと、馬鹿だと思っているのか?と、苛々としてしまう。ただでさえ市場になんか行きたくないというのに。

 さすがにむっとした私に、司令官さまは、ゆるりと首を横に振った。

「アルで良い。いや、今からアルと呼びたまえ」
「な、何でですか?」

 思わず怯んだ私に、司令官さまは自分のジャケットの襟を軽く摘まみながら口を開く。

「この服装を見たまえ。軍人という身分を隠したいのだ。司令官などと呼ばれては、変装の意味がない。それと私も君のことをシンシアと呼び捨てにさせてもらう。良いな?」

 良いなって……私にNOと言える権限はあるのでしょうか?あるなら、今すぐ使って良いですか?

 とまぁこれも、口に出せない私は唯一、与えられた選択肢を口にすることにする。

「…………わかりました。どうぞお好きに呼んでください」
「ありがとう。ではそうさせていただこう」

 司令官さまは満足そうに頷く。が、すぐに私に命令を下した。

「では、さっそく練習だ。私の名前を呼んでみたまえ」
「…………アルさま」
「却下」
「…………アルさん」
「却下。君はなぜ私の名の後に敬称を付けたがる?呼び捨てにしたまえ。さぁ、もう一度」
「…………ア、アル」
「もう一度」

 …………ああ、今、私【おすわり】を教え込まれる犬の気持ちが良く分かった。

 きっとペスも子犬時代、こんな気持ちになっていたのだろう。……知らんけど。

 ちょっと遠い目になってしまった私だったけれど、一先ずこの調教時間は耐えられないので、究極の選択をさせていただくことにする。

「アル。あの、そろそろ行きませんが?市は日暮れまでと決まっています」
「そうか。では、行くとしよう…………シ、シンシア」

 ちっ、なにさ、自分だって噛んでるくせに。

 そんなことを心の中で呟くも、私は『もう一度』などという意地の悪いことを言ったりはしない。そして、司令官さまも、そんな私を見習って欲しいものだ。

 という不満を抱えながらも、私は司令官さまと一緒に視察へ行くことになった。

 ただ、司令官さまは妙に嬉しそうだった。

 ああそっか、多分、息抜きをしたかったのだろう。…………ったく、一人で行けば良いのに。
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