19 / 71
箱入り神子と星空と
五
しおりを挟む
月の輝きは成りを潜め、小さな星の光が無数に瞬いている。白く光る星、黄色い星、赤い星。小さな星達が集まって、輝く星の河を作り上げているところもある。
空一面に広がる星々の世界に、すばるは言葉を失った。
「どうだ?気に入ったか?」
暫くじっと魅入っていたすばるがほう、と感歎の息を吐く。それに合わせて皓月はすばるの肩に手を置いた。
くるりと振り返ったすばるの瞳は、とろりと溶けてしまっている。
「すごい……きれい……」
とろけるように甘く微笑むすばるの笑顔は愛らしい。皓月も予想以上の反応を見せるすばるの姿に嬉しさが込み上げる。
それと、ほんの少しの嫉妬心も。
「皓月はこんなに素敵なものにすばるの目を例えてくれたんですね……」
「ああ、お前の瞳に似て美しいだろう?」
「あい。とってもきれい!」
ふわふわと、夢見心地な瞳で再び空へと視線を移すすばる。空と同じ星屑の瞳が恋い慕うように数多の星を見上げている。
今は皓月の存在さえも霞んでしまっている。そのことに気付いて一抹の寂しさを抱いた皓月はそっとすばるに手を伸ばした。
「皓月……?」
後ろから抱き寄せてその場に座り込む。膝の上にすばるの身体を乗せると、いつものように小さなその身体を抱きしめた。
「どうしたんです?お腹空いた?」
「違う」
からかうような言葉に皓月は首を振った。だが、素直に星に嫉妬したなどと言える訳がない。誤魔化すように懐から櫛を取り出して、風で乱れたすばるの髪を梳る。
「お月さまがなければお星さまがよく見えるけど、すばるはさっきみたいに明るい満月も好きです。どっちも一緒に見られればいいのに」
髪を梳かれるのを気にした様子もなく再び空を見上げてすばるは残念そうに呟いた。
薄ぼんやりと輪郭だけが見える月。星をすばるに見せようと、満月の輝きは月光の神である皓月の権能で全て吸い取ってしまった。
「同じ場所で、輝くことはできないんでしょうか」
月の光を奪う。月光を司る皓月にとってそれは容易いことだ。だがすばるは星も月も同じように愛でたいと言う。残念がるすばるを慰めるように皓月はその頭を優しく撫でた。
「月にも満ち欠けがあり、月明かりも一定ではない。満月でなければ星と共に愛でることもできよう」
「そっか、そうですね。猫の爪みたいなお月様の時はそんなに明るくありませんでした。そう言う時は一緒に観られますね」
今度は満月以外の時にも来よう、とすばるは無邪気に誘う。自然と次を強請る様子に皓月は柔らかく口元を弛め頷いた。
「あっ、そうだ!ご飯、ご飯も食べましょう。お外でご飯なんて初めてです!」
暫く皓月の膝の上でぽっかり口を開けて満天の星空を見上げていたすばるが唐突に大きな声を上げる。腕の中にしっかりと抱え込んでいた籠の存在を急に思い出したのだ。
「蛍がね、お弁当が冷めないようにって籠に術をかけてくれたんです。火の神様のご加護なんですって」
ごそごそと籠を手探りする手元を皓月の狐火が照らす。温かな橙色をした狐火を頼りに大きなおにぎりと小さなおにぎりを一つずつ取り出すと、大きな方を皓月の口元に差し出した。
このまま食えと言うことだろうか。
「はい、どうぞ」
「いや、自分で」
「たーべーてー」
ぐい、と押しつけるように口元におにぎりを突き付ける。
そのままじっと見つめられ、動く様子のないすばるに皓月は早々に降参した。何といってもかわいい。この星空以上に愛して止まないすばるの瞳に見つめられて断れるはずがない。皓月は素直に口を開いておにぎりを頬張る。そのまま全てすばるの手から食べきってしまった。それに満足げにすばるは笑う。
「ふふ」
最後にぺろりと米粒のついた小さな指先を舐め取ると、皓月は小さなおにぎりを手にとってすばるの口元に差し出した。
「お前も食べろ」
「んん、自分で食べます」
やんわりと拒否するが皓月は聞かなかった。お返しだとでも言うように、小さなおにぎりは皓月の手で口元に突きつけられている。
「もう、仕方ないですね」
諦める様子のない皓月にすばるも折れた。小さな口を大きく開けて蛍手製のおにぎりに齧り付く。
「焼き鮭が入ってる。おいしい」
「それはよかった」
術のお陰で握りたてと変わらぬ温かさと柔らかさのおにぎりにすばるは顔を綻ばせる。幸せそうに皓月の手からおにぎりを頬張り、合間に差し出される卵焼きにも喜んで齧りついた。
「ふう、お腹いっぱいです。ごちそうさまでした」
じゃれ合いのような夕食を摂った後も二人は暫く星を見て過ごした。
時間と共に少しずつ様相を変える星空をすばるは飽きもせず眺め続けている。皓月は時々あの星はこう言う名だ、これとこれはこう言う星座だと解説を付けてやる。
すばるはそれに楽しげに耳を傾けていたが、夜も更けてくるとうつらうつらと船を漕ぎだしていた。
皓月の声は低く穏やかに染み渡り、心地よい眠りへと誘われていく。
「夜空に星は幾千万と輝き、名も持たぬものが殆どだ。それが故に新しく神籍を得た者はまず星の冠位を授かる。幾千万の星の座のうちの一つにお前は今座っているのだ」
すばるが大神より戴いた冠位の由来を話して聞かせるが、腕の中にいる存在からの返事はない。空を見上げていた皓月は首を傾げてすばるの顔を覗きこんだ。
「すばる?」
すばるは皓月の星語りを寝物語にして、すやすやと寝息を立てて寝入ってしまっていた。
「眠ってしまったか……」
皓月は寒さを感じさせないように眠るすばるの身体を抱え直した。起こさないようにゆっくりと立ち上がり、空を見上げる。
「月と星を共に愛でたい、か」
小さく呟くと皓月は再び己の身を獣身へ変えた。尾を一本使って器用に背中のすばるを支えて空を駆ける。
駆ける空には、満月が煌々と輝いていた。
すばるは目覚めることなく屋敷へと帰り着き、そのまま布団の住人となる。皓月は眠るすばるの頬を優しく撫でて額にそっと口づけを落とすと部屋を後にした。
空一面に広がる星々の世界に、すばるは言葉を失った。
「どうだ?気に入ったか?」
暫くじっと魅入っていたすばるがほう、と感歎の息を吐く。それに合わせて皓月はすばるの肩に手を置いた。
くるりと振り返ったすばるの瞳は、とろりと溶けてしまっている。
「すごい……きれい……」
とろけるように甘く微笑むすばるの笑顔は愛らしい。皓月も予想以上の反応を見せるすばるの姿に嬉しさが込み上げる。
それと、ほんの少しの嫉妬心も。
「皓月はこんなに素敵なものにすばるの目を例えてくれたんですね……」
「ああ、お前の瞳に似て美しいだろう?」
「あい。とってもきれい!」
ふわふわと、夢見心地な瞳で再び空へと視線を移すすばる。空と同じ星屑の瞳が恋い慕うように数多の星を見上げている。
今は皓月の存在さえも霞んでしまっている。そのことに気付いて一抹の寂しさを抱いた皓月はそっとすばるに手を伸ばした。
「皓月……?」
後ろから抱き寄せてその場に座り込む。膝の上にすばるの身体を乗せると、いつものように小さなその身体を抱きしめた。
「どうしたんです?お腹空いた?」
「違う」
からかうような言葉に皓月は首を振った。だが、素直に星に嫉妬したなどと言える訳がない。誤魔化すように懐から櫛を取り出して、風で乱れたすばるの髪を梳る。
「お月さまがなければお星さまがよく見えるけど、すばるはさっきみたいに明るい満月も好きです。どっちも一緒に見られればいいのに」
髪を梳かれるのを気にした様子もなく再び空を見上げてすばるは残念そうに呟いた。
薄ぼんやりと輪郭だけが見える月。星をすばるに見せようと、満月の輝きは月光の神である皓月の権能で全て吸い取ってしまった。
「同じ場所で、輝くことはできないんでしょうか」
月の光を奪う。月光を司る皓月にとってそれは容易いことだ。だがすばるは星も月も同じように愛でたいと言う。残念がるすばるを慰めるように皓月はその頭を優しく撫でた。
「月にも満ち欠けがあり、月明かりも一定ではない。満月でなければ星と共に愛でることもできよう」
「そっか、そうですね。猫の爪みたいなお月様の時はそんなに明るくありませんでした。そう言う時は一緒に観られますね」
今度は満月以外の時にも来よう、とすばるは無邪気に誘う。自然と次を強請る様子に皓月は柔らかく口元を弛め頷いた。
「あっ、そうだ!ご飯、ご飯も食べましょう。お外でご飯なんて初めてです!」
暫く皓月の膝の上でぽっかり口を開けて満天の星空を見上げていたすばるが唐突に大きな声を上げる。腕の中にしっかりと抱え込んでいた籠の存在を急に思い出したのだ。
「蛍がね、お弁当が冷めないようにって籠に術をかけてくれたんです。火の神様のご加護なんですって」
ごそごそと籠を手探りする手元を皓月の狐火が照らす。温かな橙色をした狐火を頼りに大きなおにぎりと小さなおにぎりを一つずつ取り出すと、大きな方を皓月の口元に差し出した。
このまま食えと言うことだろうか。
「はい、どうぞ」
「いや、自分で」
「たーべーてー」
ぐい、と押しつけるように口元におにぎりを突き付ける。
そのままじっと見つめられ、動く様子のないすばるに皓月は早々に降参した。何といってもかわいい。この星空以上に愛して止まないすばるの瞳に見つめられて断れるはずがない。皓月は素直に口を開いておにぎりを頬張る。そのまま全てすばるの手から食べきってしまった。それに満足げにすばるは笑う。
「ふふ」
最後にぺろりと米粒のついた小さな指先を舐め取ると、皓月は小さなおにぎりを手にとってすばるの口元に差し出した。
「お前も食べろ」
「んん、自分で食べます」
やんわりと拒否するが皓月は聞かなかった。お返しだとでも言うように、小さなおにぎりは皓月の手で口元に突きつけられている。
「もう、仕方ないですね」
諦める様子のない皓月にすばるも折れた。小さな口を大きく開けて蛍手製のおにぎりに齧り付く。
「焼き鮭が入ってる。おいしい」
「それはよかった」
術のお陰で握りたてと変わらぬ温かさと柔らかさのおにぎりにすばるは顔を綻ばせる。幸せそうに皓月の手からおにぎりを頬張り、合間に差し出される卵焼きにも喜んで齧りついた。
「ふう、お腹いっぱいです。ごちそうさまでした」
じゃれ合いのような夕食を摂った後も二人は暫く星を見て過ごした。
時間と共に少しずつ様相を変える星空をすばるは飽きもせず眺め続けている。皓月は時々あの星はこう言う名だ、これとこれはこう言う星座だと解説を付けてやる。
すばるはそれに楽しげに耳を傾けていたが、夜も更けてくるとうつらうつらと船を漕ぎだしていた。
皓月の声は低く穏やかに染み渡り、心地よい眠りへと誘われていく。
「夜空に星は幾千万と輝き、名も持たぬものが殆どだ。それが故に新しく神籍を得た者はまず星の冠位を授かる。幾千万の星の座のうちの一つにお前は今座っているのだ」
すばるが大神より戴いた冠位の由来を話して聞かせるが、腕の中にいる存在からの返事はない。空を見上げていた皓月は首を傾げてすばるの顔を覗きこんだ。
「すばる?」
すばるは皓月の星語りを寝物語にして、すやすやと寝息を立てて寝入ってしまっていた。
「眠ってしまったか……」
皓月は寒さを感じさせないように眠るすばるの身体を抱え直した。起こさないようにゆっくりと立ち上がり、空を見上げる。
「月と星を共に愛でたい、か」
小さく呟くと皓月は再び己の身を獣身へ変えた。尾を一本使って器用に背中のすばるを支えて空を駆ける。
駆ける空には、満月が煌々と輝いていた。
すばるは目覚めることなく屋敷へと帰り着き、そのまま布団の住人となる。皓月は眠るすばるの頬を優しく撫でて額にそっと口づけを落とすと部屋を後にした。
10
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
異世界に来たのでお兄ちゃんは働き過ぎな宰相様を癒したいと思います
猫屋町
BL
仕事中毒な宰相様×世話好きなお兄ちゃん
弟妹を育てた桜川律は、作り過ぎたマフィンとともに異世界へトリップ。
呆然とする律を拾ってくれたのは、白皙の眉間に皺を寄せ、蒼い瞳の下に隈をつくった麗しくも働き過ぎな宰相 ディーンハルト・シュタイナーだった。
※第2章、9月下旬頃より開始予定
その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました
海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。
しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。
偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。
御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。
これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。
【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】
【続編も8/17完結しました。】
「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785
↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
凶悪犯がお気に入り刑事を逆に捕まえて、ふわとろま●こになるまで調教する話
ハヤイもち
BL
連続殺人鬼「赤い道化師」が自分の事件を担当する刑事「桐井」に一目惚れして、
監禁して調教していく話になります。
攻め:赤い道化師(連続殺人鬼)19歳。180センチくらい。美形。プライドが高い。サイコパス。
人を楽しませるのが好き。
受け:刑事:名前 桐井 30過ぎから半ば。170ちょいくらい。仕事一筋で妻に逃げられ、酒におぼれている。顔は普通。目つきは鋭い。
※●人描写ありますので、苦手な方は閲覧注意になります。
タイトルで嫌な予感した方はブラウザバック。
※無理やり描写あります。
※読了後の苦情などは一切受け付けません。ご自衛ください。
騎士団やめたら溺愛生活
愛生
BL
一途な攻め(黒髪黒目)×強気で鈍感な受け(銀髪紫目) 幼なじみの騎士ふたりの溺愛もの
孤児院で一緒に育ったアイザックとリアン。二人は16歳で騎士団の試験に合格し、騎士団の一員として働いていた。
ところが、リアンは盗賊団との戦闘で負傷し、騎士団を退団することになった。そこからアイザックと二人だけの生活が始まる。
無愛想なアイザックは、子どもの頃からリアンにだけ懐いていた。アイザックを弟のように可愛がるリアンだが、アイザックはずっとリアンのことが好きだった。
アイザックに溺愛されるうちに、リアンの気持ちも次第に変わっていく。
設定はゆるく、近代ヨーロッパ風の「剣と魔法の世界」ですが、魔法はほぼ出てきません。エロも少な目で会話とストーリー重視です。
過激表現のある頁に※
エブリスタに掲載したものを修正して掲載
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる