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再会と始まり
★目覚めた少女は別人のようで
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『これからどうぞよろしくお願いします』
そう利恵がありきたりな言葉を紡いだ瞬間、カーディルを含めた4人はとても戸惑った。
なぜなら、目の前にいる利恵がまるっきり別人のようだったから。
今まで聞いたこともない謙遜な言葉を吐き、しかもその言葉を紡いだ唇には綺麗な弧を描いていたから。
この世界での利恵は、一度だって笑みを浮かべたことなどなかった。
この世界にいることを、全身で拒んでいた。
この世界の人々と関わり合うことを、全力で拒んでいた。
壁を作り、心を閉ざし、口元は固く結び、その姿はまるで傷を負った小動物のようで痛々しい姿だった。
いつも、ローブに付いたフードを目深に被って青白い顔を隠し、きつい言葉を投げつけては自分達を遠ざけていた。
それに気付いて、少しでも強引に距離を縮めれば、今度は二度と懐くことはないと思わせる程に。
でも、仕方がないとも思った。あんなことがあったのだから。
だから、旅を共にし、同じ時間を共有すればきっと打ち解けられる。そう思っていた。でも、それはとても安易な考え方だったのだ。
いつまでも続くと思っていた日常は、とても脆いものだったのだ。
利恵は死んでしまったのだ。たまたま立ち寄った名もなき村で。
突然魔物の襲撃にあった。そして各々が魔物と対峙する中、利恵は村の子供を魔物から庇い深手を負った。
小さな手で脇腹を押さえてはいたけれど、旅服はみるみるうちに鮮血に染まった。でも、利恵は手当てを拒んだ。
そしてこう言った。
『お願い、こっちにこないで』
その時、利恵は笑っていた。あの笑顔をここにいる4人は、一生忘れることがないだろう。
全てを諦めたような、それでいて少女らしく甘えるような、無邪気と言っても過言ではない初めての微笑みを。
これまで利恵は4人に対して、ただの一度も、どんな小さなワガママさえ言うことはなかった。甘えることもしなかった。
だから、判断が鈍った。
ふざけるなと言わなければならなかった。
羽交い締めにしても、いっそ魔法を使ってでも、利恵を拘束しなければならなかった。
でも、その一瞬の判断ミスが、大きく明暗を分けてしまった。
利恵は、遅れて手を伸ばしたクウエットの制止を振り切り、身の丈に合わない大魔法を使い一瞬の間に魔物を消し去ったのだ。
その大魔法は、光だったのか、炎だったのか、雷だったのか。属性すら判別できないほどのもの。一言で言うなら、魔力そのものを放出したのだ。その結果、利恵は魔力だけではなく……自らの命すらも失ってしまった。
どちらの利恵も知らない。
利恵が勇者の末裔であるように、共に旅をしている仲間も、初代の勇者の仲間の子孫であることを。
利恵がこの世界へ戻ってきた瞬間から、彼らは気付いていた。これまで心の一番奥の部分で足りないと感じていたものが、何であったかを。
だから偶然に見せかけた出会いも、全て必然だったのだ。
ただそれを4人が利恵に伝えないのは、利恵を信じていないからではない。利恵の枷になりたくないから。敢えて言わないのだ。
でも、死んでしまったもう一人の利恵は、ずっと思っていた。
一人で生きていかなければならないと。自分の身を守るのは自分だけであると。それが当然だと。
そんなのは間違っている。そう4人はいつも思っていた。
利恵は、自分達に守護されるべき存在なのだと。
そうして欲しいと、自分達が願っているのだ。どうか自分たちの魂の一部を受け取って欲しいと。
でも結局、利恵は真の仲間になることができる魂の契約を誰ともしなかった。しないまま……息を引き取ってしまったのだ。
やっと長い旅を終えたような安堵の表情を浮かべ死んでしまった利恵の亡骸を掻き抱いたのは、カーディルだった。
でも、4人の気持ちは同じだった。
心が割れてしまったと思った。胸をかきむしりたくなるほど苦しかった。
4人は、利恵が思っているよりも武力に、魔力に長けている者達ばかりだ。でも、そんな彼らは、産まれて初めて、失ったものの大きさに打ちのめされた。
この気持ちをなんと表現するのか、わからない。絶望とか、失望とか、悲しみとか、そんなありきたりな言葉では足りない感情だった。
ただすぐに、そんなこの世でもっとも大切な存在が、再び息を吹き返したのだ。
禁術である蘇生魔法など使っていないのに。
これは、奇跡か罠か。
そう身構えてしまうのも、今の利恵に対して警戒してしまうのも、致し方なかった。
そんな懸念を抱えたまま、10日が過ぎた。利恵はずっと目を覚ますことがなかった。脈も弱い。呼吸も浅い。顔色は紙より白い。でも、生きている。
───そして、ついさっき、利恵は目を覚ました。
カーディル達は利恵が眠りに付いたのを確認すると、静かに部屋を出る。
でも、ここは訳あり人が使う宿屋。だから、白魔導士のリジェンテは厳重に施錠魔法をかける。
それから、すぐに隣の部屋に移動する。ここは鍵を掛けずに扉を閉めるだけ。眠っている利恵に異変があったらすぐさま駆けつけることができるように。
そして、彼らは全員が立ったまま。
「魔物が姫さまの身体に入り込んだ可能性は?」
ファレンセガが扉を閉めるのを確認すると、すぐにカーディルが口を開いた。
「ありません」
これまでずっと意識の戻らない利恵の看護をしてきたリジェンテは、きっぱりと言い切った。そして、そのまま語り出す。
「ここは強い結界が張ってあります。だから、例え人体に魔物が入り込んだとしても、すぐに浄化されます。それに、私の回復魔法は、人以外には通用しません」
それは、カーディル以外の2人も頷くほどの、とても説得力のある言葉だった。
でも、すぐにファレンセガは口を開く。
「ねえ、じゃあ、他の人間の魂と入れ替わってしまった可能性は?」
「それは………あるかもしれません」
白魔導士の証であるローブの裾をぎゅっと掴みながら、リジェンテはそう言った。
望まない可能性に、すかさずカーディルが問いかける。
「ならリジェンテ、それを調べることはできるか?」
「………っ」
リジェンテは、とても苦し気に首を横に振った。
良く見れば、ローブを掴む指先は、力を入れ過ぎて白くなっているし、小刻みに震えている。
リジェンテは、怖いのだ。
肉体と魂が同じかどうかを調べるのは、人間の尊厳にかかわることだから禁術であり、かなり難易度が高い。
失敗すれば、術を掛けた方も掛けられた方も無傷では済まない。
でも、そうじゃない。リジェンテがもっとも恐れているのは、禁術を使って利恵の肉体に他の誰かの魂が入っているのを知ってしまうことなのだ。
なぜなら、それは利恵の死を意味するから。
「お調べすることはできます。できますが………今しばらくお時間を下さい」
───あんな感情を、もう二度と味わいたくないですから。
そう、リジェンテが涙声で訴えれば、カーディルはそれ以上強く求めることは無かった。
途方に暮れたようなファレンセガの溜息がしんとした部屋に落ちる。そして、リジェンテの細いすすり泣きが聞こえる。
そんな中、クウエットは場違いな程、明るい声を出した。
「まっ、つまりは、しばらく様子見ってことだ。うん、そうだ。そうしよう」
クウエットの言葉は問題を先送りにしているだけのもの。
だけれども、今のところそうする以外手立てが見つからないのだ。
ここにいる全員が利恵の死を認めたくないから。そして、再び目を覚ました利恵が、利恵でいて欲しいと願っているから。
そう利恵がありきたりな言葉を紡いだ瞬間、カーディルを含めた4人はとても戸惑った。
なぜなら、目の前にいる利恵がまるっきり別人のようだったから。
今まで聞いたこともない謙遜な言葉を吐き、しかもその言葉を紡いだ唇には綺麗な弧を描いていたから。
この世界での利恵は、一度だって笑みを浮かべたことなどなかった。
この世界にいることを、全身で拒んでいた。
この世界の人々と関わり合うことを、全力で拒んでいた。
壁を作り、心を閉ざし、口元は固く結び、その姿はまるで傷を負った小動物のようで痛々しい姿だった。
いつも、ローブに付いたフードを目深に被って青白い顔を隠し、きつい言葉を投げつけては自分達を遠ざけていた。
それに気付いて、少しでも強引に距離を縮めれば、今度は二度と懐くことはないと思わせる程に。
でも、仕方がないとも思った。あんなことがあったのだから。
だから、旅を共にし、同じ時間を共有すればきっと打ち解けられる。そう思っていた。でも、それはとても安易な考え方だったのだ。
いつまでも続くと思っていた日常は、とても脆いものだったのだ。
利恵は死んでしまったのだ。たまたま立ち寄った名もなき村で。
突然魔物の襲撃にあった。そして各々が魔物と対峙する中、利恵は村の子供を魔物から庇い深手を負った。
小さな手で脇腹を押さえてはいたけれど、旅服はみるみるうちに鮮血に染まった。でも、利恵は手当てを拒んだ。
そしてこう言った。
『お願い、こっちにこないで』
その時、利恵は笑っていた。あの笑顔をここにいる4人は、一生忘れることがないだろう。
全てを諦めたような、それでいて少女らしく甘えるような、無邪気と言っても過言ではない初めての微笑みを。
これまで利恵は4人に対して、ただの一度も、どんな小さなワガママさえ言うことはなかった。甘えることもしなかった。
だから、判断が鈍った。
ふざけるなと言わなければならなかった。
羽交い締めにしても、いっそ魔法を使ってでも、利恵を拘束しなければならなかった。
でも、その一瞬の判断ミスが、大きく明暗を分けてしまった。
利恵は、遅れて手を伸ばしたクウエットの制止を振り切り、身の丈に合わない大魔法を使い一瞬の間に魔物を消し去ったのだ。
その大魔法は、光だったのか、炎だったのか、雷だったのか。属性すら判別できないほどのもの。一言で言うなら、魔力そのものを放出したのだ。その結果、利恵は魔力だけではなく……自らの命すらも失ってしまった。
どちらの利恵も知らない。
利恵が勇者の末裔であるように、共に旅をしている仲間も、初代の勇者の仲間の子孫であることを。
利恵がこの世界へ戻ってきた瞬間から、彼らは気付いていた。これまで心の一番奥の部分で足りないと感じていたものが、何であったかを。
だから偶然に見せかけた出会いも、全て必然だったのだ。
ただそれを4人が利恵に伝えないのは、利恵を信じていないからではない。利恵の枷になりたくないから。敢えて言わないのだ。
でも、死んでしまったもう一人の利恵は、ずっと思っていた。
一人で生きていかなければならないと。自分の身を守るのは自分だけであると。それが当然だと。
そんなのは間違っている。そう4人はいつも思っていた。
利恵は、自分達に守護されるべき存在なのだと。
そうして欲しいと、自分達が願っているのだ。どうか自分たちの魂の一部を受け取って欲しいと。
でも結局、利恵は真の仲間になることができる魂の契約を誰ともしなかった。しないまま……息を引き取ってしまったのだ。
やっと長い旅を終えたような安堵の表情を浮かべ死んでしまった利恵の亡骸を掻き抱いたのは、カーディルだった。
でも、4人の気持ちは同じだった。
心が割れてしまったと思った。胸をかきむしりたくなるほど苦しかった。
4人は、利恵が思っているよりも武力に、魔力に長けている者達ばかりだ。でも、そんな彼らは、産まれて初めて、失ったものの大きさに打ちのめされた。
この気持ちをなんと表現するのか、わからない。絶望とか、失望とか、悲しみとか、そんなありきたりな言葉では足りない感情だった。
ただすぐに、そんなこの世でもっとも大切な存在が、再び息を吹き返したのだ。
禁術である蘇生魔法など使っていないのに。
これは、奇跡か罠か。
そう身構えてしまうのも、今の利恵に対して警戒してしまうのも、致し方なかった。
そんな懸念を抱えたまま、10日が過ぎた。利恵はずっと目を覚ますことがなかった。脈も弱い。呼吸も浅い。顔色は紙より白い。でも、生きている。
───そして、ついさっき、利恵は目を覚ました。
カーディル達は利恵が眠りに付いたのを確認すると、静かに部屋を出る。
でも、ここは訳あり人が使う宿屋。だから、白魔導士のリジェンテは厳重に施錠魔法をかける。
それから、すぐに隣の部屋に移動する。ここは鍵を掛けずに扉を閉めるだけ。眠っている利恵に異変があったらすぐさま駆けつけることができるように。
そして、彼らは全員が立ったまま。
「魔物が姫さまの身体に入り込んだ可能性は?」
ファレンセガが扉を閉めるのを確認すると、すぐにカーディルが口を開いた。
「ありません」
これまでずっと意識の戻らない利恵の看護をしてきたリジェンテは、きっぱりと言い切った。そして、そのまま語り出す。
「ここは強い結界が張ってあります。だから、例え人体に魔物が入り込んだとしても、すぐに浄化されます。それに、私の回復魔法は、人以外には通用しません」
それは、カーディル以外の2人も頷くほどの、とても説得力のある言葉だった。
でも、すぐにファレンセガは口を開く。
「ねえ、じゃあ、他の人間の魂と入れ替わってしまった可能性は?」
「それは………あるかもしれません」
白魔導士の証であるローブの裾をぎゅっと掴みながら、リジェンテはそう言った。
望まない可能性に、すかさずカーディルが問いかける。
「ならリジェンテ、それを調べることはできるか?」
「………っ」
リジェンテは、とても苦し気に首を横に振った。
良く見れば、ローブを掴む指先は、力を入れ過ぎて白くなっているし、小刻みに震えている。
リジェンテは、怖いのだ。
肉体と魂が同じかどうかを調べるのは、人間の尊厳にかかわることだから禁術であり、かなり難易度が高い。
失敗すれば、術を掛けた方も掛けられた方も無傷では済まない。
でも、そうじゃない。リジェンテがもっとも恐れているのは、禁術を使って利恵の肉体に他の誰かの魂が入っているのを知ってしまうことなのだ。
なぜなら、それは利恵の死を意味するから。
「お調べすることはできます。できますが………今しばらくお時間を下さい」
───あんな感情を、もう二度と味わいたくないですから。
そう、リジェンテが涙声で訴えれば、カーディルはそれ以上強く求めることは無かった。
途方に暮れたようなファレンセガの溜息がしんとした部屋に落ちる。そして、リジェンテの細いすすり泣きが聞こえる。
そんな中、クウエットは場違いな程、明るい声を出した。
「まっ、つまりは、しばらく様子見ってことだ。うん、そうだ。そうしよう」
クウエットの言葉は問題を先送りにしているだけのもの。
だけれども、今のところそうする以外手立てが見つからないのだ。
ここにいる全員が利恵の死を認めたくないから。そして、再び目を覚ました利恵が、利恵でいて欲しいと願っているから。
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