6 / 37
私の時間
あなたに私の恋心を捧げます
しおりを挟む
「うぅっ……、うっ……ふぇっ……ううっ、うっ」
気づけば私は、みっともなく魔法陣にしゃがみこんで泣いていた。
ついさっき、あなたが居なくなってしまって、もうこれ以上辛いと思うことなんてないと思っていたのに。
「利恵、そんなに泣かないで。大丈夫、マリモ殿にすぐに会えるよ。もちろん他の皆んなにも、ね」
頭上からリベリオの優しい声が降ってきた。
……ああ、駄目だ。今の私は、もう完全にリベリオの言葉に縋っている。抗うことができない。
「………本当?」
「ああ、本当だ」
そう言って強くうなずいたリベリオは、いつの間にか肖像画に描かれていた甲冑姿に変わっていた。
腰には2本の剣を刺している。そして、半透明でもはない。
───………あれ?いつの間に?でも、どうやって?
リベリオにそう問いかけようと思った。
けれど、それよりも早くリベリオが口を開く。
「じゃあ次は、ちょっと君にも協力してもらおうか」
そう言った途端、リベリオは手を伸ばして私の腕を掴むと、無理やり立ち上がらせる。強引なそれにとても嫌な予感がする。
「ごめんね。女の子に無体なことをするのは、僕の美学に反することなんだけれど……仕方ないよね」
「は?───………え、ちょ、まっ」
リベリオは腰に差していた剣を一本抜いた。その表情はさっきの穏やかさは皆無。
しまった。気を許した私が間違いだった。でも、そう気付いた時にはもう遅かった。リベリオは何の躊躇もなく私に刃を向けた。
「っう、痛っ」
すぐに、脇腹に熱湯をかけられたような熱さが走った。
痛みはない。ただ熱くて、苦しくて、立っていられなくて、かくんと膝を付く。
無意識に傷口に手を当てれば、ぬるりと嫌な感触がした。もう、絶対にそこに目を向けられない。
怖くて寒くてきゅっと目を閉じた瞬間、再びリベリオの声が降ってきた。
「ごめんね。これも切らせてもらうよ」
言うが早いか、私の髪が掴まれた。次いで、ばさりと地面に散らばる気配がした。
「…………っ!?」
蹲っている私の視界でも、無残に斬り捨てられたすみれ色の髪が泥にまみれるのがわかった。そして、鮮血がそれに絡む。ひどい光景だ。
あなたが綺麗だと言ってくれた髪だというのに、こんなことをするなんて。
「うん、これくらいで、良いかなぁ」
「なに………が」
息も絶え絶えになりながら、そう問いかければリベリオは眉を上げて説明を始めた。
「魂を入れ替えるのに、少し君に手伝ってもらうって言っただろう?もう一人の君と同じ髪型、そして、同じ場所に同じ深さの傷を負ってもらったんだ」
「…………なっ」
「もう一人の君は、死にかけている。というかもう死んじゃったけど。でも、人は死んでしまっても、肉体自体はすぐには活動を止めない。だから、君の魂を入れれば何事のなかったように動き出すよ」
つらつらと説明をするリベリオは、ここで憂えた表情を浮かべた。
「で、君もこの世界で、もうすぐ死ぬ」
「………………」
でしょうね。
この言葉には、思わず苦笑を浮かべてしまった。
「ねぇ、初代の英雄さん。結構えげつないこと……言ってる自覚ありま……す?」
「ははっ。英雄なんて後からついて来た呼び名だよ。僕はそんなたいそうなものじゃない」
これまた、でしょうね。
物理的接触はできないって言っていたくせに、こうして私に深手を負わせることができるなんて。この人は稀代のペテン師だ。
そしてまんまと騙されてしまった私は、稀代の大馬鹿者だ。
掠れた笑い声が零れる。でもしっかりこの詐欺師を睨み続ける。
そして視線が絡み合う。言葉は出さなくても、私が何を言いたいのかしっかり汲み取ったリベリオは淡々と言葉を紡ぐ。
「言い忘れていたけれど、特定の条件が揃えば、君から触れることはできなくても、僕からは触れることができるんだ」
「………えー……ずるい」
「ま、先祖の特権ってことで許して」
元気があったら全力でぶん殴りたくなるような茶目っ気のある謝罪を口にしたリベリオは、私を横抱きにする。そして、私の身体をこと切れたあなたの隣に寝かせた。
次いで私と冷たくなってしまったあなたの手と重ね合わせる。
「さあ……もう、時間だ。君の大切な人に最後のお別れをして」
さっきまであんなに冷たかったあなたの手が、今は冷たくない。それは私もあなたと同じくらい冷たくなっているからなのだろう。
カーディル=ゲイニィ。私だけに教えてくれた愛称はディル。
聖騎士団の団長で双剣使いのあなた。私の大好きな人。
ねぇ、ディル。この人が詐欺師じゃなくて本当に初代の勇者で、これがなにかの罠じゃなかったら、またあなたに会えるね。
そうしたらきっと、私はまたあなたに恋をすると思う。
………でもね、その気持はここに置いていくね。
初めて恋をした相手が、あなたで良かった。これは一生分の恋だった。だから、もう次を望まない。
その代わり、今度こそあなたを守れる強い自分になるからね。
力の入らない手で、あなたの指先をなぞる。長い指、大好きだった。ちょっとでも触れられると、ドキドキが止まらなくて、あなたに聞こえてしまうのではないかといつも心配していた。
そしてこんな、今わの際になっても、やっぱりドキドキしてしまう自分が可笑しかった。
「おやすみ、利恵。目覚めはすぐだけれど、どうかそれまで一時の癒やしを」
まるでお昼寝を見守るような言葉を吐いたリベリオに、お前が言うなと心の中で悪態を付く。
そして、意識が途切れる最後の瞬間、大好きなあなたの横顔をしっかり見つめ、私は目を閉じた。
気づけば私は、みっともなく魔法陣にしゃがみこんで泣いていた。
ついさっき、あなたが居なくなってしまって、もうこれ以上辛いと思うことなんてないと思っていたのに。
「利恵、そんなに泣かないで。大丈夫、マリモ殿にすぐに会えるよ。もちろん他の皆んなにも、ね」
頭上からリベリオの優しい声が降ってきた。
……ああ、駄目だ。今の私は、もう完全にリベリオの言葉に縋っている。抗うことができない。
「………本当?」
「ああ、本当だ」
そう言って強くうなずいたリベリオは、いつの間にか肖像画に描かれていた甲冑姿に変わっていた。
腰には2本の剣を刺している。そして、半透明でもはない。
───………あれ?いつの間に?でも、どうやって?
リベリオにそう問いかけようと思った。
けれど、それよりも早くリベリオが口を開く。
「じゃあ次は、ちょっと君にも協力してもらおうか」
そう言った途端、リベリオは手を伸ばして私の腕を掴むと、無理やり立ち上がらせる。強引なそれにとても嫌な予感がする。
「ごめんね。女の子に無体なことをするのは、僕の美学に反することなんだけれど……仕方ないよね」
「は?───………え、ちょ、まっ」
リベリオは腰に差していた剣を一本抜いた。その表情はさっきの穏やかさは皆無。
しまった。気を許した私が間違いだった。でも、そう気付いた時にはもう遅かった。リベリオは何の躊躇もなく私に刃を向けた。
「っう、痛っ」
すぐに、脇腹に熱湯をかけられたような熱さが走った。
痛みはない。ただ熱くて、苦しくて、立っていられなくて、かくんと膝を付く。
無意識に傷口に手を当てれば、ぬるりと嫌な感触がした。もう、絶対にそこに目を向けられない。
怖くて寒くてきゅっと目を閉じた瞬間、再びリベリオの声が降ってきた。
「ごめんね。これも切らせてもらうよ」
言うが早いか、私の髪が掴まれた。次いで、ばさりと地面に散らばる気配がした。
「…………っ!?」
蹲っている私の視界でも、無残に斬り捨てられたすみれ色の髪が泥にまみれるのがわかった。そして、鮮血がそれに絡む。ひどい光景だ。
あなたが綺麗だと言ってくれた髪だというのに、こんなことをするなんて。
「うん、これくらいで、良いかなぁ」
「なに………が」
息も絶え絶えになりながら、そう問いかければリベリオは眉を上げて説明を始めた。
「魂を入れ替えるのに、少し君に手伝ってもらうって言っただろう?もう一人の君と同じ髪型、そして、同じ場所に同じ深さの傷を負ってもらったんだ」
「…………なっ」
「もう一人の君は、死にかけている。というかもう死んじゃったけど。でも、人は死んでしまっても、肉体自体はすぐには活動を止めない。だから、君の魂を入れれば何事のなかったように動き出すよ」
つらつらと説明をするリベリオは、ここで憂えた表情を浮かべた。
「で、君もこの世界で、もうすぐ死ぬ」
「………………」
でしょうね。
この言葉には、思わず苦笑を浮かべてしまった。
「ねぇ、初代の英雄さん。結構えげつないこと……言ってる自覚ありま……す?」
「ははっ。英雄なんて後からついて来た呼び名だよ。僕はそんなたいそうなものじゃない」
これまた、でしょうね。
物理的接触はできないって言っていたくせに、こうして私に深手を負わせることができるなんて。この人は稀代のペテン師だ。
そしてまんまと騙されてしまった私は、稀代の大馬鹿者だ。
掠れた笑い声が零れる。でもしっかりこの詐欺師を睨み続ける。
そして視線が絡み合う。言葉は出さなくても、私が何を言いたいのかしっかり汲み取ったリベリオは淡々と言葉を紡ぐ。
「言い忘れていたけれど、特定の条件が揃えば、君から触れることはできなくても、僕からは触れることができるんだ」
「………えー……ずるい」
「ま、先祖の特権ってことで許して」
元気があったら全力でぶん殴りたくなるような茶目っ気のある謝罪を口にしたリベリオは、私を横抱きにする。そして、私の身体をこと切れたあなたの隣に寝かせた。
次いで私と冷たくなってしまったあなたの手と重ね合わせる。
「さあ……もう、時間だ。君の大切な人に最後のお別れをして」
さっきまであんなに冷たかったあなたの手が、今は冷たくない。それは私もあなたと同じくらい冷たくなっているからなのだろう。
カーディル=ゲイニィ。私だけに教えてくれた愛称はディル。
聖騎士団の団長で双剣使いのあなた。私の大好きな人。
ねぇ、ディル。この人が詐欺師じゃなくて本当に初代の勇者で、これがなにかの罠じゃなかったら、またあなたに会えるね。
そうしたらきっと、私はまたあなたに恋をすると思う。
………でもね、その気持はここに置いていくね。
初めて恋をした相手が、あなたで良かった。これは一生分の恋だった。だから、もう次を望まない。
その代わり、今度こそあなたを守れる強い自分になるからね。
力の入らない手で、あなたの指先をなぞる。長い指、大好きだった。ちょっとでも触れられると、ドキドキが止まらなくて、あなたに聞こえてしまうのではないかといつも心配していた。
そしてこんな、今わの際になっても、やっぱりドキドキしてしまう自分が可笑しかった。
「おやすみ、利恵。目覚めはすぐだけれど、どうかそれまで一時の癒やしを」
まるでお昼寝を見守るような言葉を吐いたリベリオに、お前が言うなと心の中で悪態を付く。
そして、意識が途切れる最後の瞬間、大好きなあなたの横顔をしっかり見つめ、私は目を閉じた。
10
お気に入りに追加
208
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
雪蛍
紫水晶羅
恋愛
高梨綾音は、伯父と伯母が経営している『喫茶わたゆき』でバリスタとして働いている。
高校二年の冬に亡くした彼氏を未だに忘れられない綾音は、三十歳になった今でも独身を貫いている。
そんなある日。農道でパンクして途方に暮れている綾音を、偶然通りかかった一人の青年が助ける。
自動車整備工場で働いているというその年若い青年、南條蛍太に、綾音は次第に惹かれていく。
しかし南條も、心の奥底に仕舞い込んだ消せない闇を抱え続けて生きている。
傷を負った二人が織りなす、もどかしくて切ない恋の話。
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
甘い誘惑
さつらぎ結雛
恋愛
幼馴染だった3人がある日突然イケナイ関係に…
どんどん深まっていく。
こんなにも身近に甘い罠があったなんて
あの日まで思いもしなかった。
3人の関係にライバルも続出。
どんどん甘い誘惑の罠にハマっていく胡桃。
一体この罠から抜け出せる事は出来るのか。
※だいぶ性描写、R18、R15要素入ります。
自己責任でお願い致します。
エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい
当麻月菜
恋愛
娼館に身を置くティアは、他人の傷を自分に移すことができる通称”移し身”という術を持つ少女。
そんなティアはある日、路地裏で深手を負った騎士グレンシスの命を救った。……理由は単純。とてもイケメンだったから。
そして二人は、3年後ひょんなことから再会をする。
けれど自分を救ってくれた相手とは露知らず、グレンはティアに対して横柄な態度を取ってしまい………。
これは複雑な事情を抱え諦めモードでいる少女と、順風満帆に生きてきたエリート騎士が互いの価値観を少しずつ共有し恋を育むお話です。
※◇が付いているお話は、主にグレンシスに重点を置いたものになります。
※他のサイトにも重複投稿させていただいております。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
女官になるはずだった妃
夜空 筒
恋愛
女官になる。
そう聞いていたはずなのに。
あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。
しかし、皇帝のお迎えもなく
「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」
そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。
秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。
朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。
そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。
皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。
縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。
誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。
更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。
多分…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる