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終焉の始まり

彼女を繋ぎ止める約束

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 同じ人を好きになってしまった。好きな人は血のつながった兄弟だった。好きな人は自分以外の人を選んでしまった。

 どれ一つとっても、気持ちに折り合いをつけるのは、とても難しいこと。まして今すぐに解決できることではない。だからと言って、消えたいなんて悲しいことを願わないで欲しい。

 そう思うのは、私の高慢ちきな考えの押し付けに過ぎないのだろうか。でもそう思われてもいい。身勝手だと罵られてもいい。【あなた何様よ!】と、ユズリが闇から戻って、私をビンタしてくれるなら、私は喜んでそれを受け止める。

 そんなことを考えていても、目の前の人はいつまでたっても手を取ってくれない。とうとう痺れを切らした私は、強引にその手を掴んだ。

「ここに来て帰らないっていう選択はナシにしてください。お屋敷、絶対にハチャメチャになっています。私、頑張ってお掃除しますが、なにせ襲撃の後の片付けは初めてなんで、わからないことだらけなんです。だから色々と教えてください」

 メイド長のお仕事心をくすぐる言葉をかけてみる。案の定、少女の瞳は戸惑いと葛藤で揺れてくれた。無意識に少女の手を握る力が強くなる。

「片付けが終わったら、一緒にお茶を飲んでください。ユズリさん、お土産にお茶を買ってきてくれるって約束てくれましたよね?それを一緒に飲みましょう。ケイノフさまとダーナさまが果実をもいできてくれたんです。ユズリさん、ジャムの作り方も教えてくださいね。アスラリア国では、お茶にジャムを入れて飲むのが流行だったんで、きっとユズリさんも美味しいっていってくれると思います。試してみてください」

 更に少女の瞳が揺れる。ちらちらと表情が変わる。少女とユズリ、互いの表情が交差している。あと少し、あと少しで、ユズリは戻ってきてくれるはず。けれど───。

「あと、それから……」

 ここにきて言葉に詰まってしまった。

 だって、今話しているのは、現実に出来ないことばかりだから。お屋敷がまだ残っているのかもわからない。キッチンにあった果物は間違いなく、炭になってるだろうし、ケイノフとダーナが無事なのかも、宵闇の森に消えてしまったリオンの行方すらわからない。
 
 きゅっと唇を噛み締める。現実に出来ることを思い出せ、何でもいいから絞り出せと必死に自分に発破をかける。そして、数拍の間の後、私はユズリと交わしたある約束事を思い出した。

「ユズリさん、相談したいことがあるんですっ」

 突然大声を出した私に、少女といえば良いのかユズリさんと言えばいいのかわからないその人は、はっと目を瞠った。

 たったそれだけの仕草でわかる。慌ただしい出かける前の小さな約束。ほんの日常のひとこまに過ぎない、このことをユズリは覚えていてくれていた。

 ユズリがいつから闇に堕ちてしまったのかわからない。けれど、あの時私は間違いなくと約束したのだ。

「ユズリさん覚えてますよね?私の相談に乗ってくれるって言ってくれましたよね?」

 縋りつかんばかりの私の問い掛けに、その人は小さく頷いてくれた。

 これはきっとユズリを呼び戻す最後の切り札になる。そう確信した私は、乱れる息を整えて、相談したいことを、どもらないように迷走しないように頭の中で組み立ててみる。

 まぁ………当初の予定では、仕事の合間の休憩時間に、ゆっくりお茶でも飲みながら気分は女子会的なノリで相談に乗ってもらいたかったけれど、そんなこと然したる問題ではない。

「聞いてくださいっ。私、好きな人に向かって【嘘つき】って言っちゃったんです!!」

 もともと相談に乗ってもらいたかった内容とは別モノだけれど、これだって私にとっては即時解決を望む重要案件なのだ。

 勢い良く言い放った私に、ユズリと少女の中間のその人が驚いたのは一瞬で、おずおずと口を開いてくれた。

「な、なんでまた……そんなことを……」

 戸惑いながら相談に乗ってきてくれたその人に向かって、私は胸の内でぐるぐるしている相談内容を一気に語り出した。

「えっと、ちょっと不測の事態に襲われて、そこで別の人からの嘘を信じちゃったんです。今、考えたら……すぐに本当なの?って聞けばよかったんですけど、なにせ突然のことだったし、私、いっぱいいっぱいになっちゃって、早とちりしちゃって、【嘘つき】って決めつけちゃって……で、まだ、謝ってないんです」

 つらつらと自分で説明をしながら、しでかしてしまった重さに落ち込んでしまう。

 少女は語ってくれた。レナザードがバイドライル国の兵士に紛れて、仲間を救ってくれていたということを。ただ、そのことを聞いた時、既にいっぱいいっぱいだった私は、別のことを考えてしまっていた。

 それにバイドライル国の使者が伝えたことは、あの時は嘘でも本当でもどっちでも良かった。レナザード達を無事に逃がせればそれでよかったから。

 でも、レナザードにとったらバイドライル国の使者の言葉を信じた私を見てどう思ったのだろう。しかも、嘘つきと言われたのだ。絶対に傷付いたはず。

「いや、本当にどうしよう……」

 そう呟きながら、私はずるずると体中の力が抜けていく。そして慣用句ではなく、本当に頭を抱えてしまった。

 ただならぬ何かを感じたのだろう、ゆらりと後にいるレナザードが動く気配がする。でも別の意味でそちらを向くことができない。

 今レナザードはどんな表情を浮かべているのだろうか。呆れを通り越した苦笑いなら救われるけれど、それ以外だったら、今度は私が闇に堕ちそうだ。

 説得から相談に変わり、そして何故か一人落ち込み始めた私のすぐ傍にいた少女は、長い長い溜息を付いた後、急に気配が消えてしまった。

 ちょっと待ってと慌てふためく私だったけれど、呆れた声が頭上から降ってきて、思わず息を呑む。

「あなたは、本当にうっかり者ね」

 その声と共に一陣の風が吹いた。それは湿った夜風ではない、柔らかい小春日のような暖かく乾いた風だった。

 その風に導かれるように、ゆるゆると両手を離して声がする方に視線を向ければ、そこに見事な金髪の美しい女性がいた。私の上司であるメイド長、闇に堕ちたはずのその人が居た。
 
「………ユズリさん」
「ユズリなのか」

 同時に声を発した私とレナザードを無視して、その人は乱れた髪を手櫛で直しながら口を開いた。

「酷いことを言ったと自覚しているなら、そんなの、素直に謝ればいいじゃない」

 そうユズリは呆れた口調で言う。いつも通り、ちょっと苦笑を浮かべながら。
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