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★君と私のお見舞い【心構え編】①
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私が住むサンタスティンという街には二つのシンボルがある。それは劇場と、壮大な敷地に建てられた街一番の大きな教会だ。
そして劇場のもう一つの呼び名が【サンタスティンの庭】ならば、この教会は【サンタスティンの憧憬】と呼ばれている。
憧憬───少しばかり綺麗すぎる言葉であるが、男性にとってはここは、複雑な心境になる青色吐息な場所であった。
独身男性は、祝福の言葉を吐きつつも目が笑っていない独身女性の一面を垣間見る羽目になり、既婚男性は、楚々とした淑女に生涯を誓ったはずなのに、蓋を開ければ鬼女に仕える下僕になりさがった自分の現実を改めて実感することとなる。
とはいえ、この教会は確かに芸術的にも素晴らしい建築物だ。壁画のようなステンドグラスは、陽光を鮮やかな色彩に輝かせ、真っ白なバージンロードを美しく彩っている。夢見がちな女性がここに憧れを抱くのも無理はない。ただ、自分の容姿がここに納まるべきかどうかは、また別の問題でもある。
さて、そんな良くも悪くも街一番の教会に今日、私はいる。妻を迎える新郎として。
今日も雲一つない、澄み渡った秋晴れの空。今日という日に相応しい空模様だ。
私が居るのは教会の中の一室。人呼んで【新郎の控室】。少々狭いが、真っ白なタキシードを身にまとえるスペースさえあれば、然したる問題ではない。
「……やっとだ」
今、胸にあふれている感情を一言で表すなら、これしかない。そしてきっと、隣の新婦の間にいるフリーディアも同じ気持ちでいるのだろう。
今日の私とフリーディアは純白の衣装に身を包んでいる。何を隠そう、今日は私達の待ちに待った結婚式である。
「長く……は、なかったな」
二言目は、これまでの経緯を凝縮した言葉だ。
本当にあっという間だった。婚約期間など不要だ、などとぬかしていた自分がちゃんちゃら可笑しい。自分の事ながら鼻で笑いたくなる。
────そしてしばらく、彼女との出会いから今までを回想していたら、静かに扉を叩く音が聞こえた。
入室の許可を伝えれば、静かに扉が空き、そこには執事のクラウドが居た。メルディク家の歴史を常に一歩後ろで見守っていた、使用人の筆頭らしい、聡明な笑みを浮かべて。
「さぁ坊ちゃま、時間です。参りましょう」
「ああ、そうだな」
一つ頷き、部屋を出ようとしたが、ふと視線を感じクラウドを見る。そこには目の端に涙を浮かべる執事がいる。ああ、そうだった。彼はずっと私の傍で助言をし続け、かつ、猛獣使いの如く我が家の女性陣を巧みに操り、私とフリーディアとの交際を円満に進めてくれていたのだ。
「クラウド、今までありがとう」
心からの感謝の念を伝えれば、クラウドはそっと指で涙を拭いこう言った。
「さぁルディローク様、参りましょう」
何ということだ。クラウドは初めて自分の名を呼んでくれたのだ。これは自分が一人の男と認められたということだ。今度は私の目に熱いものが込み上げてくる。
しかし、それを必死に押しとどめ、私は聖堂へ向かった。
参列者の先頭に立ち、花嫁を待つ。
きっと父親と共にバージンロードを歩くフリーディアは、憧れの純白のドレスを身に纏い、百合のように楚々として、バラのように艶やかなのだろう。
もうこれからは私が彼女の夫なのだ。初夜では、営みもさることながら、今後の人生について語り合わなくてはならない。そう堅く決心して、今か今かと花嫁を待つ。けれど───。
「………む?」
そこで私は、小さな声を上げてしまった。けれど、重厚なパイプオルガンの演奏のお陰で誰も気付いていない。そのことにはほっと胸を撫で下ろすけれど、私が感知した小さな恐怖感は、徐々に大きくなっていく。
私は新婦を迎える為、聖堂の入口を向いている。厳粛なこの場でよそ見をするなど言語道断だ。だが、横から、ひりひと……嫌、違う。そんな生易しいものではない。明確な殺気の籠った視線を投げつけられている。
一体、誰だ?まさか、フリーディアに想いをよせる不届きものが、この場に潜んでいるのか?慈しみに満ちた眼差しで彼女を迎えなければならないというのに、知らず知らずのうちに眉間に皺が寄っていく。
けれど頭の中の片隅で、そういう類ではない警鐘が、むやみやたらに鳴り響く。そして、ギギッと軋んだ音と共に重い扉が開かれた瞬間、私の顔は蒼白となり、見事に引きつった。
なぜなら、私の元へ向かって来たのは新婦ではなく、母親を除く我が家の女性陣であったのだ。
なぜあそこに女性陣がいるんだ!?しかも、全員同じドレスを着ている。お前達が新婦の付き添い人のブライズメイドだと!?ふざけるなっと、怒鳴り散らしたい。けれど、次の瞬間、親族席から一人の女性が私の前に仁王立ちになった。
「ルディ、これは一体どういうことなのですか!?」
耳を劈くような怒声を私に浴びせたのは、母だった。長年の習慣で全身から嫌な汗が噴き出してくる。次いで、ついさっきから感じていた殺気を孕んだ視線は同じく母であったことを瞬時に理解した。
そして、母の怒声を皮切りに残りの女性陣も口を開いてしまった。
「そうよ、ルディ。フリーディアさんとの初対面が結婚式ってどういうことなの!?」
「ルディ、あなた私達に隠れてコソコソ式の準備をしていたのねっ」
「隠し事をするお兄様なんて最低っ」
「っていうかお兄様、脳内恋愛じゃなかったんだ。マジ驚いたっ」
聖堂の入口からは女性陣が私に罵声を浴びせながら、バージンロードをずかずかと踏み荒らしてこちらに近づいて来る。
そして、想像を絶するこの状況で、青ざめてわなわなと震えることしかできない私の前には、女性陣が勢ぞろいしてしまった。
背中から冷たい汗が流れる。そんな中、わずかな希望を求めて親族席を伺い見れば、父は愛犬を抱えて震えていた。哀愁さえ覚えるその姿に、救いの手を差し伸べる気は微塵もないことを知る。そして、クラウドは両手両足を縛られ、聖堂の隅に転がっていた。万事休す。
「ルディ、黙ってないで何とかおっしゃいっ」
母が私に一歩詰め寄れば、残りの女性陣も同じように私に近づく。
…………ああ、やはりこうなってしまったか。我が家の女性陣を目の当たりにしてしまえば、フリーディアが婚約を破棄するかもしれないという懸念から、この結婚式はずっと隠密で事を進めてきたのだ。
けれどこの惨状をこの目にして、それが裏目に出てしまったことを思い知らされる。過去一度も女性陣に白星を挙げたことがない自分が、どんな策を練ろうとも敵うわけがなかったのだ。
多分、今私は、このタキシードより真っ白な顔色になっているだろう。そしてこんな阿修羅のようなブライズメイドなど世界中探してもどこにもいないだろう。
式場が水をうったかのように静まり返る中、突如として聖堂の入口に1つの人影が現れた。そして、その影はステンドグラスの光を受け、はっきりと誰なのかわかってしまった。
真っ白なバラのブーケを手に持ち、優雅にこちらに向かってくるのは、花嫁であるフリーディアだった。
本来なら父親と共に、バージンロードを歩くものだが、今この状況においてそんなものは些細なこと。それより、この惨状をどうフリーディアに説明すれば良いのだろう。
言い訳など口にできるはずもなく、また彼女が納得できる説明など、今の私にできるわけがない。
無様に立ち尽くすことしかできない私とは反対に、フリーディアはしっかりとした足取りで歩を進め私と向かい合った。
「ルディローク様、この結婚、白紙に戻してくださいませ」
彼女の形の良い唇が、身を切り裂く様な言葉を紡ぐ。
その声は決して大きなものではなかったが、衣擦れの音すら聞こえない聖堂では、やけに大きく響いた。怯えて声も出せない私に、フリーディアは更に言葉を紡ぐ。
「ご家族の怒りを買ってまで、私はあなたとは結婚する気はありません」
花嫁の発言に、ざわざわと式場が騒めき出した。そんな中、まったく動じない女性陣達はフリーディアを囲んで、わいわいと騒ぎだした。
「そうね、フリーディアさん。あなたのような素敵な方がルディロークの妻になるなんて勿体ないわ」
「フリーディアさん、あなたに似合う男性は沢山いるわ。こんな愚弟なんて捨てて正解よ。私に任せてっ。良い人紹介するから」
「あーお義姉さまって呼べないのは残念だけど、これからはお友達として仲良くしてくださいね。フリーディアさん」
「フリーディアさん、お兄様ってマジきもいから、フッて正解だよ。っていうか、お腹空いた。今からパンケーキ食べに行かない?」
結婚のご破算を進める女性陣に対して怒り心頭だが、それよりも末の妹のパンケーキ発言は何なのか!?まさかもう、この状況に飽きたというのか。
「………ち、違うんだ、フリーディア。聞いてくれ」
そう必死に言葉をかけるが、女性陣の熱を帯びたパンケーキ談義にかき消されてしまい、彼女の元に届かない。しかも信じられないことに、フリーディアもパンケーキ談義に参加を始めてしまった。こんな凄惨な光景はまるで地獄のようだ。
そうだ、ここは教会だった。それ即ち天国に最も近い場所。そして天国と地獄は紙一重の場所にある。私は今、地獄へと突き落とされようとしている。同じ血を別けた身内の手によって。
この世の春とばかりに迎えた結婚式が一変して、阿鼻叫喚の図に変ってしまった。
そして何故かこのタイミングでパイプオルガンの演奏が始まった。しかも曲目はレクイエム。同じタイミングで神父は神妙な顔をして胸に十字を切っている。それは間違いなく私に向けてなのだろう。
思わず顔を背けた先には、なぜかカイトがいた。彼は私と視線を交わした瞬間、静かに両手を合わせた。これは彼の国の言葉で言う【合掌】というものだろう。視界が絶望一色に染められていく。
そんな底知れぬ絶望と悲しいに包まれた私に、母はトドメの一撃を投下した。
「さぁフリーディアさん、ルディなんて放っておいて、パンケーキ食べに行きましょう」
誘いという名の命令を下されたフリーディアは、迷うことなく頷いてしまった。そして私に向かってこう言った。
「さようなら、ルディローク様」
「待ってくれ、フリーディア!!」
絶叫と共に、去っていくフリーディアの追った私の足元には、何故か聖堂の隅に転がされていたはずのクラウドが横たわっていて、私はそれに躓き、豪快に転倒してしまった────……と、思ったら視界が開け、馴染みのある光景が飛び込んで来た。
数拍置いてここが自分の部屋で、私は机でうたた寝をしていたのだと理解する。
ああ良かった。どうやら私は夢を見ていたようだった。
そして劇場のもう一つの呼び名が【サンタスティンの庭】ならば、この教会は【サンタスティンの憧憬】と呼ばれている。
憧憬───少しばかり綺麗すぎる言葉であるが、男性にとってはここは、複雑な心境になる青色吐息な場所であった。
独身男性は、祝福の言葉を吐きつつも目が笑っていない独身女性の一面を垣間見る羽目になり、既婚男性は、楚々とした淑女に生涯を誓ったはずなのに、蓋を開ければ鬼女に仕える下僕になりさがった自分の現実を改めて実感することとなる。
とはいえ、この教会は確かに芸術的にも素晴らしい建築物だ。壁画のようなステンドグラスは、陽光を鮮やかな色彩に輝かせ、真っ白なバージンロードを美しく彩っている。夢見がちな女性がここに憧れを抱くのも無理はない。ただ、自分の容姿がここに納まるべきかどうかは、また別の問題でもある。
さて、そんな良くも悪くも街一番の教会に今日、私はいる。妻を迎える新郎として。
今日も雲一つない、澄み渡った秋晴れの空。今日という日に相応しい空模様だ。
私が居るのは教会の中の一室。人呼んで【新郎の控室】。少々狭いが、真っ白なタキシードを身にまとえるスペースさえあれば、然したる問題ではない。
「……やっとだ」
今、胸にあふれている感情を一言で表すなら、これしかない。そしてきっと、隣の新婦の間にいるフリーディアも同じ気持ちでいるのだろう。
今日の私とフリーディアは純白の衣装に身を包んでいる。何を隠そう、今日は私達の待ちに待った結婚式である。
「長く……は、なかったな」
二言目は、これまでの経緯を凝縮した言葉だ。
本当にあっという間だった。婚約期間など不要だ、などとぬかしていた自分がちゃんちゃら可笑しい。自分の事ながら鼻で笑いたくなる。
────そしてしばらく、彼女との出会いから今までを回想していたら、静かに扉を叩く音が聞こえた。
入室の許可を伝えれば、静かに扉が空き、そこには執事のクラウドが居た。メルディク家の歴史を常に一歩後ろで見守っていた、使用人の筆頭らしい、聡明な笑みを浮かべて。
「さぁ坊ちゃま、時間です。参りましょう」
「ああ、そうだな」
一つ頷き、部屋を出ようとしたが、ふと視線を感じクラウドを見る。そこには目の端に涙を浮かべる執事がいる。ああ、そうだった。彼はずっと私の傍で助言をし続け、かつ、猛獣使いの如く我が家の女性陣を巧みに操り、私とフリーディアとの交際を円満に進めてくれていたのだ。
「クラウド、今までありがとう」
心からの感謝の念を伝えれば、クラウドはそっと指で涙を拭いこう言った。
「さぁルディローク様、参りましょう」
何ということだ。クラウドは初めて自分の名を呼んでくれたのだ。これは自分が一人の男と認められたということだ。今度は私の目に熱いものが込み上げてくる。
しかし、それを必死に押しとどめ、私は聖堂へ向かった。
参列者の先頭に立ち、花嫁を待つ。
きっと父親と共にバージンロードを歩くフリーディアは、憧れの純白のドレスを身に纏い、百合のように楚々として、バラのように艶やかなのだろう。
もうこれからは私が彼女の夫なのだ。初夜では、営みもさることながら、今後の人生について語り合わなくてはならない。そう堅く決心して、今か今かと花嫁を待つ。けれど───。
「………む?」
そこで私は、小さな声を上げてしまった。けれど、重厚なパイプオルガンの演奏のお陰で誰も気付いていない。そのことにはほっと胸を撫で下ろすけれど、私が感知した小さな恐怖感は、徐々に大きくなっていく。
私は新婦を迎える為、聖堂の入口を向いている。厳粛なこの場でよそ見をするなど言語道断だ。だが、横から、ひりひと……嫌、違う。そんな生易しいものではない。明確な殺気の籠った視線を投げつけられている。
一体、誰だ?まさか、フリーディアに想いをよせる不届きものが、この場に潜んでいるのか?慈しみに満ちた眼差しで彼女を迎えなければならないというのに、知らず知らずのうちに眉間に皺が寄っていく。
けれど頭の中の片隅で、そういう類ではない警鐘が、むやみやたらに鳴り響く。そして、ギギッと軋んだ音と共に重い扉が開かれた瞬間、私の顔は蒼白となり、見事に引きつった。
なぜなら、私の元へ向かって来たのは新婦ではなく、母親を除く我が家の女性陣であったのだ。
なぜあそこに女性陣がいるんだ!?しかも、全員同じドレスを着ている。お前達が新婦の付き添い人のブライズメイドだと!?ふざけるなっと、怒鳴り散らしたい。けれど、次の瞬間、親族席から一人の女性が私の前に仁王立ちになった。
「ルディ、これは一体どういうことなのですか!?」
耳を劈くような怒声を私に浴びせたのは、母だった。長年の習慣で全身から嫌な汗が噴き出してくる。次いで、ついさっきから感じていた殺気を孕んだ視線は同じく母であったことを瞬時に理解した。
そして、母の怒声を皮切りに残りの女性陣も口を開いてしまった。
「そうよ、ルディ。フリーディアさんとの初対面が結婚式ってどういうことなの!?」
「ルディ、あなた私達に隠れてコソコソ式の準備をしていたのねっ」
「隠し事をするお兄様なんて最低っ」
「っていうかお兄様、脳内恋愛じゃなかったんだ。マジ驚いたっ」
聖堂の入口からは女性陣が私に罵声を浴びせながら、バージンロードをずかずかと踏み荒らしてこちらに近づいて来る。
そして、想像を絶するこの状況で、青ざめてわなわなと震えることしかできない私の前には、女性陣が勢ぞろいしてしまった。
背中から冷たい汗が流れる。そんな中、わずかな希望を求めて親族席を伺い見れば、父は愛犬を抱えて震えていた。哀愁さえ覚えるその姿に、救いの手を差し伸べる気は微塵もないことを知る。そして、クラウドは両手両足を縛られ、聖堂の隅に転がっていた。万事休す。
「ルディ、黙ってないで何とかおっしゃいっ」
母が私に一歩詰め寄れば、残りの女性陣も同じように私に近づく。
…………ああ、やはりこうなってしまったか。我が家の女性陣を目の当たりにしてしまえば、フリーディアが婚約を破棄するかもしれないという懸念から、この結婚式はずっと隠密で事を進めてきたのだ。
けれどこの惨状をこの目にして、それが裏目に出てしまったことを思い知らされる。過去一度も女性陣に白星を挙げたことがない自分が、どんな策を練ろうとも敵うわけがなかったのだ。
多分、今私は、このタキシードより真っ白な顔色になっているだろう。そしてこんな阿修羅のようなブライズメイドなど世界中探してもどこにもいないだろう。
式場が水をうったかのように静まり返る中、突如として聖堂の入口に1つの人影が現れた。そして、その影はステンドグラスの光を受け、はっきりと誰なのかわかってしまった。
真っ白なバラのブーケを手に持ち、優雅にこちらに向かってくるのは、花嫁であるフリーディアだった。
本来なら父親と共に、バージンロードを歩くものだが、今この状況においてそんなものは些細なこと。それより、この惨状をどうフリーディアに説明すれば良いのだろう。
言い訳など口にできるはずもなく、また彼女が納得できる説明など、今の私にできるわけがない。
無様に立ち尽くすことしかできない私とは反対に、フリーディアはしっかりとした足取りで歩を進め私と向かい合った。
「ルディローク様、この結婚、白紙に戻してくださいませ」
彼女の形の良い唇が、身を切り裂く様な言葉を紡ぐ。
その声は決して大きなものではなかったが、衣擦れの音すら聞こえない聖堂では、やけに大きく響いた。怯えて声も出せない私に、フリーディアは更に言葉を紡ぐ。
「ご家族の怒りを買ってまで、私はあなたとは結婚する気はありません」
花嫁の発言に、ざわざわと式場が騒めき出した。そんな中、まったく動じない女性陣達はフリーディアを囲んで、わいわいと騒ぎだした。
「そうね、フリーディアさん。あなたのような素敵な方がルディロークの妻になるなんて勿体ないわ」
「フリーディアさん、あなたに似合う男性は沢山いるわ。こんな愚弟なんて捨てて正解よ。私に任せてっ。良い人紹介するから」
「あーお義姉さまって呼べないのは残念だけど、これからはお友達として仲良くしてくださいね。フリーディアさん」
「フリーディアさん、お兄様ってマジきもいから、フッて正解だよ。っていうか、お腹空いた。今からパンケーキ食べに行かない?」
結婚のご破算を進める女性陣に対して怒り心頭だが、それよりも末の妹のパンケーキ発言は何なのか!?まさかもう、この状況に飽きたというのか。
「………ち、違うんだ、フリーディア。聞いてくれ」
そう必死に言葉をかけるが、女性陣の熱を帯びたパンケーキ談義にかき消されてしまい、彼女の元に届かない。しかも信じられないことに、フリーディアもパンケーキ談義に参加を始めてしまった。こんな凄惨な光景はまるで地獄のようだ。
そうだ、ここは教会だった。それ即ち天国に最も近い場所。そして天国と地獄は紙一重の場所にある。私は今、地獄へと突き落とされようとしている。同じ血を別けた身内の手によって。
この世の春とばかりに迎えた結婚式が一変して、阿鼻叫喚の図に変ってしまった。
そして何故かこのタイミングでパイプオルガンの演奏が始まった。しかも曲目はレクイエム。同じタイミングで神父は神妙な顔をして胸に十字を切っている。それは間違いなく私に向けてなのだろう。
思わず顔を背けた先には、なぜかカイトがいた。彼は私と視線を交わした瞬間、静かに両手を合わせた。これは彼の国の言葉で言う【合掌】というものだろう。視界が絶望一色に染められていく。
そんな底知れぬ絶望と悲しいに包まれた私に、母はトドメの一撃を投下した。
「さぁフリーディアさん、ルディなんて放っておいて、パンケーキ食べに行きましょう」
誘いという名の命令を下されたフリーディアは、迷うことなく頷いてしまった。そして私に向かってこう言った。
「さようなら、ルディローク様」
「待ってくれ、フリーディア!!」
絶叫と共に、去っていくフリーディアの追った私の足元には、何故か聖堂の隅に転がされていたはずのクラウドが横たわっていて、私はそれに躓き、豪快に転倒してしまった────……と、思ったら視界が開け、馴染みのある光景が飛び込んで来た。
数拍置いてここが自分の部屋で、私は机でうたた寝をしていたのだと理解する。
ああ良かった。どうやら私は夢を見ていたようだった。
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