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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない
自由への一歩
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私の部屋に毎日訪れる侍女達は、監禁される私を見てどう思っているのだろう。
ある日突然、屋敷の主人が得体のしれない女性を連れ込み監禁している。元の世界では、こんなことは刑事事件になるし、黙認した人達だって罪に問われること。
もちろん罪に問われる問われないなど別にしたって、良心の呵責に苛まれることはないのだろうか、この侍女たちは。…………私の痣だらけの身体を見て。
「こんにちはー。─────…………って、うわぁ、いきなり投げないでよっ」
扉からルークの姿を見た途端、私は無意識に枕を彼に投げつけていた。
ただ、残念なことに軽々と受け止められてしまい、私は隠すことなく大きな舌打ちをした。けれど、ルークは元気そうで良かった、などとほざきながら、私の元へ歩を進めた。
「絶好調に不機嫌だね。俺、そこそこ生きてきたけど、こんな歓迎されたの初めてだよ」
「あなたのような人間が、枕の一つすら投げられず生きてきたことの方が驚きです」
さらりと言い返せば、ルークは声を上げて笑うだけ。でも、すぐ顔を曇らせた。
「今回のこと、僕が悪かった。ごめんっ」
綺麗な所作で頭を下げるルークに、驚いてきょとんとしてしまった。どうやら、この世界にも謝罪という概念があったようだ。
ただ、真っ先に謝るということは、ルークはそれ相応のことを私にしたということだ。思い当たることは、ただ一つしかない。
「あの人に、どんな言い方をしたのか聞いても良いですか?」
「………えっとー。なんていうかねー。そのー……」
「語尾は伸ばさず、簡潔明瞭に答えてください」
イラつきを隠さずそう言えば、ルークは一応途中まで話をしたけれど、バルドゥールが怖くて最後まで言えなかった、と白状した。
なるほど……とは頷けないけれど、あの人の人間の領域を遥かに超えた眼光の鋭さの前では、そうなるのも仕方がない。
というか、結局、バルドゥールに説明したのは私ということになる。それについては腑に落ちない。
「多分、想像ついてると思うんですが、私、えらい目に遭いましたよ」
「うん、だろうね………」
そう言ってルークは私の手元をちらりと見て、自分が傷を負ったかのように眉間に皺を刻んだ。
そう、本当にえらい目にあった。
ことの最中だって、そう思っていたけれど、あれからもう一週間以上は経過しているのに、抱かれたときに捕まれた体の箇所にできた痣は一向に消えてくれない。
しかも抱かれた次の日から私は熱を出した。間違いなく、バルドゥールの強淫のせいで。そして2日前にやっと熱が引いて、自分の身体を見たらこの有様だ。
見えるところは、手首を掴まれたところぐらいだけれど、本当は腰や膝、そして胸にも痛々しい痣がまだ消えずに残っている。もちろん歯型も消えていない。
ルークに見せつけるように、これ見よがしに夜着の袖を捲り上げていたけれど、我に返ってみれば、何の過程でそうされたかは一目瞭然。
そのことに気付いた私は、慌てて袖をもとに戻そうとする。けれどすぐに、気遣う声が上から降ってきた。
「こんなことを聞くのは愚かだとは思うけど、君はこれからどうしたい?」
「私はただ………奴隷のように生きたくない。それだけです」
過激な表現だとは分かっているけれど、今の私にはこう言うしかない。権利をはく奪され、力づくで押し切ろうとされる。これはまさに奴隷と呼ぶしかない。
そう吐き捨てた私に、てっきりルークは、いつものリアクションすると思っていたけれど、何故か目が据わっていた。
「あのさぁ………奴隷って言うけど、君はこの世界の奴隷がどんなものか知ってるの?」
突然変わった声音に息を呑む。そんな私に、ルークは冷淡な口調で言葉を続けた。
「彼に理由も無く殴られた?足で顔を踏みつけられた?鞭で叩かれた?ああ、あとは、口答えして首を跳ねられた?……って、これはまだくっついているから、違うか。ははっ」
ルークは最後はカラカラと笑っていたけれど、冗談にしては笑えない話だ。
そして私は知らず知らずのうちに、ルークに侮蔑の視線を投げつけていたのだろう。目の前の水色の瞳の持ち主は、その色の通り冷徹な表情をしていた。
「君さ、今、ものすごく嫌な顔をしてるけど、奴隷ってこういう扱いなんだよ?」
ひじ掛けに身体を預けて頬杖を付くルークと、バルドゥールの姿が重なった。忘れていた。ルークだって、あの人と同じ時空の監視者だった。
そして少し間を置いて気付く。ルークは、遠まわしに私に、利いたふうな口きくなと言いたいのだろう。私の置かれている境遇はまだマシなんだと伝えたいのだろう。
そして、これ以上、舐めた態度を取れば、今言った本当の奴隷としての扱いを受けることになると警告しているのだろう。
そうなる未来を想像した途端、得も言われぬ恐怖が全身を襲う。
ルークはじっと小刻みに震え始めた私を見つめていたが、すっと立ち上がると、私の手を取った。
「………ねえ、奴隷に傷の手当てなんかしないんだよ」
そう言いながらルークは、私の包帯が巻かれている手をそっと両手で包み込む。布ごしの彼の手のひらの熱が伝わってくる。
人の温もりとは不思議なものだ。そうされれば、頑なになっていた心が、いとも簡単にほだされそうになる。
でも、易々と委ねることができるほど、ルークを信用していないのも事実。
だから、私はわざと自分を卑下する言葉を吐いた。
「じゃ、奴隷じゃないなら、私は家畜ですね」
「………そんなふうに思ってるんだ」
「この環境をそれ以外にどう思えば良いんですか?」
挑むようにルークを睨みつければ、彼は悲しいようなやるせないような表情を見せた。そして私の手を離さないまま、再び口を開いた。
「あのね……バルドゥールは君を殴ったこと、びどく後悔していたよ」
それを聞いた途端、ルークの手を思いっきり振り払った。そして声を上げて笑ってしまった。
可笑しい、可笑しすぎる。何が後悔だ。バルドゥールの口から出る綺麗事があまりに滑稽で、怖気がして、可笑しくてたまらない。
そんな湧き出る感情を抑えることができず、身体をくねらせて笑い転げてしまう。
そう、自分勝手な人間はいつもそうだ。
そんなつもりじゃなかった。そういう意味じゃない、と後付けの、自分にとって都合の良い言い訳ばかりをする。
でも受けた側からすれば、されたことが全てだ。それは見えない傷となって、ずっとずっと残り続けるもの。
こういう理不尽なところだけは元の世界と同じ。結局どこにいたって、人間の汚い部分は同じなのだ。
そんなことを思いながら笑い続けている私に、ルークが諦めたように肩を竦め口を開いた。
「そっか。君は、バルドゥールじゃ駄目なんだね」
「ええ、そうですよ。もっと言うなら、私はね、ルーク、あなただって選びたくなんかなかった」
瞼の端に溜まった涙を拭いながら、そう言えばルークの顔から表情が消えた。
「じゃ、良いよ」
そう言ってルークは静かに席を立つ。そして、流れるような足取りで扉の前に立った。
「どうぞ。お嬢さん、君が望む自由をあげるよ」
その声の後、すぐにガチャリと音がした。────ルークの手によって扉が開かれたのだ。
「自分の足で外の世界を見てくると良い」
まっすぐ私を見つめるルークは、穏やかな表情だったけれど、その口調は挑発しているようだった。そしてすぐこう言った。
「でも、後悔しても遅いからね」
付け加えられたそれは、ぞっとするほど冷たい声だった。
これまでの経験上、ルークに誑かされてばかりだから、これだって絶対に何か裏がある。そう思っても、私はこの誘惑に勝つことはできなかった。
「誰が後悔するものですか」
売り言葉に買い言葉のセリフを吐いて、私は引き寄せられるようにベッドから抜け出し、扉の前に歩みを進めた。
ある日突然、屋敷の主人が得体のしれない女性を連れ込み監禁している。元の世界では、こんなことは刑事事件になるし、黙認した人達だって罪に問われること。
もちろん罪に問われる問われないなど別にしたって、良心の呵責に苛まれることはないのだろうか、この侍女たちは。…………私の痣だらけの身体を見て。
「こんにちはー。─────…………って、うわぁ、いきなり投げないでよっ」
扉からルークの姿を見た途端、私は無意識に枕を彼に投げつけていた。
ただ、残念なことに軽々と受け止められてしまい、私は隠すことなく大きな舌打ちをした。けれど、ルークは元気そうで良かった、などとほざきながら、私の元へ歩を進めた。
「絶好調に不機嫌だね。俺、そこそこ生きてきたけど、こんな歓迎されたの初めてだよ」
「あなたのような人間が、枕の一つすら投げられず生きてきたことの方が驚きです」
さらりと言い返せば、ルークは声を上げて笑うだけ。でも、すぐ顔を曇らせた。
「今回のこと、僕が悪かった。ごめんっ」
綺麗な所作で頭を下げるルークに、驚いてきょとんとしてしまった。どうやら、この世界にも謝罪という概念があったようだ。
ただ、真っ先に謝るということは、ルークはそれ相応のことを私にしたということだ。思い当たることは、ただ一つしかない。
「あの人に、どんな言い方をしたのか聞いても良いですか?」
「………えっとー。なんていうかねー。そのー……」
「語尾は伸ばさず、簡潔明瞭に答えてください」
イラつきを隠さずそう言えば、ルークは一応途中まで話をしたけれど、バルドゥールが怖くて最後まで言えなかった、と白状した。
なるほど……とは頷けないけれど、あの人の人間の領域を遥かに超えた眼光の鋭さの前では、そうなるのも仕方がない。
というか、結局、バルドゥールに説明したのは私ということになる。それについては腑に落ちない。
「多分、想像ついてると思うんですが、私、えらい目に遭いましたよ」
「うん、だろうね………」
そう言ってルークは私の手元をちらりと見て、自分が傷を負ったかのように眉間に皺を刻んだ。
そう、本当にえらい目にあった。
ことの最中だって、そう思っていたけれど、あれからもう一週間以上は経過しているのに、抱かれたときに捕まれた体の箇所にできた痣は一向に消えてくれない。
しかも抱かれた次の日から私は熱を出した。間違いなく、バルドゥールの強淫のせいで。そして2日前にやっと熱が引いて、自分の身体を見たらこの有様だ。
見えるところは、手首を掴まれたところぐらいだけれど、本当は腰や膝、そして胸にも痛々しい痣がまだ消えずに残っている。もちろん歯型も消えていない。
ルークに見せつけるように、これ見よがしに夜着の袖を捲り上げていたけれど、我に返ってみれば、何の過程でそうされたかは一目瞭然。
そのことに気付いた私は、慌てて袖をもとに戻そうとする。けれどすぐに、気遣う声が上から降ってきた。
「こんなことを聞くのは愚かだとは思うけど、君はこれからどうしたい?」
「私はただ………奴隷のように生きたくない。それだけです」
過激な表現だとは分かっているけれど、今の私にはこう言うしかない。権利をはく奪され、力づくで押し切ろうとされる。これはまさに奴隷と呼ぶしかない。
そう吐き捨てた私に、てっきりルークは、いつものリアクションすると思っていたけれど、何故か目が据わっていた。
「あのさぁ………奴隷って言うけど、君はこの世界の奴隷がどんなものか知ってるの?」
突然変わった声音に息を呑む。そんな私に、ルークは冷淡な口調で言葉を続けた。
「彼に理由も無く殴られた?足で顔を踏みつけられた?鞭で叩かれた?ああ、あとは、口答えして首を跳ねられた?……って、これはまだくっついているから、違うか。ははっ」
ルークは最後はカラカラと笑っていたけれど、冗談にしては笑えない話だ。
そして私は知らず知らずのうちに、ルークに侮蔑の視線を投げつけていたのだろう。目の前の水色の瞳の持ち主は、その色の通り冷徹な表情をしていた。
「君さ、今、ものすごく嫌な顔をしてるけど、奴隷ってこういう扱いなんだよ?」
ひじ掛けに身体を預けて頬杖を付くルークと、バルドゥールの姿が重なった。忘れていた。ルークだって、あの人と同じ時空の監視者だった。
そして少し間を置いて気付く。ルークは、遠まわしに私に、利いたふうな口きくなと言いたいのだろう。私の置かれている境遇はまだマシなんだと伝えたいのだろう。
そして、これ以上、舐めた態度を取れば、今言った本当の奴隷としての扱いを受けることになると警告しているのだろう。
そうなる未来を想像した途端、得も言われぬ恐怖が全身を襲う。
ルークはじっと小刻みに震え始めた私を見つめていたが、すっと立ち上がると、私の手を取った。
「………ねえ、奴隷に傷の手当てなんかしないんだよ」
そう言いながらルークは、私の包帯が巻かれている手をそっと両手で包み込む。布ごしの彼の手のひらの熱が伝わってくる。
人の温もりとは不思議なものだ。そうされれば、頑なになっていた心が、いとも簡単にほだされそうになる。
でも、易々と委ねることができるほど、ルークを信用していないのも事実。
だから、私はわざと自分を卑下する言葉を吐いた。
「じゃ、奴隷じゃないなら、私は家畜ですね」
「………そんなふうに思ってるんだ」
「この環境をそれ以外にどう思えば良いんですか?」
挑むようにルークを睨みつければ、彼は悲しいようなやるせないような表情を見せた。そして私の手を離さないまま、再び口を開いた。
「あのね……バルドゥールは君を殴ったこと、びどく後悔していたよ」
それを聞いた途端、ルークの手を思いっきり振り払った。そして声を上げて笑ってしまった。
可笑しい、可笑しすぎる。何が後悔だ。バルドゥールの口から出る綺麗事があまりに滑稽で、怖気がして、可笑しくてたまらない。
そんな湧き出る感情を抑えることができず、身体をくねらせて笑い転げてしまう。
そう、自分勝手な人間はいつもそうだ。
そんなつもりじゃなかった。そういう意味じゃない、と後付けの、自分にとって都合の良い言い訳ばかりをする。
でも受けた側からすれば、されたことが全てだ。それは見えない傷となって、ずっとずっと残り続けるもの。
こういう理不尽なところだけは元の世界と同じ。結局どこにいたって、人間の汚い部分は同じなのだ。
そんなことを思いながら笑い続けている私に、ルークが諦めたように肩を竦め口を開いた。
「そっか。君は、バルドゥールじゃ駄目なんだね」
「ええ、そうですよ。もっと言うなら、私はね、ルーク、あなただって選びたくなんかなかった」
瞼の端に溜まった涙を拭いながら、そう言えばルークの顔から表情が消えた。
「じゃ、良いよ」
そう言ってルークは静かに席を立つ。そして、流れるような足取りで扉の前に立った。
「どうぞ。お嬢さん、君が望む自由をあげるよ」
その声の後、すぐにガチャリと音がした。────ルークの手によって扉が開かれたのだ。
「自分の足で外の世界を見てくると良い」
まっすぐ私を見つめるルークは、穏やかな表情だったけれど、その口調は挑発しているようだった。そしてすぐこう言った。
「でも、後悔しても遅いからね」
付け加えられたそれは、ぞっとするほど冷たい声だった。
これまでの経験上、ルークに誑かされてばかりだから、これだって絶対に何か裏がある。そう思っても、私はこの誘惑に勝つことはできなかった。
「誰が後悔するものですか」
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