32 / 37
旅の再開
嘘つきの私に優しさは不要です②
しおりを挟む
さわさわと心地よい風を受け、私は朝食をもっさもっさと口に運ぶ。
けれども、気持ちは浮き立つどころか、その逆。大変気まずい。なかなか食事が喉を通らない。
日持ちのするパンは硬くて、なかなか飲み込めないのもある。いつもよりフザイクな顔を見られるのが恥ずかしいのもある。
でも、一番食事が進まない理由は、昨晩のことをカーディルがおくびにも出さないからだ。
そしてそれを望んでいるはずの私が、こんなにも心を乱しているからだ。
……普通、逆じゃね?
硬いパンを噛み砕きながらそんなことを考える。
ちなみにカーディルとマリモはあっという間に食事を終えてしまった。しかもマリモはニューバの背で二度寝をし始めている。
うん。一先ず、目の前の食事に集中しよう。
小学校の給食時間に一人残される恐怖を思い出した私は、思考を全て食事に向ける。
そして、やっとこさ完食した私にカーディルは淹れ直した暖かいお茶を差し出しながらこう言った。
「私は大丈夫ですよ。姫さま」
「え?」
カーディルが唐突に口にした意味がわからず、私は間の抜けた声を出してしまった。
そんな私に、あなたはバツが悪そうな顔をするわけでもなく、昨日のように熱を孕んだ視線を向けるわけでもなく、思いやりに満ちた眼差しを向ける。
「昨晩のこと、気にしておられるような気がしたので」
「………っ」
お茶が入ったカップを落とさなかったのが、奇跡だった。
でも、少しでも気を抜けば、するりと落としそうになるカップを私は両手で握りしめる。
私のその仕草をどう受け止めたかわからないけれど、カーディルは一度立ち上がると、私のすぐ傍で丁寧に膝を付いた。
そして、うなじが見えてしまいそうな程、深く首を垂れる。
「昨晩の自分はどうかしておりました。けれど、あれは夢ではないことだけは、記憶の隅にでも留めておいてください。そして、お願いです。あなたを慕う気持ちだけは、どうか取り上げないでください。………それが、私の生きる糧ですから」
なんてひどい言葉を、この人は吐くのだろう。
あなたに生きて欲しいから、思ってもいない言葉を投げつけたというのに。いっそ嫌いになってくれたほうがまだマジだとすら思っているのに。
どうして、こんな嬉しく残酷な言葉をさらりと口にできるのだろう。
カップを床に置いて、ぎゅっと気持ちに蓋をするように胸を押さえる。この気持ちが溢れてこないように。
そんな私をカーディルは、どう受け止めたのかはわからない。
「今は姫さまに答えは求めません。あなたを苦しめたいとも思っておりません。ただ、伝えたかっただけです。───……それでは、食事も終えたことですし、出発することにしましょう」
そう言って、ただ静かに立ち会が立っただけだった。
それからあっという間に荷物をまとめ、ニューバに積み、綺麗な所作でマントを羽織り、私に手を差し伸べる……と思ったけれど、違った。
「失礼します」
「───……う、わぁっ」
何のためらいもなくカーディルは私に手を伸ばしたと思ったら、これまた何の躊躇もなく私の両脇に手を差し込んだ。ふわりと身体が浮く。
そしてあたふたとする間もなく、私のお尻はストンとニューバの背に着地した。
ちょっと慌てて移動したマリモがみゅーっと鳴く。どうやら二度寝を邪魔された抗議のようだ。ごめんね。
ぴんとした耳をくすぐるように撫でたら、すぐに機嫌を直してくれたマリモを見て、お前は素直でいいなぁと苦笑を浮かべる。
「さぁ、向かいましょう。姫さま。皆が待っています」
私を背後から抱えるようにふわりとニューバに跨ったカーディルは、長い腕を伸ばして角を掴む。反対の腕は私のお腹にぐるりと回る。
引き寄せられるように密着したあなたから、服越しに熱が伝わる。それはあなたが生きている証。
そして、その温もりが、迷う私の気持ちを正してくれる。
「うん」
きっぱりと言って、しっかりと前を向いて、私はうっかりその胸にもたれないよう背筋を伸ばす。
───あなたが、生きてくれればそれでいい。この世界から消えていなくならなければ、それだけで良い。
どうしようもない程ヘタレな私は、きっとこれからも何度も迷うのだろう。
あなたの心に触れ、そのまま身を委ねたくなる衝動に駆られるだろう。
でも、雨の中、あなたの命が消えてしまった瞬間を思い出せば、私は自分の選択を後悔することはない。
………ただ、この胸の痛みは容易に消え去ってくれないだろうけど。
「行こう、カーディルさん」
私はマリモを肩に乗せて、あなたを仰ぎ見る。ちゃんと笑えているだろうか。
残念ながらわからない。そして、あなたの表情も逆光で見ることができない。でも───。
「すぐに追いつきます。少し飛ばしますので、しっかり掴まっててください」
あなたは馴染み深い側近兼護衛の口調でそう言って、ニューバの脇腹を蹴る。
そうすれば、流れるように景色が動き出した。
けれども、気持ちは浮き立つどころか、その逆。大変気まずい。なかなか食事が喉を通らない。
日持ちのするパンは硬くて、なかなか飲み込めないのもある。いつもよりフザイクな顔を見られるのが恥ずかしいのもある。
でも、一番食事が進まない理由は、昨晩のことをカーディルがおくびにも出さないからだ。
そしてそれを望んでいるはずの私が、こんなにも心を乱しているからだ。
……普通、逆じゃね?
硬いパンを噛み砕きながらそんなことを考える。
ちなみにカーディルとマリモはあっという間に食事を終えてしまった。しかもマリモはニューバの背で二度寝をし始めている。
うん。一先ず、目の前の食事に集中しよう。
小学校の給食時間に一人残される恐怖を思い出した私は、思考を全て食事に向ける。
そして、やっとこさ完食した私にカーディルは淹れ直した暖かいお茶を差し出しながらこう言った。
「私は大丈夫ですよ。姫さま」
「え?」
カーディルが唐突に口にした意味がわからず、私は間の抜けた声を出してしまった。
そんな私に、あなたはバツが悪そうな顔をするわけでもなく、昨日のように熱を孕んだ視線を向けるわけでもなく、思いやりに満ちた眼差しを向ける。
「昨晩のこと、気にしておられるような気がしたので」
「………っ」
お茶が入ったカップを落とさなかったのが、奇跡だった。
でも、少しでも気を抜けば、するりと落としそうになるカップを私は両手で握りしめる。
私のその仕草をどう受け止めたかわからないけれど、カーディルは一度立ち上がると、私のすぐ傍で丁寧に膝を付いた。
そして、うなじが見えてしまいそうな程、深く首を垂れる。
「昨晩の自分はどうかしておりました。けれど、あれは夢ではないことだけは、記憶の隅にでも留めておいてください。そして、お願いです。あなたを慕う気持ちだけは、どうか取り上げないでください。………それが、私の生きる糧ですから」
なんてひどい言葉を、この人は吐くのだろう。
あなたに生きて欲しいから、思ってもいない言葉を投げつけたというのに。いっそ嫌いになってくれたほうがまだマジだとすら思っているのに。
どうして、こんな嬉しく残酷な言葉をさらりと口にできるのだろう。
カップを床に置いて、ぎゅっと気持ちに蓋をするように胸を押さえる。この気持ちが溢れてこないように。
そんな私をカーディルは、どう受け止めたのかはわからない。
「今は姫さまに答えは求めません。あなたを苦しめたいとも思っておりません。ただ、伝えたかっただけです。───……それでは、食事も終えたことですし、出発することにしましょう」
そう言って、ただ静かに立ち会が立っただけだった。
それからあっという間に荷物をまとめ、ニューバに積み、綺麗な所作でマントを羽織り、私に手を差し伸べる……と思ったけれど、違った。
「失礼します」
「───……う、わぁっ」
何のためらいもなくカーディルは私に手を伸ばしたと思ったら、これまた何の躊躇もなく私の両脇に手を差し込んだ。ふわりと身体が浮く。
そしてあたふたとする間もなく、私のお尻はストンとニューバの背に着地した。
ちょっと慌てて移動したマリモがみゅーっと鳴く。どうやら二度寝を邪魔された抗議のようだ。ごめんね。
ぴんとした耳をくすぐるように撫でたら、すぐに機嫌を直してくれたマリモを見て、お前は素直でいいなぁと苦笑を浮かべる。
「さぁ、向かいましょう。姫さま。皆が待っています」
私を背後から抱えるようにふわりとニューバに跨ったカーディルは、長い腕を伸ばして角を掴む。反対の腕は私のお腹にぐるりと回る。
引き寄せられるように密着したあなたから、服越しに熱が伝わる。それはあなたが生きている証。
そして、その温もりが、迷う私の気持ちを正してくれる。
「うん」
きっぱりと言って、しっかりと前を向いて、私はうっかりその胸にもたれないよう背筋を伸ばす。
───あなたが、生きてくれればそれでいい。この世界から消えていなくならなければ、それだけで良い。
どうしようもない程ヘタレな私は、きっとこれからも何度も迷うのだろう。
あなたの心に触れ、そのまま身を委ねたくなる衝動に駆られるだろう。
でも、雨の中、あなたの命が消えてしまった瞬間を思い出せば、私は自分の選択を後悔することはない。
………ただ、この胸の痛みは容易に消え去ってくれないだろうけど。
「行こう、カーディルさん」
私はマリモを肩に乗せて、あなたを仰ぎ見る。ちゃんと笑えているだろうか。
残念ながらわからない。そして、あなたの表情も逆光で見ることができない。でも───。
「すぐに追いつきます。少し飛ばしますので、しっかり掴まっててください」
あなたは馴染み深い側近兼護衛の口調でそう言って、ニューバの脇腹を蹴る。
そうすれば、流れるように景色が動き出した。
0
お気に入りに追加
208
あなたにおすすめの小説
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました
海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」
「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」
「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」
貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・?
何故、私を愛するふりをするのですか?
[登場人物]
セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。
×
ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。
リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。
アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?
【完結】わたしはお飾りの妻らしい。 〜16歳で継母になりました〜
たろ
恋愛
結婚して半年。
わたしはこの家には必要がない。
政略結婚。
愛は何処にもない。
要らないわたしを家から追い出したくて無理矢理結婚させたお義母様。
お義母様のご機嫌を悪くさせたくなくて、わたしを嫁に出したお父様。
とりあえず「嫁」という立場が欲しかった旦那様。
そうしてわたしは旦那様の「嫁」になった。
旦那様には愛する人がいる。
わたしはお飾りの妻。
せっかくのんびり暮らすのだから、好きなことだけさせてもらいますね。
【完結】私の婚約者(王太子)が浮気をしているようです。
百合蝶
恋愛
「何てことなの」王太子妃教育の合間も休憩中王宮の庭を散策していたら‥、婚約者であるアルフレッド様(王太子)が金の髪をふわふわとさせた可愛らしい小動物系の女性と腕を組み親しげに寄り添っていた。
「あちゃ~」と後ろから護衛のイサンが声を漏らした。
私は見ていられなかった。
悲しくてーーー悲しくて涙が止まりませんでした。
私、このまなアルフレッド様の奥様にはなれませんわ、なれても愛がありません。側室をもたれるのも嫌でございます。
ならばーーー
私、全力でアルフレッド様の恋叶えて見せますわ。
恋情を探す斜め上を行くエリエンヌ物語
ひたむきにアルフレッド様好き、エリエンヌちゃんです。
たまに更新します。
よければお読み下さりコメント頂ければ幸いです。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
大好きな騎士団長様が見ているのは、婚約者の私ではなく姉のようです。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
18歳の誕生日を迎える数日前に、嫁いでいた異母姉妹の姉クラリッサが自国に出戻った。それを出迎えるのは、オレーリアの婚約者である騎士団長のアシュトンだった。その姿を目撃してしまい、王城に自分の居場所がないと再確認する。
魔法塔に認められた魔法使いのオレーリアは末姫として常に悪役のレッテルを貼られてした。魔法術式による功績を重ねても、全ては自分の手柄にしたと言われ誰も守ってくれなかった。
つねに姉クラリッサに意地悪をするように王妃と宰相に仕組まれ、婚約者の心離れを再確認して国を出る覚悟を決めて、婚約者のアシュトンに別れを告げようとするが──?
※R15は保険です。
※騎士団長ヒーロー企画に参加しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる