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物語の始まり 1

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 きつく、冷たく、激しく。痛みを伴うように攻撃的に。僕は彼を詰り突き放す。
 泣いても怒っても、憎まれても知るものか。悪いのは僕じゃない。そうすることでしか幸せになれないように『設定』された世界が悪いんだ。

 怖い男と、嫉妬に身を焦がす醜悪な男と噂されても構わない。本当の僕を愛してくれる人さえいれば、それ以外の誰に嫌われたって構うものか。
 このまま何もしなければ、待っているのは最低の未来。そんなものは願い下げだ。

 全ては僕が決められた運命から逃れるため。
これは、愛しいあの人とハッピーエンドを迎えるために必要なこと。

 だから『僕たち』は罠を張る。

――――――――――――――――――

 王立貴族学院。
 マグダレート王国が経営する由緒ある貴族のための学舎。十四歳から十八歳までの貴族の子息が在籍し、貴族として必要な教養、知識を学ぶ場所。
 未来の国政を担う子供たちが集う小さな社交場。貴族社会の縮図。
 故に成績であれ武勇であれ社交であれ、この学院で結果を残した者の将来は明るく、不遇に終わった者はその後より一層の努力を必要とする。そんな場所だ。

 そして僕、ヴィンセント・ナサニエル・レッドメインは今年卒業を控えた貴族学院に通う生徒の一人である。

「ヴィンセント、卒業後のことで少し話があるんだ。今日の放課後は空いているか?」

 寒い冬から漸く暖かい春へと季節が変わり始めたある日のこと。講義の合間を縫って僕のところへ訪れた彼は放課後の予定を尋ねてきた。
 彼が僕の教室まで顔を出すのは何か月ぶりだろう。最近とんとご無沙汰だった煌めくハニーブロンドが眩しい。僕は輝かしい彼の顔に僅かに視線を細めてから、極力何でもないように薄く笑みを浮かべた。

「私にこれと言った用事はございません。どちらへ向かえばよろしいですか?」
「ああ、すまないな。いつものサロンを予約している。そこへ来てくれ」
「承知いたしました」

 僕が素直に応じると『待っているよ』と美しい微笑みを浮かべて去っていく。
 用件だけの、ほんの一分にも満たない会話。僕らの関係性からすれば味気ないことこの上ないやり取りに自然と溜息が零れ、クラスメイト達はひそひそと囁き合う。ちらちらと様子を窺う視線が煩わしい。言いたいことがあるなら言えばいいのに。

「皆さん、次の講義が始まりますよ」

 うざったい視線に向かってにっこりと作り笑い。それだけでそそくさと視線を逸らして散っていく様は滑稽だ。僕は自分で発した言葉の通り席に戻り、数分後に始まる次の授業に向けて参考書を取り出した。
 そして担当教授が来るのを待つ間、先程の彼の言葉を反芻する。
 話と言うのはなんだろうか。卒業後と言えばあの件だろうけど、できれば建設的で明るい話だといい。そう思う傍らで、最近の僕らの関係を思うと何だか嫌な予感がしてくる。
 悪い予感に胃の辺りがしくしくと痛むような気がして腹にそっと手を当てる。暫くそのままじっとしていると、教室の扉が開いて教授が入ってきた。

「席について。講義を始めます」

 当然のことながら何も知らない教授はいつも通り予定されていた講義を始める。僕は悪い予感も痛む胃も気のせいにして、机の上の参考書とノートを開いた。
 憶測で胃を痛めるなど非効率的なことはすべきじゃない。どのみち放課後になればわかることだ。
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