上 下
54 / 97

ハリスン公爵令嬢の企み 2

しおりを挟む
 結局夜会の日にダンスを踊ることはできなかったけれど、お父様のおかげでギリアン伯爵を我が家へお招きすることができた。
 そこから私はそれはもう沢山働いたわ。王都にある超有名スイーツ店からお茶会用のケーキを厳選したし、ティーセットもギリアン卿の瞳に合わせた綺麗なグリーンのものを新しく購入した。屋敷の一番見晴らしの良い部屋を塵一つないように掃除させたし、お茶会用のドレスも仕立て屋を急がせて新しいものを用意したわ。
 毎日全身にマッサージや美容液を塗り込んで、髪の手入れもいつもより入念に。常に私は美しいと思っていたけど、まだまだ伸びしろがあったのね。手入れの数を増やせばより輝くような肌と髪の艶を手に入れたわ!
 そしてもう一つ、とても大事なこと。

 ヴィンセント・ナサニエル・レッドメインの悪事の情報を集めたのよ!

 彼は殿下と仲の良いご友人であるエイマーズさんを嫉妬に駆られて虐めている。これは学院内でまことしやかに囁かれている噂。
 でもあの方は大層外面がいいものだから、ギリアン伯爵には知られていないのかもしれない。だって知っていたなら伯爵が放っておくはずないもの。だからこの私が真実を突き止めてあの方の非道を教えて差し上げるの。そうすればきっとあの方が殿下にも伯爵にも相応しくない方だと気付いていただけるはず。

 もちろん知り得た情報はいろんなお茶会でどんどん発信していくわ。彼の信用が落ちればこっちのもの。我が公爵家がエイマーズさんを擁護し、ご実家を支援すると言えば周りの貴族たちは掌を返してエイマーズさんを殿下の婚約者にと望むでしょう。何せ我が家は国に三家しかない建国当時から公爵位を持つ家ですからね!
 うまくいけば殿下に恩も売れる。我が家にとってもいい話だわ。
 そして、あの方が殿下の婚約者から外れればギリアン伯爵との接点はなくなる。伯爵個人も卑怯な手を使う人間と友人付き合いを続けていくとは思えない。
 お邪魔虫は排除して、晴れて私がギリアン伯爵の婚約者になるって寸法よ!
 
 そう思って迎えたギリアン伯爵とのお茶会の日。

 我が家にお慕いする方がいらっしゃるという状況はとんでもなくドキドキした。初めて二人きりになれたことが嬉しくて、聞きたかったことを沢山聞いたし、聞いてほしかったことも沢山話した。伯爵も穏やかに微笑んで相槌を打ったり質問に答えたりしてくれていたの。

「そうだわ、私学院で少し困ったことを小耳に挟んだのですけど」
「はい?」

 お互いのことが少しわかった後で切り出したのはレッドメインさんとエイマーズさんのこと。
 この話題になった途端、伯爵は表情を一変させた。伯爵は今日一番の真剣な表情で私の言葉に聞き入り、何かを考えているようだった。殿下をお守りするのが役目の方だもの、身近に良くない考えや行いをする者がいたら大変だものね。私はその表情を好意的に受け取り今まで集めた話を得意げに話した。

 まあ、多少は盛ったわ。でもそんな自覚はあまりなかった。多分事実と大きく異なることはないから問題ないでしょう。

「貴女はその状況を見たことがおありか?」
「直接見たことはないけれど、声を聴いたことはありますわ」
「ほう、それはどのような?」
「空き教室の前を通ったら、エイマーズさんの『痛い』『ごめんなさい』と涙声で訴える声を聴きました。レッドメインさんは『このくらい大したことない』『お前が悪い』とおっしゃっていたかと。ああ!あと大きな物音も!」

 物音はそんなに大きな音じゃなかったかもしれないけど、確かにあったわ。きっとあの時レッドメインさんはエイマーズさんに何か暴力のようなものを振るっていたんじゃないかと思うの。だって次の日彼の様子を見たら手に大きな絆創膏を貼っていたのよ。間違いないわ。

「あまり人の事を悪く言うものではないとは思っていますけど、レッドメインさんは殿下と仲の良いエイマーズさんに嫉妬し心無い行為を繰り返しているご様子。しかも人目につかないようにコソコソと。殿下共々少しあの方と距離を置かれた方が良いのではないでしょうか。私、心配ですわ」

 頬に手を当て、物憂げなため息を一つ。伏し目がちにすると色っぽく見えるってメイドから習ったわ。
 私の言葉に何かを考えておられるのか黙り込んだギリアン伯爵。私は彼がなんと答えるのか期待しながら待った。
 そして伯爵はテーブルの上で手を組み、私と視線を合わせてゆっくりと口を開いた。

「私は殿下をお守りする騎士ですので、噂に惑わされずこの目でしかと確認した事柄のみを信ずることとしております。貴女のお言葉、情報の一つとして受け取っておきましょう」
「そ、そうですか……」

 思ってた反応とは違っていたわ。もっと驚いたり、憤慨したりするものだと思ってた。
 でもでも!レッドメインさんに疑問を抱くきっかけにはなったわよね。多分悪くない反応だわ。これで伯爵ご自身が調査に乗り出して、彼の非道を糾弾するのね。

 なにそれ絶対素敵。その時は是非近くで拝見させていただきましょう。

「さて、時間も良い頃合いのようですので私はお暇いたします。本日はお招きくださりありがとうございました」
「もうそんな時間……?!ギリアン伯爵、今日はとても楽しかったです。またお茶をご一緒してもよろしいかしら?」

 夢中になりすぎていたのか気付けばもう随分経っていて、お開きの時間が近づいていた。別れの挨拶を始めた伯爵に、私は次を取り付けようと慌てて腰を浮かせた。
 だってこんな話しで終わりは嫌だわ。もっと建設的な、そう、結婚の話とかもしたいのに!

 しかし無常にも伯爵は困ったように眉を下げ、ゆっくりと首を横に振った。

「申し訳ない。婚約者もおられぬ未婚の女性と頻繁にお会いするのはあらぬ誤解を招きますゆえ、今回限りでお願いいたします」
「へっ……?」

 何ですって?今なんて?

「婚約のことも、後程当家より正式に辞退のお返事を送らせていただきますので」
「えっ?」
「この先貴女に良きご縁があるようお祈り申し上げる。では、失礼」

 目を白黒させる私に構うことなく爽やかな笑みで良縁を願うギリアン伯爵。私はそんな彼の態度に全く追いつくことができず、何も言えずにオロオロするばかりだった。

 嘘、どうして?あんなに楽しそうにお話ししてくださったのに、何がダメだったの?この日のために色々準備したし彼にとって有意義な情報だってお伝えしたのに。

 混乱して頭の中が何故で満たされる。そのうちにギリアン伯爵は部屋を出ていて、我に帰った時にはもうどこにも姿はなかった。

「な、なんでなのよ~!!!」

 こんな予定じゃなかったのに!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました

西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて… ほのほのです。 ※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

モラトリアムは物書きライフを満喫します。

星坂 蓮夜
BL
本来のゲームでは冒頭で死亡する予定の大賢者✕元39歳コンビニアルバイトの美少年悪役令息 就職に失敗。 アルバイトしながら文字書きしていたら、気づいたら39歳だった。 自他共に認めるデブのキモオタ男の俺が目を覚ますと、鏡には美少年が映っていた。 あ、そういやトラックに跳ねられた気がする。 30年前のドット絵ゲームの固有グラなしのモブ敵、悪役貴族の息子ヴァニタス・アッシュフィールドに転生した俺。 しかし……待てよ。 悪役令息ということは、倒されるまでのモラトリアムの間は貧困とか経済的な問題とか考えずに思う存分文字書きライフを送れるのでは!? ☆ ※この作品は一度中断・削除した作品ですが、再投稿して再び連載を開始します。 ※この作品は小説家になろう、エブリスタ、Fujossyでも公開しています。

悪役令息の死ぬ前に

やぬい
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」  ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。  彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。  さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。  青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。 「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」  男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

処理中です...