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第10話 不殺のソードブレイカー

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 そういうことか、とレイは思った。


(だから僕の従者になるって言ったんだ。僕みたいなクズステータスはめったにいない。そんな雑魚に虐められたいからそばにいるなんて言ったんだ。ドMだから。理解理解)


 理解してない。


 理解してないくせに、「虐めている間はきっとそばにいてくれる! 飽きられないようにしないと!」と考えているレイである。


 ネフィラが聞いたら大喜びする。


(とは言え、どうやって虐めたらいいんだろう。僕いままでたくさん虐められてきたけど、ああいうことやりたくないんだよね)


 いままでレイが受けてきた仕打ちというのは心を削るような陰湿なものばかりだった――レイが被害妄想でそう思っているだけだけれど。


(同じ事をしちゃうと、たぶん、虐めているうちに申し訳なくなってきて、僕の心がやられそうだ)


 そう思ったレイは、
 

「あの、ネフィラはどんなふうに虐められたいの?」

「生爪剥がすとかです」

「……生爪剥がされた状態で僕の従者としてやっていけるのかな?」

「興奮します」

「僕を守れるかどうかを聞いてるの!」


 従者としての仕事に支障が出るようでは困る。


「というかね、僕たぶん、ネフィラの爪剥がせないよ」

「なぜです?」

「僕の攻撃力1だから」

「え? でもあの、武器とか使えば攻撃力って上がりますよね?」

「実際にやってみたほうが早いかもね。僕の事知っててもらいたいし」


(僕がどんだけポンコツなのかをね!)


 そう言って、レイがネフィラと共にむかったのはヴィラン家が所有する訓練場だった。


 そこはヴィラン家で働く魔族たちが戦闘訓練のために使う場所だが、周囲には立ち入ることを拒むように禍々しく濃い霧のような境界線が引かれていて、敷地内の様子が全く見えない。


 ネフィラは奇妙なものを見るように首を傾げて、


「何ですこれ? 【漆黒の霧】……とは違いますよね」

「ああ、人間界と魔界の境界ね。似てるけど違う。これがないとさ、実力を示してヴィラン家で働こうとする道場破りみたいなのがあとを絶たないんだって。あれみたいに」


 レイが指さした先で、魔族が数人、霧に向かって突撃している――が、スクラムを組んだその体が霧に触れた瞬間、まるで弾力のあるスライムにつっこんだかのようにボヨンとはじき返される。


「【漆黒の霧】は【女王】の加護があれば通れるけど、ここは攻撃力とか防御力とかの数値が全部100000を超えてないと通れない――一応聞くけど、ネフィラのステータスって……」

「わたしは普通に超えてますけど、あの、『一縷』の中でもそんな魔族一握りでしたよ? 各班の班長でさえ、超えていないのが数名いましたし」

「そう……そうだよね、やっぱりおかしいよね」

「……何がです?」

「僕はこの訓練場がさ、僕のために作られた物だって思ってるんだよ。きっとね、この『100000の霧』だって本当は誰でも通れて、中にいる魔族たちも役者なんだと思う。僕って能力が低いでしょ? それでいじけて何もやらずに引きこもりにならないように、やる気をなくさないように、皆して忖度してるんだよ」

「忖度、ですか?」

「うん。僕と試合はしてくれるけど、忖度してすぐにやられた振りするんだよね」

「はあ……」

「それにさ――」


 と言って、レイは霧に足を踏み込んだ。


 攻撃力以下全てのステータスが1であるはずのその身体はすっと霧の中に溶け込んで内側に入っていく。


 ネフィラが慌ててついてきたのを確認すると、レイは、


「ほらね。僕が通れるのおかしいじゃん。それに、100000を超えてる魔族がこんなにいるなんておかしいよね? 絶対役者だって」


 レイが指さした先には種族もバラバラの数十名の魔族がいて、まるで競技が始まる前みたいに自分の身体の調整をしている。


「あんなにいる訳ないよね」


 と、レイは苦笑したが、ネフィラはじっとそちらを見て固まっている。その目はキョロキョロといくつかの魔族を見ていて、レイは、


(有名な役者も混じってるのかな? 僕、演劇とか見に行かないから解らないけど)


「気になるならサインでももらってきたら?」

「いえ、結構です」

「まあ、いいならいいけど。用があるのはあっちだから行こう」


 ネフィラが何かブツブツ言っているのも気にせずレイは歩き出した。


 訓練場の奥には武器庫が備え付けられているけれど、その警備はかなり厳重で、重厚な扉の前にはスケルトンの兵士が二人立っている。


 レイが近づくと気づいた一人が少し驚いたように、


「これはこれはレイヴン様。こちらに足を運ばれるのはお久しぶりですね。訓練ですか?」

「いや、違うけど、ちょっと武器を借りたくて」


 久しぶりなのには訳がある。

 
 一ヶ月前、レイが転生に微かに気づいて被害妄想に苛まれ始めた頃から、彼はここに寄り付かなくなっていた――裏を返せばそれまでは何度も足を運んでいて、それは当時のレイヴンが、自分がそれだけ出来る奴だと思っていたことに由来する。


 増長していた。


 それに気づいたレイは自分が嫌になってここに来なくなったし、「僕への忖度のために役者を連れてこなくていい」と何度も伝えていたけれど、


(相変わらず役者がいっぱいいたなあ。僕を励ますために連れてくるのやめていいってそれとなく何度か伝えたけど、どうもあそこから役者として有名になる人も出てるみたいだから無理にとめなくてもいいのかも。きっと役作りの訓練場みたいになってるんだろうな)


 そう考えて、もう言わないでおこうと思った。

 スケルトンたちは、


「どうぞどうぞ。危険なものもあるのでご注意くださいね」

「うん」


 そう言ってネフィラと共に武器庫の中に足を踏み入れる。


 所狭しと剣やら盾やら、使い方の解らない金属製の物体が並び、何かが軋むような音、鐘のように響く音が時折聞こえてくる。


 隣で呆然として辺りを見回しているネフィラにレイは、


「どれが攻撃力高そうかな。僕でも持てるやつがいいんだけど」

「ええと、すみません。ここには何をしに来たんでしたっけ?」

「僕の攻撃力がどうやったって1から変わらないことを証明するため。どんな武器を持っても、僕の攻撃力は上がらないんだよ。だからほら、強そうなやつ選んでよ」

「それでわたしのことを攻撃してくれるんですね?」

「……違う。攻撃力を測定する魔道具があるからそれで試す――だけど、たぶん攻撃しても問題ないかもね」

「お願いします。なるべく禍々しくて殴られたら塵も残らないような、そんな武器でわたしを殴ってください」

「……とりあえず僕が使えるやつ探して」


 レイがそう言うとネフィラは無表情ながら俊敏に辺りを見回して武器を探し、しばらくして一つを指さした。


「あ、あれなんか良さそうじゃないですか?」


 そこにあったのはいわゆるソードブレイカーというやつで、剣の形をしているけれど刀身はギザギザと櫛のような形になっている。


「絶対あれ人を叩く用じゃないでしょ」

「だからいいんじゃないですか。あんなので叩かれたら……わたし……」

 
 ぶるっとネフィラは身を震わせた。
 絶好調だった。


「まあ、いいけどさ」


 レイはその武器を近くにあった鞘に差して武器庫を出た。


 ネフィラはおもちゃをお預けされた犬みたいにちょろちょろとあとをついてくる。


 その攻撃力を計測できる魔道具は訓練場の中でも一番大きな部屋の隅に備え付けられている。部屋の中にはすでに数名の魔族がいて、入った瞬間からぎろりとこちらを睨んできたけれど、


(役に入りきってるなあ)


 と、レイはずかずかと中に入って、魔道具の前に立った。

 
 それは一応人型をしていて、頭の部分に数字を表示する板のようなものがついている。


 レイはソードブレイカーを抜くと、


「先にネフィラがやってみてよ。ちゃんと使えるか確認しないと」

「解りました」


 ネフィラはレイから武器を受け取り、魔道具の身体にぶつけた。


『82445』


 100000を普通に超えているとさっき言っていたけれど、それは全力を出したときの理論値で、慣れない武器で力を抜いてやったらまあ、こんなものだろう。


(僕よりも遙かに強いけど)


 レイはネフィラから武器を受け取って構えると、全力を出して振り下ろした。


『1』


「ほらね」


 と言って、ネフィラを振り返ると、彼女はどこか物欲しそうな目をして、レイの武器を眺めている。


(見てよ! 数字をさ!)


 レイは「はあ」と溜息をつく。


「あとでね」

「……我慢できません。我慢できないんです、レイヴン様。欲しいんです、お願いします。どうかこの端女はしために罰をお与えください」

「な! 土下座!? 立ってよ! 何してんの!」


 ネフィラを立たせたレイはちらちらと部屋にいる他の魔族を見る。


(ひい、役者たちが変な目で見てる! でも、こうしないとネフィラが僕を裏切っちゃうんだ! そうだよね? そうだよね!?)


 そんなわけはないが、信じているレイはソードブレイカーのギザついた部分をネフィラの方に向けて振り上げ、一気に振り下ろした。


 ガッ。


 本来ならそんなものを顔にぶつけられたら皮膚が裂け、肉がえぐり取られそうなものだけれど、もちろん、ネフィラには傷一つないし、それにダメージだってさっき計測したとおり『1』。


 それでもネフィラは打たれた部分を手で押さえてその場にしゃがみ込み、「ううう」と呻いた。


 近くにいるレイだから解るけれど、それは悦びに身もだえする呻き。


 呼吸は荒く、うつむいていて表情は見えないけれど耳は赤くなっていて、たぶん、いつもの無表情からは考えられないような笑みを浮かべているに違いない。


(ああ、この子は変態なんだ)


 と、レイは再確認した。


 とは言え、それら全ては解ることである。


 ここには遠くから見ている事情を知らない連中がいて、


「おい! てめえ!」


 その中の一人がレイたちの方へとずかずかやってきた。


 当然の帰結である。
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