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再会と始まり
もう一人のあなたが見せる夢
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ふと気付けば、私は荒れ果てた街に立っていた。
ここはどこだろう。ぐるりと見渡してみても、いまいちぴんと来ない。
ただここは、馴染み深い日本ではない。私が産まれた世界だ。
中世ヨーロッパのような町並み。レンガ造りの建物。そして屋根から伸びる煙突。でも、目に映るのは、かつてはそうだったと思わせるものばかり。今は、瓦礫と化した建物ばかりだ。
何があったんだろう?
火事?地震?それとも、嵐?
ああ、違う。これは───魔物に襲撃を受けたのだ。
それに気付いた途端、少し離れた場所から男の罵声が聞こえてきた。
『出ていけっ、この悪魔っ』
石を投げられ、慌てて私は避ける。でもすぐに別の場所から、罵声が聞こえてきた。
『全部お前のせいだっ。消えてしまえっ』
───え?ちょ、わ、私!?
レンガの破片と共に、剝き出しの憎悪を投げつけられ、思わず声を上げ……ようとしたけれど、声が出なかった。これまた、びっくりだ。
喉に手を当てながら、再びぐるりと辺りを見渡す。そこで、ひゅっと声にならない悲鳴が漏れる。
いつの間にか私は沢山の人々に囲まれていたのだ。そのほとんどがボロボロの服を着て、あるものは足に、頭に、腕に、顔に包帯を巻いている。
『お前のせいだっ。お前がここに来たからだっ。お前さえ現れなければっ……くそっ……うっ、ううっ』
まだ少年といっても過言ではない青年は、もっと幼い女の子を抱えながら恨み言を私に向かって吐く。でも、最後は嗚咽に変わっていた。片目を包帯で覆われてしまった女の子を抱きしめて。
けれど、青年の罵倒が済んだからといってこれで終わりではない。次々に群衆の口から罵声が飛ぶ。そしてそれに合わせて、石が、レンガが、木片が容赦なく投げつけられる。
───ねぇ、私、何かした?
身に覚えはない。でも、ここまで大勢の人たちに責められると、強く否定することができない。
かくんと膝から力が抜ける。
無様に座り込んでしまった私に、それでも群衆の勢いは止まらない。
───ねぇ、教えて。私、何をしたの?
【大丈夫だよ。何にもしてないから】
背後から聞き覚えがあるような、ないような女の子の救いの声が聞こえ、縋るようにそこに視線を向ける。
───あ。
相変わらず声が出ないけれど、そういうことかと腑に落ちた。だってこれが夢だということに気付いたから。
見上げた先にいる少女の服装は、ベージュとモスグリーンのタータンチェックのプリーツスカートに茶色のジャケットと紺のハイソックス。そして胸元に、ボルドーとモスグリーンのストライプのリボン。
懐かしい。これ、私の高校の制服。
そしてここが、長年過ごした日本ではないことを知っている今、この制服を着て現れるのはただ一人しかいない。もう一人の私だ。
日本で過ごしていた姿のまま、もう一人の私は、ゆっくりと私を見下ろす。
髪の色が違う。私はすみれ色で、もう一人の私は黒色。肩にかかる黒髪は、ちょっと毛先が痛んでいる。
そういえば、誕生日が過ぎたら美容院に行こうって思っていたんだ。誕生日プレゼント、高級ドライヤーを買ってっておねだりしていたけれど、結局、貰えずじまいだったなぁ。
そんなふうによそに意識を向けた途端、もう一人の私は私に向かって口を開く。
【これ、夢だから当たっても痛くないよ。でも、嫌だよね。………立てる?あっちに行こう】
そう言って、もう一人の私は、私の返事を聞かずに強引に手を取ると、すたすたと歩き出す。
まるで現実かのように、歩幅に合わせて景色が流れる。瓦礫と化した街は、ところどころ損傷が少ない建物もある。そして、その中の一つに見覚えのある建物があった。
優雅な曲線で作られた真っ白な建物。至る所に華麗で繊細な装飾がされていて、これが日本にあったらインスタ映え間違いなし。と思わせる、でも、観光で作られたわけではなくれっきとした信仰の為にある建物。
リジェンテが修行の場所としていた大聖堂だ。
そして、これがあるということは、ここは、王都だったのだ。様変わりしたその光景に、私はただ唖然としてしまう。そして、もう一人の私に引っ張られるように歩いていた足がぴたりと止まる。
そうすれば、もう一人の私も静かに足を止めた。
【これね、私の過去。あなたは今、夢を見ているの】
───だよね。
声が出せない私は、もう一人の私に向かってこくこくと何度も頷く。
そうすれば、もう一人の私はちょっとだけ口元を歪めた。それは笑っているのか、困っているのか、呆れているのか、わからない表情だった。感情が読めない。自分自身のはずなのに。
【本当に、嫌になっちゃうよね……。突然勇者の末裔だから、魔王を討伐しろだなんて。人任せにも程があると思わない?】
もう一人の私はちらりと人々に視線を向け、すぐに元に戻した。
でも私はそこに釘付けになる。だって、視界の先にカーディルがいたから。
そしてカーディルに手を引かれ、深くフードを被った私も見える。ただ、表情までは見えない。でも、足元に視線を落として歩く姿は、まるで罪人が処刑場へ向かうそれ。
そうか。やっとここで、理解する。リベリオは、夢を見てもう一人の私と記憶を共有しろと言いたかったのだ。
【………本当に嫌い。皆んな、大っ嫌い】
吐き捨てるように言った、もう一人の私の言葉を聞いて、私は視線を戻す。
同じ私のはずなのに、どこか別の人のように感じてしまうのは、夢のせいだからなのだろうか。
……違う。そうじゃない。
今までこんな口調で、そんなことを言ったことがないからだ。だから、これが自分の言葉だと信じられないんだ。そして、こんな惨めで哀れな出来事が自分の身に降りかかっていたんて信じたくないのだ。
もう一人の私は再び歩こうとする。でも、2歩進んですぐに足を止めた。
【ねぇ、勇者の役目って何?一体それ、誰が決めたの?】
そして私に振り返ると、今度は疲れ切ったように肩を落として、そう言った。
本当に言っただけ。問いかけているけれど、答えは求めていない口調だった。どことなく、問いかけすぎて、もう答えを望んでいないようにも見える。
私って、こんな表情をするんだ。
そんなことを考えていても、もう一人の私の向こうでは、今でも糾弾が続いている。
カーディルに手を引かれているもう一人の私が石畳の一つにつまづいて転ぶ。その弾みで目深にかぶっていたフードがめくれ、もう一人の私の姿が見える。
すみれ色の髪は短かった。何かに耐えるように、きゅっと口を閉じている。とっさに手を付いてしまった弾みで、手のひらをすりむいている。とても痛そうだ。
慌ててカーディルが立ち上がらせようとするけれど、もう一人の私はそれを拒み、一人で立ち上がる。そしてすぐさま、歩き出す。
ただ、もう一人の私を庇うように、カーディルは身を盾にしながら歩いている。それをもう一人の私は気付いているのだろうか。……多分、気付いていない。そんな気がする。
二人が向かう先はどこなのだろうか。大聖堂?リジェンテのところ?
再び意識が別のところに向く。それを引き止めるかのように、もう一人の私が叫んだ。
【私ばっかり、なんでこんな目に合わなくっちゃいけなかったの!?】
魂を全部吐き出すような金切り声が耳朶を刺す。語尾が甲高くなりすぎて声が掠れてしまっている。
聞いている私の胸が抉られるように痛い。無意識に自分の胸に手を当てる。もう一人の私は強く拳を握りしめて、強く瞼を閉じている。まるで泣くのを堪えるために。
ここで唐突に気付く。もう一人の私が、日本で過ごした黒目黒髪のままでいる理由を。
【私、英雄になんてなりたくなかった。ずっとあそこに居たかった。……こんなところ……戻りたくなかった】
私、日本に帰りたい。
魂を吐き出すように苦し気にそう呟いたもう一人の私は、泣いてはいなかった。そして憎しみも不満も感じ取ることができなかった。
ただ深い悲みだけが、ひしひしと私の胸に伝わってきた。あの日の雨のように。
ここはどこだろう。ぐるりと見渡してみても、いまいちぴんと来ない。
ただここは、馴染み深い日本ではない。私が産まれた世界だ。
中世ヨーロッパのような町並み。レンガ造りの建物。そして屋根から伸びる煙突。でも、目に映るのは、かつてはそうだったと思わせるものばかり。今は、瓦礫と化した建物ばかりだ。
何があったんだろう?
火事?地震?それとも、嵐?
ああ、違う。これは───魔物に襲撃を受けたのだ。
それに気付いた途端、少し離れた場所から男の罵声が聞こえてきた。
『出ていけっ、この悪魔っ』
石を投げられ、慌てて私は避ける。でもすぐに別の場所から、罵声が聞こえてきた。
『全部お前のせいだっ。消えてしまえっ』
───え?ちょ、わ、私!?
レンガの破片と共に、剝き出しの憎悪を投げつけられ、思わず声を上げ……ようとしたけれど、声が出なかった。これまた、びっくりだ。
喉に手を当てながら、再びぐるりと辺りを見渡す。そこで、ひゅっと声にならない悲鳴が漏れる。
いつの間にか私は沢山の人々に囲まれていたのだ。そのほとんどがボロボロの服を着て、あるものは足に、頭に、腕に、顔に包帯を巻いている。
『お前のせいだっ。お前がここに来たからだっ。お前さえ現れなければっ……くそっ……うっ、ううっ』
まだ少年といっても過言ではない青年は、もっと幼い女の子を抱えながら恨み言を私に向かって吐く。でも、最後は嗚咽に変わっていた。片目を包帯で覆われてしまった女の子を抱きしめて。
けれど、青年の罵倒が済んだからといってこれで終わりではない。次々に群衆の口から罵声が飛ぶ。そしてそれに合わせて、石が、レンガが、木片が容赦なく投げつけられる。
───ねぇ、私、何かした?
身に覚えはない。でも、ここまで大勢の人たちに責められると、強く否定することができない。
かくんと膝から力が抜ける。
無様に座り込んでしまった私に、それでも群衆の勢いは止まらない。
───ねぇ、教えて。私、何をしたの?
【大丈夫だよ。何にもしてないから】
背後から聞き覚えがあるような、ないような女の子の救いの声が聞こえ、縋るようにそこに視線を向ける。
───あ。
相変わらず声が出ないけれど、そういうことかと腑に落ちた。だってこれが夢だということに気付いたから。
見上げた先にいる少女の服装は、ベージュとモスグリーンのタータンチェックのプリーツスカートに茶色のジャケットと紺のハイソックス。そして胸元に、ボルドーとモスグリーンのストライプのリボン。
懐かしい。これ、私の高校の制服。
そしてここが、長年過ごした日本ではないことを知っている今、この制服を着て現れるのはただ一人しかいない。もう一人の私だ。
日本で過ごしていた姿のまま、もう一人の私は、ゆっくりと私を見下ろす。
髪の色が違う。私はすみれ色で、もう一人の私は黒色。肩にかかる黒髪は、ちょっと毛先が痛んでいる。
そういえば、誕生日が過ぎたら美容院に行こうって思っていたんだ。誕生日プレゼント、高級ドライヤーを買ってっておねだりしていたけれど、結局、貰えずじまいだったなぁ。
そんなふうによそに意識を向けた途端、もう一人の私は私に向かって口を開く。
【これ、夢だから当たっても痛くないよ。でも、嫌だよね。………立てる?あっちに行こう】
そう言って、もう一人の私は、私の返事を聞かずに強引に手を取ると、すたすたと歩き出す。
まるで現実かのように、歩幅に合わせて景色が流れる。瓦礫と化した街は、ところどころ損傷が少ない建物もある。そして、その中の一つに見覚えのある建物があった。
優雅な曲線で作られた真っ白な建物。至る所に華麗で繊細な装飾がされていて、これが日本にあったらインスタ映え間違いなし。と思わせる、でも、観光で作られたわけではなくれっきとした信仰の為にある建物。
リジェンテが修行の場所としていた大聖堂だ。
そして、これがあるということは、ここは、王都だったのだ。様変わりしたその光景に、私はただ唖然としてしまう。そして、もう一人の私に引っ張られるように歩いていた足がぴたりと止まる。
そうすれば、もう一人の私も静かに足を止めた。
【これね、私の過去。あなたは今、夢を見ているの】
───だよね。
声が出せない私は、もう一人の私に向かってこくこくと何度も頷く。
そうすれば、もう一人の私はちょっとだけ口元を歪めた。それは笑っているのか、困っているのか、呆れているのか、わからない表情だった。感情が読めない。自分自身のはずなのに。
【本当に、嫌になっちゃうよね……。突然勇者の末裔だから、魔王を討伐しろだなんて。人任せにも程があると思わない?】
もう一人の私はちらりと人々に視線を向け、すぐに元に戻した。
でも私はそこに釘付けになる。だって、視界の先にカーディルがいたから。
そしてカーディルに手を引かれ、深くフードを被った私も見える。ただ、表情までは見えない。でも、足元に視線を落として歩く姿は、まるで罪人が処刑場へ向かうそれ。
そうか。やっとここで、理解する。リベリオは、夢を見てもう一人の私と記憶を共有しろと言いたかったのだ。
【………本当に嫌い。皆んな、大っ嫌い】
吐き捨てるように言った、もう一人の私の言葉を聞いて、私は視線を戻す。
同じ私のはずなのに、どこか別の人のように感じてしまうのは、夢のせいだからなのだろうか。
……違う。そうじゃない。
今までこんな口調で、そんなことを言ったことがないからだ。だから、これが自分の言葉だと信じられないんだ。そして、こんな惨めで哀れな出来事が自分の身に降りかかっていたんて信じたくないのだ。
もう一人の私は再び歩こうとする。でも、2歩進んですぐに足を止めた。
【ねぇ、勇者の役目って何?一体それ、誰が決めたの?】
そして私に振り返ると、今度は疲れ切ったように肩を落として、そう言った。
本当に言っただけ。問いかけているけれど、答えは求めていない口調だった。どことなく、問いかけすぎて、もう答えを望んでいないようにも見える。
私って、こんな表情をするんだ。
そんなことを考えていても、もう一人の私の向こうでは、今でも糾弾が続いている。
カーディルに手を引かれているもう一人の私が石畳の一つにつまづいて転ぶ。その弾みで目深にかぶっていたフードがめくれ、もう一人の私の姿が見える。
すみれ色の髪は短かった。何かに耐えるように、きゅっと口を閉じている。とっさに手を付いてしまった弾みで、手のひらをすりむいている。とても痛そうだ。
慌ててカーディルが立ち上がらせようとするけれど、もう一人の私はそれを拒み、一人で立ち上がる。そしてすぐさま、歩き出す。
ただ、もう一人の私を庇うように、カーディルは身を盾にしながら歩いている。それをもう一人の私は気付いているのだろうか。……多分、気付いていない。そんな気がする。
二人が向かう先はどこなのだろうか。大聖堂?リジェンテのところ?
再び意識が別のところに向く。それを引き止めるかのように、もう一人の私が叫んだ。
【私ばっかり、なんでこんな目に合わなくっちゃいけなかったの!?】
魂を全部吐き出すような金切り声が耳朶を刺す。語尾が甲高くなりすぎて声が掠れてしまっている。
聞いている私の胸が抉られるように痛い。無意識に自分の胸に手を当てる。もう一人の私は強く拳を握りしめて、強く瞼を閉じている。まるで泣くのを堪えるために。
ここで唐突に気付く。もう一人の私が、日本で過ごした黒目黒髪のままでいる理由を。
【私、英雄になんてなりたくなかった。ずっとあそこに居たかった。……こんなところ……戻りたくなかった】
私、日本に帰りたい。
魂を吐き出すように苦し気にそう呟いたもう一人の私は、泣いてはいなかった。そして憎しみも不満も感じ取ることができなかった。
ただ深い悲みだけが、ひしひしと私の胸に伝わってきた。あの日の雨のように。
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