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季節外れのリュシオル

あなたに伝える真実の欠片

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 ティリア王女との思い出を勘弁してくれという言葉で締めくくったレナザードは、不意にこちらへと手を伸ばした。

 けれどその手は私に触れる前に、綺麗な弧を描き元の場所へと戻って行った。私のドキドキは弧を描ききれず、まだそこら辺にいるけど、それはまぁ……いいや。 

 そんな乙女の心を弄んだ屋敷の主は、軽く伸びをして同じく軽い口調でこう言った。

「ま、人生ってのは、何が起こるかわからないもんだ。あの頃だって、ほんの一瞬の出来事で自分の人生が大きく変わるなんて思ってもみなかった。きっとティリアは覚えてないと思うが……な」

 その口調とは裏腹に、レナザードは自嘲的な笑みを浮かべている。そんな彼に向かい、私は小さく首を振った。

「記憶が消えてしまうことなんて無いと思います、絶対に。たとえ忘れていても、ちょっとしたきっかけで思い出されるものなんです」

 これは確信して言えること。ジャンルは違えど、私は身を持って知っている。

 アスラリアの王城で働いていた時も、夜会の準備など立て込んでいるときに、ちょっとついでにこれやっといてと言われ、その場のノリと勢いで威勢よく返事をしたのはいいけれど、大抵忘れていた。そして何でこのタイミングで!?という時に思い出すのだ。

 優雅な円舞曲をBGMにメイド長のお小言をくらうのは、なかなか貴重な体験だった。

「お前がそう言うなら、そうかもしれないな」

 少し塩味の効いた思い出に浸っていたけれど、レナザードはの一言で現に戻る。そして視線をずらせば、そこには笑みを浮かべる彼が私を見つめていた。

 ああ綺麗だな、と純粋にそう思った。

 それは見た目の美醜、つまりレナザードの顔が整っているとかそういうのではなくて、ティリア王女を想う彼の表情が綺麗だな、と思った。それは自分にとって特別な人をみつけられた人だけが浮かべることができる笑みなのだろう。

 そして、叶わないな、とも思う。

 もうレナザードの特別な人が座れる席は決まっていて、それは揺るがないものになってしまっているんだ。 

 レナザードとティリア王女の出会いは、偶然と言っていたけれど、言い換えれば運命だったに違いない。だからきっとレナザードは必ず王女と再会できるとはっきりわかってしまうのだ。

 ただ再会した時、王女の隣にはモーリスもいる。真実を知っていても、彼を傷付けないよう伝える言葉が見つからない私は、どうかその時は彼に優しく伝われば良いなと祈ってしまう。

 他力本願でそんな風に願ってしまう私は、我儘で自分勝手で臆病な人間だ。

 そんなふうに勝手に考え込んだり落ち込んだりと忙しい私の横で、レナザードはじっと私を見つめたまま。

 忘れているかもしれないが彼は、イケメンだ。そして、あんな美しい表情を浮かべているということは、輪にかけてイケメンなのだ。そんな美男に見つめられるド庶民の私は、そろそろ過呼吸になりそうだ。

 洗い立てのシーツを交換できないまま志半こころざしなかばでぶっ倒れるのは、ごめんこうむりたい。

「……あ、雨、そろそろ止みそうですね」

 視線を別のところに移してほしくて、私は自分から別の話題を振ってみる。レナザードは軽く笑って、そうだなと頷き庭に視線をやる。

 けれど、彼は庭をみていない。王女との思い出を語ったときもそうだった。どこか遠くを見つめながら呟くレナザードは、とても淋しそうで愛おしいものをそっと包みこんでいるようで、とても痛々しそうだ。

 そんな彼の横顔は、私がティリア王女ではないと露見した晩から、随分やつれたように見える。

 ケイノフは風邪をこじらせたと言っていた。多分、心労のせいなのだろう。

 それに気付いてしまっても何と言葉をかけて良いかわからない。今のレナザードには、上辺だけの慰めなど、必要としていないし、今私の持っている全てを使っても隣にいるこの人の寂しさや苦しさを消すことはできない。

 けれど、レナザードの苦しさはほんの少しだけわかる。私だってお城で過ごしてきた人達の安否は知りたいし、ずっとずっと不安を抱えたままでいる。

 たとえ会えなくても、せめて安否だけは知りたい、その気持ちは同じだろう。大切な人の訃報を聞くのは辛いけれど、それすらわからないのは、身を切り裂くような痛みが走るものだ。

 だから、せめてこれだけは伝えることにした。

「レナザードさま、ティリア王女は生きていますよ」

 その言葉にレナザードは、息を呑む。そしてしばらくの間の後、

「……………どういうことだ?」

 と、眉間に皺を寄せ私に問うた。しかし、瞳の奥には、微かな喜びの色が見える。だからズルい私は都合の良い言葉にすり替えて、彼に伝えることにした。

「だって、生きる為に私を身代わりにしたんですもの。逆に死んでもらっては困ります」

 きょとんと眼を丸くし、レナザードは瞬きを繰り返す。そして思いっきり吹き出した。

 ああ、良かった。笑ってくれたレザナードを見て、私も自然と笑みが零れる。

 でも笑っているという一言で括れないほどレナザードの表情は、さまざまな感情に揺れている。抱えている不安や憂いの全ては消すことはできなかったが、それでも彼を支えるものの一つにはなったのだろう。その証拠に───。

「そう……か。確かにそうだな」

 しばらく置いて、レナザードが安堵の表情を浮かべながらそう呟いてくれた。

 レナザードのティリア王女に対する想いは、きっと一生変わらないのだろう。でも届くとか、届かないとかそんなものではないのだ。ただ想うだけ、それだけでも満ちたりてしまうほど、レナザードは王女を深く愛しているのだろう。

 そんなレナザードのことを好きになって良かった。

 でもやっぱり切なくて、でも誰かを一心に想うレナザードが眩しくて、私は心がぐちゃぐちゃになってしまい、じわりと目の端に涙が浮かんでしまった。
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