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終焉の始まり

もう一人のあなたが語る真実②

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 悩んだ時、迷った時、途方に暮れた時、誰だって一度くらいもう一人の自分に問いかけてみることはあるだろう。

 でもそれは結局、自分自身の答えがまとまらなくて、そうしているからであって、自分の中に本当に別人格の人間がいるわけではない。

 つまり別人格の人間が二人いるってことは───。

「あの………喧嘩とかしないんですか?」

 まとまらない頭で無理矢理考えた結果、この質問が真っ先に浮かんできた。

 ただ声に出してみると我ながら何て馬鹿な質問をしたと思う。そして木の上から私を見下ろしている少女に呆れられるか、笑われるかと思いきや、なぜか少女はくしゃりと顔を歪めた。

「……そっか。そうね、そんな風に思うことができるあなただから、レナザードが選んだのね」

 突然、彼の名前が出てきて、思わず息を呑む。そんな私の反応を見て、少女は口元を歪めた。

「喧嘩なんかしないわよ。だって、押さえつけられていたから」
「……押さえつけられる……ですか?」

 吐き捨てるように返ってきた答えに意味が分からず、オウム返しに問うてしまう。

「そうよ。スラリス、あなたは一つの体の中に二つの人格があると思っているかもしれないけれど、そうじゃないわ。私とユズリは対等な存在じゃないの。私はユズリにとってお荷物で、邪魔な存在で、忌まわしいものでしかないの。だから喧嘩なんかしない。………喧嘩をしないかわりに、一つの身体を奪い合ってはいるけれど、ね」

 そう言って、少女はにこりと笑みを浮かべた。でも双眸は私を睨みつけたまま、口元だけを持ち上げている、そんな笑みだった。 

「だから、こうして私があなたとおしゃべりできるってことは、ユズリが奪い合いに負けたってことなの。んーちょっと違うな。ユズリはね、自分から譲ってくれたのよ。この身体を。………あなたのせいでね」

 最後の言葉に、胸を抉るような痛みが走った。それから何故、どうして、と私が言葉にしなくても、それは伝わったようで、少女は、にたりと意地の悪い笑みを浮かべて、口を開いた。

「あのね、レナザードは、一族を担う唯一無二の存在なの。誰よりも強く気高く、でも、誰にも弱みをみせることができない、一番孤独な存在なのよ。……一族が外界から干渉されないように、ずっと畏怖の存在であり続けるために、レナザードは無理難題と言われる戦いにも参戦するし、暗殺だって請け負うのよ。それが、どんなに汚い仕事でも一族を守るためにね」

 こんな状況なのに、屋敷での生活を唐突に思い出してしまう。
 ふらりと居なくなるケイノフやダーナ。そして、いつの間にか大怪我をしていたレナザード。

 彼はあれだけの血を流していながらも、平静だった。それは、怪我をする危険性が日常にあるということだったのだ。
 
「今回のアスラリア国に仕掛けた戦いも、不本意ではあったけれど、ティリア王女を護る為に、あえて依頼を受けたのよ。だからレナザードはアスラリア国の民を一人も殺していないわ。バイドライル国の兵士に気付かれぬよう、こっそり逃がしてあげていたのよ。それは……ね、全てティリア王女を想ってのこと」

 それでね、とユズリは一旦言葉を区切り、悲しそうに微笑む。

「ユズリはね………そんなレナザードのことをずっと好きだったの」

 正直言って、今のが一番の衝撃だ。目を見開いた私に、少女は肩を落として、困ったような、それでいて淋しそうな表情を浮かべた。

「ユズリとレナザードは決して結ばれることはないの。だからユズリは、ずっとティリア王女がレナザードの一番でいてほしかった。レナザードには、決して手を伸ばしても、届かない存在を慕い続けてほしかった。……なのに、ティリア王女ではないと知ってもあなた殺さなかった。こんなことって初めて。そしてスラリス、あなたはあっという間に、彼の心を奪ってしまったのね」
「それ違いますっ。私がレナザードさまの───」
「うるさいわね!私の言葉に口を挟まないで!」

 私の声を遮って少女は感情のままに叫ぶ。その迫力に気圧されてしまい息を呑む。

 怒りで瞳を潤ませながら、少女は私を睨みつける。憎くて憎くてたまらないと、言いたげに。

「ユズリがどんな気持ちであなたに接していたかわかる?長年想い煩っていたというのに、突然現れたあなたに、心移りをしたレナザードを目の当たりにして、ユズリがどんなに泣き叫んだかわかる?.........ただ、そこにいるだけで愛されるスラリス、ねぇちゃんと胸に刻み付けておきなさい。あなたがユズリを壊したのよ」

 私がユズリを壊してしまった。その言葉に雷に打たれたような戦慄が走る。唇がわななく。言葉にならない息がひゅうひゅうと漏れる。動悸が激しくて、頭がぐわんぐわんと揺れる。
  
 そんな私を嘲笑うかのように、少女は小首を傾げて問うてくる。

「レナザードと恋人になれたってことは、もう抱かれたの?あの人は、あなたをどんな風に抱くのかしら?優しかった?激しかった?あの長い指で、あなたはどんな嬌声をあげたの?」

 その生々しい質問に私は、ただ首を横に振ることしかできない。

「あら教えてくれないの?それは少しは後悔してるから?ユズリに申し訳ないことをしたって思ってるから?」

 ぐいぐいと触れて欲しくないところばかり突いてくる少女の問いに何も答えることができない。そんな私に少女は侮蔑を込めた視線を送る。けれど、すぐに表情を一変させ、一つ提案があるのと、ひらりと木から飛び降りて私の目の前に降り立った。

 手を伸ばせば触れる距離までになった少女は、つっと私の顎を掬い上げ、形の良い唇を耳に寄せた。

「ねえ、スラリス。ほんの少しでもユズリのことを想うなら、大人しくバイドライル国の元へ行って。……大丈夫、あの王は、私の忠実な下僕だから。痛いことも辛いこともされないわ。もちろん、殺されることもないわ。そうすれば、私の中にいるユズリだって、きっとあなたを許してくれるはずよ」

 私はユズリから大切なものを奪ってしまったのだ。だからユズリは私を憎む権利がある。少女の言う通り、ユズリに申し訳ないと思うなら、この提案を呑むべきなのだろう。

 でも、私にだって譲れないものがある。それに、何かおかしい。その小さな違和感はきっと、今の私でないとわからないもの。

 ───それを見定める為には、こう言うしかない。

「お断りします」

 私は精一杯の虚勢で微笑んだ。少女の提案など、毛ほども興味がないというように。
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