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【現在】居候、ときどき助手編

15.やっぱり失敗しました

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 さて、すったもんだの挙句、私は無事(?)に初仕事のリベンジへと向かうことができたのだ。
 
 デュアはこの前と同じ軽装に外出用のマント。ロゼ爺は黒の執事服から茶系のベストと、つぎはぎだらけのズボン。そして私はちょっと丈が大きい子供服で馬車に乗り込む。
 人混みに紛れたら、私とロゼ爺はどこからどう見ても貧困層の人間にしか見えない。非の打ち所のない変装だ。ただ───。



「うう~ん、せっかくの潜入捜査なのに雲行きが怪しいな」

 車窓から見える空は、晴天とは言い難い曇り空だ。どうせなら晴天に恵まれたかった。

「この作戦を表してるんだろ」

 向かい側に座っているデュアは、しかめっ面で憎まれ口をたたく。未だに、この作戦に同意していないのだろう。まったく往生際の悪い。

 むっと睨み付ける私にデュアはちらりと視線をこちらに向け、あからさまにため息をついた。デュアのそういう私を小馬鹿にする態度がいつも癪にさわるのだ。ふてくされた私はじろりとデュアを一睨みして口をつぐんだ。

 険悪な空気が馬車の中で充満する。そんな居心地の悪い空気を変えようと、ロゼ爺はいつもより明るい口調で話しかけてくれた。
 
「スイ様、天候など気にしなくても良いのです。それに雨天になれば何かあった際に、逃げるにも役立ちます」
「そうなの?」
「はい、雨が降れば足跡を残すことなく立ち去ることもできますし、深追いされる確率は低くなります」

 そっかなるほどと、あっという間に機嫌を良くした私をデュアは呆れた目で見ている。やっぱりイラッとする。
 でもそれで馬鹿正直に突っかかってしまえば、再び空気が悪くなるだろう。ただでさえ、狭い空間なのだ。ここは一つ私が大人になろう。

 うんうんと頷き、デュアに余裕の笑みを見せ付ける。そんな私を一瞥して、デュアはおもむろに口を開いた。

「もうすぐ到着するけど、良いか、絶対に深入りするなよ」
「わかってるよ」
「その口調も直せ。すぐに女だってバレる」
「わかってるわい!」
「どこぞのおっさんかよ!?」
「わかってるぞ」
「もういい……無理してしゃべるな」
「了解」

 設定を追加します。私は言葉が不自由な男の子ということになりました。
 
 それから、これからの流れと作戦のおさらいをしていたら、市場から少し離れたところで、馬車は静かに停車した。

 さてここからは、ロゼ爺と二人で歩いて闇市場へと向かい、私が売られるよう小芝居をする。そして無事に売られた私は、誘拐犯のアジトまでおとなしく同行する。アジト又は人身売買の現場まで突き止めたら、こっそり後をついてきているロゼ爺に助けてもらう、という算段だ。

 馬鹿な私と老人の二人で大丈夫!?と思うところだが、ところがどっこいデュア曰く、ロゼ爺はめちゃくちゃ強い……らしい。審議は定かではないけれど、要は私がミスらなければ良いのだ。私だって老人が体に鞭打って乱闘する絵面など見たくはない。
 



「じゃ、デュア行ってくるね」

 ロゼ爺と私は馬車を降りるが、デュアはむすっと腕を組んだままこちらを見てもくれない。そんなデュアに軽く手を振り、歩き出す。向かう先は、デュアと一緒に行った闇市場だ。
 
「ロゼ爺、頑張ろうね!」
「尽力を尽くします」

 不敵に笑うロゼ爺はしびれるほどカッコいい。大丈夫、絶対にうまくいく────はずだったけれど、そうとんとん拍子にはいかなかった。


 先日私の盗品を売っていた屋台はまだあった。ほっと胸を撫で下ろしたのはつかの間で、額に傷がある悪党は、私を見るなりしかめっ面ではき捨てた。

「いらねえよ、そんなガキ」

 まじですか!?
 愕然とする私に額に傷がある悪党はめんどくさそうに手を振る。

「最近、男は余り気味なんだよ。じいさん、どうせなら娘っ子を連れてくるんだったな」

 この一週間で、一体何が起こったのだろう。今更、女の子でしたなんて言えやしない。

「……そうですか…」

 心から残念そうな声を発して、ロゼ爺は私の肩を抱きそのままくるりと体を反転させた。

「一旦、戻りましょう。デュア様にも報告した方が良いと思われます」

 ロゼ爺にそう低く耳元で囁かれ、私はしぶしぶ頷くことしかできなかった。
 

 ロゼ爺に手を引かれながら歩く私は、頭の中でドナドナがずっと流れていた。
 いや、今回は売られたわけではないから歌詞的には違うけど、心情を表すには、この曲がぴったりだった。ついさっきまでは、あんなに意気込んでいたのに、1時間足らずで惨敗なんて情けなさすぎる。

 馬車はもう視界に入っている。そしてあの中にデュアがいる。
 さんざん大口叩いておいて、空振りで終わったと知ったら、デュアは何て言うだろう。
 【ほれみたことか】だろうな。あ、それとも【やっぱり】と言って鼻で笑うかもしれない。どちらにしても、忙しい二人をひっぱりまわした挙句、こんな結果になるなんて、本当に申し訳ない。

「スイ様、わたくしから説明致しますので、気を落とさないでください」

 余程、私はひどい顔をしているのだろう。気遣うロゼ爺の口調が胸に刺さる。

「ロゼ爺。ありがとう。……でも、ちゃんと私から言いたい」

 そう言ったら、ロゼ爺は何も言わず、頭を優しくなでてくれた。


 馬車に到着する直前、デュアが滑るように馬車から降り、こちらに駆けてきた。
 
「スイ、早いな…どうしたんだ?」

 少し慌てた表情のデュアを直視することができず、俯いたまま早口にこう告げた。 
 
「ごめん、デュア。失敗しちゃった。女の子じゃないといらないって言われちゃったの……」
「そうか。ご苦労だったな。じゃぁ、帰るぞ」

 デュアはそう言って、肩を落とした私に手を伸ばす。何をされるのだろうと、身を竦ませたら、優しく肩を抱かれただけだった。そしてデュアは馬車のドアを開けてくれた。

 馬車に乗り込む前に、恐る恐る顔をあげたら、デュアは目を細めて私を見ていた。それは、安堵の中から笑みが零れているという感じの不思議な表情だった。
 
 怒涛の嫌味を覚悟していたのに、こんな表情をするなんてズルいと思う。私にはこんな表情を作ることができない。子供扱いされた時よりも、今の方が年上感を見せつけられているようで複雑な気持ちだ。

 ちなみにお仕置きのキスはされなかったです。残念だったのか、ほっとしたのかは私の胸の内に秘めておきます。



□■□■□■□■□■□■



「あー残念」

 デュアの屋敷に戻って着替えをした私は、自室で伸びをした。そんな私に、ロゼ爺は労いのお茶を出してくれる。

「また策を練りましょう。大丈夫です、次は上手くいきますよ」

 今日一日、徒労に終わったというのに、ロゼ爺は穏やかに笑みを浮かべてくれる。本当に優しいおじいちゃんなのだ。執事の仕事はとっても忙しいのに、そのことについて何も言わないでいてくれるし、こんなことまで言ってくれる。

「さて、今日のディナーは雛鳥のパイ包みにしましょう」
「やったぁ」

 大好物のメニューに思わずバンザイをしてみたけど、慌てて両手を下ろして表情を引き締める。

「ロゼ爺、私、今日は皿洗いやるからね!」

 料理は残念ながら、食材が無駄になってしまうだろう。そして、ロゼ爺の仕事が間違いなく増えてしまう。それは本末転倒だ。
 けれど、ロゼ爺はゆっくりと首を横に振った。

「滅相もございません。スイ様こそお疲れでしょう、お食事の用意ができるまでゆっくりお休みください」

 柔和な笑みを浮かべながらも、ロゼ爺の目は【余計な仕事を増やすな】と、雄弁に語っていた。ロゼ爺はきっと、洗い物中に私が皿を割ることを、既に予測済みなのだろう。それは、ほぼ正解だけど、ちょっとだけ切なかった。
 そしてロゼ爺は、引きつった私を無視して、静かに部屋を後にした。

 一人になった私は、ベッドにゴロンと寝そべって、今日の事を振り返る。
 
「あーあ……結局、会えなかったなぁ」

 会いたかったのは、額に傷のある男の片割れだ。
 やっぱりあれから考えてみたけど、見覚えがあるのは間違いない。ベッドから身を起こしてもう一度、記憶を探ってみる。

 そこで昔、学校の何かの授業で耳にした言葉を突然思い出した。
【人間は会うべき格好で、その場所で会わないと見覚えはあるけど、思い出せない時がある】と。

 それに当てはめてみると、あの額に傷のある男の片割れは、闇市場での恰好以外で私は見たことになる。一番高い可能性は、私が聖女だった時。つまり戦争をしていた時となるけれど────。

 そこまで考えて、ガバリとベッドから身を起こす。

「……思い出した」

 あの悪党の片割れは、兵隊さんの一人だ。しかも、ライ隊長の部隊の人だった。そこでふと気付いてしまった。デュアと再会した時、死んでいたのは……。

「カザート小隊長」

 再び声が漏れるが、そのまま私はベッドの上で腕を組む。
 あのライ隊長の部下が二人も何かしらの悪行に手を染めているなんて信じられない。だってライ隊長は、自ら最前線へ赴くことを決めたけど、もともと王様の近衛隊の隊長を務めていた人だったのだ。

 ライ隊長の部隊の人達は、皆、ライ隊長を慕っていたはずなのに……。こんなの酷い裏切り行為だ。悪行以前の問題である。
 これは絶対に、デュアに報告しておかないといけないことだ。そう思って、ベッドから降りようと片足を下ろした瞬間───。
 



 ガシャン!!


 ガラスが割れる独特の破砕音が聞こえたのと同時に、部屋を踏み荒らす複数の足音と黒い影が飛び込んできた。
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