罪の卵

山田ポミエ

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第十一話 月に

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ビジネス街の商業施設内の女性化粧室の化粧直しスペース。このビルは化粧室の化粧直しのスペースが広く机が低めで椅子付き、しかも区切られていて鏡も女優ミラーのようになっている。着替えのスペースまでついていて充実していてトモヤはよく利用していた。

トモヤは次の仕事に備え、化粧直しをしている。さっきの客にはべろべろと顔を舐められたので頬の化粧がほとんど落ちてしまい、ほぼ一から化粧をし直していた。トモヤは慣れた手つきで化粧下地を塗り直す。

トモヤは佐伯に犯されたあの日をきっかけに自分のような女装した者達が属する会員制男娼グループに属するようになった。斡旋してきたのは樋口だが、無理やり強制されたわけではない。ましてや自分から進んで参加したわけでも無かった。ただぽっかり空いた自分の中の満たされない部分が、どうやらセックスで代用できるとわかってしまったからだった。樋口に一体なんでこんな事をしたんだとか、どういうつもりなんだとか、問い詰める気も一切起きなかった。もう性欲を満たしたいという感情以外何も湧いてこなかった。何なら、ワタルが手に入らない以上今の自分の状態があるべき姿なのだから。

犯された日から淡々と日々が過ぎて行く実感が増した。命の無駄遣いをしているような、そんな感覚に近いとトモヤは感じている。

客を取るようになってからも色々なことを知った。相手を気持ち良くさせる方法や自分がどうされたら気持ち良いのか、性器は人によって形や味が違ってワタルと全く同じ味のものはなかったことも。

これからの客は弁護士らしく、大人しめの化粧が好みと聞いているのでシンプルな色合いの口紅にしようと化粧ポーチを漁る。目当ての口紅を見つけ、蓋を開けると大分量が減っていることに気づく。最近忙しくて見落としていた、新しいものを買わなければいけない。唇に沿ってゆっくり塗るこの行為にももう慣れた。口紅を塗るのを慣れたという言葉を男性が口にするのは一般的ではないのだろうけど。

化粧下地で汚れた手を洗おうと洗面台に向かう。自動水栓の蛇口のセンサーに手を当て、水が出てくると両手が濡れていく。流れ出てくる水を見つめるトモヤの瞳は灰色だった。何人もの男とセックスし、肉欲は満たせても根本的な所は満たされなかったからだ。トモヤはむしろ乖離していく自分の心を感じ、自分は二人存在するんだろうかと本気でそう思ってしまう。肉体はここにあるのに行為の最中、心がどこかに行ってしまう。仕事の斡旋先はそれなりの立場の人間が多い為それなりの報酬はもらっている。しかし元々金が目的ではではなかったのもあり、どんどん気持ちが興醒めする自分は贅沢なのだろうか。

気持ち良いことができて金をもらえたら最高ではないか。何かがそう呟くが、右から左へ通り過ぎていく。

「…ワタルにいちゃん」

心にいつまでも留まっているのはワタルのこと。自分なりにワタルを追い求めて、時には諦め、ここまできた。だがトモヤ自身、もうどうしたらいいのかわからなくなってきていた。初めて犯されたあの時に心も真っ二つに裂けてしまったのだろうか。

トモヤはその場から動けなくなり、排水溝に流れて行く水道水をしばらく見つめていた時だった。ブブっとスマートフォンが震え、メッセージの通知を知らせる短いバイブレーションが鳴った。トモヤは重い腕を水道から遠ざけ、ハンドドライヤーで乾かすとスマートフォンを手にする。メッセージは樋口からで内容は仕事の日程の知らせだった。

最近とある催しに参加することになり、樋口が主催の一人で「宴」と呼ばれているらしい。正式な名称は興味がないので忘れてしまったが、ペットという単語が入っていたような気がする。何やら儲かっているらしいが樋口が関わっているぐらいだ、ろくでもない催し事だろう。

そのろくでもない催しのメインデッシュ、生贄とやらを自分は務め大勢の目の前で犯されるのが仕事らしい。相手役は慣れた相手の方がいいでしょうから佐伯くんを呼んであります、そう添えてありトモヤは次第に胸が、呼吸が苦しくなってきたような感覚を覚えた。犯されたあの日の夜のこと、初めてはワタルが良かったと心で泣き叫んだ自分がいたことが生々しくフラッシュバックし、頭から振り払う。仕事は仕事だ。

トモヤはそう頭を無理矢理切り替えスマートフォンのスケジュールアプリ、来週の金曜日の夜に「宴」の予定を打ち込んだ。
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