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事後処理ほど面倒なものはない

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 シャルル曰く。ゲームの中では悪役令息ヴィンセントを断罪して婚約を大々的に発表し、最後は二人が幸せそうに微笑んでダンスを踊るシーンで物語は幕を閉じるらしい。つまり今この瞬間がゲームとしての僕らの終着点、ハッピーエンドだ。
 断罪もなくざまぁもなく、主人公シャルル悪役令息ヴィンセントが恋い慕う人と共にダンスを踊る。ゲームには存在しない僕たちだけのエンディング。

 そしてここから先に待ち受けるのは大抵の物語ではダイジェストでお送りされがちな面倒ごと。つまり、事後処理のお時間である。

 一曲、二曲と続けて踊り、場の空気もようやく落ち着きを取り戻してきた。流石は腐っても貴族、誰も彼も話を聞きたくて仕方がないだろうに表面上は上手く取り繕ってパーティーを楽しんでいる。僕たちも少し休憩でもと思ったところで、僕の両親が揃ってこちらへやってきた。

「説明してもらおうか、ヴィンセント」
「そうよ。どうなっているの?私達何も聞いていないのだけど」
「父上、母上」

 二人共寄せられる視線を煩わしそうにしながら僕に問いかけてくる。恐らくこの会場で一番腫れもの扱いされているのは両親だろう。憐れめばいいのか、寿げばいいのかわからない。結果様子を窺うようにちらちらと見られるだけになり、それが更に両親の居心地を悪くしている。
 スムーズに事を運ぶためだったとはいえ、少し罪悪感。せめて直前にでも言えばよかったかな。後の祭りだけど。
 僕とコンラッド様がそんな二人に揃って挨拶をしていると、近くで聞き覚えのある女性が誰かに詰め寄っている声が聞こえた。さりげなく横目で見てみると、案の定そこにはハリスン嬢の姿が。

「どういうことですの?!私を騙したの?!シャルル・エイマーズ!」
「やだな、騙したなんて人聞きの悪い。僕はあなたの提案には乗りませんって言っただけじゃないですか」
「あの時にはもう話が決まっていたということ?だから私の気を逸らそうとしたのね」

 キャンキャンと甲高い声でハリスン嬢がシャルルに絡みに行っている。彼女も絶対こっちに突っ込んでくると思ったのにな。シャルルとハリスン嬢も僕が知らない間にひと悶着あったのか?
 なんにせよ三人一度に相手することにならなくてよかったと、僕は両親の対応に集中することにした。

「報告が遅れましたことは申し訳なく思っております。ですが、このお話は国王陛下より王命としていただいたもの。我がベッケル侯爵家も婚約を了承しております。お二人にもどうかご理解いただきたく存じます」

 僕が何かを言うよりも前に既に不満を露わにしている両親に、一歩も引かずコンラッド様が説明する。
コンラッド様の態度は落ち着いていて誠実そのもの。しかし二人はコンラッド様からベッケル侯爵家の名が出た途端眉を顰めた。本当に自分たちだけが蚊帳の外だったと気がついたのだろう。

「そうね……陛下が仰るなら否はないのですけど、公にする前に私たちに一言あってもよかったんじゃないかしら。親が子の婚約解消も別の相手との婚約も知らないなんて外聞が悪いわ。それくらい考えずともわかることでしょう?」
「すみません、母上。何分このお話も急なことだったので……」

 ため息を吐きながらそう言う母に頭を下げる。
 母はそう言うだろうなと思っていた。彼女は格式や面子を大事にする人。王命ならこの婚約に反対などしない。ただ正しい手順を踏んでほしかったし、人前で恥をかきたくなかった。気にするのはその点だけだろう。
 だが父はどうだろうか。

「お前……ゼラム公爵にはどう説明するつもりだ。もし殿下と破談になればあの方と婚姻を結ぶと言っただろう……!」

 周りに聞かれないように小さな声で、しかし抑えきれない怒りに震える声で父は言う。

「それはもう、そのままお伝えするしかないのではないでしょうか。私は王命によりコンラッド様と婚約しましたと」
「そんなことをして出資を打ち切られたらどうするつもりだ」
「私の身ひとつで持っていた出資ではないでしょう?問題ないと思います」

 あの人にも散々贈り物やボディタッチでアピールをされてきた。あわよくばという気持ちはあっただろう。けれどそれはあくまでも僕が傷物でフリーになった場合の話。国際問題を起こしてまで僕を迎えようとはしない筈だし、父との事業でそれなりのリターンを得ている状態で出資を切るとは思えない。それを父もわかっているはず。
 これはただの八つ当たりだ。

 殿下の伴侶になれば王族と縁づくことができて我が家に更なる箔が着く。ゼラム公爵へ嫁げば隣国との太いパイプを持てる。だがコンラッド様が相手ならどうか。長男でありながら侯爵位を継がず、騎士として一生を終えるつもりの男。
 ノリッジ侯爵家として得られるメリットは他の二つと比べるまでもない。

「私、父上の家のためにという向上心溢れるところは尊敬しております。それに、切り替えの早いところも」
「む……」

 うっすらと、貴族的な微笑みを浮かべてそう言えば父は虚を突かれたように目を丸める。伊達に十八年親子をやっていない。父はどうにもならないことや怒りを長々と引き摺らない。すぐにスイッチが切り替わることはわかっているのだ。
 その証拠に父は僕とコンラッド様の顔をたっぷりと眺めた後、大きな諦めの溜息を吐いた。

「ギリアン卿、書類の用意と婚姻式については後日改めて連絡させてもらう。私は陛下と婚約解消の手続きについて話してくる」
「承知致しました。ありがとう存じます、ノリッジ侯爵」

 父の許容に感謝の言葉を述べたコンラッド様。父はそんな彼に対してフン、と鼻を鳴らして不機嫌そうに母を連れて立ち去って行った。いつかは義理の親子になるのだけれど、親しくなるのは難しそうだ。
 まあ僕は父とコンラッド様が喧嘩をしたら絶対コンラッド様の味方をするけどな!
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