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十六夜に願うのは
それは気遣いという名のやらかしで
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勢い良く部屋に入って、かつての少年と同じ笑顔を向けてくれたレナザードにじんわりと胸を熱くしたのは一瞬だった。
屋敷の主様の部屋に飛び込んだメイドって……恐れ知らずもいいところだ。
レナザードは優しい。メイドの不手際も無作法も怒らない。けれど、自分の口から真実を語らない間は、私は彼にとってただのメイドでしかない。自分の立ち位置を見失ってはいけない。
「レナザードさま、大変失礼いたしました」
自分を戒める意味も込めて、私はレナザードに腰を折る。反対に彼は不思議そうに目を瞬せていたが、すぐに何を今更と吹き出してくれた。
そう今は、これで良い。私は近いうちに彼に真実を告げる。でもまだ勇気が足りない。頑張ってありったけの勇気をかき集める。だから、それまではもう少しこのままでいよう。
「で、お前はどんな本が好きなんだ?専門書か?物語か?それとも画集か?」
そう心に決めたと同時に横からレナザードに問われ、ぐるりと部屋を見回す。
改めて見たレナザードの部屋の蔵書量は、きっと本嫌いな人が見たら一瞬で蕁麻疹がでてしまう程のものだった。
「ぼっ……膨大な量です」
私は、ため息と共にぽつりと呟いた。
とにかく凄い。天井まで届きそうな程の本の数に、私は顎を伸ばして見上げてしまう。
「お前、口空いてるぞ」
「……っ!?……れっ、レナザードさまは、本がお好きなんですね」
間抜けな顔を見られたのが恥ずかしくて、この場を誤魔化すように思い付いたままのことを口にしてみた。
小屋にいた頃も、レナザードはいつも本を読んでいた。ただ文字を覚え始めたばかりの私には内容がまったくわからず、そして彼から説明を受けても全くもってわからず……結局二人そろって笑ってしまっていた。
「好きでも、嫌いでもない。必要だからここにあるだけだ」
つまらない事を聞くなと言いたげなレナザードの口調に、幼い頃から彼にとって本は楽しむものではないことを知った。でもこれだけの本が必要なんて、レナザードは一体……何者なのだろう。
領主に薬師、それに国主。専門書を多く必要とする者は、この世に沢山いる。しかし、これだけ多種多様な本を必要とするとは、彼はかなり専門の職についているということなのだろうか。
「俺達のことは深く考えるな。で、お前は何が好きなんだ?」
レナザードの声音は前半は尖っていて、後半は優しいものだった。器用だな、と一瞬そんなことを思ったけれど、自分が彼の領域に入り込み過ぎたことに反省する。
確かに、望まれもしないのに詮索されるのは、気分が悪いだろう。触れて欲しくないものが自分にもあるように、レナザードにもきっと同じように触れて欲しくないものがあるのだ。
「申し訳ありませんでした、レナザードさま。私、物語が好きなんです」
肩を落として、うな垂れたい。でもそんな仕草をしてしまったら、わざわざ声音を変えてくれたレナザードに申し訳ない。謝罪は勿論するけれど、私あえて、はきはきした口調で答えた。
「そうか。なら、あそこら辺に物語が……多分あるから、自分で探せ」
何事もなかったかのような口調でレナザードが、ついっと指した場所は、一際大きく山積みにされた本の一角。
「あそこ……ですか?」
思わず乾いた笑みを漏らしてしまった。この本の山から気に入った物語を見つけることができるだろうか。………ちょっと自信がない。
「ああ、そうだ。ま、一日探せば、気に入るものが一つや二つ、見つかるだろ?」
今のレナザードの言葉は、私が一日中ここに居てもいいというふうにも取れる。もちろんそんな貴族令嬢のような優雅なことはできないけれど。
問いかけに何も答えない私を無視して、レナザードはちらりと本の山を一瞥すると、自分の固定席であろうソファにどっさりと腰を下ろした。そして、私にクッションを差し出してくれる。
断る理由がない私は、素直にお礼の言葉を伝えてクッションを受け取る。そして時計をちらりと見て、一時間だけと決めて本の山に向かおうとした。が、ある大事なことを思い出した。
「あっあの、レナザードさま……」
訝しそうにレナザードは、こちらを見る。私は一瞬たじろぐが、勇気を振り絞って口を開いた。
「本当に、こちらを探してもよろしいのでしょうか?」
レナザードの眉間に皺が一本刻まれた。明らかに《お前、何言ってる?》と言いたいのであろう。
ああそっか、ちょっと説明不足だったようだ。少し反省する。きっと男の人にとったら既に当たり前になっているのだ。もう少し詳しく説明するべきだった。
「あの……殿方の本には、触らない方が良いと教えられました。そっその……本の山には、秘密が隠されているそうで……」
レナザードの眉間に、もう一本皺が刻まれる。しばらくの間の後、レナザードが低い声で問うた。
「秘密とは何だ?」
瞬間、私の顔が真っ赤になる。もう、まったくここまで言ったのだから、すぐに察して欲しい。レナザードだってもう少年じゃない大人の男だ。木は森に隠せという諺もある通り、きっとこの本の山の中には男性の夢が詰まったアレが隠されているはずだ。
別に私だって大人になったのだから、それぐらいで不潔だ何だと騒ぐような小娘ではない。それとも彼は、私の口からそれを聞きたいのか。それはまた随分と嗜虐趣味なことだ。しかし確認しなければ、いつまでたっても本が読めない。さりとて、二度は言いたくない。
数秒の葛藤の後、私は意を決して大声で叫んだ。
「春本です!!」
「なんだと!?」
思わず叫び返したレナザードに、私はびくっと身を竦ませた。それから、おそるおそる、レナザードを見つめる。
「……ないのですか?」
「おっ、お前、何言ってるんだ……あっ、あるわけないだろ!!」
多彩な表情を見せてくれるレナザードだったけど、ここまで顔を赤くするところなど初めて見た。でも、やだ可愛いっと、呑気なことを考えている場合ではない。
真っ赤になって怒鳴りつけるレナザードとは反対に、私はみるみる青ざめる。女子の常識、男子の非常識。どうやら自分は、やらかしてしまったらしい。このやらかしは横を向いて、口笛でも吹きたい類のもの。
「なっ……ないのなら、良いのです」
「おっおい!お前、そんなこと誰に聞いたんだ!答えろ!!」
そんなの多すぎて、全員の名前を言えるわけがない。強いて言うなら、お城にいたメイド達、全員だ。
きっとそれを言ったらレナザードは女性を見る目が変わってしまうだろう。絶対に言えないし、言いたくない。
ということで、しつこく問い続けるレナザードを無視して、私は脱兎の如く本の山の前に座り込んだ。
そして、これ以上聞かないでという空気を醸し出しながら一心不乱に一冊一冊丁寧に本をより分け始めたのであった。
屋敷の主様の部屋に飛び込んだメイドって……恐れ知らずもいいところだ。
レナザードは優しい。メイドの不手際も無作法も怒らない。けれど、自分の口から真実を語らない間は、私は彼にとってただのメイドでしかない。自分の立ち位置を見失ってはいけない。
「レナザードさま、大変失礼いたしました」
自分を戒める意味も込めて、私はレナザードに腰を折る。反対に彼は不思議そうに目を瞬せていたが、すぐに何を今更と吹き出してくれた。
そう今は、これで良い。私は近いうちに彼に真実を告げる。でもまだ勇気が足りない。頑張ってありったけの勇気をかき集める。だから、それまではもう少しこのままでいよう。
「で、お前はどんな本が好きなんだ?専門書か?物語か?それとも画集か?」
そう心に決めたと同時に横からレナザードに問われ、ぐるりと部屋を見回す。
改めて見たレナザードの部屋の蔵書量は、きっと本嫌いな人が見たら一瞬で蕁麻疹がでてしまう程のものだった。
「ぼっ……膨大な量です」
私は、ため息と共にぽつりと呟いた。
とにかく凄い。天井まで届きそうな程の本の数に、私は顎を伸ばして見上げてしまう。
「お前、口空いてるぞ」
「……っ!?……れっ、レナザードさまは、本がお好きなんですね」
間抜けな顔を見られたのが恥ずかしくて、この場を誤魔化すように思い付いたままのことを口にしてみた。
小屋にいた頃も、レナザードはいつも本を読んでいた。ただ文字を覚え始めたばかりの私には内容がまったくわからず、そして彼から説明を受けても全くもってわからず……結局二人そろって笑ってしまっていた。
「好きでも、嫌いでもない。必要だからここにあるだけだ」
つまらない事を聞くなと言いたげなレナザードの口調に、幼い頃から彼にとって本は楽しむものではないことを知った。でもこれだけの本が必要なんて、レナザードは一体……何者なのだろう。
領主に薬師、それに国主。専門書を多く必要とする者は、この世に沢山いる。しかし、これだけ多種多様な本を必要とするとは、彼はかなり専門の職についているということなのだろうか。
「俺達のことは深く考えるな。で、お前は何が好きなんだ?」
レナザードの声音は前半は尖っていて、後半は優しいものだった。器用だな、と一瞬そんなことを思ったけれど、自分が彼の領域に入り込み過ぎたことに反省する。
確かに、望まれもしないのに詮索されるのは、気分が悪いだろう。触れて欲しくないものが自分にもあるように、レナザードにもきっと同じように触れて欲しくないものがあるのだ。
「申し訳ありませんでした、レナザードさま。私、物語が好きなんです」
肩を落として、うな垂れたい。でもそんな仕草をしてしまったら、わざわざ声音を変えてくれたレナザードに申し訳ない。謝罪は勿論するけれど、私あえて、はきはきした口調で答えた。
「そうか。なら、あそこら辺に物語が……多分あるから、自分で探せ」
何事もなかったかのような口調でレナザードが、ついっと指した場所は、一際大きく山積みにされた本の一角。
「あそこ……ですか?」
思わず乾いた笑みを漏らしてしまった。この本の山から気に入った物語を見つけることができるだろうか。………ちょっと自信がない。
「ああ、そうだ。ま、一日探せば、気に入るものが一つや二つ、見つかるだろ?」
今のレナザードの言葉は、私が一日中ここに居てもいいというふうにも取れる。もちろんそんな貴族令嬢のような優雅なことはできないけれど。
問いかけに何も答えない私を無視して、レナザードはちらりと本の山を一瞥すると、自分の固定席であろうソファにどっさりと腰を下ろした。そして、私にクッションを差し出してくれる。
断る理由がない私は、素直にお礼の言葉を伝えてクッションを受け取る。そして時計をちらりと見て、一時間だけと決めて本の山に向かおうとした。が、ある大事なことを思い出した。
「あっあの、レナザードさま……」
訝しそうにレナザードは、こちらを見る。私は一瞬たじろぐが、勇気を振り絞って口を開いた。
「本当に、こちらを探してもよろしいのでしょうか?」
レナザードの眉間に皺が一本刻まれた。明らかに《お前、何言ってる?》と言いたいのであろう。
ああそっか、ちょっと説明不足だったようだ。少し反省する。きっと男の人にとったら既に当たり前になっているのだ。もう少し詳しく説明するべきだった。
「あの……殿方の本には、触らない方が良いと教えられました。そっその……本の山には、秘密が隠されているそうで……」
レナザードの眉間に、もう一本皺が刻まれる。しばらくの間の後、レナザードが低い声で問うた。
「秘密とは何だ?」
瞬間、私の顔が真っ赤になる。もう、まったくここまで言ったのだから、すぐに察して欲しい。レナザードだってもう少年じゃない大人の男だ。木は森に隠せという諺もある通り、きっとこの本の山の中には男性の夢が詰まったアレが隠されているはずだ。
別に私だって大人になったのだから、それぐらいで不潔だ何だと騒ぐような小娘ではない。それとも彼は、私の口からそれを聞きたいのか。それはまた随分と嗜虐趣味なことだ。しかし確認しなければ、いつまでたっても本が読めない。さりとて、二度は言いたくない。
数秒の葛藤の後、私は意を決して大声で叫んだ。
「春本です!!」
「なんだと!?」
思わず叫び返したレナザードに、私はびくっと身を竦ませた。それから、おそるおそる、レナザードを見つめる。
「……ないのですか?」
「おっ、お前、何言ってるんだ……あっ、あるわけないだろ!!」
多彩な表情を見せてくれるレナザードだったけど、ここまで顔を赤くするところなど初めて見た。でも、やだ可愛いっと、呑気なことを考えている場合ではない。
真っ赤になって怒鳴りつけるレナザードとは反対に、私はみるみる青ざめる。女子の常識、男子の非常識。どうやら自分は、やらかしてしまったらしい。このやらかしは横を向いて、口笛でも吹きたい類のもの。
「なっ……ないのなら、良いのです」
「おっおい!お前、そんなこと誰に聞いたんだ!答えろ!!」
そんなの多すぎて、全員の名前を言えるわけがない。強いて言うなら、お城にいたメイド達、全員だ。
きっとそれを言ったらレナザードは女性を見る目が変わってしまうだろう。絶対に言えないし、言いたくない。
ということで、しつこく問い続けるレナザードを無視して、私は脱兎の如く本の山の前に座り込んだ。
そして、これ以上聞かないでという空気を醸し出しながら一心不乱に一冊一冊丁寧に本をより分け始めたのであった。
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