竜源刀・七切姫の覚醒

嵐山紙切

文字の大きさ
上 下
2 / 36

第1話 僕は妹を愛しているけれど妹は僕にだけ冷たい。

しおりを挟む

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! コハクの膝に、僕の大切な妹の膝に傷がついてるううううううううううううう!!」

 などと、夕暮れ時のそこそこ人の行き交う広場であるにもかかわらず恥もてらいもなく叫ぶ少年がいる。傷といってもちょっと石か何かで切った程度で、すでに血は止まっており、けんでんするかのように大声を上げる必要など絶対にない、かいであるにもかかわらず、妹が四肢の一つでも失ってしまったかのごとく絶望する、そんな十六歳男子がいる。

 それこそまさに僕であると、僕は胸を張って言おう。

 こんなに力強く妹を心配する人間なんて僕以外存在しないし、この心配は僕がそれだけコハクを愛しているという証拠だ。

 例え血のつながりはなくてもな。

 うんうん。


「お兄ちゃん、うるさいの。コハクの傷がまた開いちゃうの。次大声出したら二度と口きかないの」
「はい、すいません」
「え? なんて言ったの? コハクには聞こえなかったの。もっと広場に響くくらい大声出してほしいの」

 大声出したら口きいてくれないのに!?
 僕はどうしたらいいんだ!

 僕と同じく孤児である九歳のコハクが腹を空かせて道ばたに倒れているのを見つけたのはもう二年も前の話で、孤児同士支え合って――兄妹として――生きていこうと毎日を過ごしてきたけれど、未だにコハクは警戒しているのか僕には冷たい。

 僕にだけ冷たい。

「どうして僕にだけ冷たいんでしょう。不思議だ」
「ヒーロー君がしつこいからってのもあると、あーしは思うけどねえ」

 しつこいって言われた。シズクさんにしつこいって……。

 コハクのそばで今日も羽織に袖を通さず肩にかけ、その下からなまっちろい腕を出して組んでいるシズクさんは、二十代前半、女性、髪は短いけれど、どうやって手入れしているのか絹みたいに綺麗で、顔を縁取るようにくるりと内側に巻いている。

 あーしあーしと言っているけれどそれは母音を無駄にのばす独特の発音が原因で、本当はあたしと言っているはずだし、僕の名前だってヒーローじゃない。

 正しくはヒイロだ。

 シズクさんは僕と同じくこの島の貧しい地域に住んでいて、僕が働いている間、愛するコハクの面倒を見てくれている。女性一人暮らし、住まいの近くにいる子供たちに読み書き計算を教えてわずかなお金をもらっているようだけれど、それ以外の時間は日がな一日ぼーっとして生きている。着ているものは僕のものよりずっといい。数年の付き合いだけれどよくわからない人だった。

 そんなシズクさんはニヤニヤと笑いながら、

「黒いコハっちゃんだねえ。ハクならぬ虎黒だね。コハっちゃんはヒーロー君よりあーしの方に懐いてるんじゃないかと時々思うんだよねえ」
「そんなこと……ありません」
「ほんとかなあ。コハっちゃん、コハっちゃん。手ー出して。はい、握手」

 コハクはシズクさんの手を握り返し、すぐに離して傷口を乾かす作業に戻る。

「コハク、コハク、僕も」

 僕はコハクの前にしゃがみこんで手を出したけれど、コハクはちらとも見ずに、

「今傷を乾かすのに忙しいの。お兄ちゃんはウジ虫とでも握手していればいいの」

 僕が何をしたって言うんだ。


 半ば絶望していると、突然、コハクは「ひっ」と小さく悲鳴を上げて立ち上がり膝の傷も忘れて僕の陰に隠れ、それを見下ろした。

 僕もそいつを見る。

 片手で投げるにはちょうどいい大きさの子犬が、官能小説の新刊を手に入れたばかりのシズクさんみたいにかはかはと荒く呼吸をしてそこに陣取っていた。

 コハクは犬嫌いだからな。

「ワンちゃんなんて怖くないの。一匹見つけたら一万匹はいると思えってシズクお姉ちゃんが言うから隠れてるだけなの」
「そんな繁殖力があったら魔動歩兵より危険な存在だねえ。世界がワンちゃんに包まれてしまうよお。毛玉まみれだあ」

 シズクさんは言って笑う。

 絶対毛玉どころじゃないけど。

「かかってくるならくればいいの。コハクは膝を負傷してても戦えるの。『九の字』みたいに! 『九の字』みたいに!!」

 最近コハクが憧れている英雄守護官の肩書きを口にしながら、コハクはますます僕の後ろに隠れていく。

 子犬は相変わらず、馬鹿にするように、挑発するように舌を出してその場で鞭のごとく尻尾を振っていたけれど、突然、昨日魚だと思って食べたのは本当は野菜だったんじゃねえか、と今更気づいたみたいに短く吠えた。


 きゃおん!


「ひっ」

 ウジ虫と握手でもしてろと僕に冷たく言っていたはずのコハクが僕の手を両手で握りしめる。

「怖くないの! コハクは一人で、一人で戦え――」


 きゃおん!


「ううう、お兄ちゃあぁああああああああん! 追い払ってほしいのぉ!」

 コハクは今日も敗北した。
 連戦連敗、無勝記録を積み重ねている。

 コハクはもう手だけじゃなくて僕の体にすがりつくようにしていたので、僕は自由になった手で何かを隠しているフリをして子犬に見せたあと、それを遠くへ投げる仕草をする。

 とってこーい。

 子犬は追いかけるように走って行った。

 馬鹿め。
 一生虚無を追いかけ続けるがいい。

 子犬がいなくなったのを確認したあともしばらくコハクは僕にしがみついていて、それを微笑みながら見ていたシズクさんは、

「災難だねえ、コハっちゃん。一日に二度も野良ワンちゃんに絡まれるなんて」
「二度目なんですか?」
「そうだよお。一度目で驚いて転んじゃって膝をすりむいたんだから」
「やっぱり虚無を投げるんじゃなくてあの子犬を投げるんだった」
「ワンちゃんを投げちゃダメだよお。それに一回目は違うワンちゃんだったから、それをやったらただの八つ当たりだよお」
「じゃあ、次コハクを傷つけようとしたら容赦しないことにします! 僕は愛するコハクを必ず守る!!」

 右手を強く握りしめて宣言すると、コハクが僕の背中にしがみついたまま、

「あ、大声出したの。もう二度と口きかないの」

 それまだ続いてたの!?
 救ったのに!!
 子犬から救ったのに!!

「コ、コハク……嘘だよね?」
「…………」
「コハクさん!?」
「…………」
「……ちょっとこの刀で死んできます。後は頼みます」
「死んじゃだめだよお」

 シズクさんは呆れて言うと僕の腰にぶら下がる刀をみて、

「……というか、気になってたんだけど、その刀、どうしたのかなあ? 盗んできたのかなあ?」
「んなわけないでしょう。いや実は……はあああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………………………………………」

 と僕は長く深く溜息をついて、今日の昼、僕の働いている鍛冶場であったことを思いだしつつ、痛む右肩をぐるぐると回した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

目覚めたら地下室!?~転生少女の夢の先~

そらのあお
ファンタジー
夢半ばに死んでしまった少女が異世界に転生して、様々な困難を乗り越えて行く物語。 *小説を読もう!にも掲載中

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

処理中です...