上 下
45 / 89
十六夜に願うのは

それは気遣いという名のやらかしで

しおりを挟む
 勢い良く部屋に入って、かつての少年と同じ笑顔を向けてくれたレナザードにじんわりと胸を熱くしたのは一瞬だった。

 屋敷の主様の部屋に飛び込んだメイドって……恐れ知らずもいいところだ。

 レナザードは優しい。メイドの不手際も無作法も怒らない。けれど、自分の口から真実を語らない間は、私は彼にとってただのメイドでしかない。自分の立ち位置を見失ってはいけない。

「レナザードさま、大変失礼いたしました」

 自分を戒める意味も込めて、私はレナザードに腰を折る。反対に彼は不思議そうに目を瞬せていたが、すぐに何を今更と吹き出してくれた。

 そう今は、これで良い。私は近いうちに彼に真実を告げる。でもまだ勇気が足りない。頑張ってありったけの勇気をかき集める。だから、それまではもう少しこのままでいよう。
 
「で、お前はどんな本が好きなんだ?専門書か?物語か?それとも画集か?」

 そう心に決めたと同時に横からレナザードに問われ、ぐるりと部屋を見回す。

 改めて見たレナザードの部屋の蔵書量は、きっと本嫌いな人が見たら一瞬で蕁麻疹じんましんがでてしまう程のものだった。

「ぼっ……膨大な量です」

 私は、ため息と共にぽつりと呟いた。
 とにかく凄い。天井まで届きそうな程の本の数に、私は顎を伸ばして見上げてしまう。

「お前、口空いてるぞ」
「……っ!?……れっ、レナザードさまは、本がお好きなんですね」

 間抜けな顔を見られたのが恥ずかしくて、この場を誤魔化すように思い付いたままのことを口にしてみた。

 小屋にいた頃も、レナザードはいつも本を読んでいた。ただ文字を覚え始めたばかりの私には内容がまったくわからず、そして彼から説明を受けても全くもってわからず……結局二人そろって笑ってしまっていた。

「好きでも、嫌いでもない。必要だからここにあるだけだ」

 つまらない事を聞くなと言いたげなレナザードの口調に、幼い頃から彼にとって本は楽しむものではないことを知った。でもこれだけの本が必要なんて、レナザードは一体……何者なのだろう。
 
 領主に薬師、それに国主。専門書を多く必要とする者は、この世に沢山いる。しかし、これだけ多種多様な本を必要とするとは、彼はかなり専門の職についているということなのだろうか。

「俺達のことは深く考えるな。で、お前は何が好きなんだ?」

 レナザードの声音は前半は尖っていて、後半は優しいものだった。器用だな、と一瞬そんなことを思ったけれど、自分が彼の領域に入り込み過ぎたことに反省する。

 確かに、望まれもしないのに詮索されるのは、気分が悪いだろう。触れて欲しくないものが自分にもあるように、レナザードにもきっと同じように触れて欲しくないものがあるのだ。

「申し訳ありませんでした、レナザードさま。私、物語が好きなんです」

 肩を落として、うな垂れたい。でもそんな仕草をしてしまったら、わざわざ声音を変えてくれたレナザードに申し訳ない。謝罪は勿論するけれど、私あえて、はきはきした口調で答えた。

「そうか。なら、あそこら辺に物語が……多分あるから、自分で探せ」

 何事もなかったかのような口調でレナザードが、ついっと指した場所は、一際大きく山積みにされた本の一角。

「あそこ……ですか?」

 思わず乾いた笑みを漏らしてしまった。この本の山から気に入った物語を見つけることができるだろうか。………ちょっと自信がない。

「ああ、そうだ。ま、一日探せば、気に入るものが一つや二つ、見つかるだろ?」

 今のレナザードの言葉は、私が一日中ここに居てもいいというふうにも取れる。もちろんそんな貴族令嬢のような優雅なことはできないけれど。

 問いかけに何も答えない私を無視して、レナザードはちらりと本の山を一瞥すると、自分の固定席であろうソファにどっさりと腰を下ろした。そして、私にクッションを差し出してくれる。

 断る理由がない私は、素直にお礼の言葉を伝えてクッションを受け取る。そして時計をちらりと見て、一時間だけと決めて本の山に向かおうとした。が、ある大事なことを思い出した。

「あっあの、レナザードさま……」

 訝しそうにレナザードは、こちらを見る。私は一瞬たじろぐが、勇気を振り絞って口を開いた。

「本当に、こちらを探してもよろしいのでしょうか?」

 レナザードの眉間に皺が一本刻まれた。明らかに《お前、何言ってる?》と言いたいのであろう。

 ああそっか、ちょっと説明不足だったようだ。少し反省する。きっと男の人にとったら既に当たり前になっているのだ。もう少し詳しく説明するべきだった。

「あの……殿方の本には、触らない方が良いと教えられました。そっその……本の山には、秘密が隠されているそうで……」

 レナザードの眉間に、もう一本皺が刻まれる。しばらくの間の後、レナザードが低い声で問うた。

「秘密とは何だ?」

 瞬間、私の顔が真っ赤になる。もう、まったくここまで言ったのだから、すぐに察して欲しい。レナザードだってもう少年じゃない大人の男だ。木は森に隠せという諺もある通り、きっとこの本の山の中には男性の夢が詰まったアレが隠されているはずだ。

 別に私だって大人になったのだから、それぐらいで不潔だ何だと騒ぐような小娘ではない。それとも彼は、私の口からそれを聞きたいのか。それはまた随分と嗜虐趣味ドSなことだ。しかし確認しなければ、いつまでたっても本が読めない。さりとて、二度は言いたくない。

 数秒の葛藤の後、私は意を決して大声で叫んだ。

春本エロ本です!!」
「なんだと!?」

 思わず叫び返したレナザードに、私はびくっと身を竦ませた。それから、おそるおそる、レナザードを見つめる。

「……ないのですか?」
「おっ、お前、何言ってるんだ……あっ、あるわけないだろ!!」

 多彩な表情を見せてくれるレナザードだったけど、ここまで顔を赤くするところなど初めて見た。でも、やだ可愛いっと、呑気なことを考えている場合ではない。

 真っ赤になって怒鳴りつけるレナザードとは反対に、私はみるみる青ざめる。女子の常識、男子の非常識。どうやら自分は、やらかしてしまったらしい。このやらかしは横を向いて、口笛でも吹きたい類のもの。

「なっ……ないのなら、良いのです」
「おっおい!お前、そんなこと誰に聞いたんだ!答えろ!!」

 そんなの多すぎて、全員の名前を言えるわけがない。強いて言うなら、お城にいたメイド達、全員だ。

 きっとそれを言ったらレナザードは女性を見る目が変わってしまうだろう。絶対に言えないし、言いたくない。

 ということで、しつこく問い続けるレナザードを無視して、私は脱兎の如く本の山の前に座り込んだ。

 そして、これ以上聞かないでという空気を醸し出しながら一心不乱に一冊一冊丁寧に本をより分け始めたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

溺愛の始まりは魔眼でした。騎士団事務員の貧乏令嬢、片想いの騎士団長と婚約?!

恋愛
 男爵令嬢ミナは実家が貧乏で騎士団の事務員と騎士団寮の炊事洗濯を掛け持ちして働いていた。ミナは騎士団長オレンに片想いしている。バレないようにしつつ長年真面目に働きオレンの信頼も得、休憩のお茶まで一緒にするようになった。  ある日、謎の香料を口にしてミナは魔法が宿る眼、魔眼に目覚める。魔眼のスキルは、筋肉のステータスが見え、良い筋肉が目の前にあると相手の服が破けてしまうものだった。ミナは無類の筋肉好きで、筋肉が近くで見られる騎士団は彼女にとっては天職だ。魔眼のせいでクビにされるわけにはいかない。なのにオレンの服をびりびりに破いてしまい魔眼のスキルを話さなければいけない状況になった。  全てを話すと、オレンはミナと協力して魔眼を治そうと提案する。対処法で筋肉を見たり触ったりすることから始まった。ミナが長い間封印していた絵描きの趣味も魔眼対策で復活し、よりオレンとの時間が増えていく。片想いがバレないようにするも何故か魔眼がバレてからオレンが好意的で距離も近くなり甘やかされてばかりでミナは戸惑う。別の日には我慢しすぎて自分の服を魔眼で破り真っ裸になった所をオレンに見られ彼は責任を取るとまで言いだして?! ※結構ふざけたラブコメです。 恋愛が苦手な女性シリーズ、前作と同じ世界線で描かれた2作品目です(続きものではなく単品で読めます)。今回は無自覚系恋愛苦手女性。 ヒロインによる一人称視点。全56話、一話あたり概ね1000~2000字程度で公開。 前々作「訳あり女装夫は契約結婚した副業男装妻の推し」前作「身体強化魔法で拳交える外交令嬢の拗らせ恋愛~隣国の悪役令嬢を妻にと連れてきた王子に本来の婚約者がいないとでも?~」と同じ時代・世界です。 ※小説家になろう、ノベルアップ+にも投稿しています。※R15は保険です。

【完結】忘れられた王女は獣人皇帝に溺愛される

雑食ハラミ
恋愛
平民として働くロザリンドは、かつて王女だった。 貴族夫人の付添人としてこき使われる毎日だったロザリンドは、ある日王宮に呼び出される。そこで、父の国王と再会し、獣人が治める国タルホディアの皇帝に嫁ぐようにと命令された。 ロザリンドは戸惑いながらも、王族に復帰して付け焼刃の花嫁修業をすることになる。母が姦淫の罪で処刑された影響で身分をはく奪された彼女は、被差別対象の獣人に嫁がせるにはうってつけの存在であり、周囲の冷ややかな視線に耐えながら隣国タルホディアへと向かった。 しかし、新天地に着くなり早々体調を崩して倒れ、快復した後も夫となるレグルスは姿を現わさなかった。やはり自分は避けられているのだろうと思う彼女だったが、ある日宮殿の庭で放し飼いにされている不思議なライオンと出くわす。そのライオンは、まるで心が通じ合うかのように彼女に懐いたのであった。 これは、虐げられた王女が、様々な障害やすれ違いを乗り越えて、自分の居場所を見つけると共に夫となる皇帝と心を通わすまでのお話。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

追放された薬師は騎士と王子に溺愛される 薬を作るしか能がないのに、騎士団の皆さんが離してくれません!

沙寺絃
ファンタジー
唯一の肉親の母と死に別れ、田舎から王都にやってきて2年半。これまで薬師としてパーティーに尽くしてきた16歳の少女リゼットは、ある日突然追放を言い渡される。 「リゼット、お前はクビだ。お前がいるせいで俺たちはSランクパーティーになれないんだ。明日から俺たちに近付くんじゃないぞ、このお荷物が!」 Sランクパーティーを目指す仲間から、薬作りしかできないリゼットは疫病神扱いされ追放されてしまう。 さらにタイミングの悪いことに、下宿先の宿代が値上がりする。節約の為ダンジョンへ採取に出ると、魔物討伐任務中の王国騎士団と出くわした。 毒を受けた騎士団はリゼットの作る解毒薬に助けられる。そして最新の解析装置によると、リゼットは冒険者としてはFランクだが【調合師】としてはSSSランクだったと判明。騎士団はリゼットに感謝して、専属薬師として雇うことに決める。 騎士団で認められ、才能を開花させていくリゼット。一方でリゼットを追放したパーティーでは、クエストが失敗続き。連携も取りにくくなり、雲行きが怪しくなり始めていた――。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

処理中です...