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季節外れのリュシオル
★喧騒の続きの朝(ケイノフ、ダーナ、ユズリ目線)
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たった一晩で、全てが変わる。この時代では、そんなことはよくあること………アスラリア国が一晩で落ちたように。
スラリスが罪悪感に打ちのめされている頃、同じ屋敷のとある一角でも、ある変化が起ころうとしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
スラリスの部屋を後にしたレナザード達三人は、夏の庭へと移動していた。
庭に移動した途端、確かな足取りで歩いていたレナザードは、手近な木にもたれ掛かるように崩れ落ちた。
かなり前から苦痛に耐えていたのだろう、レナザードは苦悶の表情を浮かべ額には幾つもの粒状の汗が浮かんでいる。だが、その瞳は、未だ殺意が消えていなかった。
「お前ら……何故、止めた」
息も絶え絶えに唸るこの屋敷の主は、まさに手負いの獣のようだった。そして瞳は、本来の赤紫色に戻りつつある。この屋敷の住人は見た目こそ人であるが、本来彼らは異形の者。産まれ落ちた瞬間から悪しきものを身の内に潜ませている。
そして今、レナザードが苦痛に喘ぐのは、間違いなく身の内に潜むものに蝕まれているからであろう。その苦しみは計り知れない。
その苦しみを理解できるケイノフだったが、主に向かう口調は淡々としたものだった。
「先ほどの通りです。あの娘を殺せば……ティリア王女の居場所がわからなくなるからです」
レナザードはその言葉に肯定の意思を見せなかった。そんな理由では、身の内に潜むものを鎮めるには、足りないのであろう。
再び苦痛に呻くレナザードだったが、ケイノフとダーナは労りの言葉をかけることなく、静かに主を見つめていた。
決して側近であるこの二人が冷血な訳ではない。長い付き合いでレナザードに気遣う言葉をかけても彼の苦痛が和らぐことはないし、レナザード自身もそんな言葉など求めてはいない。
それに今、主であるレナザードは怒りと深い悲しみ、そして苦しみに苛まれているせいで、大切なことに気付いていない。あれ程激しい感情を持ちながら、偽物の王女を殺さなかった。否、殺せなかったということを。本気で殺そうと思えば、ケイノフとダーナが、止めることなどできないはずなのに。
それがどういう事なのか、言葉ではなく身を持って気付いて貰わなければならない。
「主、ここは一つ賭けをしませんか?」
ケイノフの意図を組んだように、ダーナが突然口を開いた。問いかけられたレナザードは、未だ無言のまま苦悶の表情を崩さない。
「そうですね……二ヶ月彼女を殺すのを待ってください。それまでに、あの娘を懐柔させましょう」
ダーナの申し出に、レナザードの眉間に皺が一本刻まれた。
「色仕掛けで、ティリアの居場所を聞き出すということか?」
レナザードの問いに、ダーナは是と頷く。次いで、片方の口の端を持ち上げた。
「っそ。その通りです。あの娘は利口で、とてつもなく意思が堅そうですから。どんな拷問でも口を開かないですからね。まぁ、飴と鞭?北風と太陽って感じで。どうでしょう?」
そう言うと、ダーナは素早くケイノフに目配せをした。その仕草だけで、意としているものを理解した。
「では、私も一口乗りましょう。でも、ダーナと同じでは、つまらないですからね。私は、主か私かが、彼女を口説き落とす、ということにしましょう」
「勝手にしろ」
二人の家臣に向かって、レナザードは吐き捨てるように呟いて、ゆらりと立ち上がり背を向けた。その背に向かって、ケイノフは言葉を重ねる。
「主、もし私たちが賭けに勝ったら、その時は────」
ケイノフは賭けの戦利品を口にしたが、レナザードは、是と言わなかった。だが、否とも言わなかった。
そんなこんながあったことをスラリスが気付く訳がなく………沢山の思いが交差する中、静かに夜が明けていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
春はあけぼの、というが、ユズリは春のあけぼのを美しいと感じている暇はない。
日も昇らぬうちから、起き出して、キッチンへと急ぐ。たった一人で、この屋敷の雑用全般を切り盛りするのは、かなり大変なのだ。
しかもやんごとなき王女を預かることとなった為、ユズリの負担は増すばかり。けれど、のっぴきならない事情で、おいそれと人を雇うこともできないのが今の現状である。
「せめて、リオンの面倒をみてくれる人が居れば良いのに……」
そう言いながらも、キッチンへと向かう途中も時間を無駄にしてはいけないと、廊下の窓を開け放つ。
リオンが屋敷にいる理由に意味はない。ただレナザードがリオンに甘いだけだ。一緒に居たいと駄々をこねたリオンの我儘を、すんなり受け入れて連れてきただけの事。
ならば面倒見るのはレナザードが適任だけれど、彼には彼の所用が忙しいので、結局のところユズリが世話をするハメになる。
「あの二人は役に立たないし……」
あの二人とはケイノフとダーナのこと。
レナザードの護衛兼片腕としてこの屋敷にいるけれど、主であるレナザードに過保護すぎる為、そこまで気が廻らない。気が向けばリオンの相手をしてくれるが………所詮、一時しのぎにしかならない。
「…………まぁ、しょうがないわね」
つらつらと愚痴をこぼしても結局、現状は何も変わらない。不満を抱えるのは時間と体力気力の無駄。
気を取り直して王女の朝食を頭の中で組み立てる。深層の王女は我儘一つ言わずここに居てくれるのが、何よりありがたい。そして一番ユズリの手助けをしてくれている結果となっている。
………皮肉なものだと思わず苦笑を漏らしてしまう。嫌味の一つでも言いたいのに。
というのが昨日までのこと。この後すぐに、くらりと眩暈を起こす羽目になることをユズリは知らない。
そんなユズリは大股で歩いていたせいであっという間にキッチンに到着した。勢い良く扉を開けた瞬間、ユズリは目を見開いた。
「えっ、ティ、ティリアさま!?」
屋敷の中で最も豪華なベッドで寝ているはずの王女が、夜着のまま粗末なキッチンの椅子に腰かけていたのだ。しかも……無防備に、くぅくぅと寝息を立てて。
スラリスが罪悪感に打ちのめされている頃、同じ屋敷のとある一角でも、ある変化が起ころうとしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
スラリスの部屋を後にしたレナザード達三人は、夏の庭へと移動していた。
庭に移動した途端、確かな足取りで歩いていたレナザードは、手近な木にもたれ掛かるように崩れ落ちた。
かなり前から苦痛に耐えていたのだろう、レナザードは苦悶の表情を浮かべ額には幾つもの粒状の汗が浮かんでいる。だが、その瞳は、未だ殺意が消えていなかった。
「お前ら……何故、止めた」
息も絶え絶えに唸るこの屋敷の主は、まさに手負いの獣のようだった。そして瞳は、本来の赤紫色に戻りつつある。この屋敷の住人は見た目こそ人であるが、本来彼らは異形の者。産まれ落ちた瞬間から悪しきものを身の内に潜ませている。
そして今、レナザードが苦痛に喘ぐのは、間違いなく身の内に潜むものに蝕まれているからであろう。その苦しみは計り知れない。
その苦しみを理解できるケイノフだったが、主に向かう口調は淡々としたものだった。
「先ほどの通りです。あの娘を殺せば……ティリア王女の居場所がわからなくなるからです」
レナザードはその言葉に肯定の意思を見せなかった。そんな理由では、身の内に潜むものを鎮めるには、足りないのであろう。
再び苦痛に呻くレナザードだったが、ケイノフとダーナは労りの言葉をかけることなく、静かに主を見つめていた。
決して側近であるこの二人が冷血な訳ではない。長い付き合いでレナザードに気遣う言葉をかけても彼の苦痛が和らぐことはないし、レナザード自身もそんな言葉など求めてはいない。
それに今、主であるレナザードは怒りと深い悲しみ、そして苦しみに苛まれているせいで、大切なことに気付いていない。あれ程激しい感情を持ちながら、偽物の王女を殺さなかった。否、殺せなかったということを。本気で殺そうと思えば、ケイノフとダーナが、止めることなどできないはずなのに。
それがどういう事なのか、言葉ではなく身を持って気付いて貰わなければならない。
「主、ここは一つ賭けをしませんか?」
ケイノフの意図を組んだように、ダーナが突然口を開いた。問いかけられたレナザードは、未だ無言のまま苦悶の表情を崩さない。
「そうですね……二ヶ月彼女を殺すのを待ってください。それまでに、あの娘を懐柔させましょう」
ダーナの申し出に、レナザードの眉間に皺が一本刻まれた。
「色仕掛けで、ティリアの居場所を聞き出すということか?」
レナザードの問いに、ダーナは是と頷く。次いで、片方の口の端を持ち上げた。
「っそ。その通りです。あの娘は利口で、とてつもなく意思が堅そうですから。どんな拷問でも口を開かないですからね。まぁ、飴と鞭?北風と太陽って感じで。どうでしょう?」
そう言うと、ダーナは素早くケイノフに目配せをした。その仕草だけで、意としているものを理解した。
「では、私も一口乗りましょう。でも、ダーナと同じでは、つまらないですからね。私は、主か私かが、彼女を口説き落とす、ということにしましょう」
「勝手にしろ」
二人の家臣に向かって、レナザードは吐き捨てるように呟いて、ゆらりと立ち上がり背を向けた。その背に向かって、ケイノフは言葉を重ねる。
「主、もし私たちが賭けに勝ったら、その時は────」
ケイノフは賭けの戦利品を口にしたが、レナザードは、是と言わなかった。だが、否とも言わなかった。
そんなこんながあったことをスラリスが気付く訳がなく………沢山の思いが交差する中、静かに夜が明けていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
春はあけぼの、というが、ユズリは春のあけぼのを美しいと感じている暇はない。
日も昇らぬうちから、起き出して、キッチンへと急ぐ。たった一人で、この屋敷の雑用全般を切り盛りするのは、かなり大変なのだ。
しかもやんごとなき王女を預かることとなった為、ユズリの負担は増すばかり。けれど、のっぴきならない事情で、おいそれと人を雇うこともできないのが今の現状である。
「せめて、リオンの面倒をみてくれる人が居れば良いのに……」
そう言いながらも、キッチンへと向かう途中も時間を無駄にしてはいけないと、廊下の窓を開け放つ。
リオンが屋敷にいる理由に意味はない。ただレナザードがリオンに甘いだけだ。一緒に居たいと駄々をこねたリオンの我儘を、すんなり受け入れて連れてきただけの事。
ならば面倒見るのはレナザードが適任だけれど、彼には彼の所用が忙しいので、結局のところユズリが世話をするハメになる。
「あの二人は役に立たないし……」
あの二人とはケイノフとダーナのこと。
レナザードの護衛兼片腕としてこの屋敷にいるけれど、主であるレナザードに過保護すぎる為、そこまで気が廻らない。気が向けばリオンの相手をしてくれるが………所詮、一時しのぎにしかならない。
「…………まぁ、しょうがないわね」
つらつらと愚痴をこぼしても結局、現状は何も変わらない。不満を抱えるのは時間と体力気力の無駄。
気を取り直して王女の朝食を頭の中で組み立てる。深層の王女は我儘一つ言わずここに居てくれるのが、何よりありがたい。そして一番ユズリの手助けをしてくれている結果となっている。
………皮肉なものだと思わず苦笑を漏らしてしまう。嫌味の一つでも言いたいのに。
というのが昨日までのこと。この後すぐに、くらりと眩暈を起こす羽目になることをユズリは知らない。
そんなユズリは大股で歩いていたせいであっという間にキッチンに到着した。勢い良く扉を開けた瞬間、ユズリは目を見開いた。
「えっ、ティ、ティリアさま!?」
屋敷の中で最も豪華なベッドで寝ているはずの王女が、夜着のまま粗末なキッチンの椅子に腰かけていたのだ。しかも……無防備に、くぅくぅと寝息を立てて。
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