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始まりは王女の名で

逃げ出したい願望②

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 レナザードの言葉で私の置かれている状況は返答次第では、即座に斬られても仕方がないことを思い知らされた。だからもっと狼狽するなり、適当な嘘を言えば良いのに、そんなこと全部どうでも良くて、ただレナザードがとても綺麗だな、とぼんやり考えてしまっていた。

 そんな私をレナザードはふてぶてしい女だと勘違いしたのだろう。再び口を開いた。

「もう一度言う、殺されたくなければ、正直に話せ」

 そう言って、レナザードが肘置きに頬杖を付いた瞬間、さらりと艶やかな赤茶色の髪が肩を滑り落ちていく。燭台の灯りに揺らめくその姿は、恐ろしいほどに美しかった。

 そんな彼を見つめながら私は薄く笑って口を開いた。

「国も帰るところも、何もかも失って、ましてや王女の代わりに死ねと言われた私をあんまりいじめないでくださいませ」

 その瞬間レナザードの双眸に険が増した。そりゃそうだ、だって今私は、わざとティリア王女の口調で言葉を紡いでいるのだから。そしてそれは彼の怒りを助長することを知っているけれど、あえて続ける。

「王女さまの居場所ですか?そんなもの死にゆく私に話すわけがないでしょう」

 小首をかしげて上品な物言いをしてみるが、本音は、本当に知らないものは知らない。強いて言うなら【夢の国にでも行ったんじゃないの?】だ。

 でも、ティリア王女の隣にモーリスがいることは間違いない。でもそれは口が裂けても言わない。

 恋に狂った女の身代わりになったなんて知られたくないし、同情されるなんて死んでもお断りだ。そんなの、みじめすぎる。でも何より、真相を知った時のレナザードの傷付く顔を見たくない。

「貴様、口の利き方に気を付けろ。今すぐ首を撥ねられたいのか」
「どうぞお好きに。生意気でも何でも、これが事実です。私はティリア王女の身代わりになったけれど、その後は知りません」

 子供のようにぷいと顔を背けた私に、レナザードがぎりっと歯ぎしりをした。

「お前、いい加減にしろ。それとも死に急ぎたいのか?」
「ええ、そうです。罪の意識に耐え切れず自ら吐露してしまった愚かな私を……今すぐ、ここで殺してください」

 レナザードを含めた三人は、私の言葉が信じられないのか、一斉に私に視線を向けると同時に息を呑んだ。

 売り言葉に買い言葉ではないと伝えたくて、私は静かに微笑む。

「どんなに尋問されても、脅されても、わからないものは分からないんです。私を殺して気が済むなら、どうぞ今ここで殺してください」

 もう限界だ。これ以上、ティリア王女として偽ることも、自分の心を欺くこともできない。

「どうやら本気のようだな」

 嘲笑うようなレナザードの言葉にも、私は無言で是と首を縦に振る。

 頷いた瞬間、二人の側近達が私を悲しそうに見つめているのが視界に写る。いや、違う。彼らは私のことを憐れと思っているんだ。かわいそうだと。

 随分と上から目線で見てくれる。お貴族様のそんな視線は慣れているから、さらりと流せば良いのに、今日はなぜかその視線が無性に腹が立つ。
 
 冗談じゃない、私の全部を知らないくせに、この結末だけを見て、そんな顔をしないでほしい。私は決して不幸な人生を歩んできたわけではない。

 愛された記憶もあるし、楽しい思い出だってある。たくさんの仲間に恵まれたし、ちょびっとだけ恋だってした。しかもとびきりイケメンの男性に。

 だから、【かわいそう】その一言で私を一括りにしないで欲しい。……まぁ波乱万丈って言われたら、頷くかもしれないけれど。

 でも強がりを言うのはここまでだ。……もう終わりにしたい。自分が自害をしていれば、レナザードを傷つけることも、ましてや自分が傷つくとこともなかったのだ。

「もう、疲れました。……生きていたくありません……」

 冷たい雫が、私の頬を滑り落ちる。その涙は自分の意志とは関係なく、はたはたとこぼれ落ちて床に幾つもの染みを作る。

 零れる雫を拭うこともせず、私は縋るように目の前の三人を見つめる。

 今すぐに消えてしまいたい。もうこれ以上、惨めな思いをしたくない。

 私の揺るぎない決心を感じたケイノフとダーナが、咄嗟に身を乗り出した瞬間、レナザードは片手を上げて二人を制する。

「ならば────」

 すっと、音も立てずに立ち上がったレナザードの手には、いつの間にか剣が握られていた。

「お前の望みを叶えてやろう」

 そしてレナザードは試し切りをするかのように、無表情で剣を斜めに構えた。


 レナザードは表情無く、剣を振り上げる。
 そして私は肩の力を抜いて、安息の瞬間を待った。
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