贄の神子と月明かりの神様

木島

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箱入り神子と星空と

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「ん……」

 夜が明けて暫く経った頃、ころりころりと数度布団の中で転がってからすばるは目覚める。ごしごしと目を擦りながら辺りを見回すと、そこに広がるのは見慣れた己の部屋だった。

「あー、あのまま寝ちゃったのか」

 そう言えば夢見心地に空を飛んだような気がする。すばるは昨夜のことを思い出して自然と笑みを零した。

「皓月のお陰ですね」

 仕事の邪魔をしてはいけないと我儘を控えていた。だが、たまには言ってみるものだと思う。我儘を言ったお陰であんなにも美しい夜空を見られたのだから。

「さて、そろそろ起きないと……ん?」

 上機嫌で朝の用意をしようと起き上がると、枕元に見慣れないものを見つけた。

「何でしょうこれ」

 ことりと首を傾げ、見慣れぬ物体を手に取る。それはすばるが両の手で持てる程の大きさで、円柱形の硝子でできた入れ物だった。底と上部は金で細やかな装飾が施されており、中は何か黒いものが蠢いている。
 昨日まではこんなもの無かったはずだ。すばるは中をしっかり見ようと入れ物に顔を近付けた。

「これ……」

 黒い蠢きの中にきらきらと光るものがあった。見覚えのあるその光景にすばるは目を見開く。
 それは昨日の夜、この目で見た物と良く似ていた。

「星が、星が中に入ってる……!」

 白く、黄色く、赤く光る煌めきと黒い空間は夜空と同じだった。じっと眺めていると、星の並びが皓月が教えてくれた星座と言うものだと気付く。

「きれい……」

 両の手の中に納まる硝子瓶の中に美しい光景が広がっている。
 すばるは魅入られ、ほうと溜息を吐いた。

「起きていたか」

 じっと硝子瓶を覗いているとすばるを起こしに来たらしい皓月が顔を覗かせる。しかしすばるは硝子の中の星に心奪われており、皓月が訪れたことに気付く様子がない。掌に乗せた硝子瓶を掲げてうっとりと目を細めている。

「すばる」

 皓月の中にまた嫉妬心が首を擡げる。ずかずかと部屋の中に入ると、一心に硝子の中を見つめているすばるの横に腰を下ろした。
 ぐいと肩を引き寄せて、己の身に凭れさせる。

「わっ!あれ、皓月?おはようございます」
「ああ。おはよう」

 肩を寄せられてやっとすばるは皓月が来ていることに気付いたようだ。皓月の顔を見上げ驚きに目を見開いている。

「気に入ったようだな」

 皓月は長い指ですばるの手の中にある硝子瓶を突き、もう一方の手で頭をそっと撫でる。夜空の詰まった硝子瓶の贈り主は皓月であったらしい。

「これ、皓月が用意してくれたんですね」

 それを聞いたすばるは硝子瓶と皓月の顔を交互に見比べ、破顔した。

「とってもきれいです!ありがとう、皓月」

 硝子瓶を胸に抱きしめて嬉しさを顔一面に滲ませる姿に皓月は満足げな笑みを浮かべ、ひらりと手を差し伸べる。

「貸してみろ」
「ん?」

 不思議そうに首を傾げつつ素直に硝子瓶を差し出すと、それを褒めるように頬を尾が撫でる。そうして星空入りの硝子瓶を受け取ったその手は徐に金の装飾を外し始めた。

「物置にしまっていたのを思い出してな。気に入るのではと思って持ってきた」
「わぁ……!」

 装飾を外すと硝子瓶の蓋が外れるようで、どういう仕組みか口の開いた瓶から中に入っていた夜空が流れ出てきた。とろとろと流れ出る星は床を、壁を、天井を埋めていき、すばるが大口を開けて呆然としている間にすっかり部屋を埋め尽くしてしまったのだった。

「すごい……凄いです皓月!何がどうなってこんな。わぁ、本当にすごい……」
「あまり外出をさせられないからな。これで、いつでも見たい時に星が見られる」

 すばるはその身を包む夜空にきらきらと目を輝かせて思わず手を伸ばす。そうっと床を撫でると手で水をかくように夜空が揺れて星が動く。両手で掬い上げてみると掌の上に夜空が生まれた。触れている感覚も重さも感じないのに確かに掌の上にきらきらと星の瞬く夜空がある。
 まるで星の海に漂うようなこの光景を皓月はすばるのために用意してくれたのだという。

「皓月……ありがとう」
「そうか」

 皓月を見上げた星空の瞳は潤んでいた。そうして、うまく言葉にならないこの喜びを伝えるように強くその身体に抱きついた。

「すばるは、すばるは幸せ者です」

 皓月の背越しに部屋中に煌めく夜空の星を見る。
 昨日見た夜空がここにはある。皓月が用意したすばるのための夜空だ。その中で背を撫でる皓月の尾の感触が、頭を撫でる掌の感触がうっとりするほど心地良い。

「お前が喜ぶのなら、私も嬉しい」
「皓月……」

 ほんの少し身を起こせば皓月が笑んでいるのが見えた。弓形に撓んだその黄金色の瞳はとても美しく、輝く月のようにすばるの瞳に映る。

「本当にきれい……まるで満月と星を一緒に愛でている気分です」
「月?」

 そろりと皓月の頬を撫でて笑むすばるに皓月は首を傾げた。それにすばるはにこりと笑みを深くする。

「皓月のことですよ」

 そう告げると、皓月は驚きで目を見開いた。

「皓月は、すばるのお月様」

 愛おしそうに撫でる掌に、言葉に皓月の胸は満たされる。
 月光の神である皓月が月そのものに例えられることは少なくない。だが、すばるに言われるとその言葉はまるで新しい言葉のようだった。例えようもない程の喜びが胸を満たすのを感じるのだ。

「ならばすばる、お前は私の星だ。いつでも、見えずとも傍らにいる星だ」
「じゃあ、すばるたちはいつでも一緒ですね」

 皓月の返答にすばるは嬉しげに笑う。すばる甘えるようには皓月の胸に身を寄せ、皓月の贈ったすばるだけの夜空を眺めた。
 二人は月と星。いつでも、いつまでもずっと一緒なのだとその時は二人共信じていた。


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