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十六夜に願うのは

留守番を任されました

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 正直、たちの悪い冗談であればと本気で願っていた私だったけれど、ダーナが言っていたことは本当で、ユズリとリオンはレナザードのお遣いで、この屋敷を留守にすることになってしまった。言い換えるなら私は独りでお留守番をすることになる。

 晴天の霹靂とはいかないけれど、その現実は受け入れがたい。そんな私を無視して着々と留守の間の引継ぎが進んでしまい、あっという間に当日を迎えることになってしまった。

 とうとう観念した私は潔く現実を受け入れ、ユズリとリオンの道中の無事を祈る……なんてこと、できるわけがなかった。

 そして今、往生際悪く全力で引き留めたい私の前には、旅服に着替えたユズリとリオンがいる。



「それではスラリス。所用で出かけて来ますわね。二、三日留守を頼みます」
「…………」

 ユズリは控えめな花の装飾がついたボンネットを被りながら、明るく私に声を掛ける。が、私は返事はしない。

 仮にもメイド長に向かって無視はないだろうと思うかもしれないけれど……行かないでと言えない私の精一杯の訴えだということを察して欲しい。

 そして私は、しおれた菜っ葉のように肩を落とし、言いたいこと全てを込めて縋るようにユズリを見つめた。

「そんな不安そうな目で見つめないで。たった数日のことでしょ」
「……………」

 聞き分けの無い妹を宥めるような口調で、ユズリは苦笑交じりに私に声を掛けた。

 それでも口をつぐんだままの私と、呆れて溜息をつくユズリを挟んで、外出用のコートを着込んだリオンは、オロオロと無言で私達を交互に見つめている。そんな不安な顔をさせてしまったリオンに申し訳ないと思いつつ、やっぱり可愛いと思ってしまう。

 そして普段はお仕事というか、お屋敷のこと全般に異論を申し立てることのない私だが、この状況に耐えかねて、つい本音を口にしてしまった。

「……リオンは役に立つとは思いませんが……連れていく必要あるのですか?」
「……スラリス、あなた言うようになったわね。確かに役には立たないけれど、レナザードさまからの指示だから、ね」

 なぜそんな指示をだしたのだろうと、屋敷の主様に向かって文句を言いたい気分だ。もちろん屋敷の主様の命令は絶対、だから言うつもりはないけれど。
 
 とはいえ私は、朝から晩までずっとユズリとリオンのいない生活なんて初めてなのだ。かなり不安だし、ものすごく淋しい。

 でもこれ以上駄々をこねるのは、ユズリを困らすことになるだけと十分承知している。けれど体は正直で、無意識に行かせないぞとリオンを抱え込んでいる私がいる。……あ、ユズリに首を横に振られてしまった、ものすごく残念。

「スラリス、諦めなさい」
「………本当に二、三日ですね?」

 凛としたメイド長の声に、はいと頷きたくない私は、せめて早く帰ってきてとユズリの手を握り何度も確認した。

「そうよ、大丈夫。でも、もうスラリスは一人でも家事は完璧なのに何をそんなに不安にしているの?」

 苦笑から呆れ顔に変わってしまったユズリに、私はあらぬ方向に視線を泳がす。

 だって……気まずいんだもん。そう心の中で呟く。

 まだレナザードに、思い出の中にいるティリア王女と、私が同一人物かもしれないことを伝えていないのだ。

 あれから数日経って、混乱した頭は多少は落ち着いた。そして落ち着いた結果、レナザードと私の思い出は共通点が多々あるけれど、一番肝心なところが一致していないということに気付いてしまったのだ。

 私はレナザードと【君を護れる自分になる】なんていう約束をした記憶はないし、レナザードの思い出話からも【一緒に逃げよう】と駆け落ちの誘いをしたなんてことは出てこなかった。

 色々確認するためにもレナザードの記憶のすり合わせが必要なのだ。でもどうやってすればいいのだろう。

 と、そんなこんなで、未だに尻込みしてしまっている私は、このことは誰にも話していない。

 何も知らないユズリは困り顔で、目を泳がす私を見つめていたが、壁時計がボーンと時刻を告げたのを期に口を開いた。

「心配することはなにもないわよ。たまにはゆっくり昼寝でもしてみなさい。メイド長の私が許可します。……あっそうそう、お土産も買ってくるわ。スラリスあなた、この前飲んだ紅茶美味しいって言ってたでしょ?あの近くの町を通るから買ってくるわ。楽しみにしてて」

 少しでも私の不安を振り払おうと、ユズリは明るい口調で励ます。が、昼寝もお土産も、全く魅力的に感じられない。未だに素直に頷くことができない私に、今度はリオンから援護射撃がきた。

「姫さま~僕も淋しいですぅ」
 
 私のスカートの裾を掴み、うるうると瞳を潤ませ見上げているリオンに向かって【だよねー】と思いっきり頷こうとした瞬間───。

「あらあら。困ったこと。二人そろって私を困らすの?まったくどっちが子供かわからないわ」
「………うっ」

 そう言いながらユズリは、リオンを私から引きはがす為に両手を伸ばす。ついでにと、ちらりと私に意地悪な視線を送った。さすがメイド長、良い感じに痛いところを付いてくる。

 いつもリオンに口やかましく小言を言ってお姉さんぶっているのに、これ以上ごねるのはかなりみっとも無い。結局、しばしの葛藤の末、私はしぶしぶ頷いた。

 そして二人を見送る為に門まで移動しながら、ユズリに相談してみようかと考える。

 でも私は恋愛の相談を受けたことはあるけれど、したことがない。
 うまく相談事を説明できるだろうか。というか、それ以前にユズリは相談に乗ってくれるだろうか。

「あの……ユズリさん、帰ったら相談したいことがあるんです」
「あら?何かしら。急ぎなら今聞くわよ」

 小首を傾げて問うたユズリに、私はいえいえと両手を振る。
 さんざんごねてしまい、出発前に時間を割いてしまったのだ。そのうえ恋バナなんて申し訳なくてできない。

「あっ、いえ急ぎじゃないです。帰ったら聞いてください」

 そう言えばユズリは、じゃまた後でねと快く頷いてくれた。

 そんなやりとりをしていたらあっという間に門前に到着してしまった。
 ユズリとリオンは私に行ってきますと手を振って、振り返ることなく歩いて行く。
 
 だんだん小さくなっていく二人を見送りながら、お留守番をしている間に相談内容を自分なりにまとめてみようと思い付く。そうすれば、きっと2、3日なんてあっという間だ。
 
 そんな風に気持ちを切り替えながら、私は二人が見えなくなるまで手を振り続けた。
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