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デートイベント 4

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 食後の紅茶まで堪能した僕らはその後貴族街へ戻り、一軒の文房具店へ立ち寄った。
 今日の周囲への名目はクリスへの贈り物を買うことだ。カモフラージュのために本当にクリスへのプレゼントを購入するつもりだった。
 まあそもそも、男同士で出歩くこと自体は妙な噂が立つような行為ではないんだけどな。僕の立場が複雑なばっかりにおいそれと友人同士で出歩けないのは少し面倒だと思う。同級生たちも事情を汲んで深入りしてこないし、今のところ友人と呼べる相手が婚約者のクリスしかいない。本音を言うとちょっと寂しい。

 シャルル?シャルルはいいとこ共犯者だ。友人とは言えないな。

 そんな自分の友人の少なさを嘆きつつ、文房具店で選んだのは万年筆。色はクリスの目の色をイメージしたサファイアブルー。
 多分これが、婚約者として彼に贈る最後のプレゼントになるだろう。

「プレゼント用に包んでください。紙の色は黒、リボンはアンバーで」
「畏まりました」

 今後を考えれば持ち物に僕の色を入れるわけにはいかないが、体面というものもある。捨ててしまえるラッピングに僕の色を使うことで『僕は殿下の婚約者ですよ~』というアピールをするのだ。中身はクリスの色なので、友人からの贈り物として使ってもらえるといいなと思う。

「次は……」

 重要なのはこれからだ。
 シャルル曰く、ここでギリアン卿にプレゼントを贈るのが重要なポイントのようだ。何を選ぶかで好感度の上がり具合が違う。彼が貰って一番喜ぶものを渡さなくてはならない。
 そしてゲームの情報を持っている僕はその答えを知っている。
 このデートのプレゼントで一番好感度が上がるアイテムは……

「ペーパーナイフ、ですか?」
「はい、今日のお礼に。あまり高価なものではありませんが、よかったら使ってください」

 帰り際、辻馬車の中でプレゼントを渡す。
 購入したのは持ち手が銀でナイフ部分が象牙のペーパーナイフ。ギリアン卿は飾るようなものより実用的なプレゼントを喜ぶ。シャルルの記憶と僕の経験則にも齟齬はない。大丈夫だと思って買ったけど、いざ渡すとなると緊張するな。イマイチだったらどうしよう。

 プレゼントを気に入ってくれたなら好感度が上がりお返しに栞を貰える。内心ドキドキしながら反応を伺っていると、果たしてギリアン卿は手にした小さな紙袋を渡してきたではないか。
 中身は……栞だ!

「私も、今日のお礼に。読書の共に是非お使いください」
「ありがとうございます。大切にします」

 金属製の細かな透かし彫りが施された栞を大切に胸に抱き、ギリアン卿を見上げる。対するギリアン卿もペリドットの瞳を柔らかく弛めて僕を見ている。

「思い出します……幼い頃にもギリアン卿は私に栞をくださいましたよね。押し花で作った栞、まだ大事に置いてあるんですよ」
「おや、それは嬉しいことを。大事にしていただけてあの栞も喜んでいることでしょう」

 ギリアン卿も覚えていてくれたようで嬉しそうに笑ってくれる。そうして僕らは一時、思い出話に花を咲かせた。

「あなたは幼い頃から読書家でありましたな。会う度に違う本を読んでいらして、子供の頃から騎士の真似事と木の枝を振り回していた己を思うと恥じ入るものがありました」
「そんな、私はただ本を読むのが好きなだけですよ。あなたが木の棒を振り回すのと大した意味の違いはありません」
「そう……そうだろうか?」

 ただ何を好きだったかが違うだけ。好きなことに没頭していたという点は同じだろう。そう言って笑う僕にギリアン卿は納得がいかないようで首を傾げていた。

 こんな風に誰にも邪魔されずに他愛のない話ができることがどれほど嬉しいか、彼はわかってくれるだろうか。
 辻馬車の狭い空間に二人きり。人目を気にする必要のない時間。ノリッジ侯爵邸までの僅かな時間ではあるけれど、僕にとっては至福の時間だった。

 ずっと叶わない恋だと思っていた。実ることのない不毛な感情は捨て、ただクリスと共に歩む未来だけを見つめていればいいと思っていた。でももう違うのだ。目を逸らし続けてきたこの想いを花開かせる日が訪れたのだ。

 シャルルという特異な存在の力で彼の感情を誘導し、糸を辿らせ知らず知らずのうちに僕へと想いを向けさせようとする。彼の心を絡め捕り飲み込もうとする様はまるで甘い匂いで餌を誘う食虫植物のようだ。
 でもこんなの、誰だって少しはやってるだろ?愛した人に愛されるため、猫だって被るし落とし穴だって掘る。僕はその方法がちょっと特殊ってだけだ。

 僕は貰ったばかりの栞をそっと撫でながら、誰にも邪魔されない時間を心地好い馬車の揺れと共に堪能した。
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