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お隣さんの秘密

1.幼馴染はコスプレイヤー

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 私、田澤 水樹には、4歳年上のそこそこイケメンでかなり優しい大学生のお兄ちゃんのような存在の幼馴染がいる。しかも片親で出張が多い私の母親に代わり、しょっちゅうお隣さんにお世話になっている、もちろん現在進行形で。

 そう言うと、ほぼ9割の確立で恋愛フラグが立っていると言われてしまう。

 でも、実際のところ幼馴染というのは【幼馴染】という枠から飛び出すことはない。ただごく稀に、初恋の相手というカテゴリには分類されるのは事実だ。

 かく言う私も、隣のお兄ちゃんである西崎 隆司にしざき りゅうじ、通称【隆兄ちゃん】が初恋の相手だった。そう、これは過去形で今は恋愛対象ではない。

 ちなみに片思いしていたのは一昨日までで、失恋というか過去形に変わったのも一昨日なのだ。


 長い片思いだったと思う。お隣さんこと西崎家が引っ越してきたのは、11年前の私が5歳の時。
 それから優しい隣のお兄ちゃんから、ちょっと気になるお兄ちゃんになって、妙に意識しちゃうお兄ちゃんになるまで約8年。そんな私の淡い恋心を恋愛の神様は、あざ笑うかのように隆兄ちゃんが彼女を連れて歩くのをみせつけること二桁。そのたびに私は、勝手に失恋して自分の部屋のベッドでさめざめ泣いた。ちなみにそれが3年続いた。

 そして、隆兄ちゃんは私のことをただの幼馴染としか思ってなくって、私がどれだけ想っても、家族止まり。一生、恋愛対象に格上げしてもらえないことに気づいたのが、半年前。


 
 今思えば、相当こじらせていたと思う。このまま勢いで告白なんかして、気まずくなるのだけは絶対に避けたかった。というか、死んでも嫌だ。でも、隆兄ちゃんが彼女を連れて歩くのを見続けていたら、いつかその彼女を呪い殺しそうで、そんな自分が怖い。こじらせ続けた結果、警察のお世話になってアクリル板越しに隆兄ちゃんと対面なんてすることになったら、いっそ自殺する。
 そんな私を見かねて、友達が合コンに誘ってくれたけど、私は結局、恋愛相談をしただけで終わってしまった。ちなみに、あの時の合コンで私以外の女の子はみんな彼氏ができた。

 もう一生私は不毛な片思いをして、彼氏もできなければ、結婚もできない。ゆくゆくは草葉の陰から隆兄ちゃんが結婚して奥さんと子供と並びながら歩く後姿を涙を堪えながら見守る───そんな未来しか想像できなかったし、いやもういっそそれでもいい、とまで思い詰めていた。


 でもそんな狂気的な恋も、一昨日、やっと終止符を打つことができたのだ。もちろん、ほかに好きな人ができたからではない。

 大事件が起こったのだ……隆兄ちゃんがコスプレイヤーだった、ということが判明してしまった。

 いや、別にコスプレを非難するつもりはない。それこそ個人の趣味だし他人がとやかく言うのもお門違いだと思う。
 ただ、そこで引く引かないも個人の自由だと思うのだ。


 私と隆兄ちゃんの部屋は向かい合わせになっていて、手を伸ばせば物の受け渡しが出来るぐらい近い距離にある。だから窓を開けていれば、必然的に声が聞こえるし、ボイチャをしなくてもゲームができるのだ。
 ネット回線気にしなくて良いねーなんて暢気な事言っていたけれど、まさかそれが仇になるなんて、あの時は夢にも思わなかった。


 一昨日も私の部屋は窓が全開だった。着替えをする時以外はほとんど開けっ放しにしているのは、5月という気候と長年の習慣でいつでもゲームに応じれるようにと思ってのこと。

『やっべー、明日、ゼミがあったか』

 隣の部屋から聞こえてきたその声に、私はいつも通り隆兄ちゃんと声を掛けようとした。……でも、できなかったのだ。

 パソコンを触りながら独り言を呟く隆兄ちゃんは、マントにピカピカの刺繍入りのジャケット。頭にはまさかの王冠。ぴっちりタイツじゃなかっただけ、マシだったけど、ド庶民の部屋でそれはあまりにインパクトが強烈すぎた。

 そんな窓越しにフリーズする私に気付いていない隆兄ちゃんは、代返がどうとか、レポートがどうとか言いながら、パソコン机に座って何やらカチカチとマウスを操作している。

 王子様スタイルの隆兄ちゃんは、普通にカッコ良かった。似合う似合わないでいったら、めちゃめちゃサマになっていた。しかも髪までブラウンアッシュに染めていた。もう完璧にハマり過ぎていて王子検定とかあったら、2級までは余裕でパスできると思う。

 ただ椅子に座るときに、ふぁさっとマントを払う仕草が妙に慣れていたところとか、王冠を頭に載せているのに全然気にしていない様子とかを見て【ああ、コスプレ歴、長いんだなぁ】と冷めた目で見てしまう私がいただけのこと。

 ───ばいばい、私の初恋。

 そっとカーテンを引いて、私は実ることのなかったこの恋を卒業することにしたのだ。

 
 失恋の傷を癒すには、新しい恋が一番だ。と、いうことで来週テスト明けに、さっそく合コンが決まっている。髪なんか切っちゃって、気持ちを新たにしようなんて思っていた。そう、ほんの少し前までは。

 そして今、なぜかよく分からないけれど、その幼馴染で初恋だった隆兄ちゃんに壁ドンをされている。
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