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季節外れのリュシオル

★側近達の内緒話(ダーナ、ケイノフ目線)

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 ケイノフはスラリスの背を見送りながら穏かに微笑んだ。

「嬉しい誤算でしたね」

 昨晩は触れれば壊れてしまうほど、危うい脆さを抱えていた少女に、二人は掛ける言葉が見つからなかった。

 しかしティリア王女だった少女は、たった一晩で別人のようにケイノフとダーナにと向き合うことを選んでくれた。それは、かなりの勇気が必要だったことだろう。

 昨晩同様に、うまく言葉をかけることができないのは同じだけれど、掛けようとした言葉は全く別のもの。

「まあ、問題はこれからだが……なぁ」

 焼き立てのパンを片手に、ダーナはむーと渋面を作る。ダーナの言葉に、そうですねとケイノフも同じく渋面を作り頷いた。

「昨晩の賭けのことですね。私とダーナそして主、誰が一番にスラリスをモノにするか、ですね。あの少女にとったら、国を失い殺されかけた挙句、我々の賭けに巻き込まれる。自分の意思とは無関係に波乱万丈な人生を送ることになるとは……運が悪いというか何というか……」

 ケイノフはキッチンの方へ目を向け、憂えた笑みを浮かべた。ケイノフの憂慮をよそに、ダーナは呑気な笑みを浮かべ口を開く。

「何でも抱え込もうとするな、ケイノフ。お前、そのうち胃に穴が開くぞ。あ、いや違う。禿げるぞ、だな」

 カラカラと笑いながらダーナがそう言った途端、隣から刺すような視線を感じたが気にしないことにする。というか、今横を向いたら……終わりだ。

 これは話題を変えるのが一番と判断したダーナは、ごほんと咳をして再び口を開いた。

「ま、あれだ……心配いらないってことさ。昨日の今日でメイドになって俺らの前に登場できるなんてて見た目よりかなりタフだぞ。いいね、肝が据わっている女は俺好みだ」
「あなたの好みなど、それこそどうでも良いです」
「何言ってんだよ、俺らはこれからあのお嬢ちゃんを全力で口説くんだぞ。なら、やっぱ好みの方が本気になれるもんじゃねえか」
「………目的を忘れないでくださいよ」

 釘をさすのを忘れないケイノフにダーナは、はいはいと頷きながら口を開いた。

「俺らはあのお嬢ちゃんを全力で口説く。主の為にね」
「そうです。昨日見いだせなかった答えを見つけてもらうために……です」

 会話が途切れ、二人は同時にキッチンの方向に視線を向ける。それからしばらくの沈黙の後、ダーナが深い溜息を付いた。

「…………なぁ、ケイノフ。俺も一つ、心配していることがある」
「なんですか?」

 どうせ、しょうもないだろうことだろうと、ケイノフはティーカップを持ち上げながら、おざなりに返事を返した。

「あのお嬢ちゃんが、俺に本気になったらどうしよう」

 ───────カシャン

 瞬間、ケイノフは手に持っていたティーカップを滑り落した。お茶を口に含んでいなくて良かったとホッとする。万が一、口に含んでいたら、豪快に噴き出すところだった。

「……………本気で言っているんですか?」

 ケイノフは信じられないと、ふるふる首を横に振りながら、ダーナに問うた。

「万が一ということもある」

 ダーナの目は真剣だった。

 一応補足だが、ダーナはそこそこモテる。ただそれは、女性がダーナに対して幻想を抱いている間だけ。付き合いの長いケイノフは知っている。過去ダーナが女性を本気で口説いた際の勝率はゼロだということを。

「ありえないですね」

 ケイノフは、ちっという舌打ちと共にそう答えた。そしてぎろりとダーナを睨み付けながら吐き捨てるように口を開いた。

「つまらないことを言ってないで、せいぜいあの少女に嫌われないように努力してください」

 ケイノフは、ダーナに対して辛口だが、今日は少々その辛みが強い。

「……お前、さっき禿げるって言ったの根に持ってないか?」
「さぁ、どうでしょう」

 ケイノフの返答で、間違いなく根に持っているとダーナは確信した。咄嗟に出てきた【大丈夫、お前は禿げない】という言葉を声に出す前になんとか飲み込む。

 なぜなら、ぱたぱたと、こちらに向かう足音が聞こえてきたからだ。 

 彼女を向かい入れるべく、慌てて二人とも穏やかな笑みを浮かべる。レナザードとの賭けは始まったばかり。対象である彼女に、好青年という印象を与えておかなくてはならないからだ。
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