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阿鼻叫喚な大魔導戦
File.2 後輩は鬼の子
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酒呑童子──日本に伝えられる鬼の中で最強の存在で、鬼の首領に君臨する伝説上の存在。ゲームやアニメなんかでよくボス的なポジションに設定されたりしている。
だけど……俺の隣でソファに座り、必死に結門さんから距離を置こうとしているこの後輩からはそんな威厳や目に見える強さが全く感じられない。
百鬼を紹介されてから俺達は百鬼が逃げないように監視しながらリーナ先輩の家に帰った。朝からの長距離移動に疲れ、一階のテレビの前のソファにリーナ先輩、結門さん、ローラン、氷翠、俺、そして百鬼の順に七人並んで座りくつろいでいた。
「そういえばなんで百鬼はあの部屋に一人で暮らしてたんだ?こっちにいればよかったのに」
ふと気になったから百鬼に聞く。
「それは……そのっスね」
百鬼は震え声で結門さんを指さしながら言う。
「あの人が怖いからっス。僕と結門さんは昔からの付き合いなんスけど、あの人僕に対してだけ執拗に厳しいんスよ。それと、結門さんがいるってことは近くに鬼退治しようとしてくる奴がいるってことじゃないっスか。まだ死にたくないっス」
そんな、死ぬなんてことないだろ。結門さんはたしかに厳しいけど優しいし、俺達のことを大切に思ってくれてるいい先輩じゃないか。
「その顔、悠斗先輩信じてないっすね!?」
結門さんがソファから立ち上がり、百鬼の前に立つ。
「それはお前が俺との約束を破ったからだろ」
結門さんが百鬼を睨みつけながら言う。
「お前、去年の十一月から一度も学校に行ってないだろ」
百鬼の体が一瞬跳ね上がり、硬直する。
「さ、さぁ?なんのことっスかねぇ……」
完全に目が泳いでいる。
え?でもこいつ向こうで『学校に行ってるからいいじゃないっスか』的なこと言ってなかったっけ?
結門さんはリビングの机から紙の束を手に取りそれを百鬼に突きつける。その紙の一枚目を見た百鬼は分かりやすく顔色が悪くなっていった。
「これは俺が七宮に頼んでお前の出席を月ごとにリスト化してもらったものだ。これがあるとは知らずにまぁそんな嘘を吐けたな」
な……なんか結門さんから凄みを感じる。百鬼は俺を盾にするように結門さんから距離をとっているため怒られていない俺までこの人の圧に泣きそうになるんだけど……。
目線でリーナ先輩、ローラン、氷翠に助けを求めるが三人揃って俺から目を逸らしテレビを見たり、本を読んだり、外の景色を眺めたりする。
「い……いや……だって、その……」
俺の後ろにいる百鬼は完全にビビってしまい半泣き状態になってしまっていた。
「さて、これをどう説明してくれるんだ?」
そう言った結門さんが逃げようとする百鬼の首ねっこを捕まえようと俺を乗り越えた時、玄関のチャイムが鳴った。結門さんの動きが止まり客人を迎えるために玄関に向かう。
「し、死ぬかと思ったっす……」
百鬼が安心して俺の膝に倒れ込み一息ついたのも束の間、
「そうか、ならここで殺してやろう」
シャァァン……
俺と百鬼の間を何かが高速で通った……?しかもこの感じ……結構最近にも体験したようなしてないような……。
「久しぶりだな禁龍。それに酒呑」
「光崎!?」
玄関側に顔を向けると宝剣トゥーンウィングの剣先を百鬼に突きつける光崎が立っていた。
百鬼は光崎の登場に顔を青くして震えている。
「こ、こいつっス先輩!こいつが僕を殺そうと追いかけ回してくるやつっス!」
指をさして俺に訴えかけるが光崎はそれを跳ね返すように強気で言う。
「鬼とかいう人にとって害でしかないモノを生かせる必要がどこにある。いくら人間の血が混ざって言おうが鬼は鬼。禁龍、そこを退け」
俺の頭を無理やり押しやって百鬼に襲いかかろうと一歩踏み出し、手に持った剣を振り下ろしたが、刃は百鬼の顔面スレスレを通過しただけで百鬼自身に届くことはなかった。一歩目で氷翠が足を引っ掛けて光崎を転ばせたからだ。
転ばされた光崎は鼻をさすりながら起き上がる。
「何するんですか、お嬢」
氷翠は可愛く頬を膨らませながら光崎に顔を近づけてプンスカと怒る。
「私の後輩をいじめちゃダメだよ!ほら、こんなにビックリしちゃってるじゃん」
指差す方を見ると光崎に完全にビビって泡拭きながら気絶している百鬼の姿があった。あれはもうビビるとかそういうレベル超えてるだろ!まぁ近くにいた俺があんだけビビってたんだから本人がこうでもしょうがないけどね。
「……分かりました。お嬢がそういうのなら仕方ない」
氷翠に言われてしまい、微妙な顔をしながら悩んだ光崎は不満そうではあったが剣をしまい結門さんがいるところまで下がった。
こいつフランスの時からそうだけど氷翠の言うことに関してだとか、氷翠自身に関してやけに保護的というか、従順なんだよな。氷翠に一回尋ねたけれど氷翠も何も知らないらしいし、一回フランスに行った時にボロボロだったこいつを助けたって言うのは聞いたことあるけど……まさかそれだけでこんなになるともねぇ……。
また今度光崎本人に聞いてみるか。
「ハイハイ、みんな注目して」
リーナ先輩が手を叩いて俺達の注意を引く。
「もう皆はお互いに面識があるわね?今日からここの向かいのマンションに住むことになった光崎晶。教会側が日本に送ってきたエージェントの一人で、明日から真波学園に編入する一年生よ」
今日から!?俺達の学校に編入!?というか──。
「お前俺達より年下じゃねぇか!」
ついつい叫んでしまった。
背も俺より高いし、言葉遣いも大人びてるし、やけに世の中を悟った雰囲気出しておいて年下なのかよ!え?じゃぁ何?こいつ年下のくせに俺達にあんなでかい口聞いてたっての!?
「俺より弱いやつに払う敬意などないからな。敬語使わせたかったら一度でも俺に勝ってみろ」
上からものすごい煽ってくる光崎の頭をリーナ先輩が軽く叩く。
「コラ、誰にでもそんな口聞くんじゃないの」
そしてため息をひとつついてから続ける。
「はぁ……続けるわよ。あなた達に言いたいのはこの子はこの家に住むってわけじゃないからここら辺で変な問題起こさないってことと、学校でも仲良くするようにってことの二つよ。それさえ守ってくれれば何も言わないわ」
リーナ先輩がそう言うと光崎は「よろしく」も無しに玄関から出ていってしまった。
それに対して困ったようにしているのは結門さん。
「まったくあいつは……」
「結門さん、光崎と仲良いんですか?」
つい気になって尋ねる。
「べつに、そんな大した付き合いはないよ。小さい時に一緒に住んでたくらいだよ」
「へー、結門さんにリーナ先輩以外の知り合いなんていたんすね」
「おっと悠斗君?それはどういうことだ?」
結門さんが炎を揺らめかせていつもの優しい目で俺を睨んでくる。
「ち、違いますって!そういう意味で言ったんじゃなくてぇ…その……」
慌てまくって頭と口が回らなくなっている俺を見て俺の頭に手を置いて笑う。
「分かってるよ、たしかに俺はリーナとしかいるとこ見られてないからね。悠斗君がそう思うのも無理ないよ」
結門さんが部屋の時計を見て、玄関に向かう。
「どっか行くんすか?」
「あぁ、晶に会ってくるだけだよ。夕飯までには帰ってくるし、だからそれまでにあいつを頼むよ」
あいつ……あいつ……?
「あー!大丈夫かー!百鬼ー!」
俺はソファの上でぐったりしたままの百鬼を思い出してリビングに戻った。
「いってきます」
─◇◇◇─
リーナの家から出た俺は、向かいのマンションの入口付近で壁に背を預けながら古い知り合いを待っている。
そして待つこと少し、
「十年ぶりか?それとも俺とお前じゃ時間の経ち方が違うか?」
「いやいや、いくらなんでもそこまで変わることはないよ。こうやって面と向かって二人になるのは七年ぶりだね。調子が良さそうで何よりだよ、晶」
光崎晶──僕こいつと百鬼の三人は同じ家に住み、僕が小学六年生の頃に起こった事件が原因で俺とこいつがお互い行方不明になってしまっていた。
「積もる話もあるだろう?ここじゃなんだし公園にでも行かないか?あの頃みたいにさ」
そして俺と光崎は近くの公園に行き、ベンチに並んで腰を下ろす。
「それで?なんで晶がこの街に来たんだい?所属がバチカンならここに来る必要もなかっただろう?日本支部は氷翠さんの父親が担当しているんだしさ」
まずはここだ。リーナに「晶が来る」と言われた時にそこに疑問を持った。教会の戦士は指令を受けない限り担当区域から離れることは強く禁止されている。そして何かの左遷などがあればリーナの父親を通じて僕達にも情報が送られてくるはずなんだ。
しかし、晶から返ってきた答えは意外なものだった。
「その氷翠さんに頼まれたんだ。俺はもうあの場所から除籍されている」
「除籍?」
「あぁ、神の死を知っている人間、神の勢力に反する力を持つ人間……まとめてしまえばあの連中に悪影響を与え、いらない思想を与えかねない人間は教会から強制的に除籍、もしくは黙秘で処分される。俺があの時あの場にいたのもおそらく上のやつらが任務ついでに俺たちを殺すつもりだったからだろう」
なるほど、そのタイミングで氷翠さんの父親が光崎に声をかけたってわけか。
「それで今与えられている任務は……氷翠さんの護衛ってところかな?」
晶はため息をつくが、こいつの顔は微かに笑みを浮かべていた。
「氷翠さんとお嬢は俺の恩人だからな。あの人達のためなら俺は動く。それだけではないがな……」
なんだ、こいつらしくもない。
バンッ!
不意に正面から飛んできたサッカーボールが晶の頭にあたった。当たったボールはそのまま俺たちが座るベンチの後ろの芝生に入っていってしまった。
前を見ると小学生位の男の子二人がオドオドしながらこちらに近付いてきた。
晶が頭を手で押さえながら少年二人を見る。
「「ヒッ!」」
あーあー、全く。晶は俺と会っていない間教会の下で戦っていたおかげか眼光がまぁまぁ鋭い。それを小学生に向けてしまってはそうなるのも無理ない。
二人のうち一人が怯えながらも晶の方に近づいてゆっくりと話しかける。
「あ…あの……」
「なんだ?」
だから、そういう口調とかするなって……。
「ボールぶつけてごめんなさい!周りみてなくて……それで……俺が蹴ったボールがお兄さんに……頭…大丈夫ですか?」
謝罪をうけた晶は黙ってベンチから立ち上がった。晶になにかされると思ったのか小学生は一歩後ずさる。
晶は芝生へと足を踏み入れ、そのまま消えてしまった。
それを心配になったのか、少年は俺に話しかけてきた。
「あの、お話の邪魔をしてごめんなさい。あのお兄さん行っちゃっけど大丈夫ですか?」
俺は二人を安心させるためにできるだけ優しく言う。
「大丈夫だよ。二人ともここに座りな?たってたら疲れるだろう?」
三人で並んで座り、晶を待つことにする。
そして約一時間後──。葉の擦れる微かな音を聞いた俺は二人に晶が来ることを伝える。
「もうすぐ来るよ」
少年二人は緊張した面持ちで後ろの芝生を正面に立つ。
音が近くなってきて出てきたのは、服をまぁまぁ汚して、右手にサッカーボールを持った晶の姿。
「ほら、ものはちゃんと扱え」
投げることなく、しっかりと少年の両手にボールを抱えさせた晶は二人を交互に見ると中腰になり目線を合わせて伝える。
「お前達は友人か。だとしたらいい友を見つけたな。互いに堕とさず、あるべき勇気を持っている。その年で素晴らしいことだ。これからも仲良く遊ぶように」
晶が言ったことをこの子達が理解したか分からないが、二人は頷いて晶に頭を下げる。
「ボールとってくれてありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
二人は走って公園から出ていった。それをしっかりを見守る晶。
……なんだか調子狂うな。
「まさかお前がそんなこと言うなんて、らしくもない」
晶はたったまま俺の方を向いて言う。
「お前はまだ、俺のことを許せないのか?」
それを聞いて少しカチンッときた。
「てめぇを許せるわけねぇだろ。てめぇが何を裏切り、何を見捨てたのか……呉乃が許したとしても俺は許さねぇ」
晶が悲しい顔をする。
「そうか、それならまだ俺の役目は減ってないんだな。それなら俺はお前が許してくれるまで自分のすべきことをする」
悲しい顔で決意を含んだ声で言われてしまい。俺の怒りはある種の疑問へと変わった。
「はぁ?何を知ってるってんだ?」
少し詰めて問うが、晶の悲しそうな表情が消えてそれとは別の話題と流されてしまった。
「そんなことより、リーナはこのタイミングでいいやつを家に戻したな」
さっきのといい、これといい、なんなのか……?
「誰このことだい?」
「百鬼だよ」
家でぐったりとしている彼の姿が頭に浮かぶ。あいつがどういいやつなのかさっぱり分からない。
「あいつがいれば、少なくとも俺とお前の間は明るく保つことができる。お前だって、後輩たちにそんなところ見られたくないだろ?」
百鬼を家に戻したのはそういう事か。それを隠してリーナと橘さんはあきらのことを俺にも黙って……。
「いらん世話を」
「言ってやるな。あいつなりの俺達への配慮だろう」
相変わらず、家族に対して優しすぎるなリーナは。
「俺は帰る。結門はどうする?」
もんそんな時間か。
腕時計を見ると針は四時半を表していた。夕飯までには帰ると言った手前、せめて五時には帰らないといけない。
「俺も帰るよ。でもスーパーに行ってデザートでも買いたいな。だから帰りは一緒にならないね」
「そうか」
公園まで二人で出て、出口で別れる。
「なぁ」
歩いて少しで、晶が振り向いて聞いてきた。
「俺が嫌いか?」
当たり前すぎる質問だった。
「嫌いだよ」
そういうと納得したのか、何も言わずに帰っていった。
だけど……俺の隣でソファに座り、必死に結門さんから距離を置こうとしているこの後輩からはそんな威厳や目に見える強さが全く感じられない。
百鬼を紹介されてから俺達は百鬼が逃げないように監視しながらリーナ先輩の家に帰った。朝からの長距離移動に疲れ、一階のテレビの前のソファにリーナ先輩、結門さん、ローラン、氷翠、俺、そして百鬼の順に七人並んで座りくつろいでいた。
「そういえばなんで百鬼はあの部屋に一人で暮らしてたんだ?こっちにいればよかったのに」
ふと気になったから百鬼に聞く。
「それは……そのっスね」
百鬼は震え声で結門さんを指さしながら言う。
「あの人が怖いからっス。僕と結門さんは昔からの付き合いなんスけど、あの人僕に対してだけ執拗に厳しいんスよ。それと、結門さんがいるってことは近くに鬼退治しようとしてくる奴がいるってことじゃないっスか。まだ死にたくないっス」
そんな、死ぬなんてことないだろ。結門さんはたしかに厳しいけど優しいし、俺達のことを大切に思ってくれてるいい先輩じゃないか。
「その顔、悠斗先輩信じてないっすね!?」
結門さんがソファから立ち上がり、百鬼の前に立つ。
「それはお前が俺との約束を破ったからだろ」
結門さんが百鬼を睨みつけながら言う。
「お前、去年の十一月から一度も学校に行ってないだろ」
百鬼の体が一瞬跳ね上がり、硬直する。
「さ、さぁ?なんのことっスかねぇ……」
完全に目が泳いでいる。
え?でもこいつ向こうで『学校に行ってるからいいじゃないっスか』的なこと言ってなかったっけ?
結門さんはリビングの机から紙の束を手に取りそれを百鬼に突きつける。その紙の一枚目を見た百鬼は分かりやすく顔色が悪くなっていった。
「これは俺が七宮に頼んでお前の出席を月ごとにリスト化してもらったものだ。これがあるとは知らずにまぁそんな嘘を吐けたな」
な……なんか結門さんから凄みを感じる。百鬼は俺を盾にするように結門さんから距離をとっているため怒られていない俺までこの人の圧に泣きそうになるんだけど……。
目線でリーナ先輩、ローラン、氷翠に助けを求めるが三人揃って俺から目を逸らしテレビを見たり、本を読んだり、外の景色を眺めたりする。
「い……いや……だって、その……」
俺の後ろにいる百鬼は完全にビビってしまい半泣き状態になってしまっていた。
「さて、これをどう説明してくれるんだ?」
そう言った結門さんが逃げようとする百鬼の首ねっこを捕まえようと俺を乗り越えた時、玄関のチャイムが鳴った。結門さんの動きが止まり客人を迎えるために玄関に向かう。
「し、死ぬかと思ったっす……」
百鬼が安心して俺の膝に倒れ込み一息ついたのも束の間、
「そうか、ならここで殺してやろう」
シャァァン……
俺と百鬼の間を何かが高速で通った……?しかもこの感じ……結構最近にも体験したようなしてないような……。
「久しぶりだな禁龍。それに酒呑」
「光崎!?」
玄関側に顔を向けると宝剣トゥーンウィングの剣先を百鬼に突きつける光崎が立っていた。
百鬼は光崎の登場に顔を青くして震えている。
「こ、こいつっス先輩!こいつが僕を殺そうと追いかけ回してくるやつっス!」
指をさして俺に訴えかけるが光崎はそれを跳ね返すように強気で言う。
「鬼とかいう人にとって害でしかないモノを生かせる必要がどこにある。いくら人間の血が混ざって言おうが鬼は鬼。禁龍、そこを退け」
俺の頭を無理やり押しやって百鬼に襲いかかろうと一歩踏み出し、手に持った剣を振り下ろしたが、刃は百鬼の顔面スレスレを通過しただけで百鬼自身に届くことはなかった。一歩目で氷翠が足を引っ掛けて光崎を転ばせたからだ。
転ばされた光崎は鼻をさすりながら起き上がる。
「何するんですか、お嬢」
氷翠は可愛く頬を膨らませながら光崎に顔を近づけてプンスカと怒る。
「私の後輩をいじめちゃダメだよ!ほら、こんなにビックリしちゃってるじゃん」
指差す方を見ると光崎に完全にビビって泡拭きながら気絶している百鬼の姿があった。あれはもうビビるとかそういうレベル超えてるだろ!まぁ近くにいた俺があんだけビビってたんだから本人がこうでもしょうがないけどね。
「……分かりました。お嬢がそういうのなら仕方ない」
氷翠に言われてしまい、微妙な顔をしながら悩んだ光崎は不満そうではあったが剣をしまい結門さんがいるところまで下がった。
こいつフランスの時からそうだけど氷翠の言うことに関してだとか、氷翠自身に関してやけに保護的というか、従順なんだよな。氷翠に一回尋ねたけれど氷翠も何も知らないらしいし、一回フランスに行った時にボロボロだったこいつを助けたって言うのは聞いたことあるけど……まさかそれだけでこんなになるともねぇ……。
また今度光崎本人に聞いてみるか。
「ハイハイ、みんな注目して」
リーナ先輩が手を叩いて俺達の注意を引く。
「もう皆はお互いに面識があるわね?今日からここの向かいのマンションに住むことになった光崎晶。教会側が日本に送ってきたエージェントの一人で、明日から真波学園に編入する一年生よ」
今日から!?俺達の学校に編入!?というか──。
「お前俺達より年下じゃねぇか!」
ついつい叫んでしまった。
背も俺より高いし、言葉遣いも大人びてるし、やけに世の中を悟った雰囲気出しておいて年下なのかよ!え?じゃぁ何?こいつ年下のくせに俺達にあんなでかい口聞いてたっての!?
「俺より弱いやつに払う敬意などないからな。敬語使わせたかったら一度でも俺に勝ってみろ」
上からものすごい煽ってくる光崎の頭をリーナ先輩が軽く叩く。
「コラ、誰にでもそんな口聞くんじゃないの」
そしてため息をひとつついてから続ける。
「はぁ……続けるわよ。あなた達に言いたいのはこの子はこの家に住むってわけじゃないからここら辺で変な問題起こさないってことと、学校でも仲良くするようにってことの二つよ。それさえ守ってくれれば何も言わないわ」
リーナ先輩がそう言うと光崎は「よろしく」も無しに玄関から出ていってしまった。
それに対して困ったようにしているのは結門さん。
「まったくあいつは……」
「結門さん、光崎と仲良いんですか?」
つい気になって尋ねる。
「べつに、そんな大した付き合いはないよ。小さい時に一緒に住んでたくらいだよ」
「へー、結門さんにリーナ先輩以外の知り合いなんていたんすね」
「おっと悠斗君?それはどういうことだ?」
結門さんが炎を揺らめかせていつもの優しい目で俺を睨んでくる。
「ち、違いますって!そういう意味で言ったんじゃなくてぇ…その……」
慌てまくって頭と口が回らなくなっている俺を見て俺の頭に手を置いて笑う。
「分かってるよ、たしかに俺はリーナとしかいるとこ見られてないからね。悠斗君がそう思うのも無理ないよ」
結門さんが部屋の時計を見て、玄関に向かう。
「どっか行くんすか?」
「あぁ、晶に会ってくるだけだよ。夕飯までには帰ってくるし、だからそれまでにあいつを頼むよ」
あいつ……あいつ……?
「あー!大丈夫かー!百鬼ー!」
俺はソファの上でぐったりしたままの百鬼を思い出してリビングに戻った。
「いってきます」
─◇◇◇─
リーナの家から出た俺は、向かいのマンションの入口付近で壁に背を預けながら古い知り合いを待っている。
そして待つこと少し、
「十年ぶりか?それとも俺とお前じゃ時間の経ち方が違うか?」
「いやいや、いくらなんでもそこまで変わることはないよ。こうやって面と向かって二人になるのは七年ぶりだね。調子が良さそうで何よりだよ、晶」
光崎晶──僕こいつと百鬼の三人は同じ家に住み、僕が小学六年生の頃に起こった事件が原因で俺とこいつがお互い行方不明になってしまっていた。
「積もる話もあるだろう?ここじゃなんだし公園にでも行かないか?あの頃みたいにさ」
そして俺と光崎は近くの公園に行き、ベンチに並んで腰を下ろす。
「それで?なんで晶がこの街に来たんだい?所属がバチカンならここに来る必要もなかっただろう?日本支部は氷翠さんの父親が担当しているんだしさ」
まずはここだ。リーナに「晶が来る」と言われた時にそこに疑問を持った。教会の戦士は指令を受けない限り担当区域から離れることは強く禁止されている。そして何かの左遷などがあればリーナの父親を通じて僕達にも情報が送られてくるはずなんだ。
しかし、晶から返ってきた答えは意外なものだった。
「その氷翠さんに頼まれたんだ。俺はもうあの場所から除籍されている」
「除籍?」
「あぁ、神の死を知っている人間、神の勢力に反する力を持つ人間……まとめてしまえばあの連中に悪影響を与え、いらない思想を与えかねない人間は教会から強制的に除籍、もしくは黙秘で処分される。俺があの時あの場にいたのもおそらく上のやつらが任務ついでに俺たちを殺すつもりだったからだろう」
なるほど、そのタイミングで氷翠さんの父親が光崎に声をかけたってわけか。
「それで今与えられている任務は……氷翠さんの護衛ってところかな?」
晶はため息をつくが、こいつの顔は微かに笑みを浮かべていた。
「氷翠さんとお嬢は俺の恩人だからな。あの人達のためなら俺は動く。それだけではないがな……」
なんだ、こいつらしくもない。
バンッ!
不意に正面から飛んできたサッカーボールが晶の頭にあたった。当たったボールはそのまま俺たちが座るベンチの後ろの芝生に入っていってしまった。
前を見ると小学生位の男の子二人がオドオドしながらこちらに近付いてきた。
晶が頭を手で押さえながら少年二人を見る。
「「ヒッ!」」
あーあー、全く。晶は俺と会っていない間教会の下で戦っていたおかげか眼光がまぁまぁ鋭い。それを小学生に向けてしまってはそうなるのも無理ない。
二人のうち一人が怯えながらも晶の方に近づいてゆっくりと話しかける。
「あ…あの……」
「なんだ?」
だから、そういう口調とかするなって……。
「ボールぶつけてごめんなさい!周りみてなくて……それで……俺が蹴ったボールがお兄さんに……頭…大丈夫ですか?」
謝罪をうけた晶は黙ってベンチから立ち上がった。晶になにかされると思ったのか小学生は一歩後ずさる。
晶は芝生へと足を踏み入れ、そのまま消えてしまった。
それを心配になったのか、少年は俺に話しかけてきた。
「あの、お話の邪魔をしてごめんなさい。あのお兄さん行っちゃっけど大丈夫ですか?」
俺は二人を安心させるためにできるだけ優しく言う。
「大丈夫だよ。二人ともここに座りな?たってたら疲れるだろう?」
三人で並んで座り、晶を待つことにする。
そして約一時間後──。葉の擦れる微かな音を聞いた俺は二人に晶が来ることを伝える。
「もうすぐ来るよ」
少年二人は緊張した面持ちで後ろの芝生を正面に立つ。
音が近くなってきて出てきたのは、服をまぁまぁ汚して、右手にサッカーボールを持った晶の姿。
「ほら、ものはちゃんと扱え」
投げることなく、しっかりと少年の両手にボールを抱えさせた晶は二人を交互に見ると中腰になり目線を合わせて伝える。
「お前達は友人か。だとしたらいい友を見つけたな。互いに堕とさず、あるべき勇気を持っている。その年で素晴らしいことだ。これからも仲良く遊ぶように」
晶が言ったことをこの子達が理解したか分からないが、二人は頷いて晶に頭を下げる。
「ボールとってくれてありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
二人は走って公園から出ていった。それをしっかりを見守る晶。
……なんだか調子狂うな。
「まさかお前がそんなこと言うなんて、らしくもない」
晶はたったまま俺の方を向いて言う。
「お前はまだ、俺のことを許せないのか?」
それを聞いて少しカチンッときた。
「てめぇを許せるわけねぇだろ。てめぇが何を裏切り、何を見捨てたのか……呉乃が許したとしても俺は許さねぇ」
晶が悲しい顔をする。
「そうか、それならまだ俺の役目は減ってないんだな。それなら俺はお前が許してくれるまで自分のすべきことをする」
悲しい顔で決意を含んだ声で言われてしまい。俺の怒りはある種の疑問へと変わった。
「はぁ?何を知ってるってんだ?」
少し詰めて問うが、晶の悲しそうな表情が消えてそれとは別の話題と流されてしまった。
「そんなことより、リーナはこのタイミングでいいやつを家に戻したな」
さっきのといい、これといい、なんなのか……?
「誰このことだい?」
「百鬼だよ」
家でぐったりとしている彼の姿が頭に浮かぶ。あいつがどういいやつなのかさっぱり分からない。
「あいつがいれば、少なくとも俺とお前の間は明るく保つことができる。お前だって、後輩たちにそんなところ見られたくないだろ?」
百鬼を家に戻したのはそういう事か。それを隠してリーナと橘さんはあきらのことを俺にも黙って……。
「いらん世話を」
「言ってやるな。あいつなりの俺達への配慮だろう」
相変わらず、家族に対して優しすぎるなリーナは。
「俺は帰る。結門はどうする?」
もんそんな時間か。
腕時計を見ると針は四時半を表していた。夕飯までには帰ると言った手前、せめて五時には帰らないといけない。
「俺も帰るよ。でもスーパーに行ってデザートでも買いたいな。だから帰りは一緒にならないね」
「そうか」
公園まで二人で出て、出口で別れる。
「なぁ」
歩いて少しで、晶が振り向いて聞いてきた。
「俺が嫌いか?」
当たり前すぎる質問だった。
「嫌いだよ」
そういうと納得したのか、何も言わずに帰っていった。
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幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
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