銀狼領主と偽りの花嫁

茂栖 もす

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あなたと私のすれ違い

孤立①

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 ハスキー領主の腕の中で深い眠りに落ちていった私は、そのまま朝まで一度も悪夢にうなされることはなかった。けれど……。

「おはようございます」

 うつらうつらしていた私は突然耳に飛び込んできたその声に、ふっと瞼を開けた。が───、

「!!!!」

 目を開けた途端、昨晩のホラーなメイドが無表情で私の顔を覗き込んでいたのだ。
 悲鳴を上げなかったのは、意地でも弱みを見せたくないという強がりだったわけではなく、本当の恐怖で声を出すことができなかっただけだ。もちろん、眠気など一気に吹き飛んだ。
 
 硬直する私を無視して、ホラーなメイドは今日も淡々と口を開く。

「申し訳ありません。領主様より、本日はゆっくり休ませるよう仰せつかりましたが、如何せん、昼を過ぎましたので、様子を見に参りました」

 メイドの言葉に驚いて目を丸くする。この世界に来てから、特に規則正しい生活を心がけているつもりはなかったけれど、眠りが浅いせいで、寝過ごすことなど皆無だった。
 恐るべきハスキー犬の威力。これぞまさにアニマルセラピーなのだろう。

 それからのろのろと起き出して、身支度を整える。
 ふと昨晩の出来事を思い出して、天井を見上げてみた。けれど視界に写る天井は、きっちり板で塞がれていて、今日は空を望むことはできなかった。いや、もしかしたら昨晩の出来事こそが夢だったのかもしれない。私もだいぶ疲れていたし……。
 
 曖昧なままにしておくのは、少々気にかかる。魔法が本当にこの世界にあるのか、確認してみようとホラーなメイドに声をかけようとするが、すぐに口をつぐむ。そういえば、名前を知らなかった。 

「あの……」

 ホラーなメイドは無表情だったけれど、こちらを向く。

「名前を聞いて良いですか?」
「────………………アーシャと申します」

 名乗るだけなのに、その間は一体なんだったのだろう。余程、私と会話をしたくはないのだろうか。別にそれならそれでいい。知りたいことを知れれば、私はどちらでも構わない。

「アーシャさん、あの天井のことですが……」

 そこまで言って再び言葉を止める。ここで魔法という単語を使って良いのか躊躇してしまう。途中で言いかけて止めてしまった私だったが、アーシャは私の意図を汲み取ってくれたようで一つ頷いた。

「朝方、領主様が自室にお戻りになる際に、閉じられました。ご希望とあれば、開放いたしますがいかがいたしますか?」
「閉じたままでいいです」

 食い気味に返答してみた。
 昨日の出来事が夢じゃなかったこと、あと、この世界に魔法が存在することが確認できればそれでいい。何が悲しくて寝ながら異世界の月を見なければならないのか。絶対にお断りだ。

 疑問が晴れた。ということで、私は途中のままだった身支度を再開する。
 アーシャが用意してくれた衣装は、寒冷地特有の毛氈素材の橙色のドレスだった。厚い生地には細かい刺繍とビーズの装飾がされていて、とても美しいドレス。けれどそれを断り、限りなく装飾の少ないドレスを用意してもらう。私は期間限定の花嫁だ。贅沢品には興味がない。それに私にと用意してもらったものは、次の花嫁が使えば良い。

 次いで食事となったが、これも私は軽めのものをリクエストする。そんな私に、アーシャの眉がピクリと撥ねた。せっかくの料理を無駄にするなと言いたいのだろうか。それとも2回続けて、そちらの用意したものを断ったことに腹を立てているのだろうか。
 けれど、食べれないものは食べれない。そうなった経緯を説明するのは、あまりにややこしいので割愛して要件だけ伝える。

「パンとスープだけで良いです。でも、パンがなければスープだけお願いします」

 すっかり食欲は落ちてしまった。多分、日本にいた頃より相当痩せてしまったのだろう。いや違う。やつれてしまったのだろう。


 言いたいことを飲み込んで、アーシャは私の食事を用意してくれた。 
 暖かいスープと焼き立てのパン。温もりのある食べ物を口にできるだけで充分なのに、アーシャは私の傍で給仕をする。

 おかわりなど必要としないのにと思いつつ、黙々と食事を口に運んでいたが、アーシャがおもむろに私に声をかけた。

「昨晩、領主様からお聞きになっておりませんか?」
「何がですか?」

 首を傾げる私に、アーシャは淡々とした口調でこう言った。

「近いうちに舞踏会を開くそうです」
「!?」

 思わず、椅子から転げ落ちそうになった。
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