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お隣さんの秘密

7.西崎家のロイヤルストーリー①

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 突然だけど、私、田澤水樹が西崎家で夕食をいただくのは一年365日の内、350日はお世話になっている。残り15日は、出張が多い唯一の肉親である母親と食べる時か、私が風邪引いて食事ができないときだけである。
 
 西崎家ではレギュラー扱いされている私けど、やっぱり申し訳ない感といつも感謝してます感は常にある。なので、せめてものお礼に洗い物だけは毎回やらせてもらっている。けれど、今日は遠出をして疲れているからいいわよと、おばさんに断られてしまった。

 そういう訳で、台所で鼻歌を歌いながら洗い物をするおばさんに罪悪感を抱きつつ、リビングに移動して隆兄ちゃんとお茶を飲んでいる。




□□□

「ねぇ、隆兄ちゃん」
「あ?」
 
 スウェットに着替えた隆兄ちゃんは、すっかり家モードでだらしなくソファに寝そべりながら、テレビのチャンネルをぱちぱち変えている。おっさんくさい。
 そんな隆兄ちゃんの足元でクッションを抱えて座る私は、首を捻って問い掛けた。
 
「おじさんとおばさんって二人ともあっちの世界の人なの?」

 我ながら唐突な質問だと思ったけど、隆兄ちゃんは普通に答えてくれた。 

「いや、父さんは純正の日本人。異世界婚の始まりは祖父の代からなんだ。祖父がこの世界の女性に一目惚れして、異世界婚したのが始まりだ」
「へぇー。おばあちゃん、女は度胸って感じだね」
「ああ、俺も正直驚いたよ。あと、水樹が異世界婚っていう単語にツッコミを入れないのも驚いた。で、その後、母さんが生まれて、父さんが異世界婚したんだ」
「異世界婚?あー、別に気にならなかった。えっ、嘘?おじさん婿養子だったんだ」
「婿養子ってお前……ま、まぁ、そういう表現もアリか。嘘じゃない。今は父さんが王様やってる」
「ふぅん、いきなり日本から異世界で王様やるって結構大変そうだね。おじさん、男気あるわ」
「ああ、俺もそう思う」

 どんどん明らかになる、西崎家のロイヤルストーリー。でもそこでふと思った。おじさんが王様やってるってことは、この日本では働き手がいないことになる。どうやって生計をたてているのだろう。

「おじさん、日本ではニートなの?」

 ど直球な私の質問に、隆兄ちゃんは一瞬目を丸くして、今度はがっくりとうなだれた。

「お前なぁ……それ聞いたら、父さん泣くぞ。一応働いてる。さすがに会社勤めはできないから、クリエイティブ系の自宅勤務だけどな」
「へぇー。おじさん、二足の草鞋生活してるんだ。すごいね」
「まあな。さすがに向こうの通貨を持って来る訳にはいかないからな」
「そうだよね。両替っていっても、レートきまってないもんね」
「孫の代までには何とかしたいって言ってるけど、多分無理だろうな」
「……そうだね」

 おじさんは見た目以上に、働き者だったのだ。そんなおじさんの為に今年の父の日は何か疲れが取れそうなものをプレゼントしよう。
 そこでふと、頑張るお父さんが少ない残り物の唐揚げを食べるのを想像して切なくなる。これ以上考えないようにと、慌てて別の質問を口にしてみた。

「隆兄ちゃんは、就職どうするの?」

 その問いに、隆兄ちゃんはガバリと身を起こして、頭をかきながら口を開いた。どうやら聞いて欲しかった質問だったみたいだ。

「あー、まぁいずれ王位を継承するからな。それまでは、父さんの下について色々学ばないといけないけど、とりあえず、時間の融通が利く仕事につこうと思ってる」
「この就職難の時代に、仕事を掛け持ちするなんて贅沢だね」
「あっちとこっちを一緒にするな。父さんだって、王様業とこっちの仕事が忙しいんだから、分担しないと身体が持たないだろ」
「それもそうだね」

 ちょっと不満そうな隆兄ちゃんを横目に、おじさんが帰って来たら肩でももんであげようと考える。あ、父の日には疲労回復の入浴剤にしよう。発泡成分多めの高級な箱入りのヤツ。まぁ父の日までにはまだ時間があるのでプレゼントの件は置いとこう。


 さてそれから、一つ疑問が解決すると新たにまた疑問が浮かび上がる。そんなもぐら叩きのような感じで、西崎家こと、ロイヤルファミリーについて質疑応答タイムが始まった。

 質問は前後しちゃったからここで要約すると───リデュースヴェンサルフィン国と日本が繋がったのは、隆兄ちゃんのおじいちゃんこと、リデュースヴェンサルフィン国の王様の為にお城の改築工事を始めたのがきっかけらしい。
 まぁ改築工事を始める時には、誰もこれが西崎家のロイヤルストーリーに繋がるなんて思っていなかったんだけどね。


 いきなりだけど隆兄ちゃんのおじいちゃんは、王様だったけど人見知りが激しくかなりのコミュ障だったらしい。その時点で、王様やってて大丈夫!?とツッコミを入れたかったけど、話しが進まないので一旦、スルーということで。

 そしてあの西崎家の池と異世界を繋ぐステンドグラスの部屋は、そんな王様の引きこもり部屋になるはずだったらしい。ただ、工事中、急に水が溢れて来ててんやわんや。しかもその溢れた水は、流れ出さないでその場に留まることにもっとてんやわんやの状況だったらしい。でも、さすが水の国、【そういう水があるかもね。なにせ水の国だし。別に人体に害はなさそうだし、っていうか王様がここが良いってってるんだから、このまま部屋を作っちゃえ】っていうノリであのステンドグラスの部屋は完成したらしい。色々とツッコミたいところはあるけど、こちらもスルーで。

 でもって引きこもりの王様は、完成したいわくつき(?)のステンドグラスの部屋をいたく気に入り公務以外はほとんどの時間をそこで過ごしていた。まさに引きこもり状態。家臣達の心配が日に日に積もっていき限界を超えたところで、理由が判明した。なんと王様は水面に映った先の女性、つまり日本の名も知らぬ女性に恋をしていたらしい。おおい、王様!恋する乙女かっ!あ……ツッコミ入れちゃった。

 ただ王様が暇さえあれば、水面を覗き込んでいたのには理由がある。その頃、日本は戦争をしていた。四六時中、空襲警報が鳴る中、その女性は防空壕に行ったり来たり。王様としたら、ハラハラ、ヒヤヒヤの毎日だったらしい。でもって、一線を越える日がやって来た。あ、男女のヤツじゃなくて、物理的な一線ね。

 一線を越えるきっかけとなったのは、空襲警報が鳴っても、その女性が防空壕へ行かなかったからだ。

 ただ、池の辺でもういいやと呟きながら泣いていた。後で聞いた話しだけど、その女性は度重なる空襲で天涯孤独の身の上になってしまったらしい。空襲に怯える毎日にも疲れ果てて、いっそこのまま死のうかと考えていたのだ。
 そこに敵国の焼夷弾が落とされて、女性はあっという間に日の海に包まれてしまった。逃げ道が無くなってしまったその時───王様は、とっさに手を伸ばして、その女性をリデュースヴェンサルフィン国に引き入れてしまったのだ。

『キャー、運命!ロマンチック!!』

 と、身もだえする私に、隆兄ちゃんは【ストーカーと対面したんだから、祖母ちゃんさぞかし怖かっただろうな】とのたまった。……隆兄ちゃん、情緒がなさ過ぎる!

 まぁそんなこんなで、その女性と王様は無事(?)対面することができたのだ。
 ちなみに、その女性の名前は西崎敏子にしざきとしこ。すったもんだの後に、リデュースヴェンサルフィン国のトゥーシェン王妃と呼ばれることとなる。少々名前に無理矢理感はあるけど、そこもスルーでお願いします。だって敏子王妃じゃ、ちょっと残念。乙女心としては、メルヘン風に呼ばれたいものなのだから。

 ここで一旦休憩。まだまだ西崎家のロイヤルストーリーは続くのである。
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