83 / 89
終焉の始まり
ただいまとおかえりなさい②
しおりを挟む
音が無い世界にいた私だったけれど、不意に私の耳を覆う手が離れ、木々のざわめきが聞こえた。
それと同時に、静かに現れた人影。さっきまで繰り広げられていた兄弟喧嘩は、とある人の登場で一時休戦となったようだ。
その人とは、灰色がかった紫色の髪と瞳を持つ少女。もう一人のユズリ。
ついさっきまで、妖艶に微笑んでいたその少女はまるで迷子になった子供のよう。不安げに瞳をゆらしながらそこにいる。
ちなみに少女は地に足がついていない。所謂、ふわふわと宙に浮いている状態だ。普段なら絶叫モノのその光景だか、既に常識の壁を飛び越えた私は【洗濯物干すとき、便利で良いなぁ】と余裕をこいたことを思うだけだった。
そんなどうでも良い私の感想は、本当にどうでも良いことなので口に出すことはしない。もちろん、ここにいる皆も、きっとそんな感想求めていないだろう。
そう一人結論付けている間に、ユズリは少女に向かって手を伸ばす。瞬間、少女は弾かれたようにその手を掴んだ。
ユズリは空いているもう片方の手を伸ばして、少女の頬に手を添えながら口を開いた。
「ごめんなさい。私、あなたに全てを押し付けて、逃げてしまったの……本当は自分の責任で自分の手を汚さないといけなかったのに……本当にごめんなさい」
唇を噛み締めて俯いたユズリに、少女はぶんぶん顔を横に振る。
「ううん、いいの。これで良いの。何も言わないで、ユズリ」
少女の言葉通りユズリは、それ以上何も言わない。けれどもう一人のユズリには、ちゃんと届いているのだろう。ユズリが何を考え、何を選び、どう結論を出したのかを。
その証拠に、二人は同時に涙を流す。声を上げずに、はらはら頬に伝う二人の涙が流れ落ちて、一つに重なる。
その姿はとても美しくて、どこからどう見ても禍々しいものには見えなかった。
少女は自分のことを【お荷物】で【邪魔なもの】だと言っていた。でも私には少女がそんな存在だとはどうしても思えない。それはきっとユズリも同じで、その証拠に───。
「もう一度、私と共に居てくれる?」
そう問い掛けるユズリの声は震えていて、拒絶されることを恐れているかのよう。お荷物なら捨ててしまえば良いのに。邪魔なものなら、こんなふうに拒まれることに怯えたりなんかしない。少女はユズリにとってかけがえのないのない存在なのだ。
そして少女は大きく頷き、更に顔をくしゃりと歪めて、ユズリの首に両腕を絡めた。
「そんなの当たり前っ」
ユズリは泣き笑いの表情で少女を抱きしめる。そしてそのまま少女はまばゆい光に包まれて、ユズリの中へと消えていく。迷子になった子供が母親に見つけて貰えたように、嬉しそうに眼を細めて。
そして消えていく瞬間、少女は私を見て唇を動かした。でも、それは声として私の元に届くことはなかった。
紡いだ言葉は【ごめんね】だったのだろうか、それとも【ありがとう】だったのだろうか。できれば【またね】だと一番嬉しい。
そんなことを考えていたら、私の瞼が自分の意志とは関係なく閉じてしまった。
「おいっ、スラリス」
「スラリスっ」
レナザードとユズリの悲痛な呼び声で、自分が一瞬気を失っていたことを知る。
「だっ、大丈夫です」
すっぽりレナザードに抱かれている状況が恥ずかしくて、慌てて起き上がろうとする私を、彼は更に力を強めて逃がさないようにする。
そうされれば余計に恥ずかしいという乙女心を、少しは学んでほしい。そうお願いするのは、今じゃないことはわかるので、別のルートでレザナード腕から脱出することを試みる。
「あの……、アレですアレ。お腹が空いただけなんです。ちょっと夕飯食べなかっただけなんで───」
「またか!?」
「またなの!?」
大したことないと伝えたかっただけなのに、何故か二人同時に怒られてしまった。
そして二人を交互に見れば、呆れを通り越して残念な子を見る目で私を見つめている。鏡合わせのように同じ表情をして。あぁ、本当に二人は兄弟なんだ。吹き出しそうになるのをなんとか堪える。
そして別の意味で大丈夫かと困惑した表情に変った二人に、私は緩んだ頬を元に戻せないまま口を開いた。
「ごめんなさい。帰ったら、ちゃんとご飯食べます。っていうか、ユズリさんもご飯まだですよね?一緒に食べて下さい」
手を差し伸べれば、当たり前のようにユズリが私の手を握ってくれた。そんなユズリに伝えたい言葉は、ただ一つだけ。
「おかえりなさい、ユズリさん」
私の言葉を聞いた途端、ユズリは私の手を握りしめたまま、自分の額にこつんと押し当てた。
そして震える声でこう応えてくれた。
「ただいま、スラリス」
ああ良かった。この言葉をずっと待っていた。さあ、3人で戻ろう。いつの間にか帰る場所になったあの屋敷に。ただいまといえる場所に。
でも……先頭切ってかえりたいのに体は重くて、起き上がる気力が無い。そして残された恨みなのか食べかけのパンの残像がチラついてきて、何だかイラッとする。
そんな風に、よそに思考を飛ばした隙に、私を覗き込む二人の顔がだんだんぼやけてしまい、意識が薄れていく。そして───。
「スラリスっ」
私の名を呼ぶレナザードの泣きそうな声が耳朶に響いたのを最後に、私の意識はそこでプツンと途切れてしまった。
それと同時に、静かに現れた人影。さっきまで繰り広げられていた兄弟喧嘩は、とある人の登場で一時休戦となったようだ。
その人とは、灰色がかった紫色の髪と瞳を持つ少女。もう一人のユズリ。
ついさっきまで、妖艶に微笑んでいたその少女はまるで迷子になった子供のよう。不安げに瞳をゆらしながらそこにいる。
ちなみに少女は地に足がついていない。所謂、ふわふわと宙に浮いている状態だ。普段なら絶叫モノのその光景だか、既に常識の壁を飛び越えた私は【洗濯物干すとき、便利で良いなぁ】と余裕をこいたことを思うだけだった。
そんなどうでも良い私の感想は、本当にどうでも良いことなので口に出すことはしない。もちろん、ここにいる皆も、きっとそんな感想求めていないだろう。
そう一人結論付けている間に、ユズリは少女に向かって手を伸ばす。瞬間、少女は弾かれたようにその手を掴んだ。
ユズリは空いているもう片方の手を伸ばして、少女の頬に手を添えながら口を開いた。
「ごめんなさい。私、あなたに全てを押し付けて、逃げてしまったの……本当は自分の責任で自分の手を汚さないといけなかったのに……本当にごめんなさい」
唇を噛み締めて俯いたユズリに、少女はぶんぶん顔を横に振る。
「ううん、いいの。これで良いの。何も言わないで、ユズリ」
少女の言葉通りユズリは、それ以上何も言わない。けれどもう一人のユズリには、ちゃんと届いているのだろう。ユズリが何を考え、何を選び、どう結論を出したのかを。
その証拠に、二人は同時に涙を流す。声を上げずに、はらはら頬に伝う二人の涙が流れ落ちて、一つに重なる。
その姿はとても美しくて、どこからどう見ても禍々しいものには見えなかった。
少女は自分のことを【お荷物】で【邪魔なもの】だと言っていた。でも私には少女がそんな存在だとはどうしても思えない。それはきっとユズリも同じで、その証拠に───。
「もう一度、私と共に居てくれる?」
そう問い掛けるユズリの声は震えていて、拒絶されることを恐れているかのよう。お荷物なら捨ててしまえば良いのに。邪魔なものなら、こんなふうに拒まれることに怯えたりなんかしない。少女はユズリにとってかけがえのないのない存在なのだ。
そして少女は大きく頷き、更に顔をくしゃりと歪めて、ユズリの首に両腕を絡めた。
「そんなの当たり前っ」
ユズリは泣き笑いの表情で少女を抱きしめる。そしてそのまま少女はまばゆい光に包まれて、ユズリの中へと消えていく。迷子になった子供が母親に見つけて貰えたように、嬉しそうに眼を細めて。
そして消えていく瞬間、少女は私を見て唇を動かした。でも、それは声として私の元に届くことはなかった。
紡いだ言葉は【ごめんね】だったのだろうか、それとも【ありがとう】だったのだろうか。できれば【またね】だと一番嬉しい。
そんなことを考えていたら、私の瞼が自分の意志とは関係なく閉じてしまった。
「おいっ、スラリス」
「スラリスっ」
レナザードとユズリの悲痛な呼び声で、自分が一瞬気を失っていたことを知る。
「だっ、大丈夫です」
すっぽりレナザードに抱かれている状況が恥ずかしくて、慌てて起き上がろうとする私を、彼は更に力を強めて逃がさないようにする。
そうされれば余計に恥ずかしいという乙女心を、少しは学んでほしい。そうお願いするのは、今じゃないことはわかるので、別のルートでレザナード腕から脱出することを試みる。
「あの……、アレですアレ。お腹が空いただけなんです。ちょっと夕飯食べなかっただけなんで───」
「またか!?」
「またなの!?」
大したことないと伝えたかっただけなのに、何故か二人同時に怒られてしまった。
そして二人を交互に見れば、呆れを通り越して残念な子を見る目で私を見つめている。鏡合わせのように同じ表情をして。あぁ、本当に二人は兄弟なんだ。吹き出しそうになるのをなんとか堪える。
そして別の意味で大丈夫かと困惑した表情に変った二人に、私は緩んだ頬を元に戻せないまま口を開いた。
「ごめんなさい。帰ったら、ちゃんとご飯食べます。っていうか、ユズリさんもご飯まだですよね?一緒に食べて下さい」
手を差し伸べれば、当たり前のようにユズリが私の手を握ってくれた。そんなユズリに伝えたい言葉は、ただ一つだけ。
「おかえりなさい、ユズリさん」
私の言葉を聞いた途端、ユズリは私の手を握りしめたまま、自分の額にこつんと押し当てた。
そして震える声でこう応えてくれた。
「ただいま、スラリス」
ああ良かった。この言葉をずっと待っていた。さあ、3人で戻ろう。いつの間にか帰る場所になったあの屋敷に。ただいまといえる場所に。
でも……先頭切ってかえりたいのに体は重くて、起き上がる気力が無い。そして残された恨みなのか食べかけのパンの残像がチラついてきて、何だかイラッとする。
そんな風に、よそに思考を飛ばした隙に、私を覗き込む二人の顔がだんだんぼやけてしまい、意識が薄れていく。そして───。
「スラリスっ」
私の名を呼ぶレナザードの泣きそうな声が耳朶に響いたのを最後に、私の意識はそこでプツンと途切れてしまった。
0
お気に入りに追加
1,020
あなたにおすすめの小説
誕生日に捨てられた記憶喪失の伯爵令嬢は、辺境を守る騎士に拾われて最高の幸せを手に入れる
八重
恋愛
記憶を失ったことで令嬢としての生き方を忘れたリーズは17歳の誕生日に哀れにも父親に捨てられる。
獣も住む危険な辺境の地で、彼女はある騎士二コラに拾われた。
「では、私の妻になりませんか?」
突然の求婚に戸惑いつつも、頼る人がいなかったリーズは彼を頼ることにする。
そして、二コラと一緒に暮らすことになったリーズは彼の優しく誠実な人柄にどんどん惹かれていく。
一方、辺境を守る騎士を務める二コラにも実は秘密があって……!
※小説家になろう先行公開で他サイトにも公開中です
※序盤は一話一話が短めになっております
ヴァルプルギスの夜が明けたら~ひと目惚れの騎士と一夜を共にしたらガチの執着愛がついてきました~
天城
恋愛
まだ未熟な魔女であるシャナは、『ヴァルプルギスの夜』に一人の騎士と関係を持った。未婚で子を成さねばならない魔女は、年に一度のこの祭で気に入った男の子種を貰う。
処女だったシャナは、王都から来た美貌の騎士アズレトに一目惚れし『抱かれるならこの男がいい』と幻惑の術で彼と一夜を共にした。
しかし夜明けと共にさよならしたはずの騎士様になぜか追いかけられています?
魔女って忌み嫌われてて穢れの象徴でしたよね。
なんで追いかけてくるんですか!?
ガチ執着愛の美形の圧に耐えきれない、小心者の人見知り魔女の恋愛奮闘記。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~
咲桜りおな
恋愛
前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。
ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。
いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!
そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。
結構、ところどころでイチャラブしております。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。
この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。
番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。
「小説家になろう」でも公開しています。
獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。
真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。
狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。
私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。
なんとか生きてる。
でも、この世界で、私は最低辺の弱者。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
氷の騎士は、還れなかったモブのリスを何度でも手中に落とす
みん
恋愛
【モブ】シリーズ③(本編完結済み)
R4.9.25☆お礼の気持ちを込めて、子達の話を投稿しています。4話程になると思います。良ければ、覗いてみて下さい。
“巻き込まれ召喚のモブの私だけが還れなかった件について”
“モブで薬師な魔法使いと、氷の騎士の物語”
に続く続編となります。
色々あって、無事にエディオルと結婚して幸せな日々をに送っていたハル。しかし、トラブル体質?なハルは健在だったようで──。
ハルだけではなく、パルヴァンや某国も絡んだトラブルに巻き込まれていく。
そして、そこで知った真実とは?
やっぱり、書き切れなかった話が書きたくてウズウズしたので、続編始めました。すみません。
相変わらずのゆるふわ設定なので、また、温かい目で見ていただけたら幸いです。
宜しくお願いします。
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる