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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

あなたと共に眠る夜①

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 憎らしいことにルークの助言というか予言は、ずばり的中してしまった。

 夕方から体の節々が痛み出し、猛烈な悪寒に襲われ、ベッドから身を起こすことが困難になってしまったのだ。

 枕から頭を離すことができない私の脳裏に、ほれみたことかと意地悪く微笑むルークの顔が浮かび、その度に、唇を噛み締めて、残像が消えるのを待つ。

 けれど、それは一向に消えてくれなくて、気づけば、それにカイナを始めリリーとフィーネの心配そうな顔まで追加されてしまった。

 今日はずっと、侍女達にこんな顔ばかりさせてしまって、本当に本当に申し訳ない。けれど、口に出せば余計に悲しい顔をさてしまう。だから私は心の中で何度も謝った。







「アカリさま、本当に大丈夫ですか?」

 はっきりとした時間はわからないけれど、多分いつもなら夕食を終えて、折り鶴作りを再開している頃だ。けれど、今日の私は食事を取ることができず、ベッドから動くこともままならない。

 そんな私の傍らにカイナがいる。

 カイナは遠方から働きに来たリリーとフィーネと違って、王都に自宅がある。そして毎日、ここに通って来てくれる。小さな子供がいるのに毎日、ずっと。

「はい、大丈夫です。ご飯は食べれなかったですが、お薬はちゃんと飲みましたし。あとはひたすら寝るだけです」

 身体を起こしたくても、少し頭を動かせば眩暈に襲われる私は、枕に頭を付けたまま、きっぱりと言い切った。途端に、表情を曇らすカイナに私は、更に言葉を重ねた。

「子供はお母さんと一緒にいるのが一番なんです」

 本当に心からそう思う。居られるうちは、一緒にいたほうが良い。それに子供にとってお母さんが居ない夜ほど怖いものはない。

 だから、寝てれば治る私の傍にカイナはいる必要はない。

 そう思っているのに、カイナはずっと私の枕元にいる。濡れたタオルで額の汗を拭い、少しでも私が身動ぎすれば、すかさず掛布を直してくれる。

 そうされるのは、嫌じゃない。くすぐったくて、不快ではないけれど、ちょっと居心地が悪い感じだ。でも、いつもだったらカイナはそろそろこの屋敷を去る時間。いや、もうとっくに過ぎているのかもしれない。

「リリーさんと、フィーネさんもお屋敷に居てくれます。呼び鈴も枕元にあります。だから…………その………大丈夫です」

 早く帰れと言うのは、なんだかカイナを拒んでいるようで、口にしたくはない。でも、やっぱりカイナの子供のことを思うと、一秒でも早く帰路について欲しいと思ってしまう。

 そんな気持ちでカイナをじっと見つめたら、彼女は小さく息を吐いて、わかりましたと頷いてくれた。でもすぐに、口を開く。

「先日のジャムは如何でしたか?」
「………あ、はい。とても美味しかったです」

 先日とは、私がバルドゥールと向き合うか又は彼を殺すか。そんな分岐の晩を指しているのだろう。

 そのことはすぐにわかった。けれど、唐突に問われた意味がわからず、答えるのに少し時間が掛かってしまった。

 そして答えた後も、訝しそうな顔をする私に、カイナはやっと笑みを浮かべてくれた。

「なら、明日はそれのジュースをお持ちいたします」
「あ、ありがとうございます」

 思わず弾んだ声が出てしまった私に、カイナは再び笑みを向ける。でも、さっきの笑みとは別のもの。
 
「娘がとても好物なんです。きっとアカリ様の口にも合うと思います」
「……………はい」

 すぐに頷けなかったのは、カイナの娘さんと一緒くたにされたことが、ちょっと悔しかったから。でも、彼女の発言は今日の一連の私の行動をずっと傍で見てきたからこそのものなのかもしれないけれど。

 むぅっと顔をしかめた私に、カイナは居ずまいを正して、丁寧に一礼した。

「それでは、わたくしは、これで失礼いたします。おやすみなさいませ、アカリさま」
「おやすみなさい、カイナさん。娘さんによろしくお伝えください」

 妙に大人ぶった挨拶をする私に、カイナはくすりと小さく笑った。






 ────それから、どれぐらい眠っていたのだろう。私は、身体の熱さで目を覚ました。

 何というか、身体の芯は寒くて寒くて仕方がないのに、表面だけ熱い霧に纏わりつかれている感じ。所謂、高熱が出ているのに、まだまだ熱が上がりそうな予感がする、そんな不快なもの。

 異世界でも、元の世界でも風邪を引いた時は、水分を取った方が良いのは同じだろう。そう判断した私は、テーブルにある水差しを見つめる。でもすぐに溜息を付いてしまった。たった数歩が、ものすごく億劫に感じる。

 そこまで歩きたくはない、でも水は飲みたい。その思いから、枕元に置かれている呼び鈴をちらりと見る。リリーとフィーネはこの屋敷に居る。そして何かあったら、いつでもこの呼び鈴を鳴らしてくださいとも言われている。

 でも、たかだか水を飲む為に呼び鈴を鳴らすのは気が引ける。

「まぁ、でも、歩く距離が変わったわけじゃないし........これぐらい.歩けるよね」

 自分に言い聞かせるように、ぽつりと呟いてみる。すぐに消えてしまったそれは、しんとした部屋にぽっかりと穴が開いて、飲み込まれてしまったかのようだった。

「水、飲もっかな」

 そこに意識を向けないように、わざと明るい声を出す。そしてふらつく足を叱咤して、テーブルに着く。次いで水差しからコップに移して一気に飲み干した。微かに柑橘系の味がして、とても美味しかった。

 一息ついて辺りを見渡せば、薄暗い部屋は、いつもと同じように、しんとしている。何も変わっていない。家具の配置も一緒。なのに、今日はそれがとても侘しく感じる。それに気付いた途端、鼻の奥がつんと痛んだ。駄目だ、完全に弱っている。

 やれやれと深い溜息を付きながら、肩を落とせば自然に視界は足元へと向かう。そして目に映るのは、当然のごとく床で、裸足のままでいた私はここでやっと、この床が冷たいことに気付いた。

 そして、そのまま崩れるように、床に寝そべった。

「…………………………最高」
 
 頬にあたる床の感触が冷たくて気持ち良い。どうしてすぐに気付けなかったのだろう。こうやって寝れば良かったんだ。

 呼び鈴さえ鳴らさなければ、こんな夜更けにこの部屋に来るものは居ない。バルドゥールだって激務に追われているから、さすがに来ないだろう。夜明け前にこっそりベッドに戻れば誰にも気付かれることはない。

 やってはいけないこととわかって、それをやる。

 今までそんなこと、したことがなかった。けれど、今日は許す。熱のせいにしよう。

 そんな言い訳をしながら、うつらうつらし始めた私は、こんな時なのに少しだけワクワクしてしまった。
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