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私と司令官様の日常

人はこれを暴君と呼ぶ

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 翌日私は、いつもより早く執務室に向かう。一冊の小冊子を小脇に抱えて。

 ウィルさんから衝撃的な発言を聞いて、混乱したのもつかの間。あれから私は、司令官さまに諦めてもらう策を練った。

 練って練って、練りまくって別の何かが産まれるくらい練り上げた結果、誰も傷つけることのない名案が浮かんだのだ。

 そして早速、今日、司令官さまに伝えることにする。





「おはようございます、司令官さま」
「おはよう、シンシア殿。今日は少し早いな」

 軽いノックをして扉を開ければ、司令官さまは既に執務机に着席して書類に目を通していた。 

 そしてチラリと私に視線を向けるけれど、すぐに書類に戻す。

 うーん…………なんていうか、有難いほど、そっけない。

 ウィルさんやロイ歩兵中尉が勝手に勘違いをしているような気がするけど……。

 そんなことを考えながら、いつも通り、薬膳茶を用意して司令官さまの机に置く。そして、仕事の邪魔にならない声量で切り出した。

「司令官さま、先日のお話ですが………」
「随分と抽象的な切り出し方だな。もう少し具体的に言ってくれたまえ」

 私がそう口にしたのは、抽象的にしか言えない内容だからとは、司令官さまこれっぽちも思っていないらしい。

「失礼しました。先日、プライベートな会話をした件です」
「ああ、私が君に告白をした件か」
「………………そうです」

 あの一方的な宣言を告白という甘酸っぱい言葉に変換できる司令官さまは、随分器が大きいようだ。今すぐ縮小すべきである。

 あっいけない、いけない。ついつい脱線しそうになる思考を無理矢理戻し、私は姿勢を正してから口を開いた。

「その件で、少々お話したいことがあります。勤務開始時間まで、まだ30分以上あります。お時間をいただけますか?」
「手短に頼む」

 トントンと、書類の束を揃えて、端に寄せた司令官さまは、机に肘を付き、そのまま指を組んだ。そして無言で私に話を促す。

 ちなみに今日も目力が半端ない。ああ……言いにくい。でも、何はともあれ現状確認をしなければ。

「えっとですね、まず確認なんですか、その……私に……こ、こ、こ、こ、告白をしたのは一時の気の迷いですよね?」
「違う。言っておくが、先日、告白した時よりも、もっと君に惚れている」

 ───…………おっふぅ。

 ウィルさんの予想が当たっていたなんて、まったくもって嬉しくない。

 あからさまに絶望的な表情を浮かべた私に、司令官さまは淡々とした口調で問いかける。

「こちらも確認させてもらうが、君はそんなことを確認するために、わざわざこんな早くに出勤してきたというのか?」
「…………はい」

 ほぼ9割が空気と言った声量で返事をすれば、司令官さまは、すぐさま眉間に皺を刻んだ。

「くだらないことをするな。そんなことを確認したいなら、わざわざこんな早くに出勤などせず、昼夜問わず私に聞けば良いものを。ん?………シンシア殿、少し隈があるな。もしかして昨日は眠れなかったのか?まさかこのことで、君を悩ませてしまっていたのか?………すまなかった。私としたことが……はっ、それとも、ま、まさか逆に私が訪ねて来るのを待って───」
「あ、はい。もうわかりました」

 やや強引に私は司令官さまの暴走を止めさせていただいた。

 そして、仕切り直しにと、こほんと咳ばらいをして、私は小脇に抱えていた小冊子のとあるページを開いて、司令官さまに突き出した。

「では、こちらをご覧ください」
「ん?」

 差し出した冊子を目にした途端、司令官さまは短い言葉の後、じっとそれを食い入るように見つめている。そして私は内心、どうだ参ったかと、ドヤ顔を決めている。

 ちなみに、これは軍事規則が書かれた冊子。そして開いたページには軍事規則第14条、施設内での恋愛は禁止と書かれている。

 もちろんすぐに目に付くようにピンクのペンで、ぐるんぐるんに囲っているので『え?どこ?わかんなぁーい』的な無駄な会話がないよう先手を打ってある。
 
 けれど、長い沈黙の後と返ってきた言葉は、予想外のものだった。

「────………で?」
「で?ではなて………………その………」

 なぜ、ここで私が狼狽えなくてはならないのだろう。腑に落ちない。

 っていうか、司令官さまが何を考えてそう言ったのかが全く分からない。でも、わからなくても良い。とにかく私を今後、恋愛対象として見ないという言質さえもらえればそれで良い。

「私はこの規律の元、ここで従事しているものです。ですので、規則違反はできません」

 ピシッと背筋を伸ばしてそう言い切れば、司令官さまは不敵に笑った。

「ははっ。君の精一杯の抵抗はこの程度か」

 そう言いながら組んでいた手を解き、広げてある小冊子を指先でトントンと軽く叩く。

「あいにくこれは、ここの軍人、もっと言うなら男性に向けて作成したものだ。なにぶん、男性ばかりだと男色に走る輩もいるものでな」
「…………そうですか」

 しおらしく頷いてみたものの、ふっ。甘い。甘いわ。このイケメンと私も心の中で、不敵に笑ってやる。

 ふんぞり返っている司令官さまは、実は重大なことを見落としておられるからだ。

「恐れながら……………」
「なんだ?」
「司令官さまも、男性です」
「そうだ」
「ですので、この規則に則り、ここで働く人間を恋愛の対象にするのは規則違反だと思います」

 瞬間、司令官さまの眉がピクリと跳ねた。

「なるほど。君の言い分は一理ある」

 そこで一旦言葉を止めた司令官さまは、小冊子を両手で持ち上げた。

「だが、私はここの責任者である。そして、君がこの規則を一方的に主張するならば…………───こうすれば良い」

 ────びり、びり、びり、びりりぃぃぃぃ

「うあああああああああぁっ!!」

 私の大絶叫と共に、紙が引き裂かれる音が部屋中に鳴り響く。

 なんと、あり得ないことに、司令官さまは、私の軍事規則の冊子を、力いっぱい破り捨てたのだ。

 驚愕する私とは対照的に、意地悪くにやりと笑った司令官さまは、そのまま紙屑と化した冊子をゴミ箱の中に放り込んでしまった。

 キングオブ暴君───その言葉だけが頭の中でぐるぐると回る。

 この人、イケメン、暴君、そして超が付くほどヤバイ思考の持ち主。

 私、そんな3重苦の相手に惚れられたってこと!?嫌だ、もう本当にお家に帰りたいっ。

 思わず涙目になった私に、司令官さまは、ぶん殴りたくなるような綺麗な笑みを向けて、口を開いた。

「君の気持ちは良く分かった。そして君がこのような抵抗を見せるのなら、それは、宣戦布告と受け取ることにする。こちらも手段を選ばず、君を口説くことにしよう」

 

 英雄色を好む。と言うけれど、暴君も色を好むのだろうか。

 っていか、もしそうならこんな地味な私を攻略対象にするのではなく、他の人にしてほしい。

 そんなふうに思ってしまったけれど、それを訴える間もなく、就業開始時間のチャイムが鳴り響く。

 そして根が真面目な私は、心の中で悪態を付くも、今日も黙々と仕事に励むのだった。
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