48 / 63
4章
7.
しおりを挟む「え……、えっ⁉︎」
突拍子もないプロポーズ(?)に鈴があんぐりと口を開けた。
心臓がドッドッと聞いたことない音を出している。
――け、結婚?
混乱しないほうが無理だ。織之助と結婚なんて。ついこのあいだ両想いという事実に卒倒しかけたのに。恋人、という立ち位置にもまだ慣れていないのに。いきなり結婚なんて。
ぐるぐる目をまわす鈴と対照的に織之助は驚くほど冷静に言葉を続けた。
「さすがに徳川だって離婚させてまで奪おうとはしないだろう」
「そっ、それはそうでしょうけど……!」
そんな理由で、と口から出しかけて止める。
熱っぽい瞳がじっと鈴を見ていたからだ。
いつのまにか左手は織之助に取られていて、その薬指を節くれた指が優しくなぞった。
「一緒になりたい。鈴」
甘く囁かれて――そのあまりの破壊力に鈴のライフは限りなくゼロに近くなった。
持ち前のガッツでKOは免れたものの、虫の息なのは変わりない。
そんな瀕死の状態でなんとか頭を回転させながら言葉を探す。
「で、でも、会社は……」
そうだ。会社。
三つ目の選択肢が無くなったら、残された道は二つしかない。
そのどちらも到底簡単に呑み込めるものじゃないことは、織之助のほうがよく知っているはずだ。
そう思って織之助を見上げると、すいっと視線を逸らされた。
「正成様だってわかってくださる」
わざとらしいほどさらりと言い吐いた織之助に違和感を覚える。
話した感じ織之助以上に鈴の婚約を反対している正成のことだ。織之助と結婚する、と言っても否定はしないだろう。……しないだろうけれど。
「……そんなの織之助さまらしくないです」
ぽつりとこぼすと、織之助の手に力が入った。
「私が好きなのは、いつでも正成さまや桐城のことを一番に考えている織之助さまです」
薬指に触れたままの大きな手を握り返すと織之助は少し驚いて、それからそっと鈴の手を解いた。
「俺はそんな大層な人間じゃない」
眉を下げた織之助が鈴の頬を指の背でなぞる。
冷たい指が頬から熱を奪っていく。
「おまえのことが好きで、鈴さえいれば他は……と思ってしまうような男だよ」
「……嘘です」
好き、という言葉に流されそうになったのを堪えて真っ向から否定をする。
「織之助さまはそんな人じゃありません」
「買い被りすぎだ」
「いいえ!」
強く断言すると、垂れ目がちな瞳が丸くなって鈴を見た。
「織之助さまはたしかに私のことを大事にしてくださっています。ですが、同じだけ正成さまや士郎さんのことを気にかけていることも、知っています」
そう簡単に切り捨てられるものだとは思えない。
だから。もう一つ引っ掛かっているのは。
「それに――織之助さま、私の代わりになろうとしてませんか」
訊かれた織之助が一瞬怯んだのを、鈴は見逃さなかった。
疑念を確信に変えて声を続ける。
「私を差し出さない代わりに自分が徳川の元で働こうと思っていませんか」
鈴と信吉との婚姻を結ばない代わりに、四つ目の選択肢として織之助がパウロニアを辞めて徳川ホールディングスで働くと言ったら、十中八九徳川は頷くだろう。
織之助の有能さは徳川も知っている。
「それだけは絶対嫌です」
個人的な感情かもしれない。
でも、織之助に伝えたい。
「私は正成さまの右腕でいらっしゃる……、正成さまの横で楽しそうに仕事をしている織之助さまが好きなんです」
士郎も含めた三人がああでもないこうでもないと軍議するのを見るのが好きだった。
夢に向かって話す三人はいつも輝いていて、少年みたいで、――自分が決して混ざることのできないことに少し羨ましさも感じていたけれど――好きだった。
今世でもその様子を見られただけで、もう十分幸せだ。
「お願いです織之助さま」
震えるな。大丈夫。ちゃんと言える。
視線を上げてまっすぐ織之助を見た。感情の読めない瞳が鈴を映して動かない。
「私を、信吉さんのところに行かせてください」
一字一句はっきり伝えると、織之助は大きく息を吐き出した。
少しの沈黙。
「……それが、おまえの選択か」
恐いほど冷静な声が鈴に訊いた。
「はい」
その問いを受け止めて、真摯に応える。
すると織之助はぐっと眉間に皺を寄せ――
「――だめだ」
「……え?」
「ふざけるな。おまえはなにもわかってない」
「おり、」
掴まれた肩に指が食い込む。
その強さに顔をしかめると、なぜか織之助は自分よりも痛い顔をしていた。
「俺がどれだけ――」
絞り出すような低い声が唇に触れた。
触れて、そのまま食らいつくように唇が重なる。
「ん! ん!」
強引に奪われた唇で抗議をするも、塞がれたままでは言葉にならない。
肩を掴んでいた手に力を入れられて、あっけないほど簡単に背中が床につく。
シャツ越しでもわかるひやりとしたフローリングの感触に自然と体が強張った。
ぺろり、と自身の唇を舐めた織之助が鈴を見下ろす。
「前世とは環境も関係も、何もかも違う」
肩からなぞるように手が滑り、手首を掴む。
その細さを確かめるように親指が少し出っ張っている骨をさすった。
「おまえは俺の恋人で、従者じゃない」
「――――っ!」
喉元に噛み付かれて声にならない悲鳴が口から漏れた。反射的に腕を突っ張ろうとしたが、手首を押さえつけられていて抵抗もできない。
もちろん甘噛みだけれど、急所に歯を立てられている状況で落ち着いてなんていられなかった。
焦る鈴の首を唇が這い、時折甘く吸い上げられる。その刺激に背中がぞくぞくと震えた。
「ん、ちょ、……おり、のすけ、さま……!」
たぶん、その呼び方が良くなかった。
「いっ」
痛い、と喉が引き攣る。
噛まれたのはちょうど首と肩の境のあたりだった。
まあまあな痛さに目を白黒させていると、織之助の苦しそうな顔が視界に入る。
「いつまでも主従関係を引きずるな」
思わず息を呑んだ。
引きずってない、と言おうとした声が音にならず口の中で消える。
(……ほんとうに?)
本当に自分は織之助を主人としてではなく、恋人として見ていただろうか。
逡巡してすぐに言葉を発せなかった鈴のシャツを織之助が思い切り捲った。
そこでようやく思考が戻る。
「ま、まってくださ……!」
「待たない。あの雨の日からずっと、俺だけのものにしたかった」
制止の声も振り払って、織之助が体の輪郭に沿って手を滑らせる。
その手の冷たさに、ぴり、と頭の端が焼けたようにひりついた。
(あの、雨の日?)
思い出せそうなのに、思い出せない。
思い出したいのに、織之助の手がそれを邪魔する。
鈴の肌を撫でて熱を帯び始めた手のひらが、ぐっと胸のふくらみを押した。
「あんな思いをするのは前世だけでいい」
見てるこっちが痛くなるほど苦しげな表情で吐き出した織之助に何も言えなくなる。
「鈴も、――俺も」
独り言のように囁かれた声は切実な響きを持っていた。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~
真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる