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新しい関係 2
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「ご心配なさらずとも、ハリスン嬢との婚約はお断り申した。我が家からも書面で断りの連絡は既に済んでおります」
「そうなんですね……」
そうはっきりと言い切られて心底ホッとする。彼女が朝から悪党の捨て台詞みたいなことを言っていたから予想はしていたけど、本人から直接聞くと安心感が違う。
胸を撫で下ろしていると、ギリアン卿はからからと大口を開けて笑った。
「私にとって、あなたほど魅力的な方はおりませんからな。今更目移りなど致しませんとも」
太陽のように笑うギリアン卿。その眩しい笑顔こそ魅力の塊だと思うのだけど、彼から言われたことが心臓に直撃してワキワキと手を動かしながら言葉にならない音を出すことしかできなかった。
「今思えばこれを何故兄弟のような親愛と思えたのか。エリックの言う通り私は愚かでありました」
更に彼は自らの顎を撫でつつ考えるように言う。何でもないことのようにそんな僕を喜ばせる言葉ばかり口にして、僕を殺す気か?
今までのことが嘘のように堂々と愛情を示してくれるギリアン卿は僕には刺激が強すぎた。うう、心臓に悪い。
「ギ、ギリアン卿……」
「コンラッドと」
「え?」
「これからはどうかコンラッドとお呼びください」
ぎゅう、胸元を掴んで耐えていると、ドラムロールみたいに音を鳴らす心臓にとどめを刺すかのように彼は言う。
優しく微笑んで、僕に更に一歩踏み込むことを許してくれる。
「ええと、その……いいんですか?」
「もちろんですとも。むしろ呼んでいただきたいのです」
貴族間において名前で相手を呼ぶことは、相当親しい仲でないと許されないことだ。それを彼は求めてくれている。それは『殿下の婚約者と護衛騎士』の関係から、違う形へと変わるためのきっかけのように思えた。
僕は揺れる瞳で彼を見つめ、おずおずと手を伸ばす。その微かに震える手を掬い取り、彼は優しく握ってくれた。
温かくて、大きく硬い手のひら。焦がれ続けた人の手が僕に勇気を与えてくれる。
「コンラッド……様」
「はい」
「コンラッド様」
「はい」
最初は少し躊躇いながら、二度目ははっきりと。噛み締めるように名前を呼べば彼もそれに応えてくれた。
嬉しい。呼ぶことなど叶わぬと思っていたその名前を呼ぶことができるのが。そして、呼び声に答えてくれる声があることが。
「僕のことも、ヴィンセントと」
ひとつ望みが叶うと欲が出てくるもので、僕は彼に求める。僕もその声で名前を呼んでほしかった。
コンラッド様は驚いたように少し目を見開くが、すぐに嬉しそうに頬を弛ませる。繋いだ手に少し力が込められて、僕も応えるように握り返した。
「ヴィンセント殿」
「はい」
コンラッド様の甘く掠れた低い声が僕の名を呼ぶ。じんわりと腹に響くような声に僕はうっとりと眦を下げて微笑んだ。
その顔を見たコンラッド様は一瞬怯むような動きを見せたかと思うと、はにかむような笑顔を見せた。
「これは……なんとも面映いものですな」
「僕は嬉しいです。名前で呼び合えることなどないと思っていましたから」
照れたように頬をかくコンラッド様がなんだか可愛く見える。つられたように僕もえへへと笑った。
まるで初々しいカップルみたいだなと自分で思って、強ち間違ってもいないようなと思いなおす。
間違ってないよな?
「ヴィンセント殿」
「はい、何でしょう?」
「このコンラッドに、あなたの笑顔を独り占めする権利をお与えくださいますかな?」
ふいに溢れていた笑みを消したかと思うと繋いでいた手を口元まで運ばれて、手の甲に彼の唇が触れる。その上ペリドットの瞳に射抜くように見つめられて全身がカッと熱を持った。
胸の奥底から爆発するように歓喜が湧き上がる。
そんなもの、初めから答えは決まっている。
僕は子供のような満面の笑みを浮かべて彼に答えた。
「もちろんです!」
「そうなんですね……」
そうはっきりと言い切られて心底ホッとする。彼女が朝から悪党の捨て台詞みたいなことを言っていたから予想はしていたけど、本人から直接聞くと安心感が違う。
胸を撫で下ろしていると、ギリアン卿はからからと大口を開けて笑った。
「私にとって、あなたほど魅力的な方はおりませんからな。今更目移りなど致しませんとも」
太陽のように笑うギリアン卿。その眩しい笑顔こそ魅力の塊だと思うのだけど、彼から言われたことが心臓に直撃してワキワキと手を動かしながら言葉にならない音を出すことしかできなかった。
「今思えばこれを何故兄弟のような親愛と思えたのか。エリックの言う通り私は愚かでありました」
更に彼は自らの顎を撫でつつ考えるように言う。何でもないことのようにそんな僕を喜ばせる言葉ばかり口にして、僕を殺す気か?
今までのことが嘘のように堂々と愛情を示してくれるギリアン卿は僕には刺激が強すぎた。うう、心臓に悪い。
「ギ、ギリアン卿……」
「コンラッドと」
「え?」
「これからはどうかコンラッドとお呼びください」
ぎゅう、胸元を掴んで耐えていると、ドラムロールみたいに音を鳴らす心臓にとどめを刺すかのように彼は言う。
優しく微笑んで、僕に更に一歩踏み込むことを許してくれる。
「ええと、その……いいんですか?」
「もちろんですとも。むしろ呼んでいただきたいのです」
貴族間において名前で相手を呼ぶことは、相当親しい仲でないと許されないことだ。それを彼は求めてくれている。それは『殿下の婚約者と護衛騎士』の関係から、違う形へと変わるためのきっかけのように思えた。
僕は揺れる瞳で彼を見つめ、おずおずと手を伸ばす。その微かに震える手を掬い取り、彼は優しく握ってくれた。
温かくて、大きく硬い手のひら。焦がれ続けた人の手が僕に勇気を与えてくれる。
「コンラッド……様」
「はい」
「コンラッド様」
「はい」
最初は少し躊躇いながら、二度目ははっきりと。噛み締めるように名前を呼べば彼もそれに応えてくれた。
嬉しい。呼ぶことなど叶わぬと思っていたその名前を呼ぶことができるのが。そして、呼び声に答えてくれる声があることが。
「僕のことも、ヴィンセントと」
ひとつ望みが叶うと欲が出てくるもので、僕は彼に求める。僕もその声で名前を呼んでほしかった。
コンラッド様は驚いたように少し目を見開くが、すぐに嬉しそうに頬を弛ませる。繋いだ手に少し力が込められて、僕も応えるように握り返した。
「ヴィンセント殿」
「はい」
コンラッド様の甘く掠れた低い声が僕の名を呼ぶ。じんわりと腹に響くような声に僕はうっとりと眦を下げて微笑んだ。
その顔を見たコンラッド様は一瞬怯むような動きを見せたかと思うと、はにかむような笑顔を見せた。
「これは……なんとも面映いものですな」
「僕は嬉しいです。名前で呼び合えることなどないと思っていましたから」
照れたように頬をかくコンラッド様がなんだか可愛く見える。つられたように僕もえへへと笑った。
まるで初々しいカップルみたいだなと自分で思って、強ち間違ってもいないようなと思いなおす。
間違ってないよな?
「ヴィンセント殿」
「はい、何でしょう?」
「このコンラッドに、あなたの笑顔を独り占めする権利をお与えくださいますかな?」
ふいに溢れていた笑みを消したかと思うと繋いでいた手を口元まで運ばれて、手の甲に彼の唇が触れる。その上ペリドットの瞳に射抜くように見つめられて全身がカッと熱を持った。
胸の奥底から爆発するように歓喜が湧き上がる。
そんなもの、初めから答えは決まっている。
僕は子供のような満面の笑みを浮かべて彼に答えた。
「もちろんです!」
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