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【第3章 夕暮れを君と】

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「皆さん、今日は差し入れ持ってきました」

「おお、気が利くじゃねえかよ」

「ジャジャン!」

今回は差し入れを持参してスタジオに来た。持ってきた袋からタッパーを取り出して、テーブルの上に置く。

練習終わりの今、小腹が空いてちょうどいいはず。

「……何だ、この食いもん」

「明日歌ちゃん、これタルト?」

興味津々でタッパーの中を覗き込む皐月と星渚さんが、疑問を口にする。

やはり、男子はお菓子の名前に疎いのか。

「キッシュです」

「キッシュって、どこかで聞いたことあるな」

藍さんが思い出すように目線を斜め上に向け、記憶の欠片を探る。

「キッシュっていうのは、フランス料理です。パイ生地の中にチーズや卵のソースを流し入れて、お好みで野菜やベーコンも加えた後、オーブンで焼くんですよ」

私の得意料理の内の1つだ。

説明しても、皐月や碧音君はまだ腑に落ちない様子で不思議がっていて。

「俺、甘いの無理」

「大丈夫、甘くないよ。甘い物苦手な碧音君でも食べられるように作ってきたんだから」

「何で知ってんだよ」

あら急に声が刺々しくなっちゃって、今更驚くことでもないのに。

「数週間も経てば、好みくらい分かるからね」

「特に碧音の、でしょ?」

「分かってますね藍さん!」

休憩中に碧音君が食べるスナックは全て甘くないやつだったし、星渚さんがチョコを食べていた時『それどこがうまいの』と、目を細めていた。

「つーか、まじでお前が作ったのかよ?」

「私ですけど」

「買ったやつを『私が手作りしました』って言ってんじゃねえだろうな?」

「違いますよ手作りです!失礼の極みだなおい」

怪訝な瞳で私とキッシュを交互に見比べている皐月を、一発殴りたくなった。

あれ、デジャヴ?

「だってさ、お前にこういうの似合わねえだろ」

「よく言われます」

友達からも、散々驚かれたからね。普段の行いのガサツさから、女子力を必要とする料理と私が結び付かないらしい。

とても心外である。趣味は?と聞かれたら瞬時に『料理です』って答えるから!

「よく見れば、手作り感あるよねぇ」

星渚さんがキッシュを一切れ手に取り、観察。

「明日歌ちゃん、俺もひとつもらっていい?」

「どうぞ、食べてください」

藍さんが一口食べる姿を、皆で見つめる。

「……っ、これ」

大きく目を見開き言葉を区切るから、ちょっと心配になってしまう。

味は不味くない、はずだけど。

「やっぱ不味かったか?砂糖と塩入れ間違えててすっげぇ甘いパターンか?!」

「皐月、それはベタ過ぎ」

2人共言いたい放題だな。しかも碧音君心なしか嬉しそうなのは何故。

食べなくて済むとか考えてる絶対。

「逆。本当美味しいよ、店で出されても違和感ない」

「やった、嬉しいです」

藍さんの誉め言葉に顔がにやける。

「店でってのは言いすぎじゃね?」

次いで皐月が半信半疑な様子で大口を開けガブリ、キッシュにかぶりつく。どうだ?!

「…………う、うめえ」

「でしょう?」

「明日歌のくせに」

「意味分からないです素直に認めてください」

皐月がまた一口、二口と頬張る様子を見て、星渚さんも食べて美味しい大丈夫な物と判断してくれたらしく、皆が食べるまで手に持っていたキッシュをパクリ。




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