踊るパーラメント

橘くらみ

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ただの人間

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それから数週間が経った。国会では激しい論戦が続き、横溝つくねと湯浅たくみは日ごとに鋭い言葉をぶつけ合っていた。二人は、公の場ではもはや互いを認識しないかのように冷淡で、誰もが二人の関係がかつてのものだったとは信じがたく思うほどだった。

横溝は、毎日のように湯浅と対峙するたびに、心の奥で小さな痛みを感じていた。しかしその痛みを忘れさせるかのように、彼は政策に全力を注いだ。湯浅もまた、党首としての責務を果たしながら、横溝への想いを深い場所に封じ込め、彼に挑む姿勢を崩さなかった。

ある夜、横溝はひとりで官邸の窓辺に立ち、東京の夜景を見つめていた。光り輝く街の向こうには、湯浅のいる場所がある。あの夜、最後の言葉を交わしたときの温もりが、まだ指先に残っているような気がした。

「たくみ……」

つぶやくその声は、夜の静寂に溶け、誰の耳にも届くことはなかった。しかし、その瞬間、横溝の胸には微かな後悔とともに、一つの決意が芽生えた。

次の日、横溝は閣議を終えた後、秘書にある書類を手渡した。それは、総理大臣としての任期を次の内閣改造で退く意向を示す文書だった。秘書は驚き、横溝の顔を見つめたが、彼は微笑んでこう言った。

「ここまで国を導けたのは幸運だった。だが、俺にも一人の人間としての道がある」

その一週間後、横溝が任期を終え、次の総理が選出されたニュースが報じられた。湯浅もその知らせを受けたとき、胸の中に複雑な感情が湧き上がった。横溝が自分との関係を守るためにこの決断をしたのか、それとも総理としての重責に限界を感じたのか、湯浅にはわからなかった。しかし、彼は彼なりにその決断を尊重することにした。

数日後、湯浅が喫茶店に向かうと、店の片隅に横溝が座っているのが見えた。彼もまた、ここで湯浅を待っていたのだろう。二人は無言で向かい合い、久しぶりに穏やかな笑みを交わした。

「つくね、もう総理じゃなくなったんだな」

「ああ、俺はもうただの横溝つくねだ」

二人は、まるで何事もなかったかのようにコーヒーを頼み、静かに時を共有した。それは、すべてのしがらみを捨て去り、ただありのままで向き合える時間だった。

その夜、二人は言葉を多く交わすこともなく、ただ一緒に過ごし、そして、今度こそ新たな一歩を踏み出すことを心に決めた。国という大義に生きた日々を過ぎて、彼らはまた、愛という別の道で新しい物語を歩み始めたのだった。

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