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しおりを挟む「………………皐月は、ずるいよ」
頭を垂れ先程とはうって変わり勢いをなくした声色になる。ずるいとは、何のことだ。
「ずっと、皐月のライブ行ったことないって言ってたけど。本当は、俺。皐月がライブやってる姿、見たことあった」
「は……?いつ」
「うちの会社、今度は音楽業界――特にライブ関係に手を出そうとしてて。そのための視察ってことで俺はいくつかのライブフェスを見学してた」
乾いた声で語られる。
「その時ちょうど夏に行われた野外フェスに行ったら皐月が、midnightがライブしてた」
そのライブの光景なら今でも鮮明に思い出せる。
アンコールで碧音君が歌った曲を聞いた際に感じた焦燥と共に。
「でっかいステージに立ちながらスポットライトを全身に浴びて思いっきりベース弾いてんだもん、お前。楽しくて楽しくてしょうがないって顔してさ。……見てる内に思った、何であそこに立ってるのは俺じゃないんだろうって」
ただただ、純粋に疑問に思った。
ステージと観客の距離はそう遠くはないはずなのに、まるで月に手を伸ばしているかのような距離を感じたのだ、と。
「midnightのこと、調べるうちにどんどん劣等感だけが強くなっていった。バンドの仲間もいる上に周りからも認められて実力もある、なんて」
苦渋に歪んでいるだろう顔は、下を向いているため見えない。
「俺が、欲しかったもの、捨ててきたもの……お前が全部、持ってんだもん」
行き場を失くした、或いは迷子の小さな子供が出す、縋った声のような。
私よりも年上である彼が、今は同い年いやそれ以下に思えてしまった。痛々しくて目を背けたくなる。
けれど碧音君は尚も同情の欠片すらない双眸で月野さんを見据えていて。
不完全燃焼の劣情をまだ燻らせている。
星渚さんと藍はそんな碧音君に気を配りつつ、月野さんと皐月のやり取りに耳を傾けていた。
2人の問題に介入する気はないようだ。私も勿論、傍観者の位置に徹している。
「将来のためにって夢を諦めてひたすら前を向いて走ってきた。けど、その分失ったものが多過ぎたんだ……俺は」
私には想像もできない日々を過ごしてきたに違いない。
「周りに心を許せる友達もいなければ先輩もいない。安心出来る居場所もない。でも現実を打破する力も、持ち合わせていない」
戸惑いと悲痛に、色濃く塗りたくられたそれ。
「なのに皐月は、全部持ってるから。何か、何か少しでもいいから欠落を見つけたかったから皐月に会いにきてバンドの練習を見たいって言ったのに」
欠落を、見つけようとしていたの。あなたは。
「……そんなもの、どこにもないじゃないか。さっき歌ってくれた曲、自分のこと言われてるみたいだった。皐月の背中を追いかけて、でも届かない。隣に、立てないって」
あなたには歌がそう聞こえていたのか。
自分の状況をそのまま現した歌。だから月野さんは歌を聞いていて、憎悪の感情を表に出していたのだ。
責め立てられてる気が、したんだろう。
「悔しくて憎かった。皐月が。お前に何でもいいから失って欲しくて、あんなこと言った」
パタリ、フローリングの床に滴り落ちた透明な液体は彼のもの。パタリ。もう一滴パタリ。
「直人、違う」
「何が」
「あの曲の歌詞は、俺の直人に対する気持ちだったんだよ」
そうだったの?作詞したのは皐月だったの?
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