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季節外れのリュシオル
それは悲しい決断【???目線】
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それを目にした途端、私は泣いていた。
東屋で寄り添う二人が、あまりにも美しすぎて。そして願わぬ未来が確実に近づいてきていることを知って。
こんな姿二人に見られてはいけない。両手で口元を抑え、嗚咽をこらえる。絶対に、気付かれてはいけない。けれども、溢れる涙を止めることはできそうもない。
雨が降っていたのが幸いだ。雨のしずくは涙と同じ色だから。
そんなことを考えながらも、視線は東屋にいる二人から逸らすことができない。
ほんの少し前のこと、ふと庭に出てみれば、洗濯物を抱えて走るあの娘がいた。そしてその先には、あの人がいた。けれど、未だにこじれている二人は、すれ違うだけだろうと思った。
でも、違った。
彼があの娘を引き留めたのだ。そして二人は短いやり取りの後、並んで東屋のベンチに腰かけたのだ。そして彼は強引にあの娘に自分の上着を貸し与えたのだ。
その瞬間、自分の目を疑った。
あの人が誰かを引き留めたことも、誰かに自分の上着を貸すことも今まで目にしたことなどなかったから。
衝撃のあまり視界が歪む。けれど、あの二人だけは鮮明に映ったまま。
人と異形のものが寄り添う姿など薄気味悪いものだと思っていたのに、いざそれを目にしてみると一枚の絵のようにすんなりと収まっている。
私はずっと、叶わぬ恋をし続けるあの人が好きだった。そして突然乱入してきたあの娘にも好感を持ち始めていた。
その矢先に、これだ。どうしてこんなふうになってしまったのだろう。
認めたくないけれど、私はあの娘に好情を持っていて、共にありたいと思っていて、それでいてとても憎い。突然現れて、あっという間に彼の心を盗んでいってしまったあの娘が憎くて憎くてたまらない。けれど、嫌いにはなれない自分が惨めで情けなくて、笑い出したい程に滑稽だ。
もし仮に、あの人が私の助言通りあの娘を目の届かない別の屋敷に移していたら、もし仮にあの娘が他の誰かを好いていてくれたなら……きっとこんなに苦しまなくて済んだはずなのに。
複雑に絡み合ってしまった私の感情はまるで難解なパズルのようで、容易に解くことはできない。
いいえ、違う。私は、この難解なパズルを解く一手を知っている。それは私が諦めること。
刹那、嫌だという激しい感情が身体中を走った。
共にありたいと思う二人が幸せになれるなら自分は身を引くべきだとか、そう思えない自分はとてつもなく狭小で大人気なくて我儘だとか、そんな感情を押し潰す程、私はあの人を求めている。
そして激情のまま私は、身の内に潜むもう一人の自分に懇願した。
どうか助けて、と。この苦しみから私を救って、と。
私の呼びかけにもう一人の私が姿を表す。そして優しく囁く。過去のことは、誰にも変えることはできない。けれど、未来は───この先の、運命を変えることはできるはずよ、と。
葛藤する私の心を見透かすように、もう一人の私が私の頬に手を添えた。それは血の通わぬ禍々しいものの筈なのに、温もりを感じることができた。
更に縋るように手を伸ばせば、もう一人の私は私を抱きしめてくれた。その温もりに居心地良さを感じた瞬間、私は闇に落ちたことを知った。
それは私達、異形のものにとって唯一であり絶対の不文律を犯してしまったということにもなる。
それでも良い。それでも良いから、あの人を手に入れる。────そう心に決めた瞬間、私の瞳に暗い灯が宿った。
東屋で寄り添う二人が、あまりにも美しすぎて。そして願わぬ未来が確実に近づいてきていることを知って。
こんな姿二人に見られてはいけない。両手で口元を抑え、嗚咽をこらえる。絶対に、気付かれてはいけない。けれども、溢れる涙を止めることはできそうもない。
雨が降っていたのが幸いだ。雨のしずくは涙と同じ色だから。
そんなことを考えながらも、視線は東屋にいる二人から逸らすことができない。
ほんの少し前のこと、ふと庭に出てみれば、洗濯物を抱えて走るあの娘がいた。そしてその先には、あの人がいた。けれど、未だにこじれている二人は、すれ違うだけだろうと思った。
でも、違った。
彼があの娘を引き留めたのだ。そして二人は短いやり取りの後、並んで東屋のベンチに腰かけたのだ。そして彼は強引にあの娘に自分の上着を貸し与えたのだ。
その瞬間、自分の目を疑った。
あの人が誰かを引き留めたことも、誰かに自分の上着を貸すことも今まで目にしたことなどなかったから。
衝撃のあまり視界が歪む。けれど、あの二人だけは鮮明に映ったまま。
人と異形のものが寄り添う姿など薄気味悪いものだと思っていたのに、いざそれを目にしてみると一枚の絵のようにすんなりと収まっている。
私はずっと、叶わぬ恋をし続けるあの人が好きだった。そして突然乱入してきたあの娘にも好感を持ち始めていた。
その矢先に、これだ。どうしてこんなふうになってしまったのだろう。
認めたくないけれど、私はあの娘に好情を持っていて、共にありたいと思っていて、それでいてとても憎い。突然現れて、あっという間に彼の心を盗んでいってしまったあの娘が憎くて憎くてたまらない。けれど、嫌いにはなれない自分が惨めで情けなくて、笑い出したい程に滑稽だ。
もし仮に、あの人が私の助言通りあの娘を目の届かない別の屋敷に移していたら、もし仮にあの娘が他の誰かを好いていてくれたなら……きっとこんなに苦しまなくて済んだはずなのに。
複雑に絡み合ってしまった私の感情はまるで難解なパズルのようで、容易に解くことはできない。
いいえ、違う。私は、この難解なパズルを解く一手を知っている。それは私が諦めること。
刹那、嫌だという激しい感情が身体中を走った。
共にありたいと思う二人が幸せになれるなら自分は身を引くべきだとか、そう思えない自分はとてつもなく狭小で大人気なくて我儘だとか、そんな感情を押し潰す程、私はあの人を求めている。
そして激情のまま私は、身の内に潜むもう一人の自分に懇願した。
どうか助けて、と。この苦しみから私を救って、と。
私の呼びかけにもう一人の私が姿を表す。そして優しく囁く。過去のことは、誰にも変えることはできない。けれど、未来は───この先の、運命を変えることはできるはずよ、と。
葛藤する私の心を見透かすように、もう一人の私が私の頬に手を添えた。それは血の通わぬ禍々しいものの筈なのに、温もりを感じることができた。
更に縋るように手を伸ばせば、もう一人の私は私を抱きしめてくれた。その温もりに居心地良さを感じた瞬間、私は闇に落ちたことを知った。
それは私達、異形のものにとって唯一であり絶対の不文律を犯してしまったということにもなる。
それでも良い。それでも良いから、あの人を手に入れる。────そう心に決めた瞬間、私の瞳に暗い灯が宿った。
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