上 下
70 / 155

70.

しおりを挟む


「俺達だって藍を心配してないんじゃない。けど藍の性格を理解してるからお前みたいな行動はとらない」

「――――私は」

歪む青みがかった灰色の双眸と、しっかり目を合わせる。

「やっぱり、藍が悩んでるって、苦しんでるって知ってるのに見てるだけなんて出来ない。1人で答えを出せないなら、誰かが手を伸ばしてあげないと」

手遅れになる前に。

「もし、この瞬間にも自分を犠牲にする答えを作り上げちゃったらどうするの?」

藍なら、やりそうでしょう。

「人に助けて欲しいって思ってる確率もゼロじゃない。お節介だと疎まれてもいいから踏み込んで、もし許してもらえたら全力で答えを一緒に探す。今何も行動しないよりかは、よっぽどこっちの方が価値がある」

碧音君は私の前に立ち塞がって、道を開けてくれない。

早く、早く藍に会わなきゃいけないのに。どうして退いてくれないの碧音君。

お互いが主張を譲らない、続く沈黙を破ったのはこの場に似つかわしくないのほほんとした声だった。

「2人共、そこまでー。落ち着こうか」

「星渚さん!」

全く気配を感じられなかった。この人怖いんだけど。

「刹那、行かせてあげて」

「は?」

「道、開けてやりな」

星渚さんがそう言ってくれるとは予想外だった。てっきり碧音君側の考えだと。

「星渚、何言ってんの」

碧音君は私に『うざい変態』だとか冗談を言う時も目を細めて冷たい顔をするけど、それとは別の。

こんなの、初めてで。

でも、ミルクティー色の髪をふわりと揺らし唇で弧を描く彼は動じないのだ。

「明日歌ちゃんに任せようよ、藍のこと。今の話聞いててね、明日歌ちゃんなら適任かもーって」

今の話を聞いて?まさか私と碧音君のやり取りを全部聞いていたとでも?

星渚さんは王子様スマイルを崩さないまま。飄々としているというか、読めない人だ。

「明日歌ちゃん、行って。藍なら、そうだなあ。近くに川岸あるよね?そこにいるか、もしくは家にいるよ多分」

「迂闊に行動してもそんなの」

「刹那」

「――……っ」

星渚さんが宥めると、碧音君は嫌々といった感じで退いてくれた。

それと同時に私はすぐ様スタジオを飛び出したのだった。



藍、今行くよ。



―――――――――

―――………


あいつが出ていった玄関を訳もなく眺める。

「何で、行かせたの」

「適任だと思ったからって、言ったじゃん」

「だからその理由を答えろ」

星渚の意図が俺には分からない。

口ぶりからすると、俺達の会話は影に隠れて聞いていたはず。なら、俺の言ったことも十分理解してるよな。

何で。

「今回は、刹那。感情的になっちゃったねぇ。得意のポーカーフェイスが崩れてるよ」

「なってない」

「嘘。あれは明日歌ちゃんに対して言った台詞じゃないでしょ?『相手を知った気になって助けようとする』って、さ」

「それは、どうでもいいだろ」

これ以上深く掘り下げるなと目で訴える。

星渚には『まあまあ、カッカしない』と肩を叩かれた。

「あれだけ藍のために動きたいって言ってんだから任せようよ。それに、俺は明日歌ちゃんに何とかしてもらうのがいいって直感で思った」

「直感とか」

「俺の勘は当たるじゃん」

否定はしない。むしろ星渚の場合は直感と言いつつ、実はちゃんとした考えや理由があったりするから。

「納得した?」

「納得はしてない」

「んじゃ“分かって”はくれたんだ。なら早く練習戻らないと。皐月怒ってるよ」

「…………」

まんまと星渚に言いくるめられてしまった。

いつまで経っても、この人には勝てる気がしない。

廊下で派手に言い合っていた様子を見たであろう人達からは、俺が通る度にビクッと怖がられたのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

愛を知ってしまった君は

梅雨の人
恋愛
愛妻家で有名な夫ノアが、夫婦の寝室で妻の親友カミラと交わっているのを目の当たりにした妻ルビー。 実家に戻ったルビーはノアに離縁を迫る。 離縁をどうにか回避したいノアは、ある誓約書にサインすることに。 妻を誰よりも愛している夫ノアと愛を教えてほしいという妻ルビー。 二人の行きつく先はーーーー。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

旦那様が不倫をしていますので

杉本凪咲
恋愛
隣の部屋から音がした。 男女がベッドの上で乱れるような音。 耳を澄ますと、愉し気な声まで聞こえてくる。 私は咄嗟に両手を耳に当てた。 この世界の全ての音を拒否するように。 しかし音は一向に消えない。 私の体を蝕むように、脳裏に永遠と響いていた。

処理中です...