【完結】竜騎士の私は竜の番になりました！

149：ハインツの前世～⑬～

　ハインツは信じられなかった。自分の目の前で行われたことが。
もう見ていられなかった。吐きそうになるも、実際に吐くことはなかったが、それでもハインツは口元を抑えられずにはいられなかった。
人はどうしてここまで残酷になれるのか、ハインツには理解できなかった・・・






　マーサは死んだ。正確には不慮の事故で亡くなってしまった。

　マーサを盾にイベルナはサインを強要され、そして仕方なく書いていた。しかしマーサはソレを止めるべく抵抗したために、揉み合いになり突き飛ばされ、机の角に頭を打ったのだ。打ち所が悪く、そのまま事切れてしまった。

　イベルナはまさかマーサとこんな急な別れ方になるとは思ってもみなかった。

　さすがにカルロスとグスタボは動揺したが・・・グスタボが連れてきた男達は、

「あーあ、死んじゃいましたねぇ。」
「なってしまったものは仕方ないんじゃないですかね？」

と、死人が出たにも関わらず平然としている輩がいたのだ。恐らくこういった凶行に慣れている者であったのだろう。

　「旦那、あとのことは任せてくれるなら、俺らで処理しときますよ？勿論それなりの見返りは必要ですけどね？どうします？」

　カルロスとグスタボは真っ青になっていた。確かに好きではなかったメイドではあったが、それでも殺したいほどではなかったからだ。脅して少し怪我はするかもしれないとは思っていたが、まさか死んでしまうという大事になるとは夢にも思っていなかったからだ。
　
　イベルナは目を見開いたまま事切れていれているマーサの傍に行った。

「いや・・・よ、嫌よ！嘘よ！！お願い！マーサ起きて！！お願い一人にしないで！」

イベルナはマーサの事は嫌いではなかった。むしろこんな庶子であった自分に『奥様』と呼び、嫁いでからずっと仕えてくれたのだ。そして最後の最後まで、自分を助けようとして・・・だが、マーサはうつろな目をしたまま、動くことはなかった。

「いやぁああああ！！！」

　全く動くことないのないマーサの身体を揺さぶって、イベルナは何とか起こそうとした。勿論それは無駄な行為であったが、あまりに急なことで、イベルナは受け入れることができなかったのだ。

「マーサ！マーサ！お願いよ！一緒に・・・傍にいてくれるって言ってたじゃない！」

　『奥様一人じゃ心もとないですからね。少なくとも私の足腰がしっかりしているうちはお傍で仕えさせていただきますよ。』

　仕方ないと言いながらも、ジャックが死んでイベルナが実家に帰れない事情も把握していたマーサは、少しひねくれた言い方でもその底にある心遣いをイベルナはちゃんと理解していた。それなのにまさかこんなことに・・・
　
「ちっ、うるさい女だな。あぁ・・・旦那この女、サインさえすればもう用はないんですよね？・・・・」

　ガタイのいい如何にも粗暴な男は何かを思い付いたように、急に下卑た顔になりながら、カルロスに問うた。

　「あ、あぁサインさえ貰えたらもう用はないな。」

　「なら・・・好きにしていいっすよね？あぁちゃんと死体の処理もやっときますから。料金は弾んでくださいね。」

　「そ、そういうことなら・・・」


　イベルナはそんなやり取りが行われていることに気付いていなかった。マーサの躯の傍で泣いていたから。そして後ろから男たちに身体を抑えられ・・・・・・





　ハインツは、吐きそうだった。
　イベルナは泣き叫び助けを乞うも、周りの男たちはそれを面白がっていた・・・　
　ハインツは、助けることが適わない・・・
　どうしてこんな場面を見なくてはならないのかと・・・
　人は、どうして弱っている相手にここまで辱めることができるのか・・・

　「うぅっ、うっ」

　ハインツはお腹の中が気持ち悪くてどうにかなりそうだった。