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第4話 マナー違反をしたら足をポッキンされるんだ!
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アリスだけがいなくなるのかと思っていたら姉たちまでいなくなってしまい、レイは恐怖のどん底に突き落とされた。
(もしかして僕が驚かせたのが粗相になったの!? どうやって痛めつけようか相談しに行ったんだ!)
マナー違反をしたら足をポッキンされるとマジで思っていたのでレイは震えた。
そこに、アリスがこぼした紅茶を拭き取ろうと先ほどの兎人メイドがやってきたので、レイは怯えながら尋ねた。
「あの……」
「は、はい! 何でしょうか!?」
「やっぱり痛みますか?」
メイドが何のことか解らないようにキョトンとしていたので、レイは続けて、
「エプロンの裏に血痕がありますよね。殴られたんでしょう?」
「え!」
兎人メイドは慌てて確認してそれを発見すると、目を見開いて、レイを見た。
「あ、あの、もしかしてこれだけで!? どうしてお解りになったのです?」
「え? 見てれば解りますよ。それにそこに控えているシープ族の方も足に何かされたんでしょう?」
兎人メイドはそのメイドを振り返って、すぐにレイに視線を戻した。
「え、ええ。確かにそうですが……」
「ひどいんですよね? 痛みますか?」
レイはこれから自分に降りかかるであろう暴力が不安で、メイドたちに震えながら尋ねたが、その行動が彼女たちに勘違いを生んでいると知らない。
メイドたちはこう考えた。
レイヴン様は自分事のように心配してくれている。
レイの悲しげな表情、震える手、
そして痛みを案じるその言葉。
全てがメイドたちを勘違いさせた。
まあ、レイはどのくらい自分が痛めつけられるか知りたいだけで、要するに自分のことしか考えられていないのだけど。
レイはメイドの回答を待ったが、しかし、彼女は泣き出してしまった。
レイはぎょっとした。
(そんなに痛いの!! いやだあああああ!!)
「に……逃げないと……。あの、ちょっと泣き止んでください!」
「す……すびばせん……でも……ううう……」
メイドが泣き止まない。
このままだとアリスたちが帰ってきたときにさらなる粗相をしたと思われる。
断頭されるかも。
レイはポケットからヴィラン家の刺繍が入ったハンカチを取り出してメイドに手渡した。
メイドはさらにぎょっとして首を大きく横に振る。
「い、いけません!」
「いいから受け取ってよ! たくさんあるから!」
(その涙を早く拭いて! 早く泣き止んで! 僕が殺されちゃう!)
レイがハンカチをメイドに押しつけているうちにアリスたちの声が廊下から聞こえてきたので、
「涙を拭いて! 戻って!」
そう言ってテーブルから離した。
(あっぶない、ギリギリセーフ……って、いまから痛めつけられるんだった! 逃げ損ねた! 兎人メイド許すまじ!)
ひどい言いがかりだった。
応接間に戻ってきたアリスたちの後ろからこの家の当主が顔をだす。
アエロ・ハーピィ。
アリスたちの母とはいえ、見かけからは年齢などまったく感じさせず、アリスの姉の一人と言っても疑う者はいないだろう。
分家間で起きた先の戦闘で、当主でありながら時に戦場を駆け抜け、蹂躙を繰り返した彼女ではあるが、いまは顔が真っ青で生気がない。
何も知らないレイは、病気なのかな、と思った。
お前のせいじゃボケ。
当主アエロが席につく。
「お話は全て伺いました。まさかヴィラン家の方がここまでされるとは。お見それいたしました」
(ぎゃああ。粗相が! 粗相が全部伝わってしまっている! 僕の家は関係ないんです! 僕がやったことなんです!)
家の名前まで出して皮肉を言われていると思って、レイは萎縮した。
ヴィラン家はこんなマナーすらも守れないのか、失望したと言われていると思ったし、そのマナー違反によってどんな暴力が振るわれるのか戦々恐々とした。
当主アエロは両手をテーブルの上で重ねると、深く息を吐いた。
「それで……レイヴン様は何を望まれるのでしょう。お金でしょうか? 魔界、人間界、どちらの金貨もご用意できますが」
(まさか金貨の袋で殴るの!? どっちの金貨で殴られたいか選べって言ってる!? さすが金持ち! 札束で殴るとはレベルが違う!)
「いや、金貨は……」
「それだけでは足りない、ですよね」
(違うよ! 何さらに凶悪なもので殴ろうとしてんの! もうヤダ! 帰りたい!)
レイは半ば呻くように顔を覆って、それから、アエロを見て言った。
「(僕を)解放してください」
「(ネフィラの)解放、ですか。それだけでよろしいのですか?」
(解放だけじゃすまないの!? まだ何かひどいことしようとしてるの!? 追いかけてきてぶん殴るつもり!? 痛いの嫌なんだけど!)
「あの……(僕を)痛めつけないでください。メイドたちに何をしているのかは解ってます」
「……本当に全てお見通しということですね。……あの、それだけでしょうか?」
「……他に何があるって言うんです?」
レイはただただこの当主が怖かった。
口を開くたびに自分の刑が重くなっていく気がして、そんなにひどい粗相をしただろうかと疑問だった。
アエロは逡巡してから、その口を開く。
「例えば、そう、家の取り潰しは……?」
「やめて! そんなことしないで! お願いします!」
(僕の粗相でヴィラン家一家離散とか絶対嫌だ!)
ハーピィ家の面々は明らかに安堵していたが、自分のことで精一杯のレイは気づかない。
当主アエロはふっと息を吐きだして、言った。
「解りました。感謝します」
今度はレイが安堵する番だった。何に感謝されたのか解らないけれど「解放してくれ」という願いは受け入れられたらしい。
そう思ったレイは立ち上がろうと椅子の肘掛けに手を置いて、
「じゃあ、僕はこれで……」
「準備をいたしますので少々お待ちください」
(だ、騙したなあああああああ!! 解放してくれるって言ったのにいいいいい!!)
当主アエロはメイドたちに何か指示をして着々と準備を進める。
(もうだめだ。僕を罰する準備を始めちゃってる。終わりだ。金貨の袋でボコボコにされて川になげすてられるんだ)
レイは絶望の表情を浮かべてその場にうなだれた。
と、
突然、アエロたちの小さな悲鳴が聞こえた。
ハーピィ家だけじゃない、メイドたちも悲鳴を上げている。
レイは顔を上げる。
彼の座る椅子の両脇に一人ずつ、青白い顔をしてメイド服を着た女性が立っていた――身体は透けて、向こう側が見えている。
ゴースト族のその二人はヴィラン家のメイドだった。
「メイドちゃん一号登場!」
「メイドちゃん二号登場!」
「「あとのことは私たちにお任せ下さい、レイヴン様!」」
レイは呆然と二人を眺めて、言った。
「いつからいたの?」
「ずっといました!」「レイヴン様をお一人にするわけがないでしょう!」
「姿を隠すのは得意です!」「私たちの辞書にプライバシーという言葉はありません!」
「それは、書き足しておいて」
でもとにかく助かった、これで逃げられるとレイは思った。
(できることなら、もっと早く助けてほしかったけどさ!)
メイドちゃん二号に促されるままにレイは立ち上がり、メイドちゃん一号を残して応接間を出ようとしたけれど、そこでふと思い出してアリスを振り返った。
(僕は今日、友達を増やしに来たんだった)
「アリス」
「……な、なんでしょう?」
「僕と友達になるという話はまだ生きていますか?」
そうレイが言った瞬間、アリスは両手をぎゅっと握りしめた――まるで感情の隆起を必死に押しとどめているように見えた。
アリスは大きく鼻から息を吸って吐き出して、襲いかかってきた感情の波が嘘だったかのように平然とした顔で言った。
「そんなの……烏滸がましいです。資格がありません」
(まあ、そうだよね。粗相する奴が何言ってんだって話だ。僕には資格なんてない)
「そ、そうですか」
「ですが……レイヴン様がそうおっしゃるなら、喜んで」
お情けだなあ、とレイは思った。
(まあでもそのうちアリスの方から裏切るんだし。僕が気遣う必要もないか)
レイは手を振って、ハーピィ家の屋敷を後にした。
(もしかして僕が驚かせたのが粗相になったの!? どうやって痛めつけようか相談しに行ったんだ!)
マナー違反をしたら足をポッキンされるとマジで思っていたのでレイは震えた。
そこに、アリスがこぼした紅茶を拭き取ろうと先ほどの兎人メイドがやってきたので、レイは怯えながら尋ねた。
「あの……」
「は、はい! 何でしょうか!?」
「やっぱり痛みますか?」
メイドが何のことか解らないようにキョトンとしていたので、レイは続けて、
「エプロンの裏に血痕がありますよね。殴られたんでしょう?」
「え!」
兎人メイドは慌てて確認してそれを発見すると、目を見開いて、レイを見た。
「あ、あの、もしかしてこれだけで!? どうしてお解りになったのです?」
「え? 見てれば解りますよ。それにそこに控えているシープ族の方も足に何かされたんでしょう?」
兎人メイドはそのメイドを振り返って、すぐにレイに視線を戻した。
「え、ええ。確かにそうですが……」
「ひどいんですよね? 痛みますか?」
レイはこれから自分に降りかかるであろう暴力が不安で、メイドたちに震えながら尋ねたが、その行動が彼女たちに勘違いを生んでいると知らない。
メイドたちはこう考えた。
レイヴン様は自分事のように心配してくれている。
レイの悲しげな表情、震える手、
そして痛みを案じるその言葉。
全てがメイドたちを勘違いさせた。
まあ、レイはどのくらい自分が痛めつけられるか知りたいだけで、要するに自分のことしか考えられていないのだけど。
レイはメイドの回答を待ったが、しかし、彼女は泣き出してしまった。
レイはぎょっとした。
(そんなに痛いの!! いやだあああああ!!)
「に……逃げないと……。あの、ちょっと泣き止んでください!」
「す……すびばせん……でも……ううう……」
メイドが泣き止まない。
このままだとアリスたちが帰ってきたときにさらなる粗相をしたと思われる。
断頭されるかも。
レイはポケットからヴィラン家の刺繍が入ったハンカチを取り出してメイドに手渡した。
メイドはさらにぎょっとして首を大きく横に振る。
「い、いけません!」
「いいから受け取ってよ! たくさんあるから!」
(その涙を早く拭いて! 早く泣き止んで! 僕が殺されちゃう!)
レイがハンカチをメイドに押しつけているうちにアリスたちの声が廊下から聞こえてきたので、
「涙を拭いて! 戻って!」
そう言ってテーブルから離した。
(あっぶない、ギリギリセーフ……って、いまから痛めつけられるんだった! 逃げ損ねた! 兎人メイド許すまじ!)
ひどい言いがかりだった。
応接間に戻ってきたアリスたちの後ろからこの家の当主が顔をだす。
アエロ・ハーピィ。
アリスたちの母とはいえ、見かけからは年齢などまったく感じさせず、アリスの姉の一人と言っても疑う者はいないだろう。
分家間で起きた先の戦闘で、当主でありながら時に戦場を駆け抜け、蹂躙を繰り返した彼女ではあるが、いまは顔が真っ青で生気がない。
何も知らないレイは、病気なのかな、と思った。
お前のせいじゃボケ。
当主アエロが席につく。
「お話は全て伺いました。まさかヴィラン家の方がここまでされるとは。お見それいたしました」
(ぎゃああ。粗相が! 粗相が全部伝わってしまっている! 僕の家は関係ないんです! 僕がやったことなんです!)
家の名前まで出して皮肉を言われていると思って、レイは萎縮した。
ヴィラン家はこんなマナーすらも守れないのか、失望したと言われていると思ったし、そのマナー違反によってどんな暴力が振るわれるのか戦々恐々とした。
当主アエロは両手をテーブルの上で重ねると、深く息を吐いた。
「それで……レイヴン様は何を望まれるのでしょう。お金でしょうか? 魔界、人間界、どちらの金貨もご用意できますが」
(まさか金貨の袋で殴るの!? どっちの金貨で殴られたいか選べって言ってる!? さすが金持ち! 札束で殴るとはレベルが違う!)
「いや、金貨は……」
「それだけでは足りない、ですよね」
(違うよ! 何さらに凶悪なもので殴ろうとしてんの! もうヤダ! 帰りたい!)
レイは半ば呻くように顔を覆って、それから、アエロを見て言った。
「(僕を)解放してください」
「(ネフィラの)解放、ですか。それだけでよろしいのですか?」
(解放だけじゃすまないの!? まだ何かひどいことしようとしてるの!? 追いかけてきてぶん殴るつもり!? 痛いの嫌なんだけど!)
「あの……(僕を)痛めつけないでください。メイドたちに何をしているのかは解ってます」
「……本当に全てお見通しということですね。……あの、それだけでしょうか?」
「……他に何があるって言うんです?」
レイはただただこの当主が怖かった。
口を開くたびに自分の刑が重くなっていく気がして、そんなにひどい粗相をしただろうかと疑問だった。
アエロは逡巡してから、その口を開く。
「例えば、そう、家の取り潰しは……?」
「やめて! そんなことしないで! お願いします!」
(僕の粗相でヴィラン家一家離散とか絶対嫌だ!)
ハーピィ家の面々は明らかに安堵していたが、自分のことで精一杯のレイは気づかない。
当主アエロはふっと息を吐きだして、言った。
「解りました。感謝します」
今度はレイが安堵する番だった。何に感謝されたのか解らないけれど「解放してくれ」という願いは受け入れられたらしい。
そう思ったレイは立ち上がろうと椅子の肘掛けに手を置いて、
「じゃあ、僕はこれで……」
「準備をいたしますので少々お待ちください」
(だ、騙したなあああああああ!! 解放してくれるって言ったのにいいいいい!!)
当主アエロはメイドたちに何か指示をして着々と準備を進める。
(もうだめだ。僕を罰する準備を始めちゃってる。終わりだ。金貨の袋でボコボコにされて川になげすてられるんだ)
レイは絶望の表情を浮かべてその場にうなだれた。
と、
突然、アエロたちの小さな悲鳴が聞こえた。
ハーピィ家だけじゃない、メイドたちも悲鳴を上げている。
レイは顔を上げる。
彼の座る椅子の両脇に一人ずつ、青白い顔をしてメイド服を着た女性が立っていた――身体は透けて、向こう側が見えている。
ゴースト族のその二人はヴィラン家のメイドだった。
「メイドちゃん一号登場!」
「メイドちゃん二号登場!」
「「あとのことは私たちにお任せ下さい、レイヴン様!」」
レイは呆然と二人を眺めて、言った。
「いつからいたの?」
「ずっといました!」「レイヴン様をお一人にするわけがないでしょう!」
「姿を隠すのは得意です!」「私たちの辞書にプライバシーという言葉はありません!」
「それは、書き足しておいて」
でもとにかく助かった、これで逃げられるとレイは思った。
(できることなら、もっと早く助けてほしかったけどさ!)
メイドちゃん二号に促されるままにレイは立ち上がり、メイドちゃん一号を残して応接間を出ようとしたけれど、そこでふと思い出してアリスを振り返った。
(僕は今日、友達を増やしに来たんだった)
「アリス」
「……な、なんでしょう?」
「僕と友達になるという話はまだ生きていますか?」
そうレイが言った瞬間、アリスは両手をぎゅっと握りしめた――まるで感情の隆起を必死に押しとどめているように見えた。
アリスは大きく鼻から息を吸って吐き出して、襲いかかってきた感情の波が嘘だったかのように平然とした顔で言った。
「そんなの……烏滸がましいです。資格がありません」
(まあ、そうだよね。粗相する奴が何言ってんだって話だ。僕には資格なんてない)
「そ、そうですか」
「ですが……レイヴン様がそうおっしゃるなら、喜んで」
お情けだなあ、とレイは思った。
(まあでもそのうちアリスの方から裏切るんだし。僕が気遣う必要もないか)
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