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あなたと私の始まり
輿入れ
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今日、私は知らない土地の、知らない人の元へ嫁ぐ。
でも、夫となる男に対して、愛情なんて欠片もない。このはただの契約だ。私が元の世界に戻るための取り引きに過ぎない。
そんな私を乗せて馬車は、北へ北へと向かっている。
この居心地の悪い馬車に乗り続け、もう10日以上だ。限界はとうに通り越して、今はただ意味もなく車窓から流れる景色を見つめている。
北に向かうに従い街路樹の色が枯れ、空は色を無くし、白銀一色の世界へと変わった。別に変わり行く景色に興味を持った訳ではない。ただ目の前にいる男を視界に入れたくないだけだ。
道中ずっと、目の前の男ことバイザックは私に嫁ぎ先について、滔々と語り続けていた。
くどくどと長い話だったが、要約すると───
嫁ぎ先は一年のほとんどが雪に閉ざされた、最果てのフィラント領ということろ。
そして夫なる男は冷酷で冷徹。意に背く者は容赦なく切り捨てる、通称【銀狼領主】と呼ばれているフィラントの領主。
付け加えるとバイザックは西のガダルド領の領主で、この度、政治的なアレコレで王様の命により、ガダルド領からフィラント領へ花嫁を差し出さなければならなくなった。
以上。
たったそれだけのことを何日もかけて喋るなんて、このバイザックという男は暇なのか、それともまだ老人というほど歳はいっていないが、もう話したことをすぐ忘れる痴呆なのだろうか。正直どちらでも構わないけど。
ただもしも痴呆というなら、私の両手にはめている手錠をうっかり外してほしいものだ。
手錠なんかしなくても、逃げ出すつもりはない。なぜなら、どれだけ逃げても私の帰りたい場所は自分の足では決してたどりつけない場所にあるから。
バイザックもそれを知っているはずなのに、手錠を外さないということは、単に私をいたぶりたいだけなのだろう。今、私が着ている服だってそうだ。真っ黒なドレス。喪服にしか見えない。これで輿入れさせるとは、悪趣味にも程がある。
でもそのいたぶりも、今日までた。フィラント領の関門はすぐそこだ。長かったけど、ようやく解放される。ただ、これから先は、自分の態度次第でいつでも首が飛ぶ状況にある。気を引き締めなければならない。
関門を馬車で通り過ぎようとした途端、前方に守衛が立ちはばかった。突然飛び込んできた人影に御者が慌てて手綱を締めたのだろう、馬のいななきと共に、馬車がぐらりと揺れた。
慌てて窓枠に手をつき、転倒を免れる。まかり間違ってもバイザックの胸に飛び込むなど洒落にならない。
突然の出来事にバイザックは不機嫌さを隠そうともせず、車内から大声を張り上げた。
「何をしておる!」
「お待ちしておりました」
馬車の中からでは、守衛の顔は分からないが、若い男の声だった。
守衛は、馬車へと飛び出したことについて謝罪の言葉を口にした後、車内にいるバイザックに向けて声を発した。
「ここより先は、わが領となります。立ち入ることができるのは、領主の元に嫁ぐ花嫁様だけになります」
慇懃だが、有無を言わせない守衛の口調に、バイザックはふんと鼻をならした。
「僻地の田舎領主のくせに、ずいぶんな口を聞く」
そう言いながらも、懐から鍵を取り出し、私の手錠を外す。
「さっさと行け」
しっしと手で追い払う仕草をするバイザックを、私は無言のまま睨み付ける。
「首と胴が離れて戻ることのないよう、せいぜい媚を売れ」
ひひっと下種な笑みを漏らすバイザックに、私はもう睨みつけることも、口を開くこともしなかった。
これから誰にも言えない孤独な戦いが始まるのだ。
夫となる領主の機嫌を損ねることなく、生き延びて私の世界へ戻る。絶対に。
でも、夫となる男に対して、愛情なんて欠片もない。このはただの契約だ。私が元の世界に戻るための取り引きに過ぎない。
そんな私を乗せて馬車は、北へ北へと向かっている。
この居心地の悪い馬車に乗り続け、もう10日以上だ。限界はとうに通り越して、今はただ意味もなく車窓から流れる景色を見つめている。
北に向かうに従い街路樹の色が枯れ、空は色を無くし、白銀一色の世界へと変わった。別に変わり行く景色に興味を持った訳ではない。ただ目の前にいる男を視界に入れたくないだけだ。
道中ずっと、目の前の男ことバイザックは私に嫁ぎ先について、滔々と語り続けていた。
くどくどと長い話だったが、要約すると───
嫁ぎ先は一年のほとんどが雪に閉ざされた、最果てのフィラント領ということろ。
そして夫なる男は冷酷で冷徹。意に背く者は容赦なく切り捨てる、通称【銀狼領主】と呼ばれているフィラントの領主。
付け加えるとバイザックは西のガダルド領の領主で、この度、政治的なアレコレで王様の命により、ガダルド領からフィラント領へ花嫁を差し出さなければならなくなった。
以上。
たったそれだけのことを何日もかけて喋るなんて、このバイザックという男は暇なのか、それともまだ老人というほど歳はいっていないが、もう話したことをすぐ忘れる痴呆なのだろうか。正直どちらでも構わないけど。
ただもしも痴呆というなら、私の両手にはめている手錠をうっかり外してほしいものだ。
手錠なんかしなくても、逃げ出すつもりはない。なぜなら、どれだけ逃げても私の帰りたい場所は自分の足では決してたどりつけない場所にあるから。
バイザックもそれを知っているはずなのに、手錠を外さないということは、単に私をいたぶりたいだけなのだろう。今、私が着ている服だってそうだ。真っ黒なドレス。喪服にしか見えない。これで輿入れさせるとは、悪趣味にも程がある。
でもそのいたぶりも、今日までた。フィラント領の関門はすぐそこだ。長かったけど、ようやく解放される。ただ、これから先は、自分の態度次第でいつでも首が飛ぶ状況にある。気を引き締めなければならない。
関門を馬車で通り過ぎようとした途端、前方に守衛が立ちはばかった。突然飛び込んできた人影に御者が慌てて手綱を締めたのだろう、馬のいななきと共に、馬車がぐらりと揺れた。
慌てて窓枠に手をつき、転倒を免れる。まかり間違ってもバイザックの胸に飛び込むなど洒落にならない。
突然の出来事にバイザックは不機嫌さを隠そうともせず、車内から大声を張り上げた。
「何をしておる!」
「お待ちしておりました」
馬車の中からでは、守衛の顔は分からないが、若い男の声だった。
守衛は、馬車へと飛び出したことについて謝罪の言葉を口にした後、車内にいるバイザックに向けて声を発した。
「ここより先は、わが領となります。立ち入ることができるのは、領主の元に嫁ぐ花嫁様だけになります」
慇懃だが、有無を言わせない守衛の口調に、バイザックはふんと鼻をならした。
「僻地の田舎領主のくせに、ずいぶんな口を聞く」
そう言いながらも、懐から鍵を取り出し、私の手錠を外す。
「さっさと行け」
しっしと手で追い払う仕草をするバイザックを、私は無言のまま睨み付ける。
「首と胴が離れて戻ることのないよう、せいぜい媚を売れ」
ひひっと下種な笑みを漏らすバイザックに、私はもう睨みつけることも、口を開くこともしなかった。
これから誰にも言えない孤独な戦いが始まるのだ。
夫となる領主の機嫌を損ねることなく、生き延びて私の世界へ戻る。絶対に。
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