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お隣さんの秘密

5.お隣の西崎家はロイヤルファミリーでした

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 隆兄ちゃんが王子様をやっているリデュースヴェンサルフィン国は水源が豊富で、緑豊かな大国。通称、水の国と言われているそうだ。
 へぇーすごいね。私、水樹。字が同じだねー偶然だねー奇遇だねー。

 なんてことをぼんやりと考えてみる。

「ファンタジーだわ」

 なんてことも口に出してみる。

 ここは王城の中腹にある空中庭園。庶民的な表現で言うとベランダだ。もちろん、物干し竿はない。

 空中庭園の柵に身を乗り出して、外の景色を眺める。この空中庭園はかなりの高さがあるので、良く見通せるが、それでもここから見えるのは、王城の一部らしい。どんだけ広いんだ。
 やっぱり、異世界っていったら魔法とかあるのかな?王宮御用達のペットがドラゴンだったら是非乗ってみたいものだ。

 ちなみにここにいるのは、私一人だ。隆兄ちゃんは、着替えてくると言ってサンダルを置いて居なくなってしまった。私には靴下で歩くのは禁止していたくせに、隆兄ちゃんは裸足でペタペタ歩いて行った。まさか、本当に私の靴下が汚すぎて、お城の廊下を汚したくなかったのかなとちょっといじけてみる。

 もちろん今のは私の被害妄想で、隆兄ちゃんは私の為に裸足になってくれたのだ。そんなこと充分にわかっているけど、今、ちょっと独りになると、隆兄ちゃんとの距離感がわからなくて戸惑ってしまうのだ。
 
 すぐ戻ってくるけど、一人で大丈夫かと聞かれて、あっさり大丈夫と答えたらちょっと寂しそうだった隆兄ちゃんを思い出して、本当に複雑な心境になる。

 初恋以外したことのない私は、この二転三転した状況で気持ちがまだ追いついていない。そんなもんもんとする気持ちを振り払うように、手摺りに掴まり、軽く伸びをする。


「あんまり身を乗り出すと、落ちるぞ」

 隆兄ちゃんの声がして、慌てて振り返る。

「あー意外に早かったね……って何、その恰好。っぷぷ、うっけるー」 
「言っとくけど、お前の恰好の方がこの世界じゃ、ウケる格好なんだからな」

 指さして笑ったら、隆兄ちゃんは本気でむっとしていた。
 苦虫を噛み潰したように呻く隆兄ちゃんは、一昨日見たコスプレの衣装だった。もちろん王冠も装備済みだ。

「ごめんごめん。でも、スウェットからのこの格好はヤバいよ。ギャップ萌え通り越して、笑えるっ。てか、歴代の彼女さんとかにも見せたことあるの?」
「お前だけに決まってるだろっ」

 おちゃらけながら、ちょっと本音を混ぜてみた。
 どうしよう、嬉しい。顔がにやけるのが止まらない。実はこの世界にお邪魔して、まず最初に思ったのは【他の人も、この隆兄ちゃんの秘密を知っているのかな?】だった。ぶっちゃけ、幼なじみとしては一番がいい。そして、本当に一番に教えてくれたのだ。もう、ニヤニヤが止まらない。

 そんなへらへら笑う私と、青筋立ててキレる隆兄ちゃん。その背後で控えめな咳ばらいが一つ聞こえてきた。
 声のする方を向けば、これまた完璧にコスプレした側近さんが一人。ごめんなさい、存在気付いていませんでした。

 思わずどうもと会釈をする私に、側近さんは慇懃に一礼した後、ひどく言いづらそうに口を開いた。

「……リュー王子、あの……お茶はこちらで用意して宜しいでしょうか?」

 その問いに、一瞬で王子様モードに切り替わった隆兄ちゃんは、鷹揚に頷いた。でもちょっぴりぎこちなかった。
 




 丸いテーブルに椅子が二つ。真っ白なテーブルクロスの上には、色とりどりのお菓子に、可愛い花柄のポットとティーカップ。ファンタジーから1ミリもはみ出していないラインナップだ。
 でも、目の前には未だに不機嫌な隆兄ちゃんがいる。そこだけ、ファンタジーからはみ出している。

「わずか10秒でこの世界になじんだのは、お前らしいな」

 そういいながら席に座った隆兄ちゃんから私は視線をついーっとずらす。別に後ろめたいことがあるわけではない。ただ、椅子に座るときにふぁさっとマントを払う仕種が一昨日のことを思い出してしまい、再び吹き出さなようにしただけのこと。
 目を逸らしてあげたのは側近の前で恥をかかせてはいけないという、親切心からなのだ。

 ちょっと不機嫌な隆兄ちゃんと、笑いを堪えるのに必死な私。側近の人から見たら、それこそ微妙な空気だっただろう。
 ソワソワ落ち着かない側近さんの為にも、ここは早めにおいとましよう。私は飲みかけのお茶を一気に片付け口を開いた。

「まぁ、隆兄ちゃんの世界がどんなもんかってわかったから、そろそろ帰るわ」
「ちょ、お前早すぎないか!?」
「うーんそうかなぁ。だいたいわかったからもういいよ。それに夕飯、唐揚げだし」
「……そうか」

 またしても唐揚げに負けたと隆兄ちゃんは悔しそうに呟く。
 おばさんの絶品唐揚げに勝とうなんて100年早い。おばさんの唐揚げに勝てるのは、今のところ、おばさんの特製ハンバーグだけなのだ。

「なぁ水樹」
「なあに?」
「また来たいって思ったか?」
「そうだね。今度はゆっくり観光させてよ」

 そう言った後、あっと声に出してしまった。しまった、目下、大事な予定があったから安請け合いはできなかった。

「ごめん、隆兄ちゃん。やっぱ、当分無理かも……」
「はぁ?」
「だって……」

 そこまで言って濁す。隆兄ちゃんにはもう過去のことだけど、私にとったら、大イベントが待ち構えていたんだ。

「テストもうすぐなの」
「ああ!なるほど」

 項垂れて呟く私だったが、隆兄ちゃんはすぐに納得してくれた。私の学力は、私よりも隆兄ちゃんのほうが良く知っている。だから、どれだけ深刻で大変だということもあうんの呼吸で理解してくれた。嬉しくないけどね。

「隆兄ちゃん、せっかく誘ってくれたのに、ごめん」
「いや、気にするな。事情が事情だし……そりゃ、当分無理だな」

 二人とも同時にため息をつく。視界の端に何があったかとおろろする側近さんがいるけれど、高校のテスト結果が悪いと補習があることと、私の学力がどれだけ残念なのかを説明する語彙はない。

 隆兄ちゃんもちらりと側近さんに視線を移す。でもそれは一瞬で、直ぐに立ち上がった。

「帰るか」
「そうだね」

 そう言って立ち上がったら、ひゅぅーと風が吹いた。それはちょっぴり、冷たかった。でも──

「あ、水樹、この菓子持って帰るか?」

 隆兄ちゃんのその一言で、胸がぽっと暖まる。即座に笑顔になって頷く私は、まごうことなき単純な女なのだ。
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