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悪役令息の事情 1

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 僕がクリスと婚約をしたのは八歳の時。高位貴族の子息たちが招かれた王宮主催のお茶会の後のことだった。
 クリスは紛れもなくこの国の王子だけれど、兄二人と妹一人の四人兄妹だ。ただ、兄二人は正妃の生んだ子で、クリスと妹は第二夫人の生んだ子供だった。
 彼は三人目の王子で、正妃の子ではない。この国では三人目以降の王子は国外に婿に行く以外に子を作ることを許されていない。国内に留まる場合は有力な貴族の次男以降を伴侶にあてがわれ、王家が所持する公爵位を一つ賜って生きていくよう定められている。
 クリスもその慣例に従って男の伴侶を娶ることが決まっていて、そこで選ばれたのが僕、ヴィンセントだったというわけだ。
 王になれない三番目とは言え相手は王族。僕は王子の伴侶として恥ずかしくないようにと厳しい教育を受けて育ってきた。
 泣きたいくらい辛い時もあったけれど、いつもクリスが傍で支えてくれた。二人で一緒に王国を守っていこうと幼い手を取り誓い合った。僕たちの仲は初めからずっと良好で、喧嘩の一つもしたことがない。僕たちは誰にも負けない固い絆で結ばれていると信じ、誇りを持って過ごしたこの十年。

 学園を卒業したら彼は王族として政務に携わることになる。僕は伴侶としてそれを支える。僕の思い描く未来はすぐそこに迫っていた。

 それなのにあいつが現れて全てが変わってしまった。

 シャルルは突然現れて、僕とクリスの十年をいとも容易く突き崩してしまったのだ。

「はぁ……」

 サロンを一人で出て、中庭のベンチに座る。
 考えてみると確かに呼び出しの通り卒業後の進路についての話だったな。嫌な予感は大当たりして、卒業後どころか人生の進路を思いっきり断ち切られてしまったわけだけど。
 シャルルにあれだけの大口を叩いておいて、粗大ゴミとして片付けられたのは僕の方でしたってか。笑えないな。
 でもまあ婚姻式の準備を始める前だったのが不幸中の幸いだった。もしこれが衣装を仕立てた後だったら二人分の衣装で季節外れの焚き火をするところだったから。

「婚約解消、か」

 僕が婚約解消を条件付きとはいえ受け入れたからか、応接室を出る前に見たクリスの顔は花が咲いたように明るかった。ああいう素直なところも気に入っていたはずなんだが、状況が状況なだけあってぶん殴ってやろうかと思った。

 婚約解消については、学園で口さがないことを言われたくないので卒業後にするよう頼んだ。クリスから国王陛下に上申し、僕に痂疲のないよう取り計らうことも約束させた。慰謝料もくれると言うのでありがたく貰うことにした。
 シャルルに対する態度の改善についても重ねて言われたが、それは正直変える気はない。彼に王子の伴侶となる意思があるなら尚更のことだ。
 そもそも、僕は僕の平穏な未来を守るためにやっていたんだから、何も悪いことはしていない。

 婚約者のいる相手に恋慕するのは勝手だが、アプローチを仕掛けるなんて言語道断。しかも相手は王子。下手をすれば罪に問われることだってある。彼が考えなしにどれほど身の程知らずで愚かなことをしているのか、それをわからせるために僕は彼を攻撃した。
 結構色々やったと思うが、海千山千の上級貴族の奥様方に比べれば可愛いものだ。王子の婚約者に成り代わるならこの先国中の貴族からメンタル袋叩きにされて現実を見せつけられることだろう。寧ろ事前に鍛えられてよかったんじゃない?とさえ今思ってる。

 まあ僕なら?そんな格下のご婦人方の相手など取るに足らない些事みたいなものでしたけど?何せ十年間荒波に揉まれてきましたから!
 クリスもこんな類稀なる優良物件を捨てるなんてな。陛下や周りの貴族たちが彼を正式な婚約者と認めてくれるかもわからないのに!

「あ~あ、恋は人を変えるって本当だったんだなぁ」

 誰もいないのをいいことに割とはっきりと声に出して言う。よしんば誰かに聞かれても流石に婚約を解消されたとは思わないだろうし大丈夫。言いたいことは声に出した方がスッキリする気がするしね。
 暖かい春先の日差しは僕を優しく包み込んで、新たな門出を応援してくれているようだ。実際は今のところお先真っ暗なんだけど。
 さあ次の手はどうしようか、頭の中はフル回転させながらも見た目はそう感じさせないようにピンと背筋を伸ばす。視線は揺れる花々へ。そうすれば休憩しているか人を待っている風に見えるだろう。

 侯爵家の子たる者、人に弱った姿は見せられないのだ。

「レッドメイン殿」

 暫くそうしていると、中庭に繋がる渡り廊下から声がかけられた。
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