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柑橘島の甘い恋 -oranje eiland- 2
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さて、満足げな顔の私とサリム、そして充実した顔の乗務員2名と何かこう色々お抱えの様子の痴女皇国幹部3名様、そして今後の復旧作業に頭を巡らせておられる様子のマルハレータ様を乗せたさかな号、無事に5時50分にパメカサン駅に到着しました。
(で、わしらはそのまま6時発の特急スラバヤ経由ジョクジャカルタ方面行きに乗るで。ほんまはカーティカとスピカにちゃんと挨拶したかったんやけど、事情が事情やからなぁ)
と、色々お考えなのは幹部の方々も同じとは思いますが顔で大体わかります。
この中で一番、胃を痛める事があるとすれば真っ先に痛いと申されそうなのはマルハレータ様です。
多分、この中では一番真剣に色々お悩みです、恐らく。
でまぁ、ここでごく簡単にパメカサンの街が今どんな感じかを説明しろと言われましたのですが。
◯パメカサン慈母寺・マドゥラ県庁
バンカラン・| ◯競牛場
スラバヤ | ◯市場
←---|----県道21号線→スメネプ方面
●===◯==◎--(子供鉄道は路肩に合流)
| ↑パメカサン駅
| ●=子供鉄道基地
| ◎=本線車両留置線
↓スラバヤ・南洋島方面(実際には斜め)
上の図で、パメカサン駅から慈母寺までは普通に歩いて3分程度、すぐそこに見えています。
そして下の図がパメカサンの駅の略図になるそうです。
で、我々を乗せたさかな号、1番線なる場所に着くや否や人足たちが群がり、あっという間に魚を詰めた箱を下ろしてしまいます。
◇駅舎◇ ↑魚・野菜市場
□□□□ さかな号・野菜列車専用(東側)
=====================1番線
□□□□ →スメネプ
=====================2番線
|貨物積替用ホーム↑↓|
=====================3番線
肉列車・牛列車
→パメカサン精肉場
←スラバヤ方面海底トンネル
-:750mm子供鉄道軌条
=:1067mm、750mm三線軌
-:1067mm南洋本線狭軌
しかし我々はその、荷捌きや荷下ろしの光景を最後まで見ることなく、1番線の長い石畳の先に止まっていた別の短い列車に乗り換えます。
「6時ちょうど発スラバヤ方面ジョクジャカルタ・ボロブドゥール経由ジャカルタ行き特別線経由急行列車チャハヤ号は1番線西側より出発します。お乗りの方はお急ぎください…」
(はいはい、こちらですよっ)
見れば、牛服ですがカーティカ様と騎士服のスピカ様、マリア様達の荷物運びを手伝って一緒にホームを走っておられます。
で、私もこうした方が早いのでサリムを抱き抱えて石畳の上を走ります。
「レオノールさんもこっちこっち!」
3という数字が扉横に書いてある赤い帯の青い客車に乗ろうとした私とサリム、マリア様に手招きされたと思えば…。
次の瞬間、明らかに王侯貴族用らしい室内にいる事に。
ぱーぱーぱーと鳴るどけよほーんとか言う特殊な警笛を鳴らして、列車は動き出します。
動き出しますが、どこに座らせて頂ければ。
で、マリア様はここやでとばかりに、問答無用で伝票にはんこをもらう…いえいえ何と、一番偉い人が座りそうな区切りの中の2人がけの椅子に私たちを座らせてしまいます。
(あたしやベラ子は乗ろうと思ったら似たものにいくらでも乗れるし、オリューレさんやマルハちゃんは元々はこの王族専用車を使える立場だ。だけど…あんた達には一生の思い出になるかも知れないからさ)
(まーたマリア様はあまやかすー。まぁ、レオノールとサリムには無理を言うわけやし、こんくらいはええでしょ、メフラウ)
(それにこの王族専用車、元は貴賓接待用で普段は私たちも贅沢はしないように2等車か3等車に乗るよう言ってたはずですよ…マルハレータ、この貴賓車、結構な頻度で使っていませんか?)
(ぎくぎくっ)
ええ、カーティカ様とスピカ様に手を振っていたマルハレータ様の背中が明らかに動揺した動きをしております。
しかし、言われてみれば確かにこの貴賓車やら王族専用車などと言われておるこの車、贅沢そうな作りではあります。
で。この車、車体の一番真ん中に仕切り壁で仕切られた部屋めいた場所がありまして、私とサリム、そしてセニョーラ・オリューレとマルハレータ様がその中の大きくて背もたれの傾いた椅子に座っております。
で、マリア様・ベラ子陛下・アルト閣下はその貴賓席とやらの隣の随員席なる場所に。
↓随員席 ↓貴賓席
------------------------
トイレ ◯ ◯◯ ◯|⬜︎ ⬜︎|トイレ |厨房
車掌室 ◯ ◯◯ ◯|⬜︎ ⬜︎|シャワー|供奉席
--- - ----------
------------------------
(このソファの表皮、随員席もそうやけどマドゥラ牛の革で張られてるんや。で、椅子の肘掛けや枠から仕切りや壁板床板に窓枠に至るまで南洋島産の木材、わしらの足元の敷物と壁の飾り布は痴女島産の麻、日除けは茸島の竹細工と南洋王国由来の内装で仕上げたのが室見局長の自慢らしい)
(確かに、りええの趣味が炸裂してるけど…これはいい方向に趣味炸裂したな…)
(その代わりにアルミニウム相当の合板よ、外板…台枠は絶林檎材を樹脂強化して鋼材同等にしたけどさ…もう軸重17トンに収めるのに必死よ必死。オリエント急行に近い仕上げで車重は50t切りが目標だったから…)
(なぜそうまでして軽さにこだわるのですか…)
(ベラちゃん…だから日本国鉄の幹線車両や初期の新幹線の規格に合わせたの!なんせこのチャハヤ号…インドネシア語でひかり号は最高速度160km/h、マドゥラン・トンネル内限定で180km/h出すからね…)
えーと。
どれくらい速いのでしょうか。
(そのマドゥラン海底トンネル内の下り勾配で、さかな号の三倍)
ひぃいいいいい。
(既に100キロ超えてるわよ。盛り土高架で県道21号線乗り越えたら14ノッチ入れてるから。はい第三閉塞、高速進行。サンパン、本線通過)
(りええの運転、怖いんだよ…)
えと、つまり何ですか、このチャハヤ号なる特急、室見国土局長自ら運転中であると…。
(いやー、このマドゥラ・スラバヤ高速線って開通して間がないから動揺とかチェックしたかったのよっ)
(嘘つけっCC690型だっけか、インドネシア仕様の専用機関車の試運転してぇだけだろうがっ)
(何を言う…これBD69のガワ違いみたいなもんで、外観だけアメリカ製機関車のCC203まがいの先頭流線型にした実質アメロコ風味よ? それにこの後パカン・ダジャ通過時点で160キロキープしとかないとスラバヤ中央駅にマルで着かないのよ? ついでにこの線、貨物対応でスラブ軌道プラス70kgレール採用、あの湖西線同等以上の高規格仕様よ? まぁ標準軌で新幹線通せる規格でエマちゃんに造ってもらったんだけどさ…)
確かに揺れなどはさかな号より遥かに少ないのですが、響く風切り音、未だ聞いたことがないものなのです…。
(おかしいわね、3代目1号御料車…20系客車同等の設計図は流用してるし、台車もTR65系をベースにしたやつを常磐線で試験させてもらって設計180キロ保証ももらったんだけど…)
(慣れていないひとにはむりもないのです…ほら、あたくしたちはしんかんせんやりにあにのったことがありますでしょ…あのときのおとを知っていますからまだ、こんなもんかとおもうのですが…)
(よう考えたら、今、後ろの貴賓車にいる人で鉄道の100km/h以上未経験者が二人いたわね…それとアルトさん、このマドゥラ高速線も例によってトンネルぶち抜きコースで線路敷いたから…この後、スラバヤ中央駅を出てしばらくするまでは延々穴よ穴)
(りええの穴好きはいまさらとして)
(やかましいわ、まりり…これが一番面倒がないのよ…それとスラバヤ中央駅で後ろに定期7両繋ぐから、ちょっと暴れなくなるかな。今は編成が短いからね…というかこれでもお荷物車両増えてんのよね、その貴賓車、増結で繋いでるから)
でまぁ、こういうものがあるよと見せてもらいましたが。
---
特別線経由1・2・3等高速急行チャハヤ号(上り2列車)編成表
←ジャカルタ →スラバヤ・パメカサン
パメカサン6:00~スラバヤ6:45
機+荷+貴+3+3
スラバヤ7:00~ジョクジャカルタ~ボロブドゥール9:40
機+荷+貴+3+3+3+3+3+調+2+1+荷
ボロブドゥール9:45~ジャカルタ13:15
機+3+3+3+3+3+調+2+1+荷
※ボロブドゥールで機関車交換あり
機=機関車、荷=電源荷物車、貴=貴賓車(今回増結分)、調=調理車、3・2・1=通常等級客車
--
つまり、普通はスラバヤで後ろに更にくるまを繋ぐのですね。
いわば今は空荷の馬車か牛車を走らせているようなもの。
で、その穴の中を走っていますと、警笛が鳴ったかと思えば、私たちの隣を列車が通り過ぎます。
(あっちはスラバヤを6時に出て6時45分にパメカサンに到着する混101レ…混合101列車ね、さかな号と同じで1両か2両しか客車繋いでなくて、あと全部貨車。あれがお昼過ぎにスメネプに着く荷物を運んでくるのよ…)
ああ、お米やら肥料やら色々積んでくる列車ですね…。
(あれが着いたらさかな号と同じくらい大忙しになるから。パメカサンで降ろす荷物と、そのまま隣にいる子供鉄道の貨車に積み替える荷物が同じ列車に乗ってるからね…流石になるべくスメネプ方面の荷物だけで固めて積んでもらってるけど…)
なるほど、こうした人夫のお仕事だけでもやりくりが大変そうです。
(だからチンポネックスが威力を発揮するわけよ…今までよりも田んぼの面倒見る手間が減るし、作付け高は上がるし…で、空いた時間にパメカサンならパメカサンに来てもらって人夫のお仕事してもらえるでしょ)
ふむふむ、エロ本の自動販売機や駄菓子屋もそうですが、マドゥラの人々にお金を使うことを改めて覚えさせることも視野に入っているようですね…。
(やはり貨幣経済とゆうもんは完全に無くすのは難しいわな…ほれ、サリムくんにしても、お小遣いがあって、それで何か買えるとなったら買うやろ)
(確かに、エロ本販売機はともかく、あの駄菓子屋は百姓村の子供たちも行きたがってましたからね…)
(ただ、人は金を持つと金に支配されてまう生き物やねんわ。ワイのおった国は金儲けを考えたあげく色々やらかした奴がおってなぁ…)
年齢の割に達観したような表情を時々お見せになるマルハレータ様ですが、そういう育ちの事情が絡んでおられるのかも知れませんね…。
(特に子供の頃はあれ欲しいこれ欲しいになりがちやねん…玩具、つまりオモチャがそうや…)
どうも、妹君のウィレミーナ様の行状にそうした欲深さがあったような事を語られるマルハレータ様。
(まだ南洋王国に欧風文化が浸透するかどうかもわからん時期に、今から危機感を抱いておってもあかんのやけどな…既に、欧州では玩具を量産可能な工房が存在するし、北方帝国が欧州侵略教育の一環として人形遊び…特に人形の家を作って撒いたりしたのは知っとるか、レオノール)
(いやいやいや、私はとてもとてもそんな高価なものには手が出ない身分でしたから…)
(まぁ、今後は恐らく工業の発展に伴って、玩具を量産可能になるやろ…それと育児や。子供っちゅうのは、わしらのような特殊な育て方をせん限りはおもちゃ与えて遊ばせとく方が楽言うたら楽なんや。ワイの家が正にそういう育て方をした部類でな…)
どうも、おもちゃを巡っての姉妹の争いがあったようですね…。
(むろん、ワイは玩具の効能は否定はせん。たとえば荷車とか、今乗っとるようなもんのおもちゃがあったらどうする。それも実際に走るやつや。恐らく、これは人気を博するはずや…)
(マルハちゃん…実際にあるのよ…鉄道模型っての…)
(ああ、やっぱりですか。しかもそれ、モノによるけど結構値打ちもんちゃいますんか)
この、マルハレータ様の観察力に唖然としたのは私だけではありませんでした。
そう…本当にその、列車のおもちゃが存在して、しかもかなり良い値段がするのをオリューレ様経由でマリアリーゼ陛下が見せてくださいます。
(なんせ揃えていけば数百万ルピーくらいになる事も決して珍しくはないんだよ…旦那が集めたこれの値打ちがわからずに、嫁が邪魔だと捨てたり売ったりするとえらいことになるんだ…)
(そういう嫁は貰わん方が身のためですな。少なくとも工芸品の値打ち、わかる目を持っとらんのは間違いおまへんやろ)
うわぁ、辛辣ですね…。
(そら、隣の通路で作ったっちゅう宝石使った首飾りとか、来歴の説明と見た目だけで値打ちもんや思たらとんだ安物やとかな。いわゆる贋作めいたことをするやつもおるわけや…ただ、玩具の場合はその性質上、材料やなしに組み立てたり色を塗る職人の手間賃の方が遥かに高いやろけどな)
(なぜに…)
(子供のおもちゃやろ…壊すとか壊れることもあるわけや…せやから安くて可能なら頑丈なもん…しかし、投げたりそれで人を殴っても困ったことにならんように、頑丈すぎへんものにもせなあかんやろ?)
いやはや、恐ろしいまでの慧眼。
(レオノールはまだしもサリムくんにはイマイチピンと来ないやろけど…おそらくキュラソー赴任の時点で、マドゥラはおろか南洋とはまた違う人々の生活や常識に触れるはずや。その生活に馴染めるかどうかはわからんけど、馴染め馴染めと無理からに言う気はない。ただ…そいつらがそうしてるにも理由があるんや。その理由を理解しようとする心だけは忘れんといて欲しいんや…)
なるほど…マリアリーゼ陛下があの駄菓子屋やエロ本自販機をマルハレータ様に任せるはずですよ…。
マルハレータ様は、ある程度は人の未来を考えられる方でしょう。
(南洋でやっとる人増やし、言うなれば…ずるや。元来は10年なり15年なりをかけて人の人たるやを親が教えるのが道やろ。ただ…それでは人が育つのに必要な物事だけでなく、悪しき習わしも引き継ぐ可能性があるのや…ほれサリムくん、チャロック…受け継いだか)
(一応はおれの分、作っては頂きました。ただ…なまくらですが…)
このチャロックという湾曲した短刀、従来のマドゥラのあまり良くない習慣だとして赴任時から注意を受けていたものです。
マドゥラ族、特に男同士で揉めた時に可能なら立会人を立ててこのチャロックによる決闘で決着をつけるのです…。
(さすがにこれだけは継続してやらせられん。女体化の際に規制やむなしとさせてもろたんや…)
(ただ、成人の証として授かるのと、切れなくしたチャロックを家に飾るには良しとされたのですよね…)
「私たち南洋王国、いえ、痴女皇国が統治に入れば、人を倒したり戦争で勝つためにチャロックは必要がなくなるもの。ただしマドゥラ、特にマドゥラの男には男たる証であるから、人を殺傷できなくしたチャロックについては家宝としてよいお触れを出させて頂いたのです…」
「メフラウの言う通りなんや…あれがまだ山刀や草刈り鎌とかならまだ話はわかるんやが、明らかにそういう使い道とちゃうやろ。これがまだ比丘尼国の戦士階級みたいに使用に関しては厳格な規定が存在するんやったらワイも考えたんやけど…」
「確かにあれ、マドゥラの男なら持ちますからね…」
「更に問題がある。あの風習、マドゥラ独特やねん…確かに決闘の風習のある民族はあったけど、今は君ら同様に痴女皇国の担当支部が禁止させとるんや。海蛮国が代表例やな…あ、比丘尼国も仇討ち禁止にしたかな。まりあさまー」
(へいへい。武士階級同士のみ許可。ただしよほどの事がない限り厳しく調べられるし、まず仇討ちに成功した方もセプクとなる。だから下手に武士同士で争うよりも神社に裁定を依頼する方が面倒ねぇように持って行ってんだよ。うちらや巫女種なら過去に遡って調べられるからな。ただ…双方の釈明を一切聞かずに調べが進むのと、うちらが調べた結果には絶対服従してもらうけど…)
(何じゃ何じゃ、坊主、刀でも持ちたいのか。だが…うかつに刀を持てば刀でしか決着のつかん結果しか返って来ぬぞ…ああ、おれは通りすがりの徳田滋光という浪人者じゃ)
(はいはい、比丘尼国で武家諸法度を作った将軍様というか元・将軍様だよ)
(何ですかなまりや様。ふむ…要はお主ら、まどらとか申す者どもは男子全員が帯刀しておったのか。いや、以前に比丘尼国では、百姓町人に至るまで侍身分以外に刀を持つものは差し出せとやった事が何度もあるのよ。むろん理由はいくさ道具だからじゃ)
でまぁ、このシゲミツ・トクダなる指導偽女種の身体を持つ比丘尼国の浮浪戦士いわく。
(で、比丘尼国では刀を提げて町を歩いて良いのは侍身分だけである。ぬしらにわかりやすう申すと、仕官して取り立てられた戦士のみ。更には場所によって刀を抜くはもちろん、帯刀を禁じておるのよ…わしらの刀は一目瞭然に身分の証となるが、同時に危険極まりない刃物であるからな)
(では侮辱された場合は…)
(ぬしらと同じよ。わしらは神社に申し立ていと告げておるが、ぬしらでは寺であろう。だいたいそのような人を下げる物言いなんざ人前で臆面もなくやらかす奴にろくなのはいねぇんだ。それに小僧、お主の連れ添いの尼様、一体どこのどなた様なのか考えてみろよ…おまえが馬鹿にされて黙ってるかい?)
(多分、そいつを叱るとおもいます…ふつうの男ならレオノールにはぜったいにかなわないでしょうし…)
(だろ?無理からに喧嘩を買う必要なんざねぇんだよ)
(偽女種11号様。先立っては新橋の屋台で酔うて暴れかけたと南町奉行所から苦情が)
(るせぇっ信綱、それくらい揉み消せよ…あと頼むからやめていまだに偽女種11号とか。お前だって偽女種12号だとか言われたら嫌だろ?)
(わしは巷に潜む時に都合が良いので構いませぬ。だいたい上様が五反田のぴんさろに上手いのがいるとか、内藤新宿や錦糸町のきゃばくらで飲もうぜとか、どうやって色遊びの銭金こしらえてんですか…)
(ほら品川に吉原に奥の連中。小遣いくれるんだよ。あと、井伊の奥方たちからは俺を買った口実で謝礼を)
(ほすとやひもをやると芳春院様に叱られても知りませぬぞ…)
(その代わり能の稽古つけてるわいっ)
(まぁ、雲のように漂う浮浪牢人の方はともかく、刃物を使う喧嘩は比丘尼国でも犯罪の対象ってことらしい)
(まりや様、ついでに殿中では武士でも抜刀帯刀は改易取り潰しやでという掟も追加で)
(家光さんいや滋光さん、赤穂塩餅国と他ならぬ井伊家には目を光らせといてよ…最悪、水戸にはうちから牛肉送って黙らせるから…)
(御意…そうそう坊主、お前のくにでは牛を飼うとるんだって? おれの国に送ってくれたらみんな喜ぶからな。お前が偉くなってそういう差配ができるようになって覚えてくれていたらでいい。人にゃ親切にしとくと、あとあと必ず何かで助かることもあるからな。それとどうしても食うに困ったなら比丘尼国に来い。慈母宗の滋光法師って名前を出せば大概の寺や神社はお前さん達が困った時に力になってくれるだろ。んじゃ頑張ってお勤めしてこいよっ)
何やら、ただの僧侶や浮浪戦士には思えない方ですが、それなりの度量をお持ちのようです。
(レオノール…今回、カリブ方面に応援で赴任してもらうマドゥラ族やジャワ人他の連中、この列車はもとよりスラバヤで3等車に乗ってるはずや…更にはジョクジャカルタの同棲町とボロブドゥールからも人を出す。それらは全てキュラソー送りにするわけやないけど、言うなれば海外赴任…それも移住を踏まえてのものや。上手くいかなかった場合の受け皿も含めてワイらは考えとるけど、まずは現地に溶け込むことを努力さしてくれ…)
確かにマルハレータ様が言われるのもよくわかります。
私も元々は聖母教会圏の人間ですからね…。
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スラバヤ駅に着いた列車では、マリアリーゼ陛下他がスラバヤ県知事…総督や代官から役職名が変わったそうです…とスラバヤ慈母寺の住職の出迎えを受けるために一旦下車されます。
私たちもその列の後ろにつき、スラバヤ地区から送り込まれる派遣者の皆への激励を拝聴します。
数十名の派遣者…主に女性は、ことごとく若い姿。
オリューレ様とマルハレータ様からも慣れぬ土地への赴任ではあるがよろしくという話を受けて、車上の人となります。
そして我々も再び列車に乗り込みます。
「Kereta di Platform 2 adalah High Speed Express Chahaya ke Jakarta via Yogyakarta Borobudur Bandung(二番線の列車はジョクジャカルタ・ボロブドゥール・バンドン経由ジャカルタ行高速急行チャハヤ号です)」
「Bagi yang akan ke Surakarta atau Klaten, silakan naik Chuo Line Express yang akan masuk ke Platform 2 setelah ini.(スラカルタやクラテンへ行かれる方は、この後2番線に入る中央線急行にご乗車ください)」
「Menuju Malang Tulungagung, naik kereta ekspres yang berangkat dari Peron 1(マラン・トゥルンガグン方面は1番線停車中の南廻急行に乗車願います)」
しかし、結構な賑わいがあるものです。
このスラバヤ中央駅、マドゥラとの海の底の穴からそのまま繋がっているらしく、街の中心部に掘られた穴の中にあるようですが…。
(通勤農夫という考えも試してるんや。スラバヤならスラバヤに住宅を与えて、周囲の荘園に通わせるとかな)
色々試しているのですねぇ。
(スラバヤ本線中央高速線、進路よし。戸締よし。2番場内出発。1102列車、発車)
後方に繋がれたスラバヤ始発の客車の前では見送りの人々も少なからずいるようです。
その励ましと歓声の感情が届く中、列車は再び走り出しました。
(しばらくは地下を走るけど、モジョケルトの手前で在来線を分岐して高速線に入るあたりで地上に出るから…)
再び、マドゥラのさかな号と違って継ぎ目を踏まない独特の音を響かせて列車は加速して行きます。
この穴を出れば朝日に照らされた南洋島の大地が広がっているのでしょう。
私たちの赴任が、朝日に照らされたように祝福されるものかはわかりませんが、最善を尽くすしか無いでしょう。
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あると「ほほほほほ、わたくしがついていくからにはしっぱいの言葉はじしょにはないのです、おおぶねに乗ったつもりでいるのですっ」
べらこ「アルトさんは現地では騎士の指揮ですからね…お願いですからね…」
おりゅーれ「ベラ子陛下、マリア様…何でまたアルトを…」
マリア「こういう時の要員でもあるんだよ…それにオリューレさんだって知ってるだろ?アルトも大概の女官業務、こなした立場なんだからさ…」
まるは「まぁ、復興計画の概要は既にもらってますさかい、あとは現地の治安回復と居住環境や製糖工場の復旧などを順次進めていくだけですわ」
れおの「では私とサリムは」
まるは「あんたらはキュラソーで転勤する教育係の尼僧の穴埋めがまず第一。復旧はワイらがやるから、その辺は心配せんでええで…ただなぁ」
べらこ「マルハちゃん、何か…」
まるは「まず、あの辺の聖母教会は罰姦聖母教会でっしゃろ。せやから指導偽女種は普段は男性状態なんですわ」
れおの「ふむふむ」
まるは「そして、キュラソーでは南洋、わけてもジョクジャカルタのような無茶な街づくりではなくて、あくまでも一般の住民が中心ですねん。せやから、南洋慣れしたもんが行くと困るかもわからんという懸念が」
マリア「そこで対策としてだね」
べらこ「まさか」
おりゅーれ「あのー陛下、灸場や南洋のノリで他の地域の統治をすると…」
マリア「そういう軋轢を防ぐためにも文化理解って必要だと思うんだ」
べらこ「置きましたね…エロ本自販機」
マリア「ふははははは、きっちり教会の裏にあるぞっ」
べらこ(無言のはりせん)
マリア「あれが一番手っ取り早いんだよ!」
まるは「しかもオランダ語翻訳、現地でウィレミーナがやらされとるはず…あのアホにやらせて良いものか」
マリア「多言語版だし大丈夫だろ」
べらこ「そういう問題でもない気がしますよ…」
れおの「私の行くところにはあれがあるのでしょうか…」
まるは「レオノール。それワイのセリフでもあるからな…」
れおの「マルハレータ陛下、強く生きましょう」
まるは「あとレオノール。あれがある言うことは」
れおの「え」
まるは「そら現地人と尼さんだけが素材にならんやろ…」
れおの「飛び降りていいですか」
りええ「今、中央高速線で160キロ出てるよ…」
マリア「まぁ、逃げるならボロブドゥール着いてからだな」
おりゅーれ「にがさん」
あにさ「ちなみにボロブドゥール駅で待たされてんですよ、私ら…」
れおの「あんぎゃあああああ」
あると「まぁまぁ、どうしてもいやならあたくしがなんとかしましょう」
マリア「何する気だ」
あると「ようは、そのえろほん自販機とやらがなくなればいいのでしょう」
マリア「こら!あれいくらすると思ってやがる!」
あると「ぶっこわされたくなければ、レオノールさんとサリムくんのえろほんをつくらせないことなのです…」
れおの(それも寂しい気も…はっ!)
べらこ(作るなら作るで売れると嬉しいのですね…)
れおの(女心は複雑なものなのです…)
マリア「では、本当にレオノールさんのエロ本はカリブでも売られるのか」
他全員(あの自販機、まさか他の地域でもガンガン置いていくんでしょうか…)
(で、わしらはそのまま6時発の特急スラバヤ経由ジョクジャカルタ方面行きに乗るで。ほんまはカーティカとスピカにちゃんと挨拶したかったんやけど、事情が事情やからなぁ)
と、色々お考えなのは幹部の方々も同じとは思いますが顔で大体わかります。
この中で一番、胃を痛める事があるとすれば真っ先に痛いと申されそうなのはマルハレータ様です。
多分、この中では一番真剣に色々お悩みです、恐らく。
でまぁ、ここでごく簡単にパメカサンの街が今どんな感じかを説明しろと言われましたのですが。
◯パメカサン慈母寺・マドゥラ県庁
バンカラン・| ◯競牛場
スラバヤ | ◯市場
←---|----県道21号線→スメネプ方面
●===◯==◎--(子供鉄道は路肩に合流)
| ↑パメカサン駅
| ●=子供鉄道基地
| ◎=本線車両留置線
↓スラバヤ・南洋島方面(実際には斜め)
上の図で、パメカサン駅から慈母寺までは普通に歩いて3分程度、すぐそこに見えています。
そして下の図がパメカサンの駅の略図になるそうです。
で、我々を乗せたさかな号、1番線なる場所に着くや否や人足たちが群がり、あっという間に魚を詰めた箱を下ろしてしまいます。
◇駅舎◇ ↑魚・野菜市場
□□□□ さかな号・野菜列車専用(東側)
=====================1番線
□□□□ →スメネプ
=====================2番線
|貨物積替用ホーム↑↓|
=====================3番線
肉列車・牛列車
→パメカサン精肉場
←スラバヤ方面海底トンネル
-:750mm子供鉄道軌条
=:1067mm、750mm三線軌
-:1067mm南洋本線狭軌
しかし我々はその、荷捌きや荷下ろしの光景を最後まで見ることなく、1番線の長い石畳の先に止まっていた別の短い列車に乗り換えます。
「6時ちょうど発スラバヤ方面ジョクジャカルタ・ボロブドゥール経由ジャカルタ行き特別線経由急行列車チャハヤ号は1番線西側より出発します。お乗りの方はお急ぎください…」
(はいはい、こちらですよっ)
見れば、牛服ですがカーティカ様と騎士服のスピカ様、マリア様達の荷物運びを手伝って一緒にホームを走っておられます。
で、私もこうした方が早いのでサリムを抱き抱えて石畳の上を走ります。
「レオノールさんもこっちこっち!」
3という数字が扉横に書いてある赤い帯の青い客車に乗ろうとした私とサリム、マリア様に手招きされたと思えば…。
次の瞬間、明らかに王侯貴族用らしい室内にいる事に。
ぱーぱーぱーと鳴るどけよほーんとか言う特殊な警笛を鳴らして、列車は動き出します。
動き出しますが、どこに座らせて頂ければ。
で、マリア様はここやでとばかりに、問答無用で伝票にはんこをもらう…いえいえ何と、一番偉い人が座りそうな区切りの中の2人がけの椅子に私たちを座らせてしまいます。
(あたしやベラ子は乗ろうと思ったら似たものにいくらでも乗れるし、オリューレさんやマルハちゃんは元々はこの王族専用車を使える立場だ。だけど…あんた達には一生の思い出になるかも知れないからさ)
(まーたマリア様はあまやかすー。まぁ、レオノールとサリムには無理を言うわけやし、こんくらいはええでしょ、メフラウ)
(それにこの王族専用車、元は貴賓接待用で普段は私たちも贅沢はしないように2等車か3等車に乗るよう言ってたはずですよ…マルハレータ、この貴賓車、結構な頻度で使っていませんか?)
(ぎくぎくっ)
ええ、カーティカ様とスピカ様に手を振っていたマルハレータ様の背中が明らかに動揺した動きをしております。
しかし、言われてみれば確かにこの貴賓車やら王族専用車などと言われておるこの車、贅沢そうな作りではあります。
で。この車、車体の一番真ん中に仕切り壁で仕切られた部屋めいた場所がありまして、私とサリム、そしてセニョーラ・オリューレとマルハレータ様がその中の大きくて背もたれの傾いた椅子に座っております。
で、マリア様・ベラ子陛下・アルト閣下はその貴賓席とやらの隣の随員席なる場所に。
↓随員席 ↓貴賓席
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トイレ ◯ ◯◯ ◯|⬜︎ ⬜︎|トイレ |厨房
車掌室 ◯ ◯◯ ◯|⬜︎ ⬜︎|シャワー|供奉席
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(このソファの表皮、随員席もそうやけどマドゥラ牛の革で張られてるんや。で、椅子の肘掛けや枠から仕切りや壁板床板に窓枠に至るまで南洋島産の木材、わしらの足元の敷物と壁の飾り布は痴女島産の麻、日除けは茸島の竹細工と南洋王国由来の内装で仕上げたのが室見局長の自慢らしい)
(確かに、りええの趣味が炸裂してるけど…これはいい方向に趣味炸裂したな…)
(その代わりにアルミニウム相当の合板よ、外板…台枠は絶林檎材を樹脂強化して鋼材同等にしたけどさ…もう軸重17トンに収めるのに必死よ必死。オリエント急行に近い仕上げで車重は50t切りが目標だったから…)
(なぜそうまでして軽さにこだわるのですか…)
(ベラちゃん…だから日本国鉄の幹線車両や初期の新幹線の規格に合わせたの!なんせこのチャハヤ号…インドネシア語でひかり号は最高速度160km/h、マドゥラン・トンネル内限定で180km/h出すからね…)
えーと。
どれくらい速いのでしょうか。
(そのマドゥラン海底トンネル内の下り勾配で、さかな号の三倍)
ひぃいいいいい。
(既に100キロ超えてるわよ。盛り土高架で県道21号線乗り越えたら14ノッチ入れてるから。はい第三閉塞、高速進行。サンパン、本線通過)
(りええの運転、怖いんだよ…)
えと、つまり何ですか、このチャハヤ号なる特急、室見国土局長自ら運転中であると…。
(いやー、このマドゥラ・スラバヤ高速線って開通して間がないから動揺とかチェックしたかったのよっ)
(嘘つけっCC690型だっけか、インドネシア仕様の専用機関車の試運転してぇだけだろうがっ)
(何を言う…これBD69のガワ違いみたいなもんで、外観だけアメリカ製機関車のCC203まがいの先頭流線型にした実質アメロコ風味よ? それにこの後パカン・ダジャ通過時点で160キロキープしとかないとスラバヤ中央駅にマルで着かないのよ? ついでにこの線、貨物対応でスラブ軌道プラス70kgレール採用、あの湖西線同等以上の高規格仕様よ? まぁ標準軌で新幹線通せる規格でエマちゃんに造ってもらったんだけどさ…)
確かに揺れなどはさかな号より遥かに少ないのですが、響く風切り音、未だ聞いたことがないものなのです…。
(おかしいわね、3代目1号御料車…20系客車同等の設計図は流用してるし、台車もTR65系をベースにしたやつを常磐線で試験させてもらって設計180キロ保証ももらったんだけど…)
(慣れていないひとにはむりもないのです…ほら、あたくしたちはしんかんせんやりにあにのったことがありますでしょ…あのときのおとを知っていますからまだ、こんなもんかとおもうのですが…)
(よう考えたら、今、後ろの貴賓車にいる人で鉄道の100km/h以上未経験者が二人いたわね…それとアルトさん、このマドゥラ高速線も例によってトンネルぶち抜きコースで線路敷いたから…この後、スラバヤ中央駅を出てしばらくするまでは延々穴よ穴)
(りええの穴好きはいまさらとして)
(やかましいわ、まりり…これが一番面倒がないのよ…それとスラバヤ中央駅で後ろに定期7両繋ぐから、ちょっと暴れなくなるかな。今は編成が短いからね…というかこれでもお荷物車両増えてんのよね、その貴賓車、増結で繋いでるから)
でまぁ、こういうものがあるよと見せてもらいましたが。
---
特別線経由1・2・3等高速急行チャハヤ号(上り2列車)編成表
←ジャカルタ →スラバヤ・パメカサン
パメカサン6:00~スラバヤ6:45
機+荷+貴+3+3
スラバヤ7:00~ジョクジャカルタ~ボロブドゥール9:40
機+荷+貴+3+3+3+3+3+調+2+1+荷
ボロブドゥール9:45~ジャカルタ13:15
機+3+3+3+3+3+調+2+1+荷
※ボロブドゥールで機関車交換あり
機=機関車、荷=電源荷物車、貴=貴賓車(今回増結分)、調=調理車、3・2・1=通常等級客車
--
つまり、普通はスラバヤで後ろに更にくるまを繋ぐのですね。
いわば今は空荷の馬車か牛車を走らせているようなもの。
で、その穴の中を走っていますと、警笛が鳴ったかと思えば、私たちの隣を列車が通り過ぎます。
(あっちはスラバヤを6時に出て6時45分にパメカサンに到着する混101レ…混合101列車ね、さかな号と同じで1両か2両しか客車繋いでなくて、あと全部貨車。あれがお昼過ぎにスメネプに着く荷物を運んでくるのよ…)
ああ、お米やら肥料やら色々積んでくる列車ですね…。
(あれが着いたらさかな号と同じくらい大忙しになるから。パメカサンで降ろす荷物と、そのまま隣にいる子供鉄道の貨車に積み替える荷物が同じ列車に乗ってるからね…流石になるべくスメネプ方面の荷物だけで固めて積んでもらってるけど…)
なるほど、こうした人夫のお仕事だけでもやりくりが大変そうです。
(だからチンポネックスが威力を発揮するわけよ…今までよりも田んぼの面倒見る手間が減るし、作付け高は上がるし…で、空いた時間にパメカサンならパメカサンに来てもらって人夫のお仕事してもらえるでしょ)
ふむふむ、エロ本の自動販売機や駄菓子屋もそうですが、マドゥラの人々にお金を使うことを改めて覚えさせることも視野に入っているようですね…。
(やはり貨幣経済とゆうもんは完全に無くすのは難しいわな…ほれ、サリムくんにしても、お小遣いがあって、それで何か買えるとなったら買うやろ)
(確かに、エロ本販売機はともかく、あの駄菓子屋は百姓村の子供たちも行きたがってましたからね…)
(ただ、人は金を持つと金に支配されてまう生き物やねんわ。ワイのおった国は金儲けを考えたあげく色々やらかした奴がおってなぁ…)
年齢の割に達観したような表情を時々お見せになるマルハレータ様ですが、そういう育ちの事情が絡んでおられるのかも知れませんね…。
(特に子供の頃はあれ欲しいこれ欲しいになりがちやねん…玩具、つまりオモチャがそうや…)
どうも、妹君のウィレミーナ様の行状にそうした欲深さがあったような事を語られるマルハレータ様。
(まだ南洋王国に欧風文化が浸透するかどうかもわからん時期に、今から危機感を抱いておってもあかんのやけどな…既に、欧州では玩具を量産可能な工房が存在するし、北方帝国が欧州侵略教育の一環として人形遊び…特に人形の家を作って撒いたりしたのは知っとるか、レオノール)
(いやいやいや、私はとてもとてもそんな高価なものには手が出ない身分でしたから…)
(まぁ、今後は恐らく工業の発展に伴って、玩具を量産可能になるやろ…それと育児や。子供っちゅうのは、わしらのような特殊な育て方をせん限りはおもちゃ与えて遊ばせとく方が楽言うたら楽なんや。ワイの家が正にそういう育て方をした部類でな…)
どうも、おもちゃを巡っての姉妹の争いがあったようですね…。
(むろん、ワイは玩具の効能は否定はせん。たとえば荷車とか、今乗っとるようなもんのおもちゃがあったらどうする。それも実際に走るやつや。恐らく、これは人気を博するはずや…)
(マルハちゃん…実際にあるのよ…鉄道模型っての…)
(ああ、やっぱりですか。しかもそれ、モノによるけど結構値打ちもんちゃいますんか)
この、マルハレータ様の観察力に唖然としたのは私だけではありませんでした。
そう…本当にその、列車のおもちゃが存在して、しかもかなり良い値段がするのをオリューレ様経由でマリアリーゼ陛下が見せてくださいます。
(なんせ揃えていけば数百万ルピーくらいになる事も決して珍しくはないんだよ…旦那が集めたこれの値打ちがわからずに、嫁が邪魔だと捨てたり売ったりするとえらいことになるんだ…)
(そういう嫁は貰わん方が身のためですな。少なくとも工芸品の値打ち、わかる目を持っとらんのは間違いおまへんやろ)
うわぁ、辛辣ですね…。
(そら、隣の通路で作ったっちゅう宝石使った首飾りとか、来歴の説明と見た目だけで値打ちもんや思たらとんだ安物やとかな。いわゆる贋作めいたことをするやつもおるわけや…ただ、玩具の場合はその性質上、材料やなしに組み立てたり色を塗る職人の手間賃の方が遥かに高いやろけどな)
(なぜに…)
(子供のおもちゃやろ…壊すとか壊れることもあるわけや…せやから安くて可能なら頑丈なもん…しかし、投げたりそれで人を殴っても困ったことにならんように、頑丈すぎへんものにもせなあかんやろ?)
いやはや、恐ろしいまでの慧眼。
(レオノールはまだしもサリムくんにはイマイチピンと来ないやろけど…おそらくキュラソー赴任の時点で、マドゥラはおろか南洋とはまた違う人々の生活や常識に触れるはずや。その生活に馴染めるかどうかはわからんけど、馴染め馴染めと無理からに言う気はない。ただ…そいつらがそうしてるにも理由があるんや。その理由を理解しようとする心だけは忘れんといて欲しいんや…)
なるほど…マリアリーゼ陛下があの駄菓子屋やエロ本自販機をマルハレータ様に任せるはずですよ…。
マルハレータ様は、ある程度は人の未来を考えられる方でしょう。
(南洋でやっとる人増やし、言うなれば…ずるや。元来は10年なり15年なりをかけて人の人たるやを親が教えるのが道やろ。ただ…それでは人が育つのに必要な物事だけでなく、悪しき習わしも引き継ぐ可能性があるのや…ほれサリムくん、チャロック…受け継いだか)
(一応はおれの分、作っては頂きました。ただ…なまくらですが…)
このチャロックという湾曲した短刀、従来のマドゥラのあまり良くない習慣だとして赴任時から注意を受けていたものです。
マドゥラ族、特に男同士で揉めた時に可能なら立会人を立ててこのチャロックによる決闘で決着をつけるのです…。
(さすがにこれだけは継続してやらせられん。女体化の際に規制やむなしとさせてもろたんや…)
(ただ、成人の証として授かるのと、切れなくしたチャロックを家に飾るには良しとされたのですよね…)
「私たち南洋王国、いえ、痴女皇国が統治に入れば、人を倒したり戦争で勝つためにチャロックは必要がなくなるもの。ただしマドゥラ、特にマドゥラの男には男たる証であるから、人を殺傷できなくしたチャロックについては家宝としてよいお触れを出させて頂いたのです…」
「メフラウの言う通りなんや…あれがまだ山刀や草刈り鎌とかならまだ話はわかるんやが、明らかにそういう使い道とちゃうやろ。これがまだ比丘尼国の戦士階級みたいに使用に関しては厳格な規定が存在するんやったらワイも考えたんやけど…」
「確かにあれ、マドゥラの男なら持ちますからね…」
「更に問題がある。あの風習、マドゥラ独特やねん…確かに決闘の風習のある民族はあったけど、今は君ら同様に痴女皇国の担当支部が禁止させとるんや。海蛮国が代表例やな…あ、比丘尼国も仇討ち禁止にしたかな。まりあさまー」
(へいへい。武士階級同士のみ許可。ただしよほどの事がない限り厳しく調べられるし、まず仇討ちに成功した方もセプクとなる。だから下手に武士同士で争うよりも神社に裁定を依頼する方が面倒ねぇように持って行ってんだよ。うちらや巫女種なら過去に遡って調べられるからな。ただ…双方の釈明を一切聞かずに調べが進むのと、うちらが調べた結果には絶対服従してもらうけど…)
(何じゃ何じゃ、坊主、刀でも持ちたいのか。だが…うかつに刀を持てば刀でしか決着のつかん結果しか返って来ぬぞ…ああ、おれは通りすがりの徳田滋光という浪人者じゃ)
(はいはい、比丘尼国で武家諸法度を作った将軍様というか元・将軍様だよ)
(何ですかなまりや様。ふむ…要はお主ら、まどらとか申す者どもは男子全員が帯刀しておったのか。いや、以前に比丘尼国では、百姓町人に至るまで侍身分以外に刀を持つものは差し出せとやった事が何度もあるのよ。むろん理由はいくさ道具だからじゃ)
でまぁ、このシゲミツ・トクダなる指導偽女種の身体を持つ比丘尼国の浮浪戦士いわく。
(で、比丘尼国では刀を提げて町を歩いて良いのは侍身分だけである。ぬしらにわかりやすう申すと、仕官して取り立てられた戦士のみ。更には場所によって刀を抜くはもちろん、帯刀を禁じておるのよ…わしらの刀は一目瞭然に身分の証となるが、同時に危険極まりない刃物であるからな)
(では侮辱された場合は…)
(ぬしらと同じよ。わしらは神社に申し立ていと告げておるが、ぬしらでは寺であろう。だいたいそのような人を下げる物言いなんざ人前で臆面もなくやらかす奴にろくなのはいねぇんだ。それに小僧、お主の連れ添いの尼様、一体どこのどなた様なのか考えてみろよ…おまえが馬鹿にされて黙ってるかい?)
(多分、そいつを叱るとおもいます…ふつうの男ならレオノールにはぜったいにかなわないでしょうし…)
(だろ?無理からに喧嘩を買う必要なんざねぇんだよ)
(偽女種11号様。先立っては新橋の屋台で酔うて暴れかけたと南町奉行所から苦情が)
(るせぇっ信綱、それくらい揉み消せよ…あと頼むからやめていまだに偽女種11号とか。お前だって偽女種12号だとか言われたら嫌だろ?)
(わしは巷に潜む時に都合が良いので構いませぬ。だいたい上様が五反田のぴんさろに上手いのがいるとか、内藤新宿や錦糸町のきゃばくらで飲もうぜとか、どうやって色遊びの銭金こしらえてんですか…)
(ほら品川に吉原に奥の連中。小遣いくれるんだよ。あと、井伊の奥方たちからは俺を買った口実で謝礼を)
(ほすとやひもをやると芳春院様に叱られても知りませぬぞ…)
(その代わり能の稽古つけてるわいっ)
(まぁ、雲のように漂う浮浪牢人の方はともかく、刃物を使う喧嘩は比丘尼国でも犯罪の対象ってことらしい)
(まりや様、ついでに殿中では武士でも抜刀帯刀は改易取り潰しやでという掟も追加で)
(家光さんいや滋光さん、赤穂塩餅国と他ならぬ井伊家には目を光らせといてよ…最悪、水戸にはうちから牛肉送って黙らせるから…)
(御意…そうそう坊主、お前のくにでは牛を飼うとるんだって? おれの国に送ってくれたらみんな喜ぶからな。お前が偉くなってそういう差配ができるようになって覚えてくれていたらでいい。人にゃ親切にしとくと、あとあと必ず何かで助かることもあるからな。それとどうしても食うに困ったなら比丘尼国に来い。慈母宗の滋光法師って名前を出せば大概の寺や神社はお前さん達が困った時に力になってくれるだろ。んじゃ頑張ってお勤めしてこいよっ)
何やら、ただの僧侶や浮浪戦士には思えない方ですが、それなりの度量をお持ちのようです。
(レオノール…今回、カリブ方面に応援で赴任してもらうマドゥラ族やジャワ人他の連中、この列車はもとよりスラバヤで3等車に乗ってるはずや…更にはジョクジャカルタの同棲町とボロブドゥールからも人を出す。それらは全てキュラソー送りにするわけやないけど、言うなれば海外赴任…それも移住を踏まえてのものや。上手くいかなかった場合の受け皿も含めてワイらは考えとるけど、まずは現地に溶け込むことを努力さしてくれ…)
確かにマルハレータ様が言われるのもよくわかります。
私も元々は聖母教会圏の人間ですからね…。
----
スラバヤ駅に着いた列車では、マリアリーゼ陛下他がスラバヤ県知事…総督や代官から役職名が変わったそうです…とスラバヤ慈母寺の住職の出迎えを受けるために一旦下車されます。
私たちもその列の後ろにつき、スラバヤ地区から送り込まれる派遣者の皆への激励を拝聴します。
数十名の派遣者…主に女性は、ことごとく若い姿。
オリューレ様とマルハレータ様からも慣れぬ土地への赴任ではあるがよろしくという話を受けて、車上の人となります。
そして我々も再び列車に乗り込みます。
「Kereta di Platform 2 adalah High Speed Express Chahaya ke Jakarta via Yogyakarta Borobudur Bandung(二番線の列車はジョクジャカルタ・ボロブドゥール・バンドン経由ジャカルタ行高速急行チャハヤ号です)」
「Bagi yang akan ke Surakarta atau Klaten, silakan naik Chuo Line Express yang akan masuk ke Platform 2 setelah ini.(スラカルタやクラテンへ行かれる方は、この後2番線に入る中央線急行にご乗車ください)」
「Menuju Malang Tulungagung, naik kereta ekspres yang berangkat dari Peron 1(マラン・トゥルンガグン方面は1番線停車中の南廻急行に乗車願います)」
しかし、結構な賑わいがあるものです。
このスラバヤ中央駅、マドゥラとの海の底の穴からそのまま繋がっているらしく、街の中心部に掘られた穴の中にあるようですが…。
(通勤農夫という考えも試してるんや。スラバヤならスラバヤに住宅を与えて、周囲の荘園に通わせるとかな)
色々試しているのですねぇ。
(スラバヤ本線中央高速線、進路よし。戸締よし。2番場内出発。1102列車、発車)
後方に繋がれたスラバヤ始発の客車の前では見送りの人々も少なからずいるようです。
その励ましと歓声の感情が届く中、列車は再び走り出しました。
(しばらくは地下を走るけど、モジョケルトの手前で在来線を分岐して高速線に入るあたりで地上に出るから…)
再び、マドゥラのさかな号と違って継ぎ目を踏まない独特の音を響かせて列車は加速して行きます。
この穴を出れば朝日に照らされた南洋島の大地が広がっているのでしょう。
私たちの赴任が、朝日に照らされたように祝福されるものかはわかりませんが、最善を尽くすしか無いでしょう。
-----------------
あると「ほほほほほ、わたくしがついていくからにはしっぱいの言葉はじしょにはないのです、おおぶねに乗ったつもりでいるのですっ」
べらこ「アルトさんは現地では騎士の指揮ですからね…お願いですからね…」
おりゅーれ「ベラ子陛下、マリア様…何でまたアルトを…」
マリア「こういう時の要員でもあるんだよ…それにオリューレさんだって知ってるだろ?アルトも大概の女官業務、こなした立場なんだからさ…」
まるは「まぁ、復興計画の概要は既にもらってますさかい、あとは現地の治安回復と居住環境や製糖工場の復旧などを順次進めていくだけですわ」
れおの「では私とサリムは」
まるは「あんたらはキュラソーで転勤する教育係の尼僧の穴埋めがまず第一。復旧はワイらがやるから、その辺は心配せんでええで…ただなぁ」
べらこ「マルハちゃん、何か…」
まるは「まず、あの辺の聖母教会は罰姦聖母教会でっしゃろ。せやから指導偽女種は普段は男性状態なんですわ」
れおの「ふむふむ」
まるは「そして、キュラソーでは南洋、わけてもジョクジャカルタのような無茶な街づくりではなくて、あくまでも一般の住民が中心ですねん。せやから、南洋慣れしたもんが行くと困るかもわからんという懸念が」
マリア「そこで対策としてだね」
べらこ「まさか」
おりゅーれ「あのー陛下、灸場や南洋のノリで他の地域の統治をすると…」
マリア「そういう軋轢を防ぐためにも文化理解って必要だと思うんだ」
べらこ「置きましたね…エロ本自販機」
マリア「ふははははは、きっちり教会の裏にあるぞっ」
べらこ(無言のはりせん)
マリア「あれが一番手っ取り早いんだよ!」
まるは「しかもオランダ語翻訳、現地でウィレミーナがやらされとるはず…あのアホにやらせて良いものか」
マリア「多言語版だし大丈夫だろ」
べらこ「そういう問題でもない気がしますよ…」
れおの「私の行くところにはあれがあるのでしょうか…」
まるは「レオノール。それワイのセリフでもあるからな…」
れおの「マルハレータ陛下、強く生きましょう」
まるは「あとレオノール。あれがある言うことは」
れおの「え」
まるは「そら現地人と尼さんだけが素材にならんやろ…」
れおの「飛び降りていいですか」
りええ「今、中央高速線で160キロ出てるよ…」
マリア「まぁ、逃げるならボロブドゥール着いてからだな」
おりゅーれ「にがさん」
あにさ「ちなみにボロブドゥール駅で待たされてんですよ、私ら…」
れおの「あんぎゃあああああ」
あると「まぁまぁ、どうしてもいやならあたくしがなんとかしましょう」
マリア「何する気だ」
あると「ようは、そのえろほん自販機とやらがなくなればいいのでしょう」
マリア「こら!あれいくらすると思ってやがる!」
あると「ぶっこわされたくなければ、レオノールさんとサリムくんのえろほんをつくらせないことなのです…」
れおの(それも寂しい気も…はっ!)
べらこ(作るなら作るで売れると嬉しいのですね…)
れおの(女心は複雑なものなのです…)
マリア「では、本当にレオノールさんのエロ本はカリブでも売られるのか」
他全員(あの自販機、まさか他の地域でもガンガン置いていくんでしょうか…)
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