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悪役令息は悪役令息のヤケに巻き込まれる
王立図書館にて 2
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「何か、とは?」
にこり、とはぐらかして首を傾げる。すると彼は僅かに眉を顰め首を横に振った。
「いえ、なんでもありません。もちろんお約束いたします。留学が成った暁には私はマグダレート王国においてフランジーヌの代表となる。母国の名に恥じぬ振る舞いを誓いましょう」
「国と主人たる王族に誓いますか?」
「もちろん。誓います」
結局彼は明言を避けたがひとまず品行方正を誓った。
彼が話に聞くように、夫婦やカップルに手を出して問題になったら援助した僕たちが迷惑を被ることになるのだ。口約束では不安だし、話が本決まりになれば誓約書を書いてもらおうと思う。
さて、この先の具体的な話はシャルルたちの承認を得てからだ。
「話は変わりますが、バロー殿はリチャード殿下と親しいのですか?共に論文も書いていらっしゃるようですね」
留学の話は一旦置いておいて、彼の人となりをもう少し知りたい。先ほどの光景に感じた疑問を口にするとドミニク・バローは素直に頷いた。
「私は殿下とは同い年で、幼い頃より良くしていただいております。殿下に畏れ多くも友人と呼んでいただけて、誠にありがたいことです」
「ほう、ご学友だったのですか」
「幼年より王宮に学友として召し上げていただき、もう20年になります」
昔を思い出すように目を細めて語るドミニク・バロー。彼は僕と同じように幼い頃から王子と友情を育んできたということらしい。なんだか親近感があるな。
そしてそう思ったのは彼も同じのようだった。
「確かヴィンセント様もクリストファー殿下とシャルル様とご学友だったとか」
「はい。お二人とは学院にいる頃から親しくさせていただいております。と言っても当時はシャルル様は養子先の伯爵家の家名を名乗っておられましたので、まさかフランジーヌの王族とは思いもよりませんでしたが」
「そうでしたね。では随分驚かれたことでしょう」
「それはもう」
奴の攻略ノートを見てしまった時の衝撃と言ったら筆舌に尽くし難いものだった。聞くに聞けないデリケートすぎる内容に一晩悩んで寝られなかったものだ。その時のことを思い出してクスクスと笑うとドミニク・バローは驚きに僅かに目を開いて、そして笑顔を浮かべた。
少しガードが下がったか?殿下に見せたほどではないにせよ笑顔が自然だ。
「リチャード殿下は幼い頃から分け隔てなく接する公正でお優しい方でした。シャルル様が行方不明になられた時は見ていられないほど沈んでおられて……マグダレートで平穏に暮らしていらっしゃると聞いた時は涙が出るほど喜んでおられましたよ」
「そうなのですね……」
「大変仲の良いご兄弟と聞き及んでおります。ご無事と聞いて大層安堵なさったことでしょう」
「だと思います」
ほんの短い関わりだがあの兄弟が深く互いを思い合っているのは僕たちも知っている。我が国に結婚の祝いに訪れた殿下が自らの母と祖父が犯した過ちを我が身の罪のように悔い、涙を溢していた姿を僕も見たのだ。
「側近となることは叶いませんでしたが、私はリチャード殿下を主人と仰ぎ敬愛しています。少しでも殿下のお力になりたい。貴国への留学を望んだのはそういう理由もあります」
穏やかな表情でそう語るドミニク・バロー。その脳裏に誰を思い浮かべているかなんて考えるまでもない。
少しずつ、ドミニク・バローがこちらに内面を見せてきている気がする。二人が共にいるのを見かけたのは偶然だったが、リチャード殿下の存在は彼の心に踏み込む鍵たり得たのかもしれない。
「あなたのお考えはよくわかりました。良いお返事ができるよう、我々も尽力いたそう」
「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」
ドミニク・バローが深々と頭を下げて僕たちの話し合いは終わった。連れ立って図書館の小さな会議室から廊下へ出ると一気に人々のざわめきが耳に届く。
気が付けばもう昼が近い。
「お二人は昼食の場所はお決まりですか?少々大衆向けですが、近くでいい店があるのです」
「いえ、まだ決まっていません。せっかくですし教えてもらいましょうか?ね?」
「そうですな。是非」
「喜んで」
教会と王立図書館は貴族街と平民街を股にかけるように建っているため、その周囲も高級店と安価な店が混在しているらしい。ドミニク・バローが行きつけだと言うレストランは平民も利用できる価格帯の店らしく、その分ボリューム満点で出来立ての温かい料理が食べられるのだとか。
コンラッド様は職業柄沢山食べる人だから量が多いのは嬉しい。紹介してもらったレストランへ向かうべく馬車を待っていると、足早にこちらへ向かってくる一人の男が目に入った。
肩を怒らせた男の形相は強張っていて図書館を利用しに来たにしては妙だ。その不審さに視線を逸らせずにいると、ギッと鋭い眼差しがこちらを見た。驚いてビクッと思わず肩が跳ねる。
「あ」
「え?」
真横からぽろりと漏れた声。見上げるとドミニク・バローは男の顔を見て僅かに頬を引き攣らせていた。
ええとこれは……もしかしてあなたのお客様?
「ドミニク・バロー!お前!」
「っ?!」
走ると言ってもいい勢いで向かってきた男は僕たちのことなど眼中にない様子で隣のドミニク・バローに掴みかかろうと手を伸ばす。その手にぶつかりそうになったが、寸でのところでコンラッド様が手を引いて抱き込むように守ってくれた。
「なんですかあなた。いきなり何を……」
「何がいきなりだこの野郎!惚けやがって」
男はドミニク・バローの胸ぐらを掴み、迷惑そうな顔をした彼を責めている。
ちょっと状況がよくわからないが警備員とかを呼ぶべきだろうか。ちらりと周囲を見ると偶々目撃してしまった利用者も戸惑いながら様子を伺っていた。
「許さねえ……俺の恋人に手ぇ出しやがって!お前のせいでアイツは出て行ったんだぞ!」
思案している矢先、胸ぐら掴んで怒鳴り散らした男の言葉にコンラッド様の腕に抱かれたままの僕は半目になってドミニク・バローを見た。
あー、そう。あのお噂は事実だったんですね。
にこり、とはぐらかして首を傾げる。すると彼は僅かに眉を顰め首を横に振った。
「いえ、なんでもありません。もちろんお約束いたします。留学が成った暁には私はマグダレート王国においてフランジーヌの代表となる。母国の名に恥じぬ振る舞いを誓いましょう」
「国と主人たる王族に誓いますか?」
「もちろん。誓います」
結局彼は明言を避けたがひとまず品行方正を誓った。
彼が話に聞くように、夫婦やカップルに手を出して問題になったら援助した僕たちが迷惑を被ることになるのだ。口約束では不安だし、話が本決まりになれば誓約書を書いてもらおうと思う。
さて、この先の具体的な話はシャルルたちの承認を得てからだ。
「話は変わりますが、バロー殿はリチャード殿下と親しいのですか?共に論文も書いていらっしゃるようですね」
留学の話は一旦置いておいて、彼の人となりをもう少し知りたい。先ほどの光景に感じた疑問を口にするとドミニク・バローは素直に頷いた。
「私は殿下とは同い年で、幼い頃より良くしていただいております。殿下に畏れ多くも友人と呼んでいただけて、誠にありがたいことです」
「ほう、ご学友だったのですか」
「幼年より王宮に学友として召し上げていただき、もう20年になります」
昔を思い出すように目を細めて語るドミニク・バロー。彼は僕と同じように幼い頃から王子と友情を育んできたということらしい。なんだか親近感があるな。
そしてそう思ったのは彼も同じのようだった。
「確かヴィンセント様もクリストファー殿下とシャルル様とご学友だったとか」
「はい。お二人とは学院にいる頃から親しくさせていただいております。と言っても当時はシャルル様は養子先の伯爵家の家名を名乗っておられましたので、まさかフランジーヌの王族とは思いもよりませんでしたが」
「そうでしたね。では随分驚かれたことでしょう」
「それはもう」
奴の攻略ノートを見てしまった時の衝撃と言ったら筆舌に尽くし難いものだった。聞くに聞けないデリケートすぎる内容に一晩悩んで寝られなかったものだ。その時のことを思い出してクスクスと笑うとドミニク・バローは驚きに僅かに目を開いて、そして笑顔を浮かべた。
少しガードが下がったか?殿下に見せたほどではないにせよ笑顔が自然だ。
「リチャード殿下は幼い頃から分け隔てなく接する公正でお優しい方でした。シャルル様が行方不明になられた時は見ていられないほど沈んでおられて……マグダレートで平穏に暮らしていらっしゃると聞いた時は涙が出るほど喜んでおられましたよ」
「そうなのですね……」
「大変仲の良いご兄弟と聞き及んでおります。ご無事と聞いて大層安堵なさったことでしょう」
「だと思います」
ほんの短い関わりだがあの兄弟が深く互いを思い合っているのは僕たちも知っている。我が国に結婚の祝いに訪れた殿下が自らの母と祖父が犯した過ちを我が身の罪のように悔い、涙を溢していた姿を僕も見たのだ。
「側近となることは叶いませんでしたが、私はリチャード殿下を主人と仰ぎ敬愛しています。少しでも殿下のお力になりたい。貴国への留学を望んだのはそういう理由もあります」
穏やかな表情でそう語るドミニク・バロー。その脳裏に誰を思い浮かべているかなんて考えるまでもない。
少しずつ、ドミニク・バローがこちらに内面を見せてきている気がする。二人が共にいるのを見かけたのは偶然だったが、リチャード殿下の存在は彼の心に踏み込む鍵たり得たのかもしれない。
「あなたのお考えはよくわかりました。良いお返事ができるよう、我々も尽力いたそう」
「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」
ドミニク・バローが深々と頭を下げて僕たちの話し合いは終わった。連れ立って図書館の小さな会議室から廊下へ出ると一気に人々のざわめきが耳に届く。
気が付けばもう昼が近い。
「お二人は昼食の場所はお決まりですか?少々大衆向けですが、近くでいい店があるのです」
「いえ、まだ決まっていません。せっかくですし教えてもらいましょうか?ね?」
「そうですな。是非」
「喜んで」
教会と王立図書館は貴族街と平民街を股にかけるように建っているため、その周囲も高級店と安価な店が混在しているらしい。ドミニク・バローが行きつけだと言うレストランは平民も利用できる価格帯の店らしく、その分ボリューム満点で出来立ての温かい料理が食べられるのだとか。
コンラッド様は職業柄沢山食べる人だから量が多いのは嬉しい。紹介してもらったレストランへ向かうべく馬車を待っていると、足早にこちらへ向かってくる一人の男が目に入った。
肩を怒らせた男の形相は強張っていて図書館を利用しに来たにしては妙だ。その不審さに視線を逸らせずにいると、ギッと鋭い眼差しがこちらを見た。驚いてビクッと思わず肩が跳ねる。
「あ」
「え?」
真横からぽろりと漏れた声。見上げるとドミニク・バローは男の顔を見て僅かに頬を引き攣らせていた。
ええとこれは……もしかしてあなたのお客様?
「ドミニク・バロー!お前!」
「っ?!」
走ると言ってもいい勢いで向かってきた男は僕たちのことなど眼中にない様子で隣のドミニク・バローに掴みかかろうと手を伸ばす。その手にぶつかりそうになったが、寸でのところでコンラッド様が手を引いて抱き込むように守ってくれた。
「なんですかあなた。いきなり何を……」
「何がいきなりだこの野郎!惚けやがって」
男はドミニク・バローの胸ぐらを掴み、迷惑そうな顔をした彼を責めている。
ちょっと状況がよくわからないが警備員とかを呼ぶべきだろうか。ちらりと周囲を見ると偶々目撃してしまった利用者も戸惑いながら様子を伺っていた。
「許さねえ……俺の恋人に手ぇ出しやがって!お前のせいでアイツは出て行ったんだぞ!」
思案している矢先、胸ぐら掴んで怒鳴り散らした男の言葉にコンラッド様の腕に抱かれたままの僕は半目になってドミニク・バローを見た。
あー、そう。あのお噂は事実だったんですね。
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