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私と司令官さまの攻防戦
夕方の薬草園②
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ランプの灯りでは心もとない薄闇の中、腕を組んでこちらを見つめる司令官さまは、なぜか、くっきりとその姿を浮かび上がらせている。
漆黒の髪も、濃紺の軍服も、闇に紛れてしまう色合いだというのに。とても不思議だ。
そしてそんな存在感マックスな司令官さまは、私の顔を見た途端、眉間に皺を刻んだ。
「薬草の調達の話も終えたし、そろそろ宿舎の門限が迫っている。だから、君を迎えに来たのだが……シンシア殿、なぜ、こんなところに独りでいるんだ?」
あなたが家にいるからです。
なんてことは言えない。それに、本来の目的だった薬草の調達の交渉も、司令官さまに丸投げしてしてしまい、大変申し訳ない。
ここは、自分の非を認めて、素直に謝罪をするべきだ。
でも、ガチ泣きしているところを見られた気まずさで、私は的外れなことを口にしてしまう。
「司令官さま、ここは昔から私の聖域なんです。無許可で入って来ないでください」
「それは失礼した。………ただ、惚れた女性が一人で泣いているのに見てみぬふりはできない。ましてや、それが他の男となれば、尚更だ」
そう言いながら、ゆっくりとこちらに近づいて来る司令官さまの様子が、いつもとは違う。なんだか怖い。
不機嫌なことは間違いない。でも、それはあからさまな怒りではなく、もっと他の感情からくるもの。
アメジスト色の瞳は、普段も艶やかで綺麗だけれど、今日は何だか怪しい感じがして、直視するのが憚られる。
でも、司令官さまそうなる理由がわからない私は、とりあえず虚勢を張ってみる。
「勝手に決めつけないでください。べっ別に、それで泣いていたかどうかなんて、わからないじゃないですかっ」
「なら、何で泣いていた?」
「…………………」
子供のようにムキになって言い返せば、司令官さまは眉を上げ、静かな声で問い返す。
それはまさに、大人対子供の争い。勝てるわけがない。でも、素直に話すことなんてできない私は、咄嗟に適当な言い訳を口にした。
「ノ、ノラのことを思い出ていたんですよっ」
「ノラ?………男か?」
「いいえ、メスです」
「……………」
ここで司令官さまは、私達の会話の微妙な食い違いに気付いたようだ。
軌道修正の為に、こほんと小さく咳払いをしてから、再び口を開く。
「可愛がっていたのか?」
「あ、いえ特には。何か野良のヤギだったんですが、勝手に居着いちゃって。まぁ、雑草が餌代わりになってくれるんで、井戸から水を汲んで置けば他に世話はかからないんで、そのまま飼うことになったんですけど………あっ!!」
死んだペットを偲んで泣いていた設定忘れてた!
思わず口元に手を当てて、ふるふると首を横に振ってみる。この仕草を翻訳するなら『今の発言、忘れてもらえませんかね?』というもの。
でも司令官さまは私と同じように首を横に振った。うん、失念は無理ってことですねっ。わかってました。
こうなったら最後の手段。へへっと誤魔化し笑いをすれば、司令官さまは、堪えきれない感じで拳を口元に当て、ぷっと吹き出した。
「野良ヤギだから、ノラか………安易なネーミングだな」
「親しみやすい名前と言ってください。───………で、お帰りですか?お帰りですよね?どうもお疲れ様でした」
なんだか小手先であしらわれた感じがして、ぷいっと不貞腐れて顔を背ければ、司令官さまはあっという間に距離を詰め、私と向かい合う。
そして私の顔を覗き込むように膝を折った。
「帰ることは帰るが………あまり私は薬草園に足を向ける機会がなかった。丁度いい機会だ。少し遠回りをして歩いて帰りたい。シンシア殿、案内を頼む」
「お断りしま」
「行くぞ」
『す』まで言い切る前に、司令官さまは、断言してさっさと背を向ける。
でも、私が動くまで急かすことなく、じっとそこで待っていてくれた。ちなみにさっきまで止まらなくて困っていた涙は、いつの間にか消えていた。
漆黒の髪も、濃紺の軍服も、闇に紛れてしまう色合いだというのに。とても不思議だ。
そしてそんな存在感マックスな司令官さまは、私の顔を見た途端、眉間に皺を刻んだ。
「薬草の調達の話も終えたし、そろそろ宿舎の門限が迫っている。だから、君を迎えに来たのだが……シンシア殿、なぜ、こんなところに独りでいるんだ?」
あなたが家にいるからです。
なんてことは言えない。それに、本来の目的だった薬草の調達の交渉も、司令官さまに丸投げしてしてしまい、大変申し訳ない。
ここは、自分の非を認めて、素直に謝罪をするべきだ。
でも、ガチ泣きしているところを見られた気まずさで、私は的外れなことを口にしてしまう。
「司令官さま、ここは昔から私の聖域なんです。無許可で入って来ないでください」
「それは失礼した。………ただ、惚れた女性が一人で泣いているのに見てみぬふりはできない。ましてや、それが他の男となれば、尚更だ」
そう言いながら、ゆっくりとこちらに近づいて来る司令官さまの様子が、いつもとは違う。なんだか怖い。
不機嫌なことは間違いない。でも、それはあからさまな怒りではなく、もっと他の感情からくるもの。
アメジスト色の瞳は、普段も艶やかで綺麗だけれど、今日は何だか怪しい感じがして、直視するのが憚られる。
でも、司令官さまそうなる理由がわからない私は、とりあえず虚勢を張ってみる。
「勝手に決めつけないでください。べっ別に、それで泣いていたかどうかなんて、わからないじゃないですかっ」
「なら、何で泣いていた?」
「…………………」
子供のようにムキになって言い返せば、司令官さまは眉を上げ、静かな声で問い返す。
それはまさに、大人対子供の争い。勝てるわけがない。でも、素直に話すことなんてできない私は、咄嗟に適当な言い訳を口にした。
「ノ、ノラのことを思い出ていたんですよっ」
「ノラ?………男か?」
「いいえ、メスです」
「……………」
ここで司令官さまは、私達の会話の微妙な食い違いに気付いたようだ。
軌道修正の為に、こほんと小さく咳払いをしてから、再び口を開く。
「可愛がっていたのか?」
「あ、いえ特には。何か野良のヤギだったんですが、勝手に居着いちゃって。まぁ、雑草が餌代わりになってくれるんで、井戸から水を汲んで置けば他に世話はかからないんで、そのまま飼うことになったんですけど………あっ!!」
死んだペットを偲んで泣いていた設定忘れてた!
思わず口元に手を当てて、ふるふると首を横に振ってみる。この仕草を翻訳するなら『今の発言、忘れてもらえませんかね?』というもの。
でも司令官さまは私と同じように首を横に振った。うん、失念は無理ってことですねっ。わかってました。
こうなったら最後の手段。へへっと誤魔化し笑いをすれば、司令官さまは、堪えきれない感じで拳を口元に当て、ぷっと吹き出した。
「野良ヤギだから、ノラか………安易なネーミングだな」
「親しみやすい名前と言ってください。───………で、お帰りですか?お帰りですよね?どうもお疲れ様でした」
なんだか小手先であしらわれた感じがして、ぷいっと不貞腐れて顔を背ければ、司令官さまはあっという間に距離を詰め、私と向かい合う。
そして私の顔を覗き込むように膝を折った。
「帰ることは帰るが………あまり私は薬草園に足を向ける機会がなかった。丁度いい機会だ。少し遠回りをして歩いて帰りたい。シンシア殿、案内を頼む」
「お断りしま」
「行くぞ」
『す』まで言い切る前に、司令官さまは、断言してさっさと背を向ける。
でも、私が動くまで急かすことなく、じっとそこで待っていてくれた。ちなみにさっきまで止まらなくて困っていた涙は、いつの間にか消えていた。
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