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★君と私のお友達【待合せ編】②

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 さてフリーディアの屋敷に到着した自分は、馬車が停まると同時に、すぐに降り立つ。婚約者を馬車の中にいたまま迎え入れるなど、万死に値する。

 かつて、2番目の姉を馬車の中にいたまま迎え入れようとしたら、首根っこを掴まれ地面に引きずり降ろされた。ヒールの高い靴を私の鳩尾に食い込ませながら、あの時姉は【男のクセにぐうたら座ってんじゃねえよ、このゴミ屑がっ】と自分を罵ったのだ。

 あれは正直キツかった。それから1週間は馬車に乗るたびに、全身が震え嫌な汗が止まらなかった。しかし姉だったから、あの症状ですんだのだ。もし、フリーディアに同じことをされたら、私は自分で自分の存在を消すだろう。

 そんな苦い思い出を噛みしめながら、気持ちを落ち着かせる為にタイを結び直す。次いで、懐から時計を取り出し時間を確認する。少し早すぎたようだ。

 けれど遠くから軽くリズミカルな足音が聞こえてきた。振り向けばフリーディアがこちらに駆けてきてるではないか。何というタイミングの良さだ。やはり、私達はお互い運命の相手なのだろう。

「お待たせして申し訳ないです」

 駆け寄って来たフリーディアは少し頬が赤い。緊張しているのだろうか、少し声が掠れている。そして、丁寧に腰を折る仕草がいつにもまして可憐だ。

 ───可愛い……しかし、いきなりニヤつくなど愚の骨頂だ。頷くことで自制心を総動員して緩む頬を必死に引き締める。

 さてこれからは、全て段取り通りつつがなく、ダブルデートというミッションをこなさなければならない。女性の評価は常に減点制だ。一つでもミスがあれば、それを挽回するのに何倍も労力を要する。

 フリーディアに向ける第一声は、予想以上に緊張する。私は息を整え、冷静さを装って口を開いた。

「フリーディア、君は私と同じ馬車に乗るように」

 まずは、彼女の緊張をほぐしておかなければならない。侍女が同席するとはいえ、独り馬車で目的地に向かうのは心細いだろう。


 もじもじと恥ずかしがるフリーディアの背中を押すように、彼女の侍女はすぐさま別の馬車に移動する。お茶会の時もそうだったが、大変空気を読むのに長けている侍女だ。さすが、フリーディア、侍女の教育も抜かりない。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 馬車に乗り込んだ私とクローディアは、心地よい沈黙に包まれている。

 この居心地が良く穏やかな時間のまま、カイの屋敷に向かいたいと言うのが本音だが、やはりフリーディアの為に本日のスケジュールをかいつまんで説明することにする。人間わからないことが多ければ多いほど不安要素が多くなるものだ。

 説明は───功をなしたようだ。

 彼女は公園を酷く恐れている。それは、もちろんかつての惨劇のせいなのだが、自分と共に行動するというのに、よその男に心を飛ばす彼女に少々不満に思う。……もちろん、それを口にすべきではないことぐらい百も承知だ。 

 とはいえ、いずれ彼女と共にあの公園に赴きたいとも考える。

 お茶会の際、一輪の花と例えるべき可憐なフリーディアを見て、ゼラルドを池にぶち込んだ勇姿が一瞬のうちに上書きされたように、彼女も忌まわしい記憶など、私と過ごすことで早々に塗り直してしまえば良い。

 そんなことをつらつらと考えていたら、最初の目的地であるカイの屋敷に到着した。



 彼女はカイと知り合いといっていたが、カイの屋敷を目にするのは初めてなのかもしれない。

 東洋のテイストを含んだ建物に興味を持ったのだろうか。そわそわとせわしなく辺りを見回している。

 竹と水鉢、玉砂利を敷き詰めた石畳、どうやら彼女はこういう東洋の庭が好みらしい。なるほど、新しい発見があった。帰宅後、早々に庭を改装しなければならない。

 改装した庭でのお茶会を想像して、再び頬が緩むのを隠すことができない。ただ幸いにも彼女は自分の3歩後ろを歩いている。

 やはり何も言わなくても、彼女は慎ましい性格をしている。ただ我の強い婚約者に悩まされるカイに少し申し訳ない。

 そしてカイの屋敷の庭に足を踏み入れると、そこそこに着飾ったカイの婚約者に出迎えられた。なるほど、これがカイの目を死んだ魚のようにさせた婚約者なのか。確かに我が強そうだ。

 ただ、キズモノと喚いていたらしいが、一体それはどういうことなのだろうか。他人の婚約者などまるで興味はないが、正直なことを言うと、彼女は被害者より加害者になりそうな強靭な何かを備えているような気がする。

 表情を変えずに、そんな分析をしていたらカイの婚約者は私をスルーして、笑顔でフリーディアに駆け寄った。

「フリーディア、よく来てくれたわね。嬉しいわ」

 ……両手を掴まれたフリーディアはうっすらと笑みを浮かべている。どうやらフリーディアとカイの婚約者は、本当に友達のようだった。

 それにしても、どうして可憐で慎ましいフリーディアに、あのような友人ができるのだろうか。これは人類の七不思議なのかもしれない。

 思わず首を捻る私だったが、数歩遅れて歩いてきたカイを視界に入れ、すぐさま思考を切り替えた。

「やぁ、フリーディア、久しぶりだね。ルディも先週ぶり。今日は来てくれてありがとう」
「いや、礼には及ばん。それと、初めてましてカロリーナ殿。カイの友人のルディロークです」

 爽やかな笑顔を浮かべながら何食わぬ顔で挨拶をするカイに、自分もそつなく挨拶を返する。

 良かった、先日カイに会った時は生きる屍と化していたが、今日は血色よさそうだ。一つ頷いて、問題の婚約者の方を見れば、待ってましたと言わんばかりに挨拶を返された。

「初めまして、ルディローク様。カイの婚約者のカロリーナですわ」

 そう言ってふわりと笑う婚約者の友人の目つきは【選定】という言葉が一番ふさわしい。

 言われなくてもわかっている。間違いなくカロリーナがフリーディアの友人だった今、私のすべき行動は既にリサーチ済みだ。一つのミスも許されない。なぜなら、そのミスはフリーディアの恥となるからだ。

 もちろん、その選定、受けて立とう。 

【ルディお兄さま、実はフリーディアさんとは脳内でしかお付き合いしてないんじゃないですか?きもっ】

 末の妹の辛辣な言葉が蘇る。

 冗談ではない。私はまごうことなきフリーディアの婚約者なのだ。脳内で付き合っているわけでもなければ、自分はきもくもない。

 ここは完璧な婚約者だということを証明しなければならない。そして、カイには悪いが、その証言者になってもらおう。

「それじゃ、行こうか」



 カイの促す声に頷き、私は強い一歩を踏み出した。
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