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終焉の始まり

それでも彼女に伝えたいこと②

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 今ここで言うことじゃないかもしれないけれど、【私、可愛くないよね?】【ううん、そんなことないよー】的な女の子の計算を含んだ会話は、残念な容姿を持つ女子と、頑張ってもそこそこランクの女子だけが使える特権だ。

 ぶっちゃけ美人がそれを言ったら、女子全員を敵に回す言葉に変わる。美人はそんな小狡い計算なんてしてはいけない。その現実はしっかり受け止めてもらわなくてはならない。

 そんなわけで私は女子代表として、腕を組んで目の前の超絶美人に向かい口を開いた。

「まったくもう、そんなこと他人に言われないとわからないんですか?ユズリさんは、綺麗ですよ、美人ですよっ。金輪際、そんな当たり前のこと聞かないで下さいっ」

 メイド長に向かって、この発言は自分の立場を考えろと咎められそうだけれど、ユズリだって美人という立場を考えずに発言したのだから、おあいこということで、これはお咎めなしだと勝手に結論付ける。

「…………………」
「…………………」

 けれど、二人からは無言という返事が返ってきた。

 でも無視をされているわけではない。ただ単に私の場違いな発言にどう対応して良いのか、分かりかねているようだ。

 ちらりと視線を少し横に向ければ、色んな意味で、疲れ切った表情を浮かべる大好きな人がいる。朝焼け雲色をした髪を頬に張り付けたまま、何とも言えない表情をして私を見つめている。けれど、剣はまだ握りしめたまま。

 それはまだ少女を……ユズリを殺すことに葛藤しているから。でも、レナザードの選択は何だか良くわからない一族の重責からくるもの。

 再び視線をずらせば、だらりと両手を下げて、ぽかんとした表情を浮かべる少女がいる。誰がどう見ても、死を覚悟した者の顔ではない。

 そして私は二人にはどう映っているのだろう。

 制裁を邪魔する乱入者?それとも執行を見届ける立会人?運悪く巻き込まれた、ただの被害者?

 はっきり言って、その全部がお断りだ。私は、どこぞの一族の掟という縛りをぶっ壊す、掟破りで型破りなメイドでいたいのだ。

「レナザードさま、ユズリさんを殺したくないですよね?」

 まっすぐレナザードを見つめ問いかける。

「それが掟だ。仕方がな───」
「掟とか良くわからない一族のことはどうでも良いです。私はレナザード兄さまが、ユズリさんを殺したくないかどうかを聞いてるんです」

 お屋敷の主さまの言葉を遮って、かつ彼の抱える重責をどうでも良い呼ばわりした私は、叱責されるかもしれない。

 ちょっと身を竦ませた私だったけれど、レナザードは咎めることはせず、苦しそうに言葉を紡いだ。

「殺したいわけがないだろう」

 レナザードの言葉に私は、にっこりと笑みを浮かべる。

「ですよね。私もユズリさんに死んでほしくないです。だから───」

 一旦言葉を区切り、そして、場違いな程の元気な声で言葉を続けた。
 
「皆で一緒に帰りましょう」

 そう言えば、私の大好きな人は、はらりと暗い影が落ちて、僅かに希望の色を浮かべてくれた。
  
 そして私は、ゆっくりと少女に向かって歩を進める。身体を蝕む痛みはないけれど、全身が鉛のように重たい。一歩進むだけでも大事おおごとだ。よろけないように、ふらつかないように気を付けながら、今までの一連の出来事をもう一度思い返してみる。

 少女がレナザードの一族のことを説明してくれたけれど.........申し訳ない、私は、ほとんど理解することができなかった。

 それに本当のところ、レナザードが抱える辛さも、その肩にのしかかっている重責すらも、100分の1も理解できていないのかもしれない。

 でも理解できていなくても、わかる事だってある。

 レナザードが少女に向かって兄と呼ぶなと叫んだ時、私はちゃんと見ていた。少女が傷付いた顔をした後、嬉しそうに口元を綻ばせたのを。きっと傷付いたのは少女で、嬉しかったのはユズリ。

 そう、ユズリは消えてなんかいない。まだ、ここに

 でも私は気付かぬうちに、ユズリの大切なものを奪ってしまった。そしてユズリを壊してしまった。少女が贖罪の為の提案をしたのに、私はそれを自分の意志で拒んだ。

 そんな私がユズリに手を伸ばす資格は、ないのかもしれない。ないかもしれないけれど、手を伸ばしたいと強く望む私がいる。

「ユズリさん、私、ユズリさんに伝えてないことがあるんです」

 ありったけの勇気をかき集めて、少女の肩に触れる。その肩はピクリと小さく跳ねたけれど、私を拒むことはなかった。

 それにほっとしつつ、私は少女の肩に手を置いて、その耳元に唇を寄せる。そしてずっと言えなかったことを、レナザードに聞こえないようそっと囁いた。

「私が幼い頃、レナザードさまと会っていたティリア王女なんです」

 その瞬間、少女は弾かれたように私を見た。そして信じられないと、小さく首を振る。

「………嘘」
「嘘じゃないです」
「だって、あなた自分で偽っていたって言ったじゃない」
「はい、あの時は忘れていました」
「忘れてたって…スラリス……あなた、そんな……」
 
 わなわなと唇を震わせながら、少女はかくんと膝を付いた。体中の力が抜けて、崩れ落ちたという表現のほうが合っているのかもしれない。引きずられるように私も、座り込む。私も立っているのが限界だった。

 そして肩を寄せ合うというか、互いにもたれ掛かり合う中、少女は何かを探るようにレナザードに視線を向ける。そして、何か確信を得たのだろう。片手で顔を覆いながら【本当なのね】と呟いた。悔しそうに顔を歪め、諦めたような途方に暮れたような口調で。

 俯いた少女は小さく震えている。どうしてそんな、と掠れた声を出している。

 その言葉を受け、胸が痛む。私がもっと早くこのことを伝えていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。もたもたして、うじうじしていたから、こんな結果になってしまったのだろう。

 これは目を逸らしてはいけない現実で、誤魔化して、なかったことにはできない。

「ごめんなさい。大切な思い出だったんです。でも、大切にし過ぎて……無くさないように、胸の奥にしまい込んでいたので、思い出すのに時間がかかってしまいました」
「………それじゃ、意味ないじゃない」
「ですね。反省してます。ごめんなさい」

 終わりの見えない恨み節や罵倒がくるかと思いきや、ごもっともなことを言われてしまった。もちろん私は即座に謝罪する。

 しゅんと肩を落とした私の顔を少女は覗き込む。その顔を私は知っている。何度も見てきた。私がお仕事でミスした時に向けられる顔だ。そして次にいう言葉は決まっている。

「ま、次から気を付ければ良いわ」

 ほらやっぱり。間違いない、ユズリはすぐ近くにいる。消えてなんかいない。そう確信するや否や、私はすかさず口を開いた。
 
「ユズリさん、一緒に帰りましょう」

 立ち上がる体力が残っていない私は膝立ちをして、目の前にいるその人に向かって手を差し伸べた。
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