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私の時間

運命の回廊

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 人は死の間際に、誰もが走馬灯のように記憶が蘇ると聞いたことがある。

 でも、実際は日本で過ごした懐かしい光景すら思い出すこともなく、私はリベリオの声で目を覚ました。






 ◇

「───……利恵、眼を開けてごらん」

 リベリオの囁くような優しい声で私はゆっくりと目を開けた。

「………ここは?」

 リベリオの腕に抱かれていた私は、ずり落ちるように、そこから離れて自分の足で立つ。

 抉らえた脇腹は痛まない。でも髪は短いまま。

 私は肩に触れるか触れないかという長さになってしまった自分の髪に触れながら辺りを見渡した。

 ここは、端的に言うならばとても不思議な空間だった。

 全体的に白い空間の中、足元には真珠色の柔らかい光を放つ廊下が延々と続いている。そして扉と呼んで良いのかわからない朽ち果てたものが等間隔に並んでいる。

 あるものは、蔦が絡まり開けることがかなわない。またあるものは、壁と一体化してもはや扉といえない。他にもまるで火災にあって焦げ付いてしまったものや、カビのようなものに浸食されてしまっているものまである。

 きっと廃墟マニアの人が見たらひどく興奮を覚える光景だろう。

 そんなことを考えながら、一つ一つの扉を見つめていたら、リベリオの声が降ってきた。

「ここは君の運命の回廊だよ」
「うんめいのかいろう?」
「そう。ここは、並行する世界に繋がる扉。そして君が辿った沢山の運命に繋がる扉。といっても、もうこれしか開くことができないけどね」

 そう言って眼の前にある扉を指さした。

 唯一残っている扉も、すでに半分以上蔦が絡まっている。

 この扉は押すのか、引くのか。もし引くタイプのものなら相当な腕力を必要とするだろう。

「………開くのかなぁ」

 素直な気持ちを口にすれば、頭上から小さな笑いなのか溜息なのかわからないものが降ってきた。

「君が死にかけているからね。こんなふうになっちゃってるんだ」
「………へぇー。………すごいですね」

 といっても、この場所の説明についての感想ではない。 

 すごいのは、リベリオのその姿。

 あの時はそれどころじゃなかったから気にもしてなかったけれど、この人、実は超絶カッコ良かった。

 精悍な顔つきで、切れ長の瞳に長い睫毛。すっと整った鼻梁。形の良い唇。全てのパーツが完璧な位置にある。そして背の中ほどまである漆黒の髪は、サラサラで少し動くだけでも絹糸みたいな輝きを放っている。

 ぶっちゃけ肖像画よりイケメンだ。まぁ、カーディルの方が10000倍カッコいいけれど。

 でも後世に残すもので、しかも英雄を描いたものなら、3割増しくらいにするものだと思うけど。それは画家の力が及ばなかったのか、それともただ単に、リベリオが謙虚で3割減でとお願いしたのだろうのか。後者は多分違うだろうな。

 という容姿に驚いているわけではない。その美しい姿を凌駕するものがあるのだ。

 なぜか私の隣に立つリベリオは両手、両足に沢山の鎖を巻きつけている。良く見れば首にも。そしてそれは、長い廊下の先へと続いている。まるで囚人みたいだ。

「あの………これは?」
「ああ、気にしなくて良いよ」

 そう言われても、とても気になる。

 今のリベリオは甲冑姿ではない。つま先まである長いローブを羽織っている。そして内側は、ダウナベル王と同じ衣装。

 そっか、私が王女なら、リベリオだって王族だった。……ということは今はどうでも良い。

 とはいえ、これだけ自己主張が強いものを無視するのは、かなりの気合いがいる。しかも、あれだけ鎖を巻きつけているのに、金属特有のジャラジャラという音もしない。それも気になる。

「これは、君には関係ないこと。それに、そのうち消えるから」
「……へぇー」
 
 そうか。ならもうこれはウォレットチェーンと、コスプレのコラボだと思い込もう。霊体のリベリオが財布なんて持ってないと思うけど。持っていても使い道は無いと思うし。

「この扉を開ければ、君はもう一度仲間に会えるよ。でも、まったく同じじゃない。運命の選択を違えたもう一人の君が歩んだ世界だから少しだけ違う部分がある。でも、やるべきことは一緒。そして君は旅の途中で倒れたことになっている」

 これはとても大事な話だ。

 他の事を考えていた私は意識を戻し、ゆっくりリベリオの言葉を何度も咀嚼してから頷いた。

 そうすればリベリオは説明を再開する。

「扉を開くか、このままここへ留まるかは君が決めれば良い。大丈夫、僕みたいに鎖でぐるぐる巻きにされたりはしないから。飽きるまでここに居れば良い。そして、飽きたら所謂、あの世ってところに行けばいいよ。きっとカーディルも待っているだろう」
「でも、私がこの扉を開けなければ………」
「世界が終わる。それだけ」

 なんでもないことのように言ったその言葉が、私の肩にのしかかる。

 ズルい私は、そこで一番考えてはいけないことが脳裏をよぎる。

「でも、君が過ごしていた日本がある世界には戻ることはできない」
「……ど、…どうして?」

 思考をあっさりと読まれ、思わずたじろいてしまう。

「これは君の運命の扉。異世界へ渡る扉じゃないから。そして君の運命の中には、残念だけれどこれまで過ごした異世界に戻るという選択肢はないんだ」
「………そうですか」

 ふと思っただけのこと。もともとそのつもりはなかった。けれど、逃げ道を塞いでもらえたのは有難い。

 逃げる場所を失ったのなら、もう進むしかない。その先に何があるかわからないけれど、私はもうどうしたいのかがわかっている。

「私、行きます」

 きっぱりと決意を口にすれば、リベリオは静かに頷く。でも、ちょっと待ってと私を引き留めた。

「君に一つ忠告。というかお願い。君の魂ともう一人の君の身体が定着するまで一ヶ月ほどかかる。それまで記憶喪失のふりをしといて」
「どうしてですか?」
「それくらい、こことあっちの仲間にギャップがあるから」
「どれくらい?」
「……ははは」

 私の問いに、リベリオは軽く笑っただけだった。

 ただその笑いは乾いたものだった。なんていうか、他に選択肢がないから、とりあえずそうしてみたというもの。みるみるうちに、私の表情が曇る。

 そんな私を見てリベリオは慌てて付け加えた。

「でも、忘れないで。例え見た目は別人のように思えるかもしれないけれど、根底にあるものは一緒だから」

 リベリオのその言葉で私は、うっかり大切なことを忘れていたことに気付く。

 そうだ。私はあんな結末にならないように、未来を変えに行くんだということを。同じことを繰り返す為じゃないんだと。なら、ギャップがあるのは好都合。間違わずにいられる。 

 と、そこで私はもう一つ、うっかりこの人に伝えて忘れていたことを思いだした。

「リベリオさん、私、あなたのこと、詐欺師かペテン師だと思ってました。ごめんなさい」
「……いや、それ……思ってても口にしなくて良いことだから。うん、でも、まぁ良いよ。気にしないで。僕はちょっと傷付いたけど」

 最後にちくりと言われたけれど、私はリベリオにざくりと斬られたから、これ以上謝る必要はないと結論付ける。

「……じゃあ、そういうわけで行ってきます」
「利恵、ありがとう」

 行ってらっしゃい、じゃなくて、ありがとう。

 それに小さな違和感を覚えた。けれど、その意味を知るのはもっともっと先のこと。リベリオの身体に巻き付いている鎖の意味と共に。

 ───そして私は扉を開けた。

 


 余談だけれど、その扉は想像以上に簡単に開くことができた。
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